EP494 《卍剣》
言霊とは、言葉の力である。
だが、それは元をたどると意思力という魂の根源へ辿り着く。魂の最も深い階層である意思次元から意思力は生まれ、意思力によって情報次元が動く。そして情報次元が動けば、現象として物理次元へと表出する。
つまり、意思力とは願い。
言霊とは記号化した願いである。記号そのものが意思力となり、情報次元を定義する。
魔法詠唱とは、情報次元を定義する記号の一種でもあった。
「意思力を俺に委ねろ、ユナ」
「うん!」
特性「意思干渉」と詠唱による意思力の統合。
二人の超越者が持つ意思力と霊力、つまり権能の力を完全融合する術式。それこそが言霊禁呪。
クウとユナは手を繋いだまま、声を合わせて詠唱した。
『冥々たる源霊の剣
鉄は堅く、火は鍛え、水は強める。
役目を知れ、尽く切り裂け
幾百の兵士、幾千の刃
消えゆく奇跡、絢爛たる宴
敗北への前哨、絶望は来れり。
剣とは何か? 切るとは何か?
偽りは止めよ。魂は知っている。
剣は殺すもの。
幾万を殺し、幾億を屠り
狂乱する血を泉の如く沸き上がらせる。
否。
剣は守るもの。
幾万を守り、幾億を救い
安寧の地へと導き給う。
森羅万象に轟かせよ。
冥府の奥地を揺るがせよ。
神の聖地すら覆せ。
真理とは世を縛る傲慢の鎖
如何にして権威を貶めるか?
禁忌を侵す覇道の道
瀑布より落ちる必衰の果て
収束する彼方の呪印。
刻銘に思い出せ、死の王よ。
我が冥界より引きずり落とし
地の底の底へと封印する。
降誕、摂理、天覇、相克
君臨、亡火、骸衣、獄門。
権威を以て宣誓する。
蝕む夜を掻き乱せ。
夢幻より見守る権守の瞳
呪言を謳う王威の唇
命を引き裂く刃を認めよ。』
非常に長い詠唱。
その詠唱に込められた意味は『剣』である。クウもユナも朱月流抜刀術という武術の共通点を持っている。二人の意思力における共通点から、権能を繋げるのだ。
長い詠唱も、リアが時間操作で時を圧縮し、高速詠唱を可能とする。
二人の超越者が意思力を融合し、霊力を統合し、権能を結合する。
「我、魔幻朧月夜の名において命じる。」
「我、聖装潔陽光の名において命じる。」
言葉は重なり、しかし違える。
それでも二人の意思力が僅かでもずれることはない。深い信頼によって結ばれたクウとユナは権能【魔幻朧月夜】と権能【聖装潔陽光】を重ね合わせた。
そして最後の言葉を紡ぐ。
この言霊が、世界へと向けられる現象を。
この言霊が、為すべき目的を。
『――神を殺せ。
《卍剣》』
剣とは力である。
剣とは守護である。
そして剣とは征服である。
禁呪は完成した。
繋いだ二人の手に一本の剣……卍剣が現れる。その刀身には月と太陽を思わせる紋章が施されており、見る者を引き込む神性を感じさせていた。
同時に、光神シンを封じていた幻術も解ける。
「……なんだその剣は」
まるで世界が引きずり込まれているかのような剣だった。そして直感的に、あの剣こそが、この世界を支配していると思った。
(あれは……ダメだ)
光神シンは手加減として自身に課していた枷を一部だけ取り払う。
両手を広げ、権能【伊弉諾】を解放する。すると無数の神剣が現れた。クウとユナには何もする時間を与えないつもりだ。格下である熾天使だとしてもだ。
熱量を極限まで上昇させる神剣。
重力で全てを圧し潰す神剣。
触れた対象を瞬時に湾曲させる神剣。
切ったモノに修復不可能な呪いを与える神剣。
病魔を散布する神剣。
全ての木を滅ぼす神剣。
封印により情報次元を欠落させる神剣。
世界を滅ぼせるほどの力と物量。これが光神シンの保有する神装である。
「結界構築完了、消え去れ!」
神剣を弾丸のように放射する。
それは権能の中でも創造に特化した光神シンだからこそ出来る大盤振る舞いであった。神剣射出による世界への被害は結界で抑え込み、光速で放つ。
しかし、それほどの危機においてもクウとユナは落ち着いていた。
召喚した卍剣を構えることもなく、二人で一本の卍剣を握っているだけだった。まるで戦うつもりがない姿と捉えることも出来る。
だが、これはやる気がないのでも、光神シンの力に恐れおののいたわけでもない。
「それは既に斬った」
「うん、だよねー」
クウとユナはそう言葉を発する。
それだけで、全ての神剣が真っ二つに折れ、砕け散った。幾ら何でも、破壊不能な神剣を瞬間的に、それも無数に破壊するのは不可能だ。
しかし、現に神剣は壊れた。
何の前触れもなく、光神シンが溜め込んできた神装は壊された。
(今、何と言った? 『既に斬った』……だと?)
