EP495 力こそパワー
場所は変わり、【砂漠の帝国】南端。
兵器リヴァイアサンの氷結能力により海を凍らせ、ミレイナの《爆竜息吹》を防ぐドームを作成した。さり気なく概念凍結が施されているため、普通の炎では解けないし、ただの打撃では壊れない。
しかし、逆に言えば人族連合軍を閉じ込める檻にもなっていた。
「久しぶりに暴れるわよ!」
少しばかり開放的になったベリアルは、死の瘴気を撒き散らす。当然、それは全てコントロールしており、人には当たらない。装備品だけを殺し、船団を殺し、兵器リヴァイアサンを殺した。
概念を操るベリアルからすれば、容易いことである。
次々を装備を剥がされて裸同然にされ、あっという間に戦意を失っていた。
女性に対しては手加減して服を残すあたり、ベリアルも空気が読めるようになったのだろう。
「まずはそれを完全破壊させて貰うわ」
兵器リヴァイアサンへと狙いを付けたベリアルは、次々と矢を放つ。既に《一矢黒葬》の一撃で胴体が破壊されているため、兵器リヴァイアサンは機動力を失っている。次々と矢が命中し、死の瘴気が侵食することによって崩壊が進んでいた。
自己防衛のため、概念凍結による氷の鎧を纏う。
しかし、ベリアルの瘴気も概念的死であるため、防御は意味をなさなかった。
「ベリアルさん! なんてことを!」
【ルメリオス王国】の騎士が戸惑いながら問いかけた。ベリアルは最高の冒険者レインの相棒として知られており、そのお蔭で多くの信頼と信用を集めていた。まさか裏切るなどとは、誰一人として思わなかったことだろう。
しかし、ベリアルは潜入工作員だった。
自ら破滅を呼び込んでいたことに気付いていなかったのである。
「言ったでしょう? 私は敵なのよ。魔王軍の潜入工作員……それが私の正体よ」
誰もが『馬鹿な!』とでも言いたげな表情を浮かべた。確かに、ベリアルは経歴が不明である。しかし、その力と冒険者という素性から、あまり深くは詮索されなかった。
だが、それが間違いだった。
「トドメね」
ベリアルは八本の矢を一気に放ち、兵器リヴァイアサンを囲む正八角形を作り出した。それぞれの矢には莫大な死の瘴気が込められており、八角形の陣によって一つの術式を形成する。
《八星黒瘴陣》。
死の瘴気が術式の結界内部で大爆発を引き起こし、死の瘴気があらゆる物質を殺し尽くす。情報次元に死の概念を付与し、情報そのものを殺すのだ。
この術式はベリアルですら、生成した瘴気の大部分を消費する。
しかし、それだけあって、兵器リヴァイアサンは欠片も残さず消滅した。
「なん、だと?」
呪符によって兵器リヴァイアサンを制御していたエリックス・ブラックローズは目玉が飛び出すような勢いである。激しく驚愕しながら、それ以降の言葉を失っていた。
人は誰も死んでいない。
だが、それ以外のものは破壊されていた。
装備も、衣類も、船も、食料も何もかもが失われようとしている。エリックスを含む、全ての連合兵士は見ていることしかできない。なぜなら、ベリアルの放つ圧倒的強者の気配が、足を竦ませるのだから。
「終わりだ終わりだ終わりだ……」
「お、俺の装備が……三年分の稼ぎが……」
「ちょっとこっち見ないでよ! この変態が!」
「それどころじゃねぇだろ!」
本当にそれどころではないのだが、特に冒険者にとって装備とは血と涙と汗の結晶である。防具や武器は命を預けるに等しい相棒なのだ。故に冒険者が最もお金をかけるのはこの部分だろう。
それが一瞬にして消し去られるのだから、絶望以外の何物でもない。
しかし、そんな中で装備や武器を剥がされてもベリアルの前に立ちはだかる男がいた。
「止めるんだベリアル!」
レイン・ブラックローズである。
全身の装備が破壊されるという情けない姿ではあるが、どこかその風格には格好よさが現れていた。英雄であるSSSランク冒険者の登場に、周囲は一瞬の安堵を覚える。
「あら、レイン」
「どういうことなんだい」
「言ったはずよ。私は魔王軍なの。これは初めから計画されていたのよ」
「なんだって?」
レインは信じられないという思いだった。
何故なら、彼はベリアルを信頼していたのだ。パーティメンバーとしては勿論、その強さは頼りがいのあるものだった。
それにベリアルは見た目の美しさも超一級。
密かな恋心すら抱いていた。
「ベリアル、僕は……」
