第二話 予定調和のアーキタイプス ③
『雲野カナタ。こちらは現生人類の天海ソラさん』
「よろしく」
二人の簡単な自己紹介ののち、男たちは自分たちはそれぞれのコロニーの代表者であると自己紹介を返した。首を傾げた天海に、彼らはムセイオンが七基のコロニーによる連邦都市であると説明した。普通の入場者にするような事務的な案内のためにわざわざ出向いたのだという。
まず、彼女たちの当面の宿泊先として官営の高級宿泊施設を紹介した。もちろんカナタの機械の身体でも泊まれるような場所だった。
それから、コロニーで流通している通貨の多額を天海に手渡した。無償だった。慌てたカナタと天海に対して、大人たちは「お小遣いみたいなものだと思ってくださいな」と、子どもたちを相手に説得するときのような微笑ましげな表情を浮かべて、むりやり二人を納得させた。
次に二人の扱いは公式に外交官扱いとなるということを述べた。雲野カナタは地球再建事業〈アリストートル〉から派遣された幽体人類の伝達者として、そして天海ソラは地上にある第八上霊帝国〈苔むしたダヴィデ〉からの使節として、身柄の安全が保証されることを約束した。加えて二人が遭難者であることも伏せてくれることになった。
滞在期間は基本的に無制限だが、カナタはそれは望まないと答えた。二人が地上へ再出発するのに充分な休息をとれる、一ヶ月ほどをメドに滞在することが決まった。
男たちは彼女たちに条件も出した。それは七つのコロニーをそれぞれちゃんと視察してみてほしいということ、地球再建事業に関する幾つかの情報について開示と公表を行ってほしいことなど、要するにカナタにトーテムとしての通常業務を必要最低限は行ってほしいとの御達しだった。カナタはそれを快諾し、現生人類と幽体人類との間の調停者として充分に機能することを誓った。
彼らは最後に、このコロニー群の公用語が標準的な英語と日本語であると述べた。しかし経年変化によってオリジナルの言語とは少し違うことなどを端的に説明し、そこで差分の言語データをのちのちカナタにも渡すことを約束した。ルナリア語は使わないのか、とカナタはつい訊ねそうになったが、慌てて踏みとどまった。
「――以上で入場手続きは終了となります。ムセイオンでの御滞在をお楽しみ下さい」
一時間に及ぶ対話ののち、男たちはそう言って頭を垂れた。
両手を胸の前で重ねる〝拝〟の姿勢。トーテムに対する畏敬の表れだった。
「よろしくおねがいします」と天海が、
『ありがとうございます』とカナタが返すと、
「では我々はこれにて失礼します。あとはよろしくおねがいします、リュシストラテ様」
そう言って男たちは後ろに下がっていった。
カナタと天海の前に残ったのは、彼らを護衛していた一機のレシーバーだった。
カナタと同型のロボット。外装配色だけは異なり、燻し銀だった。
一人と二台の間に、束の間の沈黙が流れる。
しばらくして、その沈黙に耐えかねた天海が口火を切った。
「えーと……もしかしてあなたが、このコロニー群の指導者さんでいらっしゃるのですか?」
相手方のレシーバーは『はい』と答えた。ちょっと高めだが男の人の声だった。
「でも……あなたは……」
『はい。リモート・コントローラブル・エグゾスケルタル・インテリジェント・ターミナル・バージョン2098、九八式遠隔管制型外骨格自律端末〈レシーバー=ビシュバカルマン〉、固体名はリュシストラテといいます。以後、お見知りおきを。因みにリュシストラテとは北ルナリア語で「平和の象徴」を意味する言葉だそうです。ここの人たちが名づけてくれました』
『…………』「…………」
それを聞いたカナタと天海は、なんとも言えない気まずげな表情で黙り込んでしまった。
とはいえカナタはトーテムなので、困ったような雰囲気だけ躯体から滲み出る。
リュシストラテと名乗った機械人形は、不審げに首を傾げた。
『何か?』
『いえ……良い名前です、ね』とカナタが言うと、
『ありがとうございます!』リュシストラテは嬉しそうに言った。
カナタたちは、ますます困ってしまった。
そんな二人の様子に、しかしリュシストラテは気分を害すことなく笑って問いを投げた。
『意外でしたか? 現生人類のコロニーを指導しているのがレシーバーでは』
「そりゃあ、あなたは地球再建事業を行う側で、僕たち現生人類とは……」
天海は言葉を濁した。カナタは彼女の肩に手を置いて優しく諭した。
『わたしたちとしては好都合です。さっそくですが本題に移らせてもらいましょう』
「うん……」と、天海は釈然としない表情で一歩退いた。
そんな二人の様子を不思議そうに見ていたリュシストラテだったが、別段気分を害した様子もなくカナタの言葉に従って本題を切り出した。
『先の会戦による計画変更とのことですが、地球再建事業に何かあったのですか?』
『あ、いえ、それもあるんですが、本題は別でして……。ね、天海さん』
「実は――」
カナタに話を振られた天海は、リュシストラテに自分たちの境遇について語った。
幽体人類〈トーテム〉と現生人類〈ホモ=ヌーメノン〉の間で起こった会戦のこと。
二人はその会戦の最中で知り合ったこと。
お互いに殺し合った果てに、宇宙塔〈情熱のモーガン〉に墜落してしまったこと。
戦闘の際に起こった重力鋲の崩壊事故により、偏重力が生じてしまったこと。
要するに、二人とも迷子であるということ。
そして最後に、今は二人で天海の故郷〈苔むしたダヴィデ〉を目指して歩き続けていること、同時にカナタも地球再建事業の中枢システムである〈アリストートル〉と連絡のとれる場所を探していることなどを語って聞かせた。
ひととおり話し終えると、リュシストラテは力強く頷いた。
『……お話、承りました。わたくしも微力ながら、お二人がそれぞれの居場所へと帰れるよう、お力添えしたいと思います。ですが、今は長旅で心身ともに疲弊されていることでしょう。当コロニー〈ムセイオン〉の見学・視察を含めて、しばらくはゆっくりしていってください』
「ありがとうございます。それを聞けて安心しました」
天海は、今までに見せたことのないくらいの安堵の表情を浮かべて頭を垂れた。
最後にカナタはリュシストラテに訊ねた。
『ところで、ここはアリストートルと連絡がとれますか?』
『残念ながら当域はアリストートルの圏外となります』
『そうですか……ではあなたがたの活動の様子だけ視察させていただきます』
『わかりました。その際はわたくしがムセイオンの各コロニーを案内しましょう』
『ありがとうございます。よろしくおねがいします』
何度目かも知れぬ謝辞を述べたカナタに、リュシストラテは微笑みかけた。
『ですが、それは明日にしましょう。ちょうど夜の波が近づいてきています。こちらへ』
そう言ってリュシストラテは、二人をコロニーの中へと続く扉へと導いた。
扉をくぐると、そこは郊外にあたる静かな住宅街だった。
コロニーを覆う空が沈んだ色に変わっていくなか、彼は抒情深げに続けた。
『ここでは、八日ぶりの夜となります』




