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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編

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EP498 化学兵器


 兵器ベヒモスは魔王軍第三部隊の隊長ユージーンによる策略で動きを止めた。それで内部にいたエルフの女王ユーリスは焦りを覚える。



「……脱出は難しいようね」



 兵器ベヒモスは巨大だ。

 故に、多少は地面が崩れたところで飛び越えることが出来る。しかし、巨体である兵器ベヒモスを完全に沈下させるほどの《土魔法》は想定されていなかった。

 地面に埋まったままでも、陽電子砲を放つことは出来る。

 しかし、砦の防壁を穿つことは出来ない。



「ユーリス様、いかがなさいますか?」


「外に出るわ。私の《樹木魔法》で地面を進み、あの結界の内側へ侵入するのよ」



 作戦としては悪くない。

 砦の結界を破れないからこそ、人族連合軍は苦戦していたのだ。結界をすり抜け、あとは物量で押し切るのが正しい。兵器ベヒモスに搭乗している人族は五千人。兵器ベヒモスは三機あるので、合計で一万五千の大戦力となる。

 人族は数の上で魔族に勝っているのだ。

 圧倒的な数の力は、個の力を凌駕する。

 特に制圧戦において、一万五千という大軍団は有効なのだ。



「まずは全軍に知らせるわ」



 ユーリスは呪符を取り出し、兵器ベヒモスを操る。これにより、搭乗している連合兵全体に伝わる放送が始まった。



「兵器ベヒモスの出口に集まりなさい。私が魔法で地中に道を作るわ。冒険者を先頭にして制圧するのよ。すぐに用意を整えなさい」



 統制は取れているが、一万五千の人間が動くには時間が掛かる。

 指揮をしている上官が、指揮下の兵を順次動かしていく。兵器ベヒモスの出口に辿り着くだけで、それなりの時間が掛かってしまうのは間違いない。

 ユーリスはその間に《樹木魔法》を完成させることにした。

 【魂源能力】は半分だけ世界から逸脱しているため、扱いが難しい。その代わり、自由度は普通のスキルをはるかに上回る。威力も桁違いだ。



「いくわよ……」



 《樹木魔法》は「植物」「吸収」「変換」の特性を持つ。周囲のエネルギーを「吸収」し、それを「変換」することで「植物」を急成長させる。

 少ない魔力で大きな結果を引き出すことが出来るのが特長だ。

 まずは地面に沈んでいる兵器ベヒモスを蔦で絡めとる。しっかりと固定した上で、出入り口から根を伸ばしていく。ちなみに、兵器ベヒモスが沈んだことで出入り口は地中に埋まっている。《樹木魔法》で蔦や枝を伸ばすよりも、根を伸ばす方が良いのだ。

 編み込むようにして根が絡んでいき、巨大なトンネルを作り出す。

 それが合計三本だ。



「意外と難しいわね……」



 スキル《極魔 Lv9》と《MP自動回復 Lv10》のスキルがあるお蔭で、これほどの大規模魔法ですら易々と遂げてみせる。しかし、大規模でありながら繊細な魔法だ。地中の圧力に負けないよう、精密かつ頑丈に根を編み込んでいくのだ。

 長生きしているユーリスだからこそ出来る、熟練の技である。彼女は精霊王フローリアの力を最も近くで見てきたのだから。



「ユーリス様。突撃の準備が完了いたしました。SSランク冒険者『鬼神』ベルザード様、SSランク冒険者にして勇者でもある『要塞姫』エリカ様、『爆撃姫』リコ様、それにSランク冒険者『妖刀』クロウリー様や『剣王』ユークリッド様が先頭となっております」



 ユーリスの側近である七長老家当主の一人、レッドカーネーションが告げる。

 【ルメリオス王国】の騎士団や【ユグドラシル】の精霊部隊と比較して、冒険者のSランクオーバーたちは桁違いに強い。積極的に魔物を狩る冒険者は、強い魔物と戦うことが多く、結果としてレベルが上がりやすいのだ。騎士団や精霊部隊は街を守ることが仕事であり、積極的に戦いをすることはない。こういう時に頼られるのは冒険者の方だ。

 特に『鬼神』ベルザードは非常に防御力が高く、一番槍として適切だ。

 折角、根のトンネルで結界をすり抜けたとしても、そのトンネルが破壊されては意味がない。だからこそ、突撃した冒険者は攻めることでトンネルを守る。一万五千の兵が砦を制圧するため、濁流のように雪崩れ込むのだ。



「さぁ、制圧開始よ。内部構造は不明だから、上官の指示に従いなさい。見つけた魔族を生かす必要はないわ。全て殺すのよ。でなければ殺されると思いなさい!」



 これは戦争である。

 人族の中では覚えているものすらほぼいない魔族との戦争だ。エルフ族の中で最も長生きな者たちが僅かに覚えている。ユーリスはその老人から魔族との戦いにおける凄惨さを聞いてきた。勿論、それは二百年ほど前の子供ユーリスが聞いた話だ。

