EP475 ベリアルとレイン
冒険者の最底辺、Gランク冒険者となったベリアルは、早速とばかりに【ルーガード】の城郭門へと向かう。堅固な城郭によって守られたこの都市は、八方に巨大な門が築かれている。
元々、城塞都市【ルーガード】は八角形の形で創られた計画都市だ。更には防衛に適するように、遠距離武装も城郭に配置されている。魔力を消耗して飛ばす投石器のようなものもあるのだ。
尤も、それは非戦闘員用の非常装置であるという面が大きく、兵士や冒険者はその身を一つで魔物や魔族と戦う覚悟だった。
そのために、各方向の門がある。
ベリアルはその中で南門から外に出た。
「んー……街の中は喧騒ばかりだったけど、外は静かでいいわね」
軽く伸びをしながらベリアルは呟く。
現在、ベリアルは瘴気を使って武装を顕現させている。本体である魔神剣ベリアルはクウが所持しているため、離れていても無限に霊力を供給されるのだ。使いたい放題である。
そこで、瘴気を使った弓を背負い、腰には魔神剣ベリアルに似た形の長剣を差していた。
ちなみ、服装は紫をメインにしたバトルドレス風である。彼女の風貌によく似あっていた。防具としては些か不安な見た目だが、準超越者の瘴気で作り出した武装であるため、そこそこ強力な魔法ですら防いでしまう。
反則級の装備だった。
「この辺りだとオーガが沢山出てくるのよね。まずはそれかしら?」
超絶的な力は使いすぎないように言われている。そのため、ある程度は手加減が必要だ。その練習としてオーガは丁度良いだろう。ベリアルは超越者との戦いこそ練習しているものの、ステータスに縛られた存在を手加減して倒す練習などしていない。
以前、竜の諸島ではドラゴンの群れを相手に無双していた。
手加減など無縁だったのである。
「うーん。こっちかしら?」
気配を探り、そちらへと走る。元は準超越者なので、走るだけでどんな長距離でも走破出来る。遠くに確認できたオーガの弱々しい気配――ベリアル基準――に向かっていく。
少しすれば、遠くにオーガの群れを確認できた。
ベリアルは走りつつ、腰の剣を抜いて瘴気を纏わせる。
「少し意識して……」
剣に纏った漆黒の瘴気。それは陽炎のように揺らめき、かつ激しく燃え上がるような形態となる。
一見すると《闇魔法》と《魔法剣術》のスキルに見えるだろう。
ベリアルはこれでも本気を出さないように抑えている。
「それ!」
軽く振り下ろしたつもりだが、それだけで剣先から衝撃波が発生した。そして闇の瘴気が直線上を走り、オーガの群れを飲み込む。それは斬撃に乗せられた瘴気の津波。
草木は一瞬で枯れ、地面は干からび、オーガは骨だけとなって力尽きた。
「あら? やり過ぎたかしら?」
オーガの討伐証明部位は角である。そしてこれは魔法薬学の材料としても利用される。討伐証明部位であると同時に、買い取り対象でもあるのだ。
ちなみに、ベリアルが本気で瘴気を使えば骨も残らない。
「難しいわね」
骨になったオーガへと近寄ったベリアルは、オーガの角をスパスパと切断していく。勿論、これも普通のことではない。通常は専用のノミと槌で割り折るのだ。
切り取った角は、リグレットが持たせてくれた無限容量のアイテム袋へと収納する。
今回、こうしてベリアルが城塞都市ルーガードにやってきたのは、クウ、アリア、リグレットの考えた作戦によるものである。元から、光神シンが率いる人族の戦力を探るため、間者を送るつもりだった。クウが新設した魔王軍第零部隊を起用することが初めの案だったのだが、まだ彼らは新人であり経験もない。そんな彼らに危険な任務を任せるのは無理だと判断した。
それに、いざという時に備えて超越者クラスの力は合った方がいい。
だからベリアルが選ばれた。
今、ベリアルにはクウが権能【魔幻朧月夜】による催眠幻術がかけられている。幻術の最高峰である『催眠』は五感や記憶にすら作用するのだ。一応、ベリアルはクウと共に精霊王フローリアを殺害した。それによって指名手配されている。
