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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編

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EP493 裏切りの時


 破壊の閃光によって揺れる船団。

 北の空から飛来する深紅の流星群が海面を穿ち、人族軍は混乱していた。

 そんな中で船団の最も後ろに位置する船は、まだ被害がなかった。



「ブラックローズ様。どうやら魔族の攻撃だと連絡が」


「だろうな……」



 エルフの従者を数名従えた名門ブラックローズ家の当主、エリックス。彼には兵器リヴァイアサンの従属権利である呪符が与えられている。




「この兵器を使うべきか……」



 心の底から敬愛する光神シンより与えられし究極の兵器。同じく敬愛する女王ユーリスからそのように伺っている。別にそれを疑っているわけではないし、そのような兵器の運用権限を任されたことは誇らしい。だがしかし、破壊兵器と伺っているため、防衛に使えるのかは謎である。



「ブラックローズ様。今こそ兵器リヴァイアサンを使うべきです!」


「あの赤き攻撃がいつここに飛んでくるか……当主様!」


「わかっている。だが、兵器とは使えば良いものではない」



 エリックス・ブラックローズはちゃんと理解していた。

 兵器は使い方が重要であることを。

 破壊兵器を防衛戦力として考えるのは愚かなことだ。破壊の力を振りまくだけの兵器が無制限に力を放てば、味方にまで被害を与えてしまう。



「兵器リヴァイアサンの性能は聞き及んでいる。慎重にコントロールし、一部の力のみを解禁する」


「しかしブラックローズ様……一部の力では……」


「全ての力をこの場で解放し、船団ごと自滅したいのか?」



 呪符を手にすることで、兵器リヴァイアサンの性能をよく知っている。全ての力が無制限に解放された時、この海上から人族連合軍の船団が消え去ることを理解していた。

 だからこそ、一部しか使わない。



「兵器リヴァイアサンは全てを凍てつかせる。氷の結界により、我らが軍を守ってくださるだろう」



 エリックス・ブラックローズは高々と呪符を掲げた。

















 ◆ ◆ ◆















 ベリアルの放った《一矢黒葬ネクロシス》は海水の粘性抵抗すら貫いて、深海に潜む兵器リヴァイアサンに直撃した。

 死の瘴気は情報次元を殺す。

 兵器リヴァイアサンは長い胴体が抉り取られ、反撃せんとばかりに暴れ始める。

 ミレイナの放った《爆竜息吹ドラグ・ノヴァ》が流星の如く降り注ぎ、更には兵器リヴァイアサンの暴れる勢いによって海面は大嵐のようになる。次々と船は沈没し、人族連合軍は既に軍としての秩序を保っていなかった。



(隙を突けばこの程度……)



 ベリアルは二発目の矢を用意する。

 《一矢黒葬ネクロシス》は全ての瘴気を一撃に込めるため、二発目を用意するにはかなりの時間が掛かってしまう。致命的なダメージを負った隙に、クウから送られてくる霊力を瘴気へ変換していた。

 まだしばらく時間はかかるだろう。

 そんなとき、兵器リヴァイアサンが起動する。エリックス・ブラックローズが呪符を使い、兵器リヴァイアサンを操り始めたのだ。



(これは……海水の温度が低下しているですって?)



 兵器リヴァイアサンは熱エネルギーを吸い取ることで周囲を氷結させる。そして吸収したエネルギーを元に水を生成したり、水を操ったりすることが出来るのだ。効率的エネルギー循環が、兵器リヴァイアサンの運用を簡素にまとめていた。

 呪符により与えられた命令は人族軍を守ること。

 更には元から設定されている基礎命令マスターコマンドとして、自己防衛も発動した。

 外敵として認定したベリアルを排除し、深紅の流星から人族連合軍の船団を守る。



(海から離れないと!)



 このままでは海ごと氷漬けにされてしまう。そう思ったベリアルはすぐに脱出を図った。

 凝固温度がゼロ度を下回るはずの海水でさえ、瞬時に凍る。荒波で揺れる船団を固定し、船団全てを覆い尽くすように氷のドームが形成し始める。

 そして海中に沈んでいた者は氷に押し上げられ、海上へと出ることが出来た。

 不本意ながら、ベリアルも同様にして海上へ脱出する。



「私を敵と認定していたみたいだけど……敵味方を区別して助けることは出来なかったのね」



 兵器リヴァイアサンに搭載されている思考ルーチンは高性能だが、そこまでのことは出来ないらしい。お蔭で助かった。

 尤も、元はベリアルも精霊の一種なので、その気になれば氷などすり抜けられたが。

 概念で創られた氷ならともなく、海水を凍らせただけなら脱出は容易い。



「助かったぜ……」


「こっち来てくれ。息が止まってる仲間がいるんだ!」


「さ、寒い」



 海に投げ出され、助かった連合の兵士たちはかなり多い。彼らは凍った海の上で震えていた。

 【砂漠の帝国】が暑い環境であっても、凍った海は流石に寒い。早速とばかりに《炎魔法》のスキルを使い、それぞれで温まっていた。



(このまま戦えば、私が潜入していることもバレそうね。それはそれでいいのだけど……)



