EP469 オメガ計画
「ん? これは……」
世界侵食《消失鏡界》の管理空間で各回廊を観察しつつ、第二回廊で魔神アラストルを抑え込んでいたリグレット。彼は第一回廊の変化に気付いた。
「アリアとクウはやってくれたみたいだね!」
オメガの真臓が神槍インフェリクスで貫かれ、クウとアリアが権能を注ぎ込んでいるのが見える。恐らくオメガはすぐに魂ごと消滅してしまうことだろう。
その証拠に、魔神アラストルは消滅し、眷属化していた六王も姿を消した。
「解放。各回廊を順次崩壊」
《消失鏡界》で形成した鏡の回廊を自己崩壊させる。広げた意思力を消し、霊力を納めていく。すると大量の鏡が浮かぶ真っ白な空間が崩壊し始めた。
あっという間に空間が剥がれて粒子となり、あっという間に元の空間へと戻る。
リア、ミレイナ、ファルバッサ、ハルシオン、ネメア、カルディア、テスタ、メロは神槍インフェリクスで貫かれたオメガの姿を確認した。
「おお! 倒したのか!」
ミレイナは天使翼を激しく動かして驚きを表現する。
オメガは意思次元攻撃となったアリアの厄災を受け、苦しそうにしながら滅びの一途を辿っていた。
だが、同時に不気味な笑みも浮かべる。
(なんだ!?)
クウはゾクリとした直感に襲われた。このままオメガを倒せるのは確実だ。しかし、何かを見落としているような、何か恐ろしいものが迫っているような感覚に襲われる。
それはアリアも感じたのか、神槍インフェリクスを握る手が少しだけ緩まる。
オメガはその隙を察知して、右手で槍を掴み、ズルリと引き抜きつつ後ろに下がる。
意思次元攻撃から解放されたからか、喋ることが出来るようになった。
「がはっ……はぁ……やはりこの魂は回復せぬ。意思力が削られ過ぎた」
オメガは自身の消滅を悟っていた。
クウの意思次元攻撃により、もはや魂の根源が破壊されたのだ。回復の余地はない。しかし、オメガは自身の完全な滅びを嘆いているように見えなかった。まして恐怖している様子もない。
寧ろ喜びを感じているように感じた。
「ハハッ! ハハハハハッ! やはり我は滅びるしかないのか! 実に都合がいい!」
「なんだと!」
その発言を聞いてアリアは聞き返す。
「どういう意味だ。自分が滅びたかったとでもいうのか!」
誰もが同意見だった。
まるでオメガが滅びることを喜んでいるかのような、そんな印象すら受ける。
そして意外にも、オメガはアリアの問いに答える。
「そうでは……ない。我が娘よ。我の勝利は決まっていたのだ。誓約を操る聖にして魔の天使、その権能【憤怒魔神】には秘密があるのだ」
「秘密……?」
疑問を感じたクウは権能【魔幻朧月夜】を発動し、「魔眼」を以てオメガの情報次元を観察する。特性「理」によって世界の真理へとアクセスし、固有情報次元すら解析することが可能だ。
自爆でもするつもりかと思って注意深く観察するも、そんな様子はない。
(どういうつもりだ。ハッタリか? いや、そんなことをする意味はない)
悩んで考えても理解できない。
情報次元に何もおかしいところはないのだ。確かに、オメガの魂はどこか別次元へと接続されているということだけは分かる。これは光神シンの加護によるものだろう。
オメガは魔王であると同時に、光神シンの天使なのだ。
情報次元におかしな部分があるとすれば、そこぐらいだ。
しかし、クウはそこでオメガの言葉に繋がった。
「誓約を司る……か?」
「何? どういうことだクウ」
少し思いついたクウに対して、アリアは問いかける。
だが、クウはそれよりも早く神刀・虚月の柄に右手をかけつつ飛び出した。そして権能【魔幻朧月夜】を解放し、背後に白銀の巨大な刀が現れた。
《素戔嗚之太刀》で完全にオメガを断ち切ろうとしているのである。
「その加護! 自身の魂が消滅することを代償に加護を通して神を召喚するつもりだな!」
権能【憤怒魔神】は契約の力。
代償を支払うことで、どんな強大な力すらも扱える。その証拠に、超越者の死をきっかけとして虚数次元と接続して見せた。