 子供時代に聞いた衝撃的な老人の記憶。それはユーリスの心に深く刻み込まれていた。

 故に、魔族は徹底的に殺す。

 そう心がけていた。

 殺す。

 ユーリスの明確な殺意ある言葉を聞いて、召喚者であるリコとエリカは身震いする。そして精霊王フローリアの死に立ち会った際、クウから言われた言葉を思い出していた。



『言っておくけど、魔族も人と同じ姿をしている。まぁ、多少は身体的特徴もあるけど、見た目は人とほとんど同じだぞ。それを殺す気で戦えるのか?』



 魔族も見た目は人である。多少の身体的差異は存在するが、リコやエリカにとっては殺人を肯定する戦争に等しい。今、ここになって後悔し始めていた。



「理子ちゃん……」


「うん、情けないわよね。震えちゃって」



 二人はSSランク冒険者として、先陣を切る義務がある。つまり、一番先に魔族を殺さなければならない立場なのだ。

 他の兵器ベヒモスにはSSランク冒険者『鬼神』ベルザード、あるいはSランク冒険者『妖刀』クロウリーと『剣王』ユークリッドがいる。いずれも戦いに慣れ、盗賊殺しの経験もある人物だ。魔族の殺害に忌避はないだろう。魔族を殺せば殺すほど、人族連合軍の士気は上がる。

 一方でリコやエリカが躊躇えば、付き従う者たちは戸惑う。その結果、死者が出るかもしれない。

 二人にとっては殺すことも、味方が殺されることも避けたいことだ。

 板挟みとなり、悩んでいた。



「清二は大丈夫なのかな。魔王と戦っているのに」


「心配はいりませんよ理子ちゃん。今は私達がここを制圧しましょう」



 覚悟を決めるにはあまりにも時間が少なすぎた。ユーリスの魔法により、地中から戦端が開かれようとしているのだ。

 編み込まれた根のトンネルは、地中を掘り進めて砦の結界より内側に至る。

 あとは地表を突き破り、雪崩のように攻め入るだけだ。

 ミシミシと音が鳴り、時が迫る。

 リコとエリカは杖を握りしめる。セイジの超越化した強さに比べれば、二人は弱い。しかし、一般的な人族の中では強者としてカテゴリされるだろう。無様な姿は見せられない。

 何より、セイジが命を張って成し遂げている魔王の足止めを無駄にするわけにはいかないのだ。



「行きましょう理子ちゃん」


「うん。もう大丈夫」



 綿密に編み込まれた根のトンネルは、遂に地表を突き破る。花開くようにトンネルの先端が広がり、根の先が地面に突き刺さって固定された。

 飛び出す人族連合軍を見て、魔王軍は慌てて対応し始めた。










 ◆ ◆ ◆










 流石のリグレットも地中からの防壁は用意していなかった。

 砦の守護を任されていた魔王軍第三部隊の隊長ユージーン・ベルクは一瞬だけ慌てる。しかし、彼は【アドラー】との国境線守護を担当していた人物だ。砦の防衛に関してはスペシャリストだと言える。すぐに新しい命令を飛ばした。



「敵は三か所から出てくるぞ。砦に立てこもり、防衛戦を始める。麻痺系統か呪縛系統の魔法が使える奴は魔導砲撃台を使用しろ。範囲魔法で動きを止めやがれ!」



 ユージーンの指示は的確だった。

 数で劣る魔王軍は、籠城戦をするのが最も犠牲が少なくなる。また、時間を稼げばリグレットが援護してくれるだろう。それを期待する意味でも、有効である。

 麻痺系統の魔法は雷属性、呪縛系統の魔法は闇属性や付与属性だ。魔人族は闇属性を持っていることが多く、麻痺か呪縛のどちらかを使うことは出来た。

 そして死んだ兵というのは必ず見捨てられる。

 しかし、生きていながら大怪我を負ったり状態異常に苦しむ兵は助けられる。負傷兵を他の兵士が助けることで、人族連合軍の戦力を減らそうと考えたのだ。



化学兵器ケミカル・ウェポン生物兵器バイオ・ウェポンも持ってきやがれ! 筋弛緩ガス爆弾と油苔リョゴスだ! たしか用意していたよなぁっ!」


「すぐにお持ちします」


「持ってこなくていい! そいつは屋上にいるヒースコート兵装班長に任せる。上手く運用しろってだけ伝えな」


「はっ!」



 部下の数名がユージーンの側を離れ、兵装庫へと走って行く。そこには汎用武器の他に、魔法兵器マジック・ウェポン化学兵器ケミカル・ウェポン生物兵器バイオ・ウェポンが保管されているのだ。

 特に化学兵器ケミカル・ウェポン生物兵器バイオ・ウェポンは、魔法に頼らない新しい形の兵装として開発されている。こちらはリグレットではなく、魔人族の科学者が開発したものだ。正真正銘、超越者に頼らず発明されている。

 魔法兵器マジック・ウェポンの多くはリグレットが基礎理論を開発しているのだが、リグレットは純粋な科学の方面であまり活躍していない。情報次元を直接観測できるリグレットにとって、世界を構築する法則は探るものではないのだ。