 現在、兵器リヴァイアサンは急速に氷のドームを作成し、降り注ぐミレイナの《爆竜息吹ドラグ・ノヴァ》から人族連合軍を守ろうとしている。

 隙だらけなので、狙うなら今だろう。

 初めの《一矢黒葬ネクロシス》で既に胴体の一部がかなり抉れている。同じ場所にもう一撃を放てば、確実に切断できるはずだ。そうなると、兵器リヴァイアサンもただでは済まない。

 ベリアルは二つの案を天秤にかける。



(ま、もう潜入なんて面倒だしいいわよね。マスターからも適当にしていいって言われているし)



 どこかウキウキした雰囲気で、ベリアルは右手に瘴気を集中させた。それは誰から見ても禍々しいものであり、周囲で見ていた者たちは緊張した視線を向ける。

 死の瘴気は矢の形となり、同時にベリアルは左手に持った弓へとつがえた。

 その狙いは勿論、兵器リヴァイアサンである。



「あ、あんた何をして―――」


「邪魔よ」



 近寄って手を伸ばしてきた冒険者の一人を、ベリアルは威圧で押し退ける。準超越者の威圧を受けた冒険者の男は、思わず腰を抜かしてしまった。凍った海で強く腰を打ってしまい、痛そうに表情を歪める。

 そしてベリアルの威圧に気付いたのか、多くの者たちが注目していた。



「今度こそ滅びなさい。《一矢黒葬ネクロシス》」



 漆黒の矢が放たれ、兵器リヴァイアサンは反応するまでもなく貫かれた。そして死の瘴気が炸裂し、兵器リヴァイアサンの長い胴体が引きちぎられてしまった。

 人族連合軍の中で、ベリアルはそこそこ有名である。 

 SSSランク冒険者のレインに従う相棒という名が浸透しており、冒険者の中では特に知られていた。そんな人物が味方の兵器である兵器リヴァイアサンを破壊したのだ。動揺が走る。



「な……何をしているんだベリアルさん! あれは俺たちの味方だ!」



 どうやらベリアルが魔物と勘違いして攻撃したと思ったようだ。近くの男が注意する。もはや注意で済まないところまで来ているが、ベリアルが裏切ったとは思わないらしい。

 それだけ、レインは信頼されているのだ。

 同様に、相棒であるベリアルも信頼されていた。

 しかしベリアルは無情な答えを返す。



「いいえ敵ね。そして貴方たちも敵よ」



 準超越者としての威圧を解放したベリアルの前に、誰も立ち上がることは出来ない。

 そして兵器リヴァイアサンを完全破壊するため、《一矢黒葬ネクロシス》で消耗した死の瘴気を回復し始めた。クウから送られてくる霊力を変換し、死の瘴気を生み出す。

 禍々しい姿のベリアルを見て、もはや誰も彼女を信頼できる味方だとは思わなかった。いや、心のどこかではベリアルを信じているが、本能で拒絶しているというのが正しい。

 魂がベリアルを畏れているのだ。



「うぁ……」


「ひぃぃいっ!」



 そんな悲鳴も少なくない。

 折角、氷のドームが完成して降り注ぐ《爆竜息吹ドラグ・ノヴァ》を防げるようになったにもかかわらず、内側に敵が潜んでいたのだ。それはまさに絶望だった。














 ◆ ◆ ◆
















 時を同じくして、人魔境界山脈の砦より西側。

 クウ、ユナ、リアは光神シンと激闘を繰り広げていた。



(ベリアルの方に霊力が持って行かれるな……向こうも戦い始めているのか)



 クウは《熾神時間セラフィック・タイム》で光神シンと一騎打ちしていた。相対時間を操るクウは、光神シンが一秒を観測する間に百万秒……つまり十日以上を観測する。

 強すぎる術式には欠点があり、この術式《熾神時間セラフィック・タイム》の発動時間は十万分の一秒で最大だ。百万倍に引き伸ばされるクウの相対時間で換算しても、十秒が限界である。

