EP492 赤い砲撃
人族連合軍の海上部隊は無事に魔族領、【砂漠の帝国】へと上陸した。
初めての砂漠。
人族領には存在しない、新しい環境だ。当然ながら、その暑さと乾燥で体調を崩す者もいる。【砂漠の帝国】において、日差しというのは毒に等しい。肌を蝕み、体力を奪う。砂漠に慣れていない人族からすれば、もはや暑いというより痛いという感覚だった。
「これは予想外だね」
「暑いのは苦手かしら?」
「ああ、こんなに暑いなんて思わなかったよ」
『覇者』のレインですら、この暑さに辟易していた。
「まずは積み荷を降ろし、ここに簡易的な基地を作ることからだね。それまで、僕たちは特にすることがないみたいだ」
「それまでは休みましょう。この砂漠に慣れないといけないわ」
ベリアルは精霊の一種であり、暑さや寒さでコンディションが低下することはない。しかし、今は潜入中であるため、暑がるふりをしていた。
連合軍は戦闘員が殆どではあるが、支援要員や工兵もいる。
今は簡易的基地の建設が最優先であり、工作要員がせっせと働いていた。
(兵器リヴァイアサン……破壊しておくべきかしら?)
ベリアルの仕事は裏切りである。
人族連合軍に潜入し、その連合が使用する兵器を破壊するのだ。
(リヴァイアサンを操るのは……確かエリックス・ブラックローズね。現ブラックローズ家の当主と聞いたのだけど……どこにいるのかしら?)
普段、ベリアルはレイン・ブラックローズと行動を共にしている。そしてブラックローズ家の当主であるエリックスとレインの間には因縁があった。
かつて、幼いレインは精霊に選ばれなかった。
エルフの中では珍しい、精霊との間に適性を持たない子供だった。そして七長老家のブラックローズに属する者が、精霊と契約できないなど言語道断。故にレインは成人と同時に家を追放された。
今は精霊王フローリアの消滅と同時に精霊が消えさり、全てのエルフが精霊との契約を消失している。
精霊魔法も消え去り、全てのエルフが等しく力を失った。
元から精霊の力を使うことが出来なかったレインも、今なら家に戻ることを許されるだろう。しかし、百年以上も続いた因縁は簡単に解決しない。今もレインは、敢えてエリックス・ブラックローズと会おうとしなかった。
結果として、ベリアルもエリックスの姿を見ていない。
(最悪は、リヴァイアサンを直接破壊すればいいわね)
手っ取り早いのはエリックス・ブラックローズが持つコントロール用呪符を壊すことだ。しかし、準超越者であるベリアルなら、兵器リヴァイアサンも破壊することが出来る。
それに、この破壊作戦はベリアルだけで遂行する必要もない。
「時間ね。そろそろかしら」
ベリアルは遠くを眺めつつ、呟いた。
◆ ◆ ◆
ベリアルが兵器リヴァイアサンを感じ取りつつも危機を覚えなかったのは、既に【砂漠の帝国】で対策が為されていたからだった。
リグレットの監視衛星は常に稼働している。
当然ながら、海上を進む人族連合軍の船団を感知していた。
故に【砂漠の帝国】で守護を担当しているミレイナ・ハーヴェが迎撃する。
「ふん。揃いも揃って雑魚ばかりなのだ」
「アレを雑魚と呼べるのなら、お前も成長したものだ。ミレイナ」
遠くを見る魔道具により、竜人の里【ドレッヒェ】から人族連合軍の様子を観察していた。ミレイナは竜人族の長シュラムと共に、迎撃作戦を担当していたのである。
海上から砂漠へと上陸した人族連合軍の数は一万五千ほどだ。かなりの数を投入してきたといえる。
「どうするミレイナ?」
シュラムが問いかけた意味。
それは、出撃して人族連合軍の大軍を叩くか、【ドレッヒェ】へ到達するまで待って反撃するか、ということだ。こちらが出撃すれば、大軍の中に突撃しなければならない上に、【砂漠の帝国】側は行軍という消耗を強いられる。
つまり、出撃は得策といえない。
砂漠に慣れた竜人であっても、海のある最南端まで毒を持つ魔物と戦いながら移動するのは至難だ。