 結果として魔人族は独自に科学を模索し、自信を持って兵器を作り上げた。

 支援兵は兵装庫から筋弛緩ガス爆弾と油苔リョゴスを取り出し、屋上へと運搬する。

 屋上では、割と魔法を苦手とする魔人族が銃で人族兵を退けていた。



「当てることを考えるな。あれだけの数だ。撃つだけで牽制になる!」



 ヒースコート兵装班長が指揮を執る屋上では、一糸乱れぬ隊列を組み、機関銃を持った魔人族兵が弾丸を撃ち続けていた。弾が切れたら後ろに並ぶ者と交代し、決して弾幕を途切れさせない。

 時間稼ぎとしても、防衛としても最適な戦い方である。

 唯一の難点としては、資金をばら撒くような戦い方であるということだ。弾丸も有限であるため、今後のことを考えれば使いすぎない方がいい。しかし、今はそうも言っていられないのだ。

 一万五千の人族兵が一気に砦を攻めてきたのだから。

 そこに、支援兵が兵装庫から武器を運んでくる。



「ヒースコート兵装班長! ユージーン隊長の命令で筋弛緩ガス爆弾と油苔リョゴスを持って参りました。上手く運用しろと言付けを預かっております」


「何……? それは僥倖だ!」



 運ばれてくる筋弛緩ガス爆弾と油苔リョゴスを見ると、かなりの数である。

 しかし、横に長く広がる砦全てを守り切れる量ではない。上手く運用しろとは、そういうことだ。限られた数の兵器を使い、最大限の結果を出せというユージーンの命令オーダーなのである。



「面白い。この私を試されているのですな」



 ヒースコートは兵装班長を任されているだけあって、砦の兵装を熟知している。運用方法など、すぐに思いついた。



「聞け! 奴ら人族兵は地中のトンネルから現れた。このトンネルに筋弛緩ガス爆弾によるガスを投入するのだ! 油苔リョゴスは敵兵が密集している場所に投入し、混乱に陥れよ! 第八小隊から第十三小隊は機関銃での掃射を続けよ。第十四小隊は《風魔法》で筋弛緩ガス爆弾を的確に撃ち込め。屋上からなら狙えるはずだ。第十五小隊から第十九小隊の者に油苔リョゴス運用を任せる。私が合図を出したら、一斉に投げ込むのだ!」



 流れるように指令を飛ばし、第八小隊から第十九小隊までの魔人族は動き出す。弾幕は減ってしまったが、その代わりに第十四小隊が筋弛緩ガス爆弾を用意した。第十四小隊の小隊長は《風魔法》を得意としており、ヒースコートはこの事実を知っていたので筋弛緩ガス爆弾を任せたのである。

 第十四小隊は地中から現れた根のトンネルの内、一つを目標として定める。狙いやすい、最短距離を取れる位置で魔法を発動させた。

 筋弛緩ガス爆弾は《風魔法》で飛ばすことを前提としており、弾丸に似た形状をしている。そのため、空気抵抗を減らしつつ、直線的に飛ばすことが出来るのだ。内部には圧縮された筋弛緩ガスが込められており、着弾と同時にガスが噴き出す。



「真空チューブが完成しました」


「筋弛緩ガスを空気で包み込みます」


「小隊長! やってください」



 元から筋弛緩ガス爆弾は空気抵抗を減らす形状となっているが、《風魔法》を得意とする小隊長は更なる対策を積んだ。真空のチューブを作ることで筋弛緩ガス爆弾の軌道を安定させるのである。爆弾を空気で包み、真空チューブを高速で飛翔させるのだ。

 これにより、真空チューブがレールとなって、狙った位置に当たりやすくなる。

 第十四小隊はヒースコートの期待通り、根のトンネルに筋弛緩ガス爆弾を捻じ込むつもりだった。



「呼吸を合わせろ。カウントスリーで発射する。三、二、一、発射!」



 ヒュン、と音もなく筋弛緩ガス爆弾が消えた。

 そして次の瞬間、砲弾となったガス爆弾が根のトンネルに直撃する。それはSSランク冒険者『鬼神』ベルザードが率いる出口だった。

 まずは放たれた筋弛緩ガス爆弾の勢いで数名の人族兵が潰され、血を撒き散らす。そのまま爆弾は根のトンネルに抉り込み、ガスを大量噴出した。密閉したトンネルという空間が仇となり、人族兵はバタバタと倒れていく。

 そして狭いトンネルの中で折り重なるように倒れたことで、後続の兵士は先に進めなくなった。

 出口あたりで力が抜けたように倒れる彼らを、後続の兵士はどうすることもできない。助けようとすれば、ガスの餌食になって自身も倒れてしまうのだ。



「直撃です!」


「成功ですよ小隊長」


「流石っすね」


「当たり前だ。よし、次のトンネルに撃ち込む。少し移動するぞ」



 冷静な口調だが、小隊長も満足気である。

 第十四小隊は、次なるターゲットを狙撃しやすい位置へ移動し始めた。















連続投稿は三日で終わりです。

次は日曜ですね

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