「私の主、そして相棒はただ一人よ。貴方ではないわ」
「くっ」
ベリアルの正体は神剣である。
そして主にして相棒とは、魔神剣ベリアルの所有者クウだ。レインなど、比べようもない。それがベリアルの偽らざる本心である。
「レイン。貴方程度では私を止めることなんて出来ないわ。それでもやるのかしら?」
「……君を止めたい。君は騙されている。だって君は人族だろう!」
「確かに私は魔族じゃないけど――」
だからと言って人族ですらない。
しかし、それを告げる前にレインが口を挟んだ。
「だったらこっちに来るんだ! 君がいるべきは光神シン様のところだよ。魔族に与した罪も、光神シン様は赦される」
「……」
「さぁ、僕の手を取るんだ!」
まさかの説得にベリアルは呆れ果てた。
確かに姿こそ人族であるが、ベリアルは疑似的な精霊なのだ。根本から勘違いしている。そして光神シンはベリアルの主であるクウにとって敵。つまり、ベリアルにとっても敵だった。
レイン如きの説得に応じる彼女ではなかった。
それに、レインの説得どころではなくなった。
ベリアルは膨大な霊力を感じ取り、その場所へと注目したのである。
「あら……」
その場所は、兵器リヴァイアサンを操っていたエリックス・ブラックローズのいる場所である。彼の持っていた呪符が莫大な霊力を放ちつつ、輝き始めたのだ。
そして呪符は突如として巨大な魔法陣を描く。同時に、兵器リヴァイアサンが防御壁として作り出した氷のドームは崩壊した。
唐突だが、ベリアルは非常に博識だ。
彼女は知識に対して貪欲であり、【レム・クリフィト】では暇さえあれば本を読んだり、リグレットの研究室へと遊びに行ったりしていた。リグレットも自らが作成した神剣のデータを取るついでに、ベリアルへと知識を授けていたのだ。
故に、ベリアルはクウよりも魔法陣について詳しい。
展開された魔法陣が、世界の法則に従って、とある魔法を発動しようとしていることに気付いた。
「あれは水の生成、それに熱エネルギーの破棄、広域化、あとは永続効果。砂漠を消すつもりなの?」
霊力は破壊した兵器リヴァイアサンから流用しているらしい。
兵器リヴァイアサンが破壊されると、呪符を中心としてこの魔法が発動するよう、設計されていたと推測できる。
(このまま発動すれば、人族連合軍も巻き込まれるわね)
展開されている魔法陣にセーフティは見当たらない。砂漠すら凍結し、人族連合兵士はほとんど全員が凍死してしまうと思われる。
恐らく、この兵器リヴァイアサンは魔族の街まで侵攻し、そこで破壊された場合、最後の足掻きとしてこの術式が発動するよう仕込まれていたのだろう。
このままでは、砂漠も海も氷に包まれてしまう。
そして人族の氷像が無数に立ち並ぶことになるだろう。
光神シンの目的は人族と魔族を等しく殺し、負の意思力を生成することにある。兵器リヴァイアサンの自爆はそのためのものだった。
「これは……これも君が!?」
「誤解ねレイン。この魔法陣は私ではないわ」
「だったらこれは――」
レインだけでなく、殆どのものが魔法陣をベリアルの仕業だと勘違いした。準超越者であるベリアルは、この程度の魔法陣など見慣れている。しかし、一般的に考えれば、このような巨大で複雑な魔法陣など、災害のようなものである。
悍ましい、魔の災害でしかない。
ベリアルは矢を構え、それを放つ。狙いは勿論、魔法陣の一部だ。その一部を死の瘴気で壊し、魔法陣の効果を失わせようと考えたのである。
音速を超えた矢が魔法陣を穿ち、死の瘴気で侵食した。流石に概念効果による魔法陣の破壊は止められず、その一部が崩壊する。そして魔法陣は一部が崩壊することで、性質を失う。
ベリアルが穿ったのは熱エネルギーを消失させる術式であり、つまり凍結の性質を失った。
まだ残っている、水を生み出す術式が起動する。
「くっ。止まれ」
慌てたエリックス・ブラックローズは、不敬だと思いながらも呪符を破り捨てた。しかし、既に発動した魔法陣は止まらない。
「ブラックローズ様。どうか止めてください」
「分かっている。しかし止まらない」
魔法陣はエリックスが発動しているわけではない。
つまり、この呪符を渡した光神シンによるものだと断定するしかなかった。だとすると、この魔法陣は光神シンによるものだ。人族を巻き込むような術式を仕込まれていたということになる。
(何故です神よ!)