代償は何でも構わない。
当然ながら、自身の魂を賭けても良いのだ。
「これが我が使った最初にして最期の誓約! 我が神よ! 裏世界より降臨せよ!」
「させるか! その加護を断ち切る!」
魂が滅びることを条件とした術式。
それに裏世界と接続する《神格降臨》を組み合わせた究極召喚。それが神格である光神シンを呼び出すというもの。光神シンは元熾天使であり、本当の意味で神格ではない。魂の格が神ではないのだ。
故にオメガの魂と等価で呼び出すことが出来る。
「間に合―――」
その瞬間、オメガを中心として真っ白な魔法陣が展開される。それは瞬時のことであった。クウの刃はオメガの首元に迫っており、間に合うかどうかはギリギリ。
オメガの魂は弾け飛び、情報次元や意思次元すらバラバラになった。
…………………………
…………………
…………
……
…
球状に空間が消滅した。
消失した虚無の空間エネルギーを補填するために、虚数次元からエネルギーが供給された。それによって徐々に空間が修復されていく。
「ぐ……」
地面に埋もれていたクウは、土を吹き飛ばして空中に飛び上がった。
「……なんだよこれは」
周囲を見渡したクウは言葉を失いそうになった。
ドラゴン系の魔物が住処としていた島々は全て消滅し、海は海底まで見えるほど吹き飛ばされていた。大穴の開いた海底へと徐々に海水が流れ込み、元に戻ろうとしている。
空には無数の黒い亀裂が走る。
猛烈な速度で修復されているが、同時に空間が次々と壊れている。
その原因は明らかだった。
「わわっ!? なにこれ!?」
「ユナ?」
《黒死結界》はベリアルごと破壊されたのだろう。ユナが魔神剣ベリアルを手にしつつ、クウの側に姿を現す。そしてユナは即座にクウへと魔神剣ベリアルを渡した。
だが、その視線は二人とも一点に注がれている。
神々しいほどの光を放ち、心が折れそうな程の威圧感を放つ存在。背中にある六つの円環が金色に輝くのは天使だった名残なのだろうか。
日本人の少年らしい顔つきではあるが、その瞳は老成した賢者の如き知性を感じる。
「ほぉ、俺を呼び出したか……さて、オメガとアルファはどこかな」
クウは神刀・虚月に、ユナは神魔刀・緋那汰に手をかけた。一瞬の油断も許さず、決して感知を途切れさせないように注意深く観察する。
そこにアリアとリグレットも転移で現れた。当然ながら手には神槍インフェリクス、そして札を持っている。続いてリアとミレイナも現れて、六神獣が周囲を取り囲んだ。
ファルバッサが領域を広げ、壊れた空間を治そうと努力する。
しかし、壊れた空間の中心に現れた存在が、常に空間を破壊し続けていた。
存在するだけのそのようになってしまう。
そんな者は限られている。
「あれが……神」
ただ世界に降臨するだけで、周囲が崩壊してしまう。
圧倒的な潜在力ゆえに、世界へと与える影響力が絶大なのだ。
クウはその存在を察することが出来た。あれこそが光神シンであると。
(間に合わなかったっ!)
迂闊に動けぬ圧倒的な存在感。一瞬でも敵意を向けた瞬間、逆に吹き飛ばされ塵にされてしまうと直感が囁いている。
光神シンは天使から疑似的に成り上がった不完全な神だと聞いていた。
だが、神の銘を持つ以上、天使とは計り知れない潜在力の差がある。
「んー……あれは神獣か。天竜、天雷獅子、天翼蛇、天九狐、天星狼、天妖猫……懐かしい。かつてはカグラの野郎と一緒に戦ったっけ? ホント懐かしいな」
クウたち六人の天使が動けずにいると、ファルバッサ達が吼えた。
”奴こそが光神シン! いや、元人間のシン・カグラだ!”
”一度引け! 消耗した今の俺たちじゃ勝てんぞ!”
”展開! 《天紋輝夜星域》!”
ファルバッサは領域支配によって空間を縛り、ハルシオンが撤退を促す。手助けするように、テスタが世界侵食《天紋輝夜星域》を発動した。
自身の意思力を世界に侵食させ、権能によって宇宙そのものを創造した。宇宙の神秘を操るテスタの世界侵食に光神シンを封印したのだ。
”逃げますよ!”