そこで、クウはベリアル自身に催眠の感染幻術を仕掛け、ベリアルを見ても指名手配されている犯罪者だと認識できなくなった。
「人間に合わせる練習。これは練習なんだから、仕方ないわね」
ベリアルはリグレットの錬金術から生まれた疑似精霊である。世界のことを学ぶため、剣の状態ではなく精霊形態で外に出ていることが多い。
そしてある程度の常識的なことは学んだ。
加減の分からない天然ではないのである。
「これぐらいかしら?」
ベリアルは剣に先程よりかなり少ない量の瘴気を纏わせる。適度な《闇魔法》には見えるようになった。この程度なら、Sランク冒険者でもあり得るレベルである。
普通の人間からすれば常識外の力ではあるが、潜入調査の上ではその程度の実力があるべきである。
強いものほど、より良い情報が提供されることだろう。
ベリアルはそれを求めて人族領へと潜入しているのだから。
「じゃあ、次の獲物を探しましょう」
先程の膨大な力を察知して、多くの魔物が逃げてしまったことだろう。残っているとすれば、それこそ強力な魔物だけだ。
ベリアルはそれを目的として気配を探る。
「……」
しばらく黙っていたベリアルは、背中の弓を取り出し、瘴気で矢を作り出した。そして背後に向かって強めの一矢を放つ。
すると、空間が歪んで何かが動いた。その結果、矢はその場所を通過して遠くに飛んで行く。
「誰かしら? 魔力と姿を隠しているみたいだけど、気配は隠し切れていないわよ?」
ベリアルが察知したのは強者の気配。ただし、人族の気配だった。魔物は瘴気によって生まれた存在であるため、特有の邪悪な気配が混じっている。なので、人間の気配と区別可能だ。
ここに魔族がいないことを考えれば、人族に尾行されていたということだろう。
ベリアルは警戒して新しい矢をつがえる。
すると、ズレた空間がズルリと向けた。
どうやら姿を隠すマントを被っていたらしい。中からはエルフの美男子が現れた。
「待ってくれないか? 僕は敵じゃない。君を心配して付いてきたんだ」
「あら? 新手のナンパかしら? でも間に合っているわ」
「そうみたいだね。綺麗なだけじゃなく、強さもとんでもないじゃないか。その辺のSランク冒険者じゃ敵わないかもしれないね。凄い《闇魔法》だったよ」
どうやら見られていたらしい。
先に気配を探った時は、オーガに気を取られて背後に隠れていた追跡者に気付けなかった。しくじったとベリアルは内心で焦る。だが、まだ慌てる必要はない。どうやら向こうは、ベリアルが魔族側の間者だとは気づいていない様子だったからだ。
「私の実力が知りたかったのかしら?」
「ギルドでのやり取りを聞いてしまってね。心配だったんだ。この街じゃ、無茶をして死ぬ冒険者も少なくはないからね。特に、君のような美女が死んでしまうのは人族にとって大きな損失だ」
「あら、お上手ね」
本当のことを言っているかはさておき、取りあえずは大丈夫そうである。ベリアルはそう確信した。
力を見られてしまったのは問題だが、まだ計画に修正は効く。
「ところで、貴方の名前を聞かせてくれないかしら?」
「ああ、そうだったね。僕はレイン・ブラックローズ。SSSランク冒険者、『覇者』のレインなんて呼ばれているよ」
想像以上の大物。
世界最強の冒険者だった。
ベリアルは初めて見たが、クウからその情報は聞いたことがある。狂信的な光神シンの信者であり、超越者からすれば強さは大したことないが、要注意人物になり得ると。
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。
これはチャンスになるとベリアルは考えた。
「思ったよりも大物ね。じゃあ、そんなあなたに聞くわ。私はこの【ルーガード】でやっていけるかしら?」
「充分すぎるよ。圧倒的に強い。それは僕が保証しよう」
「そ、ありがと」
「そこで提案があるんだが、どうだい?」
