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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編

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EP497 真なる無


 大地に沈む兵器ベヒモスを見て、アリアは安堵した。



(やるじゃないか、ユージーン)



 魔王軍第三部隊を任せたのだ。簡単にやられるとは思っていなかった。そしてアリアが信頼した通り、彼は砦の兵装を利用して兵器ベヒモスを止めた。

 その自重により地面へと埋まった兵器ベヒモスはもう動けない。

 分解能力で抜け出そうとしても、地面が消えることで更に沈んでしまう。そのため、兵器ベヒモスはその場から脱出することが叶わなくなった。



「っ! すぐに助けないと!」


「今度は私が阻む番だな!」



 沈んだ兵器ベヒモスを助けるためにセイジは空中を駆ける。しかし、アリアはセイジの前に立ちはだかった。先程までとは全く逆の構図である。

 セイジがまだ耐性を保有していない、消滅エネルギーを放つ。

 情報次元を消し去る概念が生じ、赤黒い球体がアリアの手で踊る。軽く腕を振り払うと、それが雨となってセイジに殺到した。当然、小さな消滅エネルギーの粒は直進することなく、曲線軌道を描いて全てセイジを貫こうとする。



「神剣展開!」



 耐性のないセイジは、破壊不可能である神剣を盾とすることに決めた。消滅エネルギーという情報次元の消しゴムでは消すことの出来ない神剣。鉛筆ではなく、インクで描かれた概念とでも言えるだろう。

 破壊不能な神剣ならば、盾として十分だった。

 権能【破邪覇王ヘラクレス】の力で神剣を創造する。この神剣は、ただ『神剣』としての概念を保有するだけの剣だ。特に能力はない。その代わり、今のセイジでもかなりの数を創造できる。

 消滅エネルギーの雨は神剣に当たり、霧散した。



(調子に乗って使いすぎると耐性を付けられかねないな)



 アリアは消滅エネルギーを使いすぎないように気を引きしめる。使用するタイミングは厳選し、最小限で留めるつもりだった。アリアが警戒する程、「抗体」という特性は厄介なのである。

 時間をかければかけるほど、攻撃が通用しなくなる。

 いずれはクウの「意思干渉」、リアの「意思誘導」のような力以外は効かなくなるだろう。

 ただし、クウもリアも光神シンに対処しなければならない。

 せめて時間稼ぎが出来るアリアが戦うことは必須だった。

 セイジを僅かでも足止めするには、消滅エネルギーが必要となる。

 月属性はアリアの持つ現在唯一の有効札。

 切り札を使う瞬間は考えなければならない。



(判明している耐性……熱、電子、光、圧力、重力、時間、空間、幻惑、呪詛、瘴気、オーラ、魔素、それに切断や貫通の概念などなど。ずいぶんと面倒な奴だ)



 つまり、セイジを吹き飛ばすことも出来ないということだ。あらゆる圧力は無効化され、概念が弾かれてしまう。決してセイジの歩みを止めることは出来ない。

 しかし、アリアも少しは学習した。

 短時間でセイジの権能を解析し、検証することで対処法を発見している。

 超越者の戦いを心得ているのはアリアの方だ。



「《背理法ゼヴィラ》の応用だ。クウの消滅エネルギーは参考になったよ」



 アリアは手を伸ばす。

 するとセイジは黒い粒子に包まれ始めた。



「これは……僕の知らない力?」



 セイジは逃れようとする。

 しかし、アリアは逃がさない。睨みつけるだけで、意思力だけで黒い粒子を動かし、セイジを包み込む。黒い粒子は増え続け、セイジの姿はそこへ消えて行く。



「お前の耐性は確かに厄介だ。しかし、その耐性も情報次元という概念に対するものでしかない。つまり、概念が無となれば厄介な耐性も意味をなさない。私は神聖粒子を現象という概念に変え、現象という概念を神聖粒子に変える。貴様に纏わりついているのは『無』だ」



