EP496 立ち向かうということ
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします。
超越者ミレイナ・ハーヴェ。彼女はクウ、ユナ、リア、アリア、リグレットの五人と異なり、強さを求める超越者である。天使となったのは、その力を求めてのことだ。
力に関する向上心は誰よりも上である。
「ふん。砂漠がすっかり沼地になっているのだ」
兵器リヴァイアサンの残した最後の魔法陣。それが発動したことで砂漠を沼地に変えるほどの水が召喚された。沼地の泥が少しずつ海に流れており、海岸はすっかり茶色で染まっている。
沿岸部は人族連合軍の船団が破壊されたことによる残骸が無数に留まり、見ていてあまり気持ちの良いものではない。沖合では兵器リヴァイアサンの凍結能力で生まれた氷塊が浮かんでいる。
「お前たちは捕虜にするのだ。大人しくしろ」
《天竜化》を解いたミレイナは、純白の天使翼を広げる。紅蓮の気が炎のように揺れ、空を見上げる人族の兵士は畏怖する。
発する超越者の威圧は、彼らを萎縮させるのに充分だった。
「やっときたのね」
「化け物か……」
不敵な笑みを浮かべるベリアルに対し、レインはミレイナに恐怖を抱いた。一般人からすれば、超越者は畏怖すべき化け物である。逆立ちしても届かない遥かな高みだ。
人類最強である自身が、羽虫のように小さく思える。
世界の深淵。
地上の理。
強大なる者。
様々な呼称が人族の間でさざ波を立てる。彼らの心の中には、抵抗するという気力が失われつつあった。しかし、その多くは人とドワーフ族である。光神シンを妄信するエルフ族は違った。
「魔族! あれは竜人だ! 我らが神の宿敵だ!」
「弓を構えろ! 討ち取れ!」
「俺の《雷魔法》で片付けてやる!」
「撃ち落とせ撃ち落とせ撃ち落とせぇっ!」
狂気とも言うべき光神シンを信じる力。これにより、恐怖を打ち砕く。信じるもののため、恐怖を捻じ伏せて強者を討ち取ろうとする。信じる心の力は素晴らしいと思える姿だった。
武器を始めとする物資は、ミレイナの放った《爆竜息吹》が船団を破壊すると同時になくなった。今はもう泥の中に沈んでいることだろう。矢のような消耗品も、今は個人が所持していた少数しかない。
貴重な矢がミレイナに殺到する。
エルフの国【ユグドラシル】を守護する精霊部隊、そしてエルフ族の冒険者たちは幼少の遊びとして弓矢を習う。子供用のおもちゃから、殺傷能力を持つ武器まで、成長に合わせて使ってきたのだ。本来の武器は剣だと言い張るエルフでも、弓矢の実力は一般以上に持っている。
簡単には外さない。
しかし、ミレイナに普通の矢は意味がなかった。
「ふん」
意思顕現を使うまでもない。権能一部である「波動」と「崩壊」の力を発動し、迫る矢を全て分解する。一本たりとも、ミレイナに届くことはなかった。
尤も、情報次元攻撃ではないただの矢は何もせずともミレイナには通用しないのだが。
そして次に魔法の雨が下から上に注ぐ。
「『《炎槍撃》』」
「『《風波砲撃》』」
「『《岩砲弾》』」
「『《雷光》』」
「『《暗黒槍》』」
「『《聖光撃》』」
「『《氷礫連矢》』」
「『《風斬撃》』」
「『《鉄線硬糸》』」
「『《紫異放電》』」
「『《耐性破壊:全》』」
「『《転刃》』」
「『《大爆発》』」
「『《酸性雨》』」
「『《空衝哮》』」
大量の魔法が発動する。その全てが正確にミレイナを狙い、殺到した。たった一人を殺すには過剰とも言うべき魔法の数々。しかし、全て無意味である。
破壊の権能を持つミレイナの前に、それらはすべて虚しい。
魔法はミレイナに触れることもなく消え去る。
いや、消滅させられる。
「……鬱陶しい」
ミレイナは反撃を許されていない。人族に負の意思力を芽生えさせないため、無闇に殺すことを禁じられているのだ。
「無効化」の力を放つミレイナは、その力を調整して自身の周囲を球状のシールドとして展開する。そうしなければ、リグレットから渡された通信魔道具が使えないからである。無差別に「無効化」の力を放つと、自分の魔道具も無効化してしまうのだ。