レインはベリアルが思った以上に乗り気だ。まるで最高の宝物でも見つけたかのように、キラキラと目を光らせている。似たような目を以前にも見たことがあった。
それはSSランク冒険者、『絶界』のセラフォル・ブラックローズと出会ったときである。
(ブラックローズね……なんだかデジャヴだわ)
そんなことを考えつつ、ベリアルはレインの提案を聞く。
「君、僕とパーティを組まないかい? そうすれば、君の実力に合った依頼を僕が受けることも出来る。功績を高めるには丁度いい。冒険者ランクもすぐに上がるよ」
「へぇ。魅力的ね」
確かに魅力的な提案だった。食いつくのも悪くない。
しかし、解せない点もある。
「でも、貴方になんのメリットがあるのかしら?」
「メリットはあるよ。僕は僕に釣り合う実力者と組むことが出来る。やっぱり、一人では限界があってね。特に野営なんかすると、一人でするには大変なんだよ。遠くに行って強力な魔物を討伐することもあるし、実力の近い仲間が欲しいのさ」
「私はあなたの名声を利用して、私の功績を上げる。そしてあなたは私の実力を買った。そういうわけね」
「あの《闇魔法》。まだ手加減しているんだろう? 余裕の表情を見れば分かるよ。それに僕を超える莫大な魔力もね」
レインは最高位のスキル《魔力支配》を手に入れている。
それによってクウから供給されている莫大な霊力を知覚したのだ。一応、ベリアルは霊力を一度魔力に変換してから術式として放っている。普通の人間は霊力、つまりMPを魔力に変換することで力を使っている。
ベリアルも今はそれに倣っているのだ。
また、霊力を扱うより、魔素を扱う方が手加減しやすいという理由もある。
(……これは難しいわね)
人族の調査はベリアルに一任されている。そのため、いちいちクウに確認を取る必要もない。それに、失敗して疑似精霊の肉体が壊された所で、本体である魔神剣ベリアルは無事なのだ。ちょっとぐらい無理しても大丈夫だろう。
その判断から決断を下した。
「いいわ。貴方と組みましょう」
「いい返事が聞けて嬉しいよ。僕にとっても予想外の利益だった」
二人は平原の真ん中で笑みを浮かべたのだった。
◆ ◆ ◆
神界。
そこでは和風の部屋が形成され、クウ、ユナ、リアが座していた。そして丸い机を挟み、正面には虚空神ゼノネイアが座っていた。菊模様の着物が相変わらず似合っている。
「……クウよ。お主のやろうとしていることは可能じゃ。それに、必要な時は妾もそなたに力を貸そう。そなたは妾の天使、そして妾はそなたの主人なのじゃ。遠慮することはない」
「助かる。これで光明が見えた」
「こちらこそ済まぬな。まさか光神シンが降臨してしまうとは。妾たちの認識が甘かった。よもや、そのような方法で神を呼び出すとはな。これが表世界と裏世界、元が一つの世界だったからこそ可能なのじゃろうて。普通なら、使えない手なのじゃよ」
クウは考案した術式が使えるかどうか、虚空神ゼノネイアに確認を取っていた。理論上は使えるはずだし、使えて当然とも言える術式。しかし、それにはゼノネイアの協力も必要となる。
いざという時、力を貸して貰えないのでは困るのだ。
「クウよ。妾たちは光神シンの降臨に伴う世界の崩壊を止めるために必死なのじゃ。あまり、大きな力は貸せぬぞ」
「最高神の力なら、欠片でも充分だ。俺たちにとってはな」
クウは真剣な目つきでゼノネイアに頼む。
「俺、ユナ、リアで何としても会得したい。協力してくれ」
「無論じゃ。ただし、付き合える時間は短いぞ?」
「望むところだ。それにコツは既に掴んでいる……いや、この眼に焼き付いている。手間をかけるまでもなく習得してやるさ。なぁ、ユナ、リア」
「うん。頑張るよ!」
「はい、私も覚悟はできています」
「その意気やよし! 妾も全力で支援してやろうぞ」
ゼノネイアは指を鳴らす。
すると周囲の景色が広大な平原に変化した。
「では始めようぞ。権能の融合を! そして神の力の一端を受け止めてみせよ」
「ああ」
「うん」
「はい!」
四人の修行が始まった。