理由など推し量れるはずもない。
光神シンは人族を守りたい訳ではないのだから。一方で人、エルフ、ドワーフたちは、光神シンこそが自分たちを守護する神であり、武神テラ、運神アデル、造神クラリアは悪神によって封じられていると考えられている。
今や、人族にとって頼れる神は一柱だけなのだ。
洪水のように水が溢れ、人族連合軍の兵士たちはそれに飲み込まれた。砂の大地に水が染み込み、泥となって足を封じる。ただ、ベリアルによって装備を破壊されていたのが良かったのだろう。身体が軽くなり、自力で脱出することが出来ていた。しかし、あまりに大量の水は砂漠ですら吸収しきれず、一部の泳げない者たちは助けを求める。
「お、俺は泳げねぇんだ! た、だずげぇええ……」
「早くこっちに捕まれ!」
「その木片を投げてやれ! 早く!」
「うわああぁ! 死ぬ死ぬ!」
「くそ。なんで、こんな! 魔族め!」
魔族への恨み。
それが徐々に高まりつつあった。
ベリアルは一刻も早く魔法陣を破壊したかったのだが、矢を構えたまま、どの術式を破壊するべきか、計算していた。術式とは綿密に計算されたものであり、一部が消えることで全く別の術式が完成することもある。
消すべき術式のパーツは、キッチリと計算しなければならない。
現に、熱エネルギーを消し去る術式を破壊したことで、水を生成する術式に、生成量増大の意味を加えてしまった。
単純かつ、粗雑な術式ならば消すことも容易いが、コンパクトにまとめられ、術式に組み合わせによって多重の意味を生成する魔法陣はそうもいかない。
(循環系を破壊すれば性質に反転が生じるわね。熱の増大は避けるべきかしら。まずは永続効果に傷をつけて……それだと広域化が更に広域になってしまうわ)
ベリアルもベリアルで困っていた。
残念ながら、魔法陣を一度で消滅させるほど、瘴気は残っていない。魔神剣ベリアルは呪詛という情報次元を内包しており、ここにクウの霊力が供給されることで、死の瘴気を生成する。
今は《八星黒瘴陣》の発動で、瘴気が足りていないのだ。
死の瘴気が堪り切るまで待っていたら、辺り一帯が水で呑み込まれてしまうだろう。
「ベリアル……君はなんてことを! 早く止めるんだ! これ以上罪を重ねないでくれ!」
レインによる必死の呼びかけも虚しい。
そもそもベリアルの責任ではないし、ベリアルもどうにかしようと試みているのだ。寧ろ叫び声が鬱陶しく、邪魔になっていた。
リグレットから得た魔法の演算法則……つまり魔法陣の知識を駆使して仕組みを解き明かす。
しかし、この手の魔法陣は時間すらも魔法の意味に組み込んでおり、刻一刻と演算方式が変化する。魔法陣の核となっている基盤演算子を理解しなければ、到底壊せない。
(このままだと、私の瘴気が回復する方が早いかもしれないわね)
辺り一帯は既に全域がぬかるみと化しており、多くの人族連合兵が沈んでいる。皆が泥だらけになりつつ、ベリアルが破壊した船の破片に乗ることで逃れようとしていた。
もはや自然災害。
一刻も早く納めなければならない。
冷静なベリアルが珍しく焦っていた。焦りは思考を滞らせ、魔法の解析も遅れる。
「ベリアル!」
「ちょっと黙りなさいレイン!」
「え、あ、はい」
気迫に押され、レインは思わず黙った。装備を剥がされ、泥だらけになり、美女に気迫で抑え込まれる姿はどことなく哀愁を感じさせる。
矢を構えたベリアルはジッと魔法陣を見つめ、霊力の流れを探った。
定式解析。
エネルギー循環路の知覚。
骨子明確化。
失敗。
再演算。
定式解析……。
その繰り返しによって、見たことのない魔法陣を理解していく。
しかし、ベリアルは構えた矢を唐突に下ろした。
その眼は完全に諦めており、安堵したような、呆れたような溜息を吐く。
「はぁ……うふふ」
「あの、ベリアル?」
「心配いらなくなったわ」
「一体、何が……」
レインが戸惑う中、空が深紅に染まった。
夕日の見える時間になったわけではない。
圧倒的な力が空を覆ったのだ。それはベリアルもよく知るミレイナの霊力。
全てを「無効化」し、全てを「崩壊」させる、収束「波動」、《深淵波哮》。
それが兵器リヴァイアサンの残した魔法陣を全て吹き飛ばしたのだった。
パワーは全てに勝るのです
さて、お正月の間は連投しようか迷っています。気が向けば、投稿しますね。





