EP474 戦争準備
人族の国【ルメリオス王国】の王都。
この場所は三日前までは人間の王が治める国だった。しかし、今や神の国として新しい姿に生まれ変わっていた。文字通り、造り替えられて。
「光神シン様。今日の供物でございます」
「別に構わんと言っているだろう」
「しかし、そうもいきません。これは信徒たちが神のために喜んで奉げたもの。あなた以外の誰に渡すことが出来ましょうか」
荘厳な神殿の中で、光神シンと大司教パトリックがやり取りをしていた。
この神殿は光神シンがたった一日で創った大神殿だ。自身の住まう場所として、権能を使い、王都という因子を一度分解して瞬時に再構成。これによって王都は全く別の神都として生まれ変わった。
今、神都は真っ白の大神殿を中心として、白を基調とした街並みが広がっている。今まで国民が住んでいた家は、形はほとんどそのままに、材質だけ置き換えられた。
城壁も堅固なものとなり、どんな魔物の攻撃にも耐えることが出来る。
大きく変わったとすれば、元王都の中心部に合った王城が神殿に置き換わったことで、王城が消失したことだろう。そして今は神殿の中に王族居住区が存在している。
「さて、パトリック。供物のことは良い。魔族討伐軍の編成はどうだ? 渡した神器は行き渡っているか?」
「我が神の仰せに従い、既に軍を整えました。しかし、【ユグドラシル】の方に遅れが生じているようでございます。あの国は犯罪者クウ・アカツキの手によって精霊王を殺され、精霊魔法の力を失ってしまいました。今は周辺の魔物を相手にするだけで手一杯なのです」
「エルフの国か。確かに対応が必要か……よし、エルフ専用の神器も用意してやろう。女王と長老にはそのように連絡しておけ」
「はは。仰せのままに」
パトリックは光神シンが住まう部屋を出て行く。
部屋の中で一人になった光神シンは、独り言を呟いた。
「あとはドワーフに技術を与えるか。邪神カグラの呪いが強過ぎて技術力が弱すぎる。まさか銃すら開発できていないとは思わなかった」
光神シンの人族強化計画は続く。
◆ ◆ ◆
その頃、クウ、ユナ、リア、ミレイナは【砂漠の帝国】南部にある竜人の里【ドレッヒェ】に来ていた。【ドレッヒェ】より更に南のオアシスに神殿があり、そこは天竜ファルバッサが住まいとしていた。そして、その場所と虚空迷宮九十階層は転移魔法陣で繋がっている。
ミレイナは【ドレッヒェ】に留まって、現竜人首長シュラムと連携を取りつつ戦争をの準備を。
そしてクウ、ユナ、リアの三人は虚空迷宮へと赴き、虚空神ゼノネイアに連絡を取りつつ、迷宮の九十階層で光神シンを倒すための術式を開発するのだ。
「ではなクウ! それにユナとリアも」
「ああ、ここは任せたぞミレイナ」
クウはシュラムとの挨拶は早々に済ませ、早くも魔法陣の場所に来ていた。
魔法陣の上にはユナとリアも乗っており、いつでも発動できる。
「またねミレイナちゃん」
「また必ず会いましょう」
「うむ」
同年代の女子同士で別れを済ませた後、クウが霊力を流して魔法陣を発動させる。
クウは一瞬だけ浮遊感を覚えた後、景色が変化する。懐かしい荒廃とした世界。それは初めての迷宮攻略で訪れた最終地点。虚空迷宮九十階層である。
当然、ここの管理者であるファルバッサもいた。
”クウか。無事だったか”
「ああ、なんとか逃げ切った。迷宮の調子はどうだ?」
”奴め。迷宮に情報次元攻撃を仕掛け、システムを破壊しようとしてくる。その修復に追われ、今は忙しい。悪いが我はお主の相手をすることが出来ぬぞ”
「いや、構わない。用事があるのは光神シンが干渉できない迷宮の九十階層だ。この場所なら、奴の感知にも引っかからないだろ?」
”うむ。それは保障しよう”
ファルバッサは自信たっぷりに宣言する。
そもそも迷宮とは、神によって作られた場所だ。それも最高神格である虚空神ゼノネイアが作った虚空迷宮の九十階層である。光神シン如きでは干渉は出来ても、突破は出来ない。
それにファルバッサも干渉に抵抗している。
どれだけ権能の力を使っても、クウ、ユナ、リアの存在がバレることはない。
「さて、こっちはこっちで好きにさせて貰う。いいよな?」
”うむ。とは言え、何をするのだ?”