 しかし、それだけあれば充分だ。



「……っ!」


「またか。その瞬間移動……」



 今はクウに喋る余裕もなく、光神シンはクウの術式を見てもメカニズムを解析できない。

 基本、クウは《熾神時間セラフィック・タイム》を百万分の一秒から百万分の三秒ほどでしか発動していないため、解析するにも時間が足りないのだ。そもそも、意思次元を操作して体感時間を錯覚させるという無茶苦茶な術式を解析できる方がおかしい。

 超越者の術式は殆どが情報次元に作用するものであり、意思次元にまで影響を与えることが出来る存在はごく僅かなのだ。

 残念ながら、裏世界に引きこもっていた光神シンは、意思次元攻撃を見抜く知識を持っていなかった。



(ユナとリアは……まだか)



 クウが相手をしている間に、ユナとリアはそれぞれで術式を整えている。

 光神シンに対して有効と分かっている《熾神時間セラフィック・タイム》を連発し、演算力を酷使しながらも戦い続ける。

 光神シンが神剣・天霧鳴アメノキリナリでクウの固有情報次元を分解しようとする。だが、クウは相対時間を操作し、光の速度を越えて回避して見せた。

 放つ神刀・虚月の一閃は光神シンすら切り裂き、時にはその神器を破壊する。

 光神シンの持つ神器・八咫鏡ヤタノカガミは攻撃を跳ね返すため、情報次元を切り裂く力によって破壊不能の性質ごと神器を壊す。



「く……厄介な奴め」



 光神シンとしても、ここまで圧倒されるのは面白くない。だが、神としての全ての力を解放したならば、世界エヴァンが崩壊する事態へと陥るだろう。

 それは光神シンにとっても避けるべきことだ。



(時間を遅くしても天使の速さに追いつけないとはな……)



 時間が遅くなっているのではなく、時間の認識レベルが低下しているのだ。

 クウと光神シンが打ち合ったと思えば、クウはその場から消えて背後に回り込む。同時に光神シンの背中は切断されている。それに反応しようと振り返れば、今度は足が切断されているなど、光神シンは翻弄されてばかりである。

 だが、この無敵のような時間も長くは続かない。

 世界侵食イクセーザは意思力を世界へ浸透させる術式であり、その発動は長くないのが普通だ。

 クウの《熾神時間セラフィック・タイム》は十万分の一秒が最大発動時間であり、何百回も細かく連続発動すれば限界は訪れる。



「く……」



 消耗し始めたクウは、ここで大技を使う。

 両手に魔素とオーラを凝縮しながら引き延ばし、細長い杭のように形成。それに「意思干渉」による意思次元攻撃を付与し、投擲した。

 しろがね魔術《神殺銀槍かみころすしろがねのやり》である。

 神器・八咫鏡ヤタノカガミを破壊された光神シンは反射することが出来ず、真後ろから殆どゼロ距離で放たれた《神殺銀槍かみころすしろがねのやり》の直撃を受けた。



「が……っ!?」



 魔素とオーラが霊力体を焼き、付与された意思次元攻撃でダメージを受ける。

 クウはチラリとユナの方を見た。



(いけるか?)


(うん)



 言葉なくとも、アイコンタクトだけで意思疎通を完了させる。そして《神殺銀槍かみころすしろがねのやり》により僅かに見出した光神シンの隙を逃さない。



「たっぷりと味わってもらうぞ。《無の鎖》、《夢幻》」



 意思次元を縛る《無の鎖》。これは縛られているという錯覚を与えることにより、本当に動け無くしてしまう力だ。ないハズの鎖によって、縛られる。故に《無の鎖》。

 縛っているのは霊力体ではなく意思力。つまり、気合で乗り切る以外の脱出方法はない。

 灼熱で融解させることも、能力で鎖を分解させることも不可能だ。

 そして最強幻術《夢幻》により、思考を希薄化させる催眠を仕掛けた。幻術において五感を完全支配する催眠は最高峰の力であり、非常に繊細な術式でもある。

 そして思考の希薄化とは、つまり演算力を鈍くすることである。これにより、《無の鎖》の拘束力を引き上げたのだ。



(これで少しの間は時間が稼げる!)



 クウは翼を広げ、瞬間移動を思わせる勢いでユナの側へと移動した。

 するとユナはクウの左手を取り、しっかりと手を繋ぐ。二人は目を合わせて、同時に心も合わせる。



詠唱・・する。ユナ、お前の権能を貸してくれ」


「うん! まずは私からだね!」



 近くにいたリアは、それとなく神魔杖・白魔鏡を構えて権能【位相律因果フォルトゥナ】を発動した。これにより二人は結界に囲まれ、内部の時間が加速する。

 クウとユナの意思力が融合し始めた。















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