「あの軍は壊滅させていいとリグレットから言われているのだ。その代わり、壊滅させるのは私の役目だと言われた」
「そうか……」
今回の戦争は神の思惑が絡んでいる。
調停者として天使が関わるに十分だ。最も避けるべきは、この世界の住民が泥沼の戦争に陥り、負の意思を大量に放出することである。それを避けるために、何も考える暇もない超越者による殲滅は間違った行動ではない。
あるいは、世界への被害を避けるために敵兵器のみを破壊し、兵士は捕虜とすることで戦力を減らす。
それがリグレットの命じた行動だった。
この場においてミレイナがするべきなのは、超長距離からのブレス攻撃。それによって船団を破壊し、物資に損傷を与えることである。
「ミレイナ、任せよう」
「任せるのだ」
魔道具によって人族連合軍を観察していたのは【ドレッヒェ】にいる竜人の長と幹部……シュラム、フィルマ、ザントである。三人は竜人族最強の戦力であり、三人が判断すれば、それは竜人族の総意となる。
シュラムがミレイナに任せると言えば、それが竜人族全体の考えとなった。
尤も、竜人族の中で最も強いミレイナが主張すれば、シュラムの考えすら覆るのだが。
「よく魔道具を見ておくのだ。さっさと壊滅させる」
ミレイナは部屋の窓から身を乗り出した。
それを見てシュラムはこめかみを抑えつつ呟く。
「……いくら戦いに身を置く者とは言え、少しは淑女らしく――」
「では行ってくるのだ!」
「……」
シュラムが言い終わる前にミレイナは飛び立つ。天使翼を広げ、空高くへと去って行った。フィルマは軽く噴き出し、ザントは優しい目でシュラムの肩に手を置いた。
一方で窓から飛び出したミレイナは、《天竜化》を発動して一気に上空まで昇る。
雲よりも高く上ったミレイナは、深紅の竜翼を精一杯広げて留まる。
「……すぅぅ」
ゆっくりと息を吸い込み、同時に霊力と気を口に集めた。
攻撃的な意思力によって気は変質。深紅の雷となる。極限まで圧縮されたエネルギーは、更に権能【葬無三頭竜】の力を受けて強化される。
破壊の権化となり、空が赤くなった。
「収束版なのだ! 《爆竜息吹》!」
ミレイナの咆哮と同時に、エネルギーが弾けた。
超越者の圧縮された力が解き放たれ、深紅が空を裂いた。
◆ ◆ ◆
「あれは……?」
砂漠の南。
その海岸で一人の兵士が呟いた。その兵士は北の空を眺めており、伝染するように周りの兵士たちも北の空を見上げて行く。
すると、遥か先から迫る赤い何かが見えた。
しかし既に遅い。
深紅の一閃は瞬時に到達し、海を穿った。
「な……っ!」
海面が弾け、大爆発が起こり、海上で停泊していた船団が砕け散る。波打つ海は全てを飲み込み、深紅の砲撃はエネルギーを散らしながら海面を穿ち穴をあける。
突如として生成された海の大穴に向かって海水が流れ込み、多くの船が巻き込まれた。
『ぐああああああああああああ!』
様々な悲鳴が混じり合い、不協和音となる。船団が砕ける音、海水が弾ける音、そしてミレイナが放った深紅の気が放つ雷のような音も。
この大爆発は北からやってきた赤い砲撃によるもの。
つまり、魔族による攻撃だと誰もが察した。
「魔族に気付かれていたのか……!」
「一体どこからこんな攻撃が!」
「に、逃げないと!」
「どこに逃げるってんだよ」
「それよりも物資が……これじゃ食料もなくなっちまう!」
「ボーっとするな! 海に投げ込まれた奴を助け出せ!」
今の衝撃で船団の内の五十隻が破壊され、物資と共に連合軍兵士も多くが海に投げ出された。助かった者たちは急いで海へと流れた兵士たちを助けるために行動を開始する。
「負傷兵を固めておいてくれ!」
回復班が仕事を始める。
流石に先程の衝撃で怪我人も多く出た。ミレイナの放った《爆竜息吹》は人族連合軍における海上戦力の一部を破壊しただけだ。しかし、たったの一撃で受けたダメージとしては強力すぎた。