「ちょっと光神シンを倒すヒントを手に入れたからな。それを試したい」
”限度は考えるのだぞ”
「分かってる。大丈夫なはずだ、多分。一応、これからゼノネイアにも確認しようと思ってる」
”ふむ。だからユナとリアも連れてきたのか。ここで神界を開くのだな?”
「ああ」
クウがユナとリアに目を向けると、二人とも頷いて右手を差し出した。そしてクウは右手を二人に重ね、手の甲に描かれた魔法陣へと霊力を流す。
すると魔法陣の共鳴が引き起こされ、空間が開かれた。
三人は白い光に包まれ、神界へと転移していった。
◆ ◆ ◆
一方、【レム・クリフィト】に戻った魔王アリアは、溜まった仕事を一瞬で片付けた。権能による時間操作も利用して、全ての事務仕事を終わらせたのである。
そして一所に全ての魔王軍の部隊長を集めた。正確には、魔王軍第零部隊と第一部隊の隊長を除く、第二部隊から第七部隊までの隊長である。
治安維持を主とする第二部隊の隊長、サレス・カルマ。
国境防衛を担当する第三部隊の隊長、ユージーン・ベルク。
魔物討伐を仕事とする第四部隊の隊長、ジャック・グレンラン。
魔法迷宮で資源回収する第五部隊の隊長、カイン・ナルニアス。
輸送、治癒の後方支援をする第六部隊の隊長リリス・アリリアス。
そして研究開発を行う第七部隊の隊長、リグレット・セイレム。
この六人を前にアリアは語り始めた。
「さて、これから【レム・クリフィト】は人族と戦争になる」
この話自体は事前に伝えられているため、誰も驚かない。
問題はここからである。
「カイン。魔法迷宮からの物資調達はこれまで以上に頼む」
「了解です」
「それとリリス。お前は治癒部隊を編成し直し、各部隊に配置できるよう手配しろ。あと、物資搬入についても計画書を出せ」
「かしこまりました魔王様」
「今回の戦争で主に出撃するのはユージーンの第三部隊、それにジャックの第四部隊だ。本来ならば決して使わないつもりだったが、リグレットが行っていた秘匿研究の成果を軍事転用し、特殊武装として配布する。第七部隊はその生産体制に入れ」
ここからは時間の勝負となる。
いかに早く戦争の準備を終え、光神シンが引き連れてくる人族の軍団を退けることが出来るか。それが最も重要だ。
「人魔の境界だった山脈には六匹の王がいた。だが、その魔物は私達で先日討伐してしまってな。どこから人族が攻めてくるか分からない。恐らくは例の砦がある場所だと思う。しかし、警戒を怠らないで欲しい。それにあたり、【アドラー】を占拠する」
この言葉には第三部隊の隊長ユージーンが驚いた。
「【アドラー】をですか? しかしあそこは魔王と四天王が支配しています。すぐに占拠するのは非常に難しいと思うのですが」
「ん?」
「あれ?」
その反論にアリアとリグレットは首を傾げた。
しかし、ユージーン以外の隊長たちも同意見らしく、どのようにして早期に【アドラー】を占拠するのか、その作戦に興味津々と言った様子だった。
そんな彼らを見て、アリアは思い出したかのように言う。
「忘れていた。本当に忙しくて言い忘れていたぞ……」
「まさか……アリア? あれを言ってなかったのかい?」
「ああ、展開が早すぎてすっかり忘れていた」
リグレットの問いかけに、アリアは深刻そうな顔で頷き返す。
部隊長たちは固唾を飲んで次の言葉を待った。
「済まない。言い忘れていたが、魔王オメガと四天王は三日前に倒した」
その時の部隊長たちのマヌケな顔を、アリアは一生忘れることはないだろう。
◆ ◆ ◆
人族領の頭部にある城塞都市。これは元々、魔族との戦争に備えて作られたものだ。
そして遂に、この城塞都市の名前が決まった。
その名も城塞都市ルーガード。魔族領からやってくる強力な魔物が集結し、その対策も兼ねて今も建設が続いている。強い兵士や冒険者も集まってくる強者の都市だ。
「ここが冒険者ギルドね」
そんなルーガードの冒険者ギルドに、一人の女性が踏み入った。
深い紫の長髪をなびかせ、深紅の両目でギルドの中を観察する。そして集まっている強者たちの技量を概算した。
(ま、大したことはないわねぇ)
そんなはずはない。ここにはAランクどころかSランクオーバーの冒険者すらやってくる。また、ギルドへの貢献が低くてランクはBに留まっているが、実力ではAランクに近い者だっている。
大したことがないという感想は大きな間違いだ。
それが、魔神剣ベリアルに宿る精霊ベリアルの見解でなければ。
