EP491 耐性
アリアは神槍インフェリクスを片手に兵器ベヒモスを破壊しようと試みる。しかし、その度にセイジは因果系能力《絶対逆転》を発動させる。そもそも自動発動らしく、解除する方法があるわけでもないようだ。
今ではアリアも諦め、セイジを叩きのめすべく攻撃を仕掛けていた。
「邪魔だ」
権能【神聖第五元素】によって神聖粒子を広げたアリアに隙は無い。特殊な粒子はアリアの意思力を受けて次々と現象に変換され、セイジに襲いかかった。
雷鳴が轟き、大地が噴火し、空間が裂け、呪いが降りかかる。
しかしセイジには権能【破邪覇王】で獲得した耐性がある。アリアの攻撃は殆どすべて防御され、周囲の空間を固定することで捕縛しても《絶対逆転》で脱出される。
「させない。ユーリスさんたちが砦を落とすまで、絶対に耐えるんだ!」
セイジは意思力こそ低いが、それなりの根性はある。
現に、何度も叩きのめされ、敗北を経験しても勇者としてあり続けた。その経験から、獲得した権能は決して負けないためのものとなった。
ピンチを切り抜ける術式、そして耐性の獲得。
今のセイジは攻撃の力こそ弱いが、耐えるだけならかなりの力を持っている。
(く……)
アリアはチラリと兵器ベヒモスの方へ目を向けた。
(あの兵器が砦に向かうのは拙い)
山脈の砦は最高の錬金術師リグレットが改造したものだ。非常に堅く、魔法すら跳ね返し、内側からは魔法兵器が火を噴く。
普通ならばアリアも心配しなかっただろう。
しかしあの兵器ベヒモスは光神シンが用意したものだ。アリアの頭の中で警戒音が鳴りやまない。
「はぁっ!」
アリアは神槍インフェリクスを投げる。音速を軽く突破した槍は、一直線に兵器ベヒモスを貫くべく、空気を裂いた。しかし、ここでセイジの《絶対逆転》が自動発動する。
まるで空間を飛び越えたかのように、セイジは槍の前に移動した。そして剣で槍を弾く。
アリアは仕方なく槍を召喚し、手元へと戻した。
(何度隙をついてもダメか)
無理と分かっていても、試してしまう。
因果系能力の理不尽さは身に染みて理解している。それでも、この状況は苦々しいものだった。
「僕が相手だ。無視はさせないよ」
「ではこれでどうだ?」
アリアは神聖粒子を現象へ変換し、赤黒い球体を手元に呼ぶ。それはクウの月属性で発現できる消滅エネルギーだった。月属性はクウの固有ではないため、情報次元さえ再現できればアリアでも扱える。
何度もクウの消滅エネルギーを見てきたアリアなら問題なかった。
「これならば耐性もないだろう! 《月蝕赫閃光》!」
「っ!?」
アリアが手元に出現させた消滅エネルギーは囮。
本命はセイジの周囲で急激に膨張した《月蝕赫閃光》である。消滅エネルギーを解放することで、球状にあらゆるものを消し去る。それが《月蝕赫閃光》だ。セイジの周りで三十ほどの《月蝕赫閃光》が発動し、セイジを一気に飲み込んだ。
アリアの権能【神聖第五元素】は粒子を空間に散布させる領域型だ。領域内部は全てアリアの手の内であり、何処からでも現象を発現できる。つまり、クウの消滅エネルギーよりも使い勝手が良くなっていた。
(効いたか。感謝するぞクウ)
即座に短距離転移を発動し、大地を駆けるベヒモス三機の前へと現れた。そして槍を軽く振るう。すると衝撃波が生じ、ベヒモスは三機とものけぞった。そしてバランスを崩し、倒れそうになる。
そこでベヒモスは姿勢制御システムを起動し、立て直した。
だが、それによって失速する。
「すまない。ここで死んでくれ」
ベヒモスは攻撃兵器ではなく輸送兵器だ。
内部には多数の人族が乗り込んでいる。しかし、アリアはベヒモスを消滅させることに決めた。光神シンが作った兵器なのだから、動きを止めるだけでは何が起こるか分からない。
後ろにはアリアが守ると決めた魔人族たちがいる。
そのために、人族を大量虐殺することは躊躇わない。
「《月蝕赫閃光》!」
赤黒い消滅エネルギーが膨張し、三機の兵器ベヒモスを飲み込もうとする。セイジは《月蝕赫閃光》に飲み込まれているため、助けに来ない。
今度こそ終わりに思えた。
しかし、人族の大部隊が乗っている兵器ベヒモスを破壊されると光神シンとしては困る。
兵器ベヒモスには対策が用意されていた。
(あれは……何をするつもりだ?)