 概念の存在しない状態。それは『ゼロ』の概念とはまた異なる。

 本当の意味で無である。

 どちらかといえば、クウの消滅エネルギーこそ『ゼロ』の概念に当たる。ゼロは掛け合わせることで、どんな巨大数も無にする。概念を消し飛ばす概念とはこういうことだ。

 しかし、アリアの《背理法ゼヴィラ》は概念を神聖粒子に変える。神聖粒子は概念と等価であり、アリアは特性「事象発現」のお蔭で神聖粒子を概念へと変える。

 それが権能【神聖第五元素アイテール】の能力だ。

 特性は「神聖粒子」「発散収束」「事象発現」の三つ。この中で「発散収束」とは、「神聖粒子」を散布したり集めたりするだけではない。

 神聖粒子から事象に『収束』する。

 事象から神聖粒子に『発散』する。

 まるで言葉遊びだが、これこそが概念という力である。その特性を理解し、意思のままに扱うことで権能は万能の力を発揮するのだから。

 既にセイジは概念を失った世界に飲み込まれ、姿すら見えない。



「超越者は個体で世界そのものを体現する。故に概念の存在しない場所でも生きていけるはずだ。攻撃力はないが、拘束力は最高峰だと私は自負しているぞ」



 内部で新しい概念を生み出せば、元の世界に復帰できるだろう。

 しかし、アリアは常に現象という概念を神聖粒子に変え続けており、抜け出すことは出来ない。無という牢獄がセイジを完璧に包み込んだ。














 ◆ ◆ ◆















 地に落ちた神。

 光神シンは魂の根底である意思次元が引き裂かれ、動けなくなった。霊力体を保つことが出来ず、その身体は所々揺らいで崩れている。

 そこにクウとユナは降り立った。リアは上空で待機し、いつでも権能が使えるようにしている。



「殺しきれなかったか」


「でも後はトドメだけだよ」


「ああ」



 言霊禁呪《卍剣みつるぎ》は大きな消耗を強いられる。神を殺すため、クウとユナは意思力を消耗した。もうあまり権能を使いたいとは思えないほどに。



「油断するなよユナ。俺がやる」


「うん」


「一撃なら、なんとか」



 クウは神刀・虚月を逆手に持ち、「意思干渉」で意思次元攻撃を付与する。魂の最も深い場所を突き刺す一撃によって、光神シンを滅ぼすのだ。

 一方で光神シンは指一つ動けない。

 更には固有情報次元を上手く動かすことができず、視界もままならなかった。

 しかし、思考が止まったわけではない。

 ぼろぼろの意思次元を奮い立たせ、光神シンは考える。



(ようやく気付いたぞ……コイツの攻撃は意思次元に作用する)



 《熾神時間セラフィック・タイム》を時間操作ですら防げないのは、意思次元に作用する力だと気付いた。だが、今更気付いても遅かった。

 既に自身の魂は、崩壊直前までダメージを受けている。

 時間をかけて回復しなければならない。

 なんとかしてこの場を切り抜け、回復の時を待たなければならないのだ。



(勝負は一瞬……ここで俺は滅びない。絶対にだ)



 動けぬ光神シンに刀の切先が迫る。

 意思次元攻撃を込められた神刀・虚月により、腹部を貫かれた。

 しかし、クウは不思議な手応えを感じる。



「外れた!?」



 物理次元上ではあたっているように見える。しかし、情報次元レベルでは外れていた。聖杯エカテリックにより攻撃をずらされた感覚に似ている。

 聖杯エカテリックは光神シンが受けた攻撃を、聖杯へと移し替える身代わりのようなものだ。

 しかし、光神シンは聖杯エカテリックを出していなかった。

 ならばどうして攻撃がずれたのか。

 理由は光神シンの体内にあった。

 神刀・虚月が突き刺さった腹部が縦に裂ける。その内側は深淵のように暗く、内部で浮いていた白い立方体が神刀・虚月を受け止めていた。



「こいつは……」



 クウは反射的に《真理の瞳》で解析する。





―――――――――――――――――――

神器・逆聖櫃アーク


死に至らせる攻撃を受け止め――死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死―――

―――――――――――――――――――




 冷汗が出るほどの『死』。

 そんな概念が小さな白い立方体の匣に込められていた。神器・逆聖櫃アークという神装は、光神シンを死に至らしめる、つまりトドメに相当する攻撃を代わりに受け止める効果がある。