「おいリグレット。話が違うぞ。私の威圧で恐怖しないやつらがいるのだ」
『知ってはいたけど、予想以上にエルフたちは勇猛だね』
通信に答えたリグレットの声は、どこか呆れたような感じである。
元はミレイナの威圧で動けなくなった人族兵士を、【砂漠の帝国】の獣人族竜人族が保護するのが作戦だった。【ドレッヒェ】などの集落に至るまではミレイナが遠距離攻撃で疲弊させ、本当にぶつかりあったとき、ミレイナの威圧で戦意を失わせる。後は砂漠の民たちが捕虜として人族連合兵士を回収するのだ。
未だに復興中である【砂漠の帝国】は、あまり戦力として期待できない。
故にミレイナとリグレットがメインとして動き、獣人竜人はサポートに徹することが決まったのだ。兵器リヴァイアサンの暴走は予定を狂わせてくれたが。
『ミレイナ君。まずは撤退するように。ベリアル君もね』
「いいのか?」
『ああ、申し訳ないけど、竜人族と獣人族は正面から戦ってもらうことになる。人族連合の物資は尽き、帰る船もない。泥の沼と砂漠が彼らの体力を奪っていく。残酷なようだが、疲れさせてから彼らを捕縛しよう。【ドレッヒェ】の竜人族なら簡単だろうね』
「当然なのだぞ」
『回収した捕虜は、範囲転移魔法陣を使って【アドラー】へ……今はアドラー基地へと送るよ。僕が用意しておいた部屋へ連れて行ってくれ』
「私に任せるのだ」
『後のことは任せるよ』
通信は途切れる。リグレットも人魔境界山脈の砦を見張るのに忙しい。
ミレイナは言われた通り、背を向ける。もはやここにいる意味はない。人族連合軍が【ドレッヒェ】にやってくるのを待ち構えるだけだ。
裏切りを露呈させたベリアルも浮遊し、ミレイナに並ぶ。
レインはそれを見て喉が裂けるほど叫んだ。
「ベリアル!」
しかし、ベリアルは何も言わない。
他のエルフたちは矢を射たり、魔法を放ったりと攻撃を続ける。しかし、その全てをミレイナが処理した。焼け石に水、とはこのことである。
ミレイナとベリアルはその場から消える。
いや、音速で北へと飛び去った。
人族連合軍の海上部隊はこの上ないダメージを受けた。それは物資という物理的な面だけでなく、精神的な面においてもだ。超越者という理の外にいる存在を知り、彼らはまだ北を目指すのか。それはまだ彼らにも分からない。
今はまだ、北へ侵略を考える段階ではないのだから。
◆◆◆
リグレットは宇宙へと打ち上げている衛星兵器により、人魔境界山脈の砦を観察していた。砦はリグレットの結界によって守られ、三機の兵器ベヒモスが何度も突進を仕掛けている。その度に大地が揺れるのだが、砦は健在だった。
更に、この結界は非常に都合よく出来ている。
外側からの攻撃は完全に防御するのだが、内側からは攻撃を通す。
つまり、砦側からは攻撃し放題だった。
砦は魔王軍第三部隊が駐留しており、隊長であるユージーン・ベルクもここにいた。彼は魔王アリアから魔法武器を授かっている。その名も光魔銃ラグナロク。高圧レーザー光線を撃つことの出来る武器である。
青い髪を後ろに流し、腰から光魔銃ラグナログを抜いた。
早打ちで兵器ベヒモスの頭部を狙う。だが、光線は一瞬で霧散した。電磁バリアにより、防がれたのである。
「ちっ……なんだあの化け物は」
ユージーンは舌打ちする。
内側からの魔法攻撃で兵器ベヒモスを破壊しようと試みるが、どの攻撃もベヒモスが有する分解によって意味をなさなかった。
超越者が関わる戦いにおいて、一般人は手も足も出ない。
魔王軍第三部隊は【アドラー】との国境線を守ってきた部隊だが、基本的に【アドラー】は超越者が相手だった。故にこのようなことは珍しくない。魔王アリアかリグレットがやってくるまで時間稼ぎをするのが今までの戦いだった。
今回も同じであり、ユージーンは少し悔しかった。
「俺たちがするべきことは……」
ユージーンは考える。
隊長として、今するべきことは考えることだ。無駄に攻撃を繰り返し、力を浪費することではない。
ひたすら考え続ける。