三機の兵器ベヒモスは口に当たる部分を開いた。ガパリと大きく開かれた口の奥は、真っ暗な闇となっている。アリアですら、吸い込まれるような闇だと感じた。
いや、この口は本当に吸い込むのだ。
「消滅エネルギーを吸い取っているだと? どういうことだ」
アリアは驚いた。
消滅エネルギーは、エネルギーと呼称しているが、これは一つの概念である。情報次元を削り取る消しゴムのような力。それを吸収するなど、驚かないはずがない。
つまり兵器ベヒモスが吸い込んでいるのは概念そのもの。
情報次元に含まれる情報体……すなわち概念を切り取る光神シンの力が付与されているのだ。光神シンの権能【伊弉諾】は情報次元のカット・ペーストだ。光神シンが作った兵器にその力が継承されていることに不思議はなかった。
「厄介なものを仕組んでくれたな!」
消滅エネルギーが吸い込まれたということは、アリアの神聖粒子も吸い込めるということになる。超越者に対抗できるような兵器を与えていることから、光神シンの本気度が窺えた。
そしてアリアが兵器ベヒモスを破壊しきれなかったため、セイジも再生を終えた。
「ベヒモスには近寄らせないぞ!」
「ちっ……」
セイジは神剣のコピーを作成した。神剣・天叢雲剣によって嵐を呼び、アリアへと叩き付ける。目も開けられないほどの暴風が生じ、仕方なくアリアは権能で対抗した。神聖粒子を暴風に変換し、それによって相殺する。
その間に兵器ベヒモスは三機とも駆け出し、砦に突進を仕掛けた。
頭部にある二本の角で陽電子が集まり、対消滅による攻撃が準備される。
「邪魔だ! 退け!」
「絶対に僕が守るんだ!」
「お前は異世界人だろう! どうして無関係なこの世界に手を貸す。どうして私達、魔族を殺そうとする。半端な心で私の前に立ちはだかるな!」
「半端な気持ちで戦いの場にいるわけじゃない! 僕は……僕は! 魔族からこの世界を守ってみせる!」
アリアはまるで話が通じていないと感じた。
魔族という存在は光神シンによって無理やり定義された区分に過ぎず、本来は人族と魔族といった分類は存在しない。そして魔族も魔王アリアも、世界に害をなしたことはない。
完全にセイジの勘違いだ。
しかし、魔王が悪であると信じ切っているセイジに説得は無意味だろう。
「リグレット、やれ」
アリアは念話で伝えた。
本国【レム・クリフィト】で待機しているリグレットはアリアの声を感じ取り、衛星兵器による介入を開始した。
光の柱が天地を結ぶ。
衛星兵器は宇宙空間で太陽光を蓄積し、それを放射する。純粋な物理攻撃といえど、光速の攻撃なのだ。セイジでは反応できず、兵器ベヒモスの一機へと直撃する。
だが、兵器ベヒモスの背装甲でレーザー光線は拡散した。どうやら電磁バリアが張られているらしい。衛星兵器のレーザー攻撃は概念攻撃ではなく、物理攻撃だ。つまり、物理的な方法で防ぐことが出来る。
(物理的攻撃は効かない。それは想定内だが……リグレットに任せるとしよう)
本来、リグレットの開発した道具はもっと後でお披露目するつもりだった。しかし、相手が予想以上の兵器を出してきたので、相応の対応をするしかない。
そしてアリアはセイジと戦う。
軽く左腕を掲げ、サッと振り下ろした。それだけでアリアの神聖粒子は現象を引き起こす。灼熱が極細に凝縮されて雨のように降り注いだのである。回避する場所もないほど、灼熱の雨は広範囲かつ高密度に発生していた。
「炎なんて……僕には効かない!」
権能【破邪覇王】はダメージを解析することで耐性を獲得できる。光神シンから無数の攻撃を受け、解析して耐性を手に入れた。炎や高熱といった基本的なものは無効化できる。