光神シンはクウの言葉を聞き逃さなかった。
予測を確かめるべく、次なる神装を召喚する。
それは巨大な天球儀であり、自動的に魔を制するシステムだった。星の位置を魔法陣に組み込むことで、恒星のエネルギーを集約するという意味に変える。天球儀の神装は星の位置を自動で観測し、それに応じた魔法陣を自動で生成する。
そして生成した魔法陣は召喚を意味していた。
裏世界と表世界を繋げることで自身の眷属を呼び出すのだ。その眷属は、光神シンが因子を与えた超越者である。
「こっちに来い! パルカクルスよ!」
巨大な魔法陣は天を覆い、黒い稲妻が弾ける。
そこからウネウネと蠢く触手が見え始めた。その触手はドロリとした粘液に包まれていた。
クウは《真理の瞳》を発動し、その固有情報次元を解析する。どうやら、情報次元に防壁をかけていないらしく、いとも簡単に固有情報次元を読み取ることが出来た。
―――――――――――――――――――
パルカクルス 988歳
種族 超越神種大蛞奇
「意思生命体」「粘液」「並列意思」
「分裂」
権能 【病毒婦】
「変異因子」「流体支配」「適応」
―――――――――――――――――――
その正体は巨大なナメクジである。その大きさは城ほどもあるだろう。
権能を見たところ、毒や病を操る力らしい。
「光神シンも超越者を裏世界から呼び寄せることが出来たのか」
「魔法陣から出てくるよ?」
「ああ、でも関係ないな。既に斬っている」
クウがそう言った瞬間、巨大ナメクジの超越者パルカクルスは魔法陣からズルリと這い出た。そして真っ二つに裂け、遥か下方の地面で粘液を流しつつ、ぐったり横たえた。
表世界へと召喚された瞬間、斬られた。
否、既に斬られていたのである。
「ま、超越者だからすぐに回復するだろ」
パルカクルスは光神シンが作成した超越者であり、多頭龍オロチ、炎帝鳥アスキオン、海霊王エーデ・スヴァル・ベラ、妖精シャヌと同等の存在である。
たった一度斬った程度で消滅することはない。
クウの言った通り、パルカクルスはすぐに再生した。
ただし、切り裂かれた二つの部分がそれぞれ再生し、パルカクルスは二体となって蘇った。
「なるほど、「分裂」と「並列意思」か」
この超越者パルカクルスは特性「並列意思」を利用し、分身が出来た。何も知らなければ驚いたかもしれないが、能力を解析しているクウは冷静なままだった。
「卍剣に斬れないものはない。そうだろユナ?」
「うん。でも『斬れないものはない』じゃないでしょ? 『既に斬っていないものはない』だよ」
「あー、そうだったな」
クウとユナは、共に卍剣を握って意思を込める。
言霊禁呪《卍剣》が発動した時点で、世界は既に斬られている。過去、現在、未来における万象が『斬った』という結果に満たされているのだ。
言霊による術の発動こそが原因。
あらゆるものが、既にクウとユナによって斬られている。
「意思次元も」
「既に斬ってるよ」
クウの【魔幻朧月夜】、ユナの【聖装潔陽光】。
この二つの権能が同時に発動している。
故に、「意思干渉」「武器庫」「月」「陽」の特性を融合した術式となっている。卍剣は世界侵食の要領で意思力を広げつつ、「武器庫」によって空間を征服したと見なすのだ。特性「意思干渉」がその結果をもたらす。
更には「月」と「陽」という反対属性も組み込んだ。
これは陰陽を象徴しており、つまりは万象を意味する。
万象の征服。
これこそ、詠唱に込められた言霊の意味である。
”akngkankjaleozielalcdjaAAAAAAAAAAA――――っ!?”