そんなとき、兵器ベヒモスは三機同時に大きく口を開いた。概念を吸い込む吸収が始まったのである。これにより砦を守っていた結界が剥がされ、防御が崩れた。
同時に、結界が再展開される。
リグレットの結界は結界珠という魔道具によって張られている。これは球状の魔道具であり、複数の結界珠が対象を囲むことで頑丈かつ柔軟に結界を張ることが出来る。ベヒモスが結界を吸い込んでもすぐに再展開できたのは、この結界珠が砦を囲っているからである。それも膨大に。
「ユージーン隊長、三度目の結界崩壊です」
「ああ、みてぇだな」
「どういたしますか?」
「ああ……」
出来ることは少ない。
それは攻撃を吸収するベヒモスの能力もあったからこそ、余計に感じられた。直接攻撃は意味をなさない。ならばどうするか、ユージーンは考え抜いた。
「砦の魔導砲撃台を起動しろ。土属性が得意な奴を十人ほど連れてこい」
「すぐに通達いたします!」
ユージーンの言った魔導砲撃台とは、魔法を強化する儀式場のことである。砦に四十基も確保してあるのだが、この儀式場で魔法を発動すると、それは自動的に威力を底上げされる。リグレットの霊力を魔素に変換し、供給することで通常ではあり得ない大魔法を発動できるのだ。
この魔力砲撃台は砦の人族領側に並べられており、魔法による迎撃として使える。
ただし欠点もある。
魔力砲撃台で魔法を放つ時、自動的に使用者のMPを吸い上げてしまうのだ。限界ギリギリまでMPを吸い取るので、大規模魔法を一度だけ撃てるという代物となっている。
リグレットから供給される膨大な魔素を操るための初期投資として必要なエネルギーなのだ。これについては仕方がない。
それ故、これまで起動させていなかった。
「起動準備が整いました。土属性が得意な者を十三人揃えております」
「続けて指示を出せ。土属性魔法《大地裂傷》であの野郎の足元を崩す、となぁ!」
十三人の兵士が砦側面に設置されている魔導砲撃台へと乗り込み、通信機器による確認を取る。タイミングが大切なので、通信兵は手に汗を滴らせていた。もしミスをすれば、迫力のある突撃を繰り返す兵器ベヒモスに、砦を蹂躙されるかもしれない……そんな緊張感があったからである。
しかし、ユージーンは落ち着いていた。
右手には光魔銃ラグナロクを、左手には大好きな銘柄の煙草を手に取り、こう告げる。
「こいつが勝利の余韻になることを祈るぜ! 詠唱開始だぁ!」
「詠唱開始!」
通信兵が魔道具に向かって呼びかける。それにより、十三人の兵士が魔導砲撃台の上で詠唱を始めた。土属性魔法《大地裂傷》は、軍事用魔法としてそれなりの威力を持っている。使用できる兵士は限られており、この時点で十三人はエリートだと分かった。
同時にユージーンは魔力の限りを込めて光魔銃ラグナロクを三連射する。
これは兵器ベヒモスの額を直撃した。勿論、三機同時にである。残念ながら電磁バリアで高圧レーザー光線は弾かれてしまったが、ユージーンが予想した通り、口を大きく開いて吸収を仕掛けてきた。三機の兵器ベヒモスが一斉に、である。
ユージーンは予測していた。
兵器ベヒモスは強烈な攻撃を仕掛けたあと、必ず吸収攻撃を仕掛けてくる。この概念吸収は、情報次元のコピー・ペーストという性質を持つ光神シンの権能【伊弉諾】の片鱗である。兵器ベヒモスの概念吸収により、砦を守る結界が一瞬だけ剥がれた。
そして再展開される。
ユージーンの狙い通りだった。
「奴は連続して吸収を使えねぇ! てめぇらやれ!」
折角の魔法も、兵器ベヒモスに吸収されては意味がない。《大地裂傷》を確実に当てるため、吸収を先に使わせたのである。
所詮、ベヒモスはプログラムされた通りにしか動けない。
ユージーンの作戦勝ちだった。
魔導砲撃台ではリグレットからの魔素が過剰供給され、土属性魔法《大地裂傷》が極限まで強化される。三機の兵器ベヒモスは吸収を使ったばかりで、この魔法を消し去ることは出来ない。
地面が割れ、兵器ベヒモスはその巨体を大地へと沈めることになった。