灼熱の雨はセイジの霊力体に触れた瞬間、概念が霧散する。
天使でないセイジは、大空で戦うために魔素の障壁を足場にしながら移動している。
(ならば……)
アリアは神聖粒子を操り、魔素に干渉した。
魔素とは霊力から変換した物質の一種であり、物理現象の一つとも言える。つまり、アリアの権能【神聖第五元素】で操ることが出来るのだ。
セイジが足場としている魔素の足場が砕けた。アリアが魔素の結合を破壊したのである。
自身に対する攻撃の耐性は持っていても、自身の出した術には耐性が含まれない。極めれば術式にも耐性を付けることは可能だが、セイジにはまだできていなかった。
「え……うわあああ!?」
突然足場が消えてしまい、セイジは落下する。予想だにしないことであり、混乱して新しい足場を出すことすら忘れていた。セイジには召喚されるだけの才能こそあったが、経験が全く足りない。あらゆる状況に対応する冷静さが欠けている。
セイジの決定的な弱点だった。
打撃も刺突も斬撃も、その他のあらゆる現象を無効化してしまう。今のセイジはアリアの攻撃を殆どすべて無効化できるが、アリアに対して無敵というわけではないのだ。
「さてと、リグレットも上手くやってくれたようだな」
アリアがチラリと振り返ると、はるか向こうには結界で守られた砦があった。丁度結界に兵器ベヒモスが突進したところであり、その衝撃で大地が揺れる。
リグレットは【レム・クリフィト】で戦場を監視している。衛星兵器や巨大術具とした砦を遠隔起動することで、充分に戦うことが出来るだろう。
信頼する夫であり相棒を疑うことはない。
安心して、アリアは砦を任せたのだった。
◆ ◆ ◆
砦より西の平原で戦いが始まった頃のことだ。
遥か南方の海上では、数百の船からなる大船団が魔族領に向かって進んでいた。このまま東へ進むと、【砂漠の帝国】に辿り着く。
そして今回は砦の西でクウが光神シンと戦っている。なので霧の幻術が使われることはなく、順調に砂漠へと向かっている。
既に大船団の先頭からは砂の大地が見えている。
「あれが魔族領……強力な魔物と魔族がいる未知の大地か。感慨深いね」
「あら、レインでも緊張するのね」
そして海上における最大戦力であるSSSランク冒険者レイン・ブラックローズ。クウの神剣に宿る疑似精霊であり、今は人族連合軍に潜入しているベリアル。
この二人は一番前を進む船の、一番前にいた。
「僕も緊張はするさ。それに砂だけの土地なんて初めて見たよ」
「かなり大変そうね。動きにくそうだわ」
「人族にはとても住めない、荒れた土地……まさに魔族の住む場所だね」
魔族は野蛮で、暴力的で、とても文明とは程遠いというのが人族の中にあるイメージだ。これは絵本や御伽噺を元にして人族の間で浸透したことが原因である。
千年に渡って魔族を悪役に仕立て、いつのまにかそのようなイメージとなっていたのだ。
真実を知っているベリアルとしては腹を抱えて笑いそうになるほどである。
(本当は魔族の方が進んだ文明を持っているのにね……ふふ)
文明神アカシックが名を奪われ、邪神となった。そして文明が育たない呪いを世界にかけ、魔人族以外は文明が発達しなくなった。
今では魔人の国【レム・クリフィト】だけが極端に発達した国となっている。
「さぁ、乗り込もう。光神シン様が与えてくださった兵器リヴァイアサンと共にね」
レインの言葉にベリアルは頷く。
そして船団の遥か下、深海を泳ぐ巨大な兵器リヴァイアサンの気配を感じていた。





