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回顧

「うわー! 可愛いですねー! 奥様、この子の名前は何て言うんですか?」

 くりくりとした巻き毛の赤髪で瞳の色が赤茶の少女と言った女の子が目の前ではしゃいでいる。最初に見たときは、まるで炎が静かに燃えているみたいだと思った。

 年はいくつくらいだろう。10歳くらい? 身長は130cmくらいだろうか。目算とは言え、大体合っている筈だ。

「あらあら、そんなにはしゃいで大きな声を出しては駄目よ、リンネ。ノワールが脅えてしまうわ」

 ニコリと微笑み、ベッドからそっと抱き上げてくれるのは母親だ。

 ゆるやかな金髪とアメジスト色の瞳を(たた)えた人で私とはあまり似ていない。

 え、どうして解るのかって?

 この離宮に来て、鏡を見たからだ。

 鏡と言っても前世にあるようなガラスに金属板を貼り付けたものではない。

 おそらく青銅か錫製の金属を磨き上げただけの少し歪んだ鏡だ。

 それで母親に抱かれた自分の姿を認識した。

 太陽の光に当たると白く輝くような銀髪。陽の当たる深い森を上空から見たような鮮やかな緑をした瞳。但し、私が知っている赤ちゃんよりは、その……なんというか……丸い。ぷくぷくぽっこんぽむぽこりんなマシュマロと言った方が近いかもしれない。

 私の容姿は父親に似たのかな? でも会うなり人の事をいきなり殺そうとした人物を父親とは思いたくない。

 ……それに初対面の時はよく見えなかったしね。産まれたての赤ん坊の視界はぼんやりとしか認識できないのよ。この体が早熟なのか、今の時点ですでに視界はハッキリしているけれど。

「ノワールちゃんって言うんですね。私も妹が居ましたからお世話は任せて下さい!」

「えぇ、でもリンネに頼る事はあまりないかもしれないわ。この子、とっても賢いの。夜泣きはしないし、お乳も欲しがって愚図ったりしないし、下の処理も声で教えてくれるのよ」

 私はその言葉に若干顔が赤くなるのを感じた。顔が熱い。

 だって転生したとは言っても中身は19歳ですし、弟や妹の世話で手をかけさせられた身としては夜泣きや服を下のもので濡らしたくらいで泣いてはいけないと思ってしまうのだ。みっともないし。

 少なくとも、今生での母親はあまり身体的に丈夫とは言えそうもないのだから。たまに夜中に咳き込む事があるみたい。この塔みたいな所が石造りの点もあるかもしれないけれど、基本的に風通しは良いけど寒いのよね。

「へぇ~っ! うちの妹とは大違いですねぇ」

 リンネと呼ばれた女の子が少し昔を懐かしむような目をしている。けれどその瞳の中には暗い闇があった。

 ……何だろう、私はその視線に少し違和感が生じた。何かがおかしい。赤茶の瞳の中に夜の海を幻視した。暗くて黒い全ての光を飲み込む様な瞳。

 どうしてそんな全てを諦めた表情ができるの?

 この年で一体、どんな事を経験してきたのよ。

 少女をじっと観察し、物思いに耽っていると抱き上げられた母が喋りだす。

「本当ね。あのオークから産まれた子とは思えないくらい賢いわ。もう一人と違って産まれたときからちゃんと人の形をしていたのよ。……それを忌み子だからと言って殺されそうになったの」

「え、奥様。双子だったんですか?」

 リンネちゃん……で良いか。精神的には私の方が年上だしね。

「えぇ、そうよ。もう一人はオーク。つまり豚の姿だったわ。……少なくとも発狂しそうになったのは人生で二度目ね。それを(とど)めてくれたのはこの子の存在のおかげよ」

 二度目?

 私は母親もそんな波乱に満ちた人生を送っていたのかと声をあげる。

「あう?」

「奥様、この子はもう言葉が解るんですか?」

 リンネちゃんが疑問に思ったのか母親に聞いている。

 その言葉に私は答えておく事にした。

「あう!」

 ……と言っても発語が赤ん坊だから「あーあー」か「あーうー」でしか出来ないんだけれどね。

「ふふ。解るのかもしれないわね。オークは早熟だと聞いているから。この子も成長は遅いけれど、知能は早熟かも知れないわね」

 違います、19年間生きてきた記憶があるだけです。

「あぶー」

 否定したくて、口を閉じて抗議の意味を込めて音を出す。

 妙に変な音が響いてしまってリンネちゃんと母親の笑いを誘う事になってしまっただけだった。でもまぁいっか。私の近しい人間には暗い表情より笑顔をしていてもらいたい。

「奥様はどうして此方(こちら)に?」

 リンネちゃんが母親に話しかけている。

「えーっと。そうね。まず私の間違いから話さないといけないわね。あれは冒険者だと言っていた一人の男性に恋をしてしまった私が愚かだったの。宿屋の娘だった私は、その男性の本性を見抜くことが出来なかったわ。当然よね、見た目は華やかな好青年でいくつもの冒険譚を私に語ってくれたの」

 ここで母親は言葉を切り、少し辛そうな顔をした。昔話とは言え、あまり良い思い出ではないのだろう。

「あうー」

 ポスポスと腕で母親の胸を叩いて慰める。

 しかし母親は言葉の続きを、と思ったのかもしれない。再び口を開き始めた。

 リンネちゃんも黙って聞いている。

「どこそこの賢者と一緒に冒険しただとか、魔法使いの弟子と渡り合っただとか、王都の騎士団隊長に剣技のお墨付きを貰っただとか……ね。思えば私もそんな冒険譚を聞いているうちに一緒に冒険しているような気持ちになったわ。有り得ない話よね。実在したら勇者にも等しい話だったんだから。それで結局その男性だと思っていた存在(モノ)からのプロポーズを受けてしまったの。父と母は許してはくれなかったわ。だから駆け落ちしたの。今思い返してみれば父母こそ正しかったのね。解ったのは、この王宮に連れてこられてベッドの上で人化の法を解いたオークが涎を垂らして笑っている姿だったわ」

 ……なにその最低な胸糞話。神様、アンタどうして私をこんな世界に転生させた。私の中でふつふつと自称神様への殺意が芽生える。

「……お辛かったでしょうに」

「えぇ……。でもこの子が産まれてきてくれたから私は幸せよ。一度この子の父、いえ、オークに口と鼻を塞がれて土気色になったこの子を見たときは失神するかと思ったわ。一度呼吸が止まっていたもの」

 それを聞いた私は固まった。

 あれ、私の体一度死んでる?


久しぶりの投稿です。若干思うところがありまして、少しだけ書き方を変えています。

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