「マスターの命令は……まずは冒険者に登録するのよね」
ベリアルは迷うことなく正面に進み、受付の前に立って口を開く。
「ねぇ、登録をしたいのだけど?」
「新規の方ですか? しかし、このルーガードで登録するのはお勧めしません。Gランクから冒険者ランクを上げることが難しいからです」
「あら? そうなの?」
首を傾げながらそう返すベリアルに対し、受付嬢は冷静な口調で答えた。
「この都市には強力な魔物が集まります。そこでランクの高い冒険者が求められるわけです。低ランクの冒険者には仕事が殆どなく、あったとしても建設の雑用ばかり。それならば、弱い魔物の討伐からコツコツ練習できる都市が幾らでもありますよ」
「私はそれなりに実力があるつもりなのだけど……飛び級とかできないのかしら?」
「申し訳ありません。ランクは実力は勿論、ギルドへの貢献度が重要視されます。実力だけの狂人が高ランク冒険者とならないためです」
「仕方ないわね……でも、冒険者になったら魔物素材の買取はしてくれるのよね」
「はい、それは勿論ですが」
そこまで言いかけて受付嬢はハッとする。
ベリアルがやろうとしていることに気付いたのだ。
「あ、ルーガード周辺の魔物を討伐して、その素材買取でランクを上げようとしましたね! 確かにそれは可能ですけど、危険すぎます! 絶対にダメですよ! 初心者がそれをやって死んでしまった例は何百とあるんですから!」
「えぇ? いいじゃないの。これでもSランク魔物なら瞬殺できる自信があるのだけど?」
「そんな嘘は通じませんよ。というか、Sランクの魔物を瞬殺なんて盛り過ぎです!」
事実なのだが、余りにも現実離れし過ぎて受付嬢には信じることが出来なかった。
とはいえ、こうして忠告することは出来ても止めることが出来ないのも受付嬢だ。これが未成年ならば強制的に止めることは出来たが、ベリアルはどう考えても成人である。止める権限はない。
「それでも私は登録するわ。用紙を頂戴」
「……わかりました」
渋々ながらも受付嬢は用紙を渡す。
そして今までに何十回もやった説明を始めた。
「この用紙に名前、種族、性別、そしてスキルを記入してください。ああ、スキルは隠したいものを隠しても構いません。それにスキルは変化していくものですからね。大まかな戦闘スタイル、得意分野が分かれば十分です」
「そう……」
ペンを手に取ったベリアルは、サラサラと用紙に記入していく。スキルついては《弓術》《剣術》と適当に書いておいた。
ちなみに種族は人ということにしてある。見た目が一番近いからである。間違っても『神剣』だなんて書けるはずもない。
用紙を受け取った受付嬢は、慣れた手つきで手続きを行った。そしてあっという間に冒険者カードを作り出す。それをベリアルに渡した。
「これが冒険者ギルドのカードです。魔力を流していただくと、登録されます。必要ならば魔力を流すための補助道具を―――」
「要らないわ」
クウから受け取っている莫大な霊力を魔素へと変換し、カードに流す。流し過ぎたのか、少々バチッと音がした。ただ、ベリアルは聞かなかったことにした。
「あれ、なんかカードから不穏な音が……」
「気のせいよ。じゃあ、私は行くわね。ちょっと狩りでもしてくるわ」
「あーっ! 待って下さい! ダメだって言ってるじゃないですかー!」
机から乗り出してベリアルを掴もうとする受付嬢。しかし残念。ベリアルは軽く避けてしまった。そしてサッとギルドを去り、姿を消した。もう受付嬢では追えない。
ここで受付を離れると、職務怠慢で減給処分になるからだ。
「追いかけちゃったら私のお給料が下がっちゃうし……でも、このまま見捨てるのは忍びないし……どうすればいいのよーっ!」
受付嬢は頭を抱えた。
そんな彼女は唸りながらベリアルの書いた用紙と睨めっこする。すると、机に影が差した。
冒険者か依頼者が来たのかと思い、慌てて顔を上げる。情けない表情を即座に笑顔へと戻せるのは、プロの受付嬢だからだろう。
「ようこそルーガード支部へ! どうなさいまし―――」
「困っているようだね」
「――っ! あなたは!」
「今の話は聞いていたよ。なんなら、彼女のことは僕に任せてくれないかい?」
長身の男は強者の風格を滲ませるエルフ。
世界最強の冒険者、『覇者』のレイン・ブラックローズだった。
忘れた頃に再登場。
レイン・ブラックローズさんですよ!