一度は霧の結界で港町に戻され、今度は謎の閃光によって打撃を受けた。
まだ魔族と戦ってすらいないのに、この被害。
連合兵士の中には、もう嫌になっている者すらいた。
「早くっ!」
そんな怒号の中ですら、気力を失って座り込む者が幾人もいる。壊れた残骸に背を預け、放心した様子で空を眺めていた。
この船団の中で最も強い『覇者』のレインは声を張り上げる。
「早く動くんだ! 次が来ているよ!」
絶望の一撃は、一度で終わらなかった。
レインの言葉を聞いて皆が北の空を見上げる。すると、彼方で空が赤く染まっていた。ミレイナの放った《爆竜息吹》は二発目、三発目がある。
最強の冒険者として、レインはレイピアを抜いた。そしてスキル《魔力支配》を使い、魔法武器のレイピアは刀身に魔力を纏う。武器の魔法効果により、貫通力が強化された突きが放たれる。
「貫け!」
その言葉は願いのように、強い意思を持つ。そして迫る《爆竜息吹》を穿つため、空気を裂いて魔の斬撃が飛んだ。
魔力斬撃にも似た魔力刺突。
音速で刺突が《爆竜息吹》を食い破るため、ぶつかった。だが、ミレイナの《爆竜息吹》は、超越者の霊力と気を凝縮した攻撃だ。人族最強とは言え、レイン程度の攻撃など一瞬で呑み込む。
「なっ……」
レインにとって全身全霊の一撃だった。
しかし、相手が悪すぎたのだ。そして二度目の魔力刺突を放つまでもなく、《爆竜息吹》は海を穿つ。深紅のエネルギーが海を割り、船団を破壊する。
「魔族があああああああああああ!」
珍しく声を荒げたレインは、北の空を睨みつける。
そして驚愕した。
空が深紅に染まっていたからである。つまり、三発目がやってきていたのだ。いや、空はどんどん赤く染まり続けている。四発目、五発目も迫っているのだろう。
船団を一瞬で破壊する魔族の砲撃。
この力に絶望しない者はいなかった。
深紅の砲撃が次々と着弾し、船は破壊され、臨時工事で作った港も壊れる。揺れや船の崩壊で海に投げ出される者も少なくなかった。
「ベリアル! 早く退避を―――」
レインは隣にいるはずの仲間へと声をかける。だが、周囲を見渡してもベリアルの姿はなかった。
(まさか衝撃で)
しかしレインも余裕があるわけではない。
兵士たちは鎧を着ているせいで、海に落ちると浮き上がることが出来ない。助けを必要としている人はいくらでもいる。近くにいない相棒より、すぐ近くで助けを求めている者を助ける方が先だ。
「く……掴まれ!」
「済まない! たずげっ―――」
「喋るな。水を飲んでしまうよ!」
海に落ちたであろうベリアルを必死に探しつつ、レインは救出を急いだ。
◆ ◆ ◆
(あれが兵器リヴァイアサン)
ベリアルは海の中で対象を発見していた。
ミレイナが連続して放った《爆竜息吹》はある意味で囮だった。ベリアルは混乱に乗じて姿をくらまし、海底に潜む兵器リヴァイアサンを見つけたのである。
目的は当然、この兵器の破壊だ。
光神シンの作成した兵器は脅威であり、可能ならば即座に破壊するべきである。そして今ならば破壊しても問題ないだろう。
(さ、やりましょうか)
準超越者であるベリアルは、海中でも自在に動ける。呼吸不可能な環境でも問題ないし、水の粘性抵抗も関係ないのだ。
死の瘴気で弓を顕現させ、矢を構える。
一撃で物質を消滅させる《一矢黒葬》。ベリアルが一度に使える全ての瘴気を凝縮し、死を与える一矢だ。
それが力強く放たれた。
超越者が頑張り過ぎて、戦争が戦争にならない図
さて、誤字修正機能が素晴らしいですね。読者の方が誤字修正を作者へと提供できるシステム。これにより、修正が楽なものになりました。
凄まじい勢いで修正してくださる積極的な方がいましたね(笑)
こうしてみると、あらためてこのサイトが作者だけでなく読者によっても支えられていると実感します。修正の提案、ありがとうございます。一人一人へと返信はきりがなくなってしまうので、後書きにてお礼を申し上げます。
 