 更にはクウでも解析しきれなかった『死』の概念。

 嫌な予感が警鐘を鳴らした。



「ユナ! 避けろ!」


「へっ?」



 クウは即座にユナを突き飛ばす。

 言霊禁呪で力を使い果たしたクウに防御の術はない。取りあえず魔素とオーラで防御するのが精一杯だった。更にクウは天使翼で身体を包み込む。

 今できる最大限の防御だ。

 そしてクウが急に防御体制を取ったこともあり、リアが支援をする。時空を操り、クウを守る結界として展開した。



「くーちゃん!?」



 ユナは驚く。

 しかしもう遅かった。純白の立方体は開く。

 そこから黒い粘液状の物質が飛び出し、クウに襲いかかる。リアが展開した結界すら瞬時に壊し、クウの天使翼も破壊する。更には魔素結界とオーラ防御ガードも貫いてクウの霊力体を破壊した。



「ぐ……」



 匣から飛び出したのは『死』の概念である。

 いや、正確には『殺意』と言った方が正しいかもしれない。匣に込められているのは、あらゆる世界において『トドメ』となった因子だった。つまり、結果的に『殺すこと』になった攻撃が概念として込められている。

 これが『死』の概念の元だった。

 異世界を含めた、あらゆる『トドメ』の原因を詰め込んだ匣。光神シンが殺されそうになる時、カウンターとして発動する神装。それが神器・逆聖櫃アークだった。



「っ……邪魔だ!」



 クウは神刀・虚月で黒い粘液を斬り払う。

 『死』という結果を与える原因は『死因』。その『死因』という因子を凝縮したのが、粘液状の黒い物質である。クウの情報次元は無数の『死因』によって『死』を迎えた。

 ドロリと腕が溶けて、クウは神刀・虚月を落とす。

 ズルリと足が崩れて、クウは倒れた。

 斬り払った『死因』という概念の塊は、飛び散っていく。まるで小さなスライムだった。粘液はブルリと震えた後、再び光神シンの腹部へと吸い込まれる。そこにある純白の立方体へと吸い込まれたのだ。立方体の匣は全ての粘液を吸い込んだ後、ぱたりと閉じられる。

 同時に、光神シンの腹部も修復され、匣は内部に消えた。



「くーちゃん!」


「兄様、回復します」



 ユナは駆け寄り、リアが《時間転移タイム・シーフ》でクウの情報次元を過去に転移させる。これによって『死因』を受ける前に戻った。



「助かった」


「流石だねリアちゃん!」



 クウとユナでは消耗し過ぎており、あの粘液に対応できなかった。リアが控えてくれていたお陰で、即座に回復できたようなものだ。クウとユナにお礼を言われ、そして褒められたことでリアは嬉しそうにする。



「ただ、逃がしてしまったみたいだな」


「神の癖に逃げるんだね」



 クウとユナは光神シンの気配が一瞬で消えたことに気付いていた。リアも目を向けるが、先程まで倒れていたはずの光神シンは跡形もなく消えている。

 周囲を探知しても見当たらないので、逃げたのだろう。

 《卍剣みつるぎ》によって消耗していたこともあり、不意打ちを狙ってどこかに潜んでいるというのは考えにくい。



「しかし兄様。あの兵器ベヒモスを見捨てて逃げるのでしょうか?」


「さぁ……どうだろうな。あれにはエルフの女王もセイジもいる。簡単に見捨てるとは思えないが」


「アリアさんを支援しますか?」


「セイジの能力に苦戦していたみたいだが、もう必要ないだろ」



 アリアは概念を神聖粒子に変えることで、セイジの耐性を無力化した。無事に封じ込めているようなので、支援の必要はないだろう。そもそも、クウとユナはもう戦力にならないほど消耗している。支援するとすればリアだったが、リアの「意思誘導」は決定打に欠けるのだ。それならばアリアの支援ではなく、兵器ベヒモスの破壊を優先していたことだろう。

 どちらにせよ、支援は必要なさそうだが。



「俺たちは様子見でいい。後はアリアとリグレットに任せよう。上手くすれば、エルフの女王とセイジたちを捕まえることが出来る。戦争も終わる」



 納得したのか、リアは無言で頷いた。

 三人はひとまず、消耗を回復させることに決めたのだった。











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