二体に分裂したパルカクルスは、理解不能な絶叫を上げる。
クウの「意思干渉」が込められている時点で、それは意思力攻撃も含まれているのだ。超越者に対して有効な、意思次元攻撃としての斬撃も発動できる。
万象を切り裂いている、とはこういうことだ。
「《素戔嗚之太刀》には及ばないけど……いけるな」
「私とくーちゃんの意思力を合わせているからね!」
魂の危機を感じたパルカクルスは、権能【病毒婦】を発動する。流体……気体や液体に「変異因子」を与えることで、毒物や病原菌に変える。これがパルカクルスの力だ。
目に見えない毒やウイルスと言う脅威が、クウとユナに襲いかかる。
「なるほどな」
《真理の瞳》により、毒とウイルスが靄のように広がっているのが分かった。
しかしクウもユナも慌てない。
二人は既に万象を切っているのだ。過去、現在、未来における全ての万象は征服済みである。
「その毒もウイルスも」
「一つ残らず斬ってるよね!」
斬る対象に例外はない。
万象とは文字通りの万象なのだ。
物質も、法則も、概念も、そして意思力すら。全てを既に切り裂いている。この領域はクウとユナの言霊により、過去も現在も未来も征服されているのだ。微生物であっても、そこに入り込む余地はない。
「まずいな。思った通りだ」
光神シンは再び天球儀を発動させようとする。パルカクルスだけでは足りず、さらなる超越者を裏世界から呼び寄せようと考えたのだ。
だが、それは意味をなさない。
「邪魔だな」
「邪魔だよね」
クウとユナがそう言った。
ただ、それだけで天球儀はバラバラに分解される。いや、切り刻まれる。この天球儀も神装であり、破壊不能だった。しかし、破壊不能という概念ごと断ち切られ……いや征服された。
そしてついでとばかりに、光神シンも全身が弾ける。
剣による征服が発動したのだ。
「今のうちにあの超越者を消すぞ」
「うん」
二人は卍剣を巨大ナメクジの超越者パルカクルスへと向ける。
卍剣が召喚された以上、この領域は既に征服されている。そのため、わざわざ切先を向ける必要はない。それでもこの動作を挟んだのは、単に意思力を集中させるためだった。
「既に斬った」
「征服済みだよ」
”――――っ”
二体のパルカクルスはバラバラに引き裂かれた。すぐに「分裂」を使って再生しようと試みたが、肉片となったパルカクルスは再生できないことに気付いた。
それどころか、虚無の大穴に吸い込まれるような感覚すら覚える。
魂を引き裂かれた激痛は、もはや痛みの絶頂を通り越していた。
超越者は魂の死を迎える。
この言霊禁呪は神を殺すために開発された術式である。天使クラスの超越者ならば、瞬時に消滅させることが出来るだけの力があった。
「余計な霊力を使わされた」
「うん。やろう、くーちゃん!」
「ああ、意思力を斬る」
言霊禁呪は世界侵食を二人で融合発動している状態に等しい。霊力の消耗は甚大であり、長時間の発動には向かないのだ。間もなく術式が解除される。
しかし、長く発動する必要はない、
「実戦運用も慣れてきた。本命を叩く!」
先の攻撃から回復した光神シンは、次なる神装を召喚していた。手に持つのは銀の杯。聖杯エカテリックと名付けられた神装である。
クウとユナは関係ないとばかりに、光神シンの意思次元を切り裂いた。
だが、代わりに聖杯が砕け散った。
「っ!? 一撃で聖杯が砕けただと!?」
光神シンは驚いていたが、クウとユナも驚いていた。
「確かに光神シンを斬った。まさか身代わりの……」
「みたいだね。意思次元攻撃にも対応しているのかな?」
「意思次元攻撃に対応しているというより、因果系の力みたいだな。攻撃を受けたという結果が、あの神装に移されるんだ。ユナ、本気でやるぞ」
「うん」
言霊禁呪《卍剣》は世界侵食と同等だ。
世界へと浸透した意思力は、クウとユナを味方する。まして、この術式は二人分の意思力が込められているのだ。神を殺すために、意思力の面で上回るべくこの術式を開発した。
霊力が足りないなら、意思力で殺す。
意思力を以て、領域全てを征服する。
そして領域に踏み込んだ光神シンは、既に征服されている。
「くっ……」
身代わりとなる聖杯エカテリックにはストックがある。光神シンはそれを次々に展開した。攻撃している暇などない、自身を消滅させる可能性がある《卍剣》は、プライドを捨てても防がなければならないのだ。
聖杯エカテリックを展開しつつ、権能【伊弉諾】で新しい聖杯も創造し始めた。
一方でクウとユナは意思力を合わせる。
「心配するなよユナ」
「そうだねくーちゃん」
「俺たちは因果を操っている。この空間は既に征服している。言霊を以て、既に世界に命じている。だから心配するな。『既に斬っている』」
「うん。『既に斬っている』ね」
クウとユナは互いに言い聞かせる。
数千も展開されている聖杯エカテリックが一斉に砕け散った。
そして光神シンの背中で輝きを放つ、六つの光輪がそれぞれ破壊される。万象は過去、現在、未来において斬られており、光神シンの魂も既に斬られていた。
防ぐ、防がないの問題ではない。
身代わりとなる聖杯が砕け散った以上、光神シンは魂を直接削られた。
「があああああああああああああああああああ!?」
意思次元攻撃とは、魂の根底を傷つける。
霊力体は幾ら傷つけても回復するし、情報次元も意思次元から回復可能だ。しかし、意思次元は簡単に再生することが出来ない。魂に甚大なダメージを与えるからだ。
仮にも神である光神シン。
そんな彼でも魂を直接傷つける攻撃は防げるものではない。
(油断した)
撤退を決意した光神シンは、空間転移の魔道具を取り出す。神装とまではいかないが、普通の人間には作れないほど高度な道具だ。
これにより、クウとユナの支配する侵食領域から逃れようとした。
光神シンの姿が掻き消える。
しかし意味をなさない。
「なに?」
光神シンは空間転移を成功させた。
しかし、その転移先へと続く空間の接続が断ち切られ、移動に失敗した。つまり、転移先の情報がかき消されてしまい、同じ場所へと転移したのである。
卍剣に斬れぬものはない。
物質も概念も意思すらも切り裂く。
再び因果が結ばれる。光神シンの意思次元は、既に百回切り裂かれたことになった。
「―――ぁ」
光神シンは力を失い、落下する。
それと同時にクウとユナも限界を迎える。
言霊禁呪《卍剣》は解除された。
《卍剣》による意思次元攻撃はそんなに強くありません
だから何度も意思次元を斬られて、ようやく致命傷となります
では良いクリスマスを(煽り)