そしてカルディアが空間転移陣を発動する。
急なことでアリアは慌てて釈明を求めた。
「どういうつもりだ! あれが光神シンだと!? オメガは倒したはず―――」
「落ち着けアリア! 簡単に言うとオメガは自身の魂を生贄にして光神シンを呼び出した。恐らく、自殺とかそんな温い条件では決して発動しない誓約だ。全力で戦い、死力を尽くし、高まった意思力を犠牲にする誓約術式。
オメガは俺たちに倒されることを条件に光神シンが降臨されるのを知っていた。だから不利な条件で果敢に戦いを挑んできた。ザドヘルが滅びても、ラプラスが消えても、オリヴィアが死んでも、諦めずに意思力を極限まで絞り出して戦ったのはそのためだ!」
「なんだと!? 私達は初めから奴の掌の上だったとでもいうのか! 五百年の戦いは自分が滅びるまでの茶番だったとでもいうのか!」
「そんなこと知るか! 少なくとも最善手じゃなかったはずだ。でも、最後の手段として……死しても敗北しないための手段を残していた。奴は千年以上を超える時を生きた超越者。俺たちと違って幾らでも準備する期間があった! どんな術式を自分の魂に仕込んでいてもおかしくはないぞ!」
因果系能力の力は生死の概念すら超えて操られる。
特定条件をトリガーとして術式を発動させたり、特定の未来を引き寄せたり、過去を書き換えたり、普通に考えると不可思議なことを引き起こす。
「今はファルバッサ達に従え!」
因果系能力者の理不尽さはよく理解している。
そして虚空神ゼノネイアと対面した経験から、神の絶対的力も知っている。クウは神に対抗する術式《熾神時間》を開発こそしたが、既にこの戦いで何度も使用している。意思力の消耗は計り知れない。
故にファルバッサたちの警告に従い、逃げることを選択したのだ。
”転移の痕跡を残さぬよう細工するため、時間が掛かります。テスタはもう少し耐えてください”
”分かりました……くっ”
テスタが世界侵食《天紋輝夜星域》で抑え込んでいる間にカルディアが転移を成功させる。逃げるには一番良い作戦だった。
転移先へと追跡されないように痕跡を消すことも忘れない。
だが、神の力を抑え込むにはテスタだけでは荷が重かったらしい。
「こんな程度か。所詮は天使クラスってところだな」
ミシリ、と音を立てて《天紋輝夜星域》で形成された漆黒の球体に亀裂が走る。そして一瞬のうちに割れて壊れてしまった。
背に六つの円環を浮かべた光神シンが右手を翳して何かを握り潰す動作をする。それだけでテスタの世界侵食は破壊されたのだ。
「ユナとリアは俺の後ろに下がれ! リアは俺のサポートだ」
「わかったよ!」
「はい!」
クウは両目に黄金の六芒星を浮かべ、いつでも権能を使えるようにする。リアも権能【位相律因果】による補助を開始し、何もできないユナは念のため神祖剣メルトリムノヴァを取り出しつつクウの後ろに隠れた。せめて邪魔にならないようにと思ったのである。
一方でアリアはリグレットに対して呼びかける。
「お前は私の後ろに下がれ。私とミレイナが前に立つ」
「君と少女を前に立たせるのは気が引けるけど、仕方ないね。全力でサポートはするよ」
「ふん。面白いのだ」
ミレイナは戦う気満々だが、同時に竜人としての本能が警鐘を鳴らしていた。
あれはまともに戦って勝てる相手ではない。潜在力の差があり過ぎるのだ。存在の大きさが圧となってミレイナを襲う。それでもミレイナは気力を保ち、攻性気の発動によって深紅の雷を身に纏った。
もはや戦いは避けられない。
不意打ちでテスタが世界侵食を放っても破られたのだ。
今更別の世界侵食を使ったところで意味はないだろう。
やがて状況を察した光神シンは口を開く。
「……そうかアルファ計画が失敗して、オメガ計画に移行していたのか。よくよく感知したら……あの子、フローリアの気配も感じない。本来なら世界中を精霊が覆って監視システムを構築していたハズなのに。精霊王フローリアが消滅して、精霊も一匹残らず消えてしまったのか」
天魔アルファ、天魔オメガ、天霊フローリア。
この三体は光神シンが自ら作り出した生命であり、天使だ。特に初めて生み出した生命であるフローリアは成長するまで可愛がっていた。それが魂の欠片となって消滅したことを光神シンは悲しく思う。
神となって長く生き、薄れてしまった感情が蘇った感覚を覚えた。
「久しぶりに感じるよ。これが怒りという奴なのかな……?」
自分の子供たちが表世界へと呼び出してくれるアルファ計画。
魔王妃アルファの権能【深淵楔蜘蛛】で因果を操り、人族と魔族の戦争を引き起こす計画。その時に生み出された憎悪の意思力を束ね、表世界と裏世界の狭間に穴をあける。その他にも補助要素はあったが、アルファの権能をメインとしていたのは事実だった。
それが失敗したときのオメガ計画。
魔王オメガの魂を犠牲に、光神シンを降臨させる。最期の手段として取っておいた保険。
どうやら保険によって自分は降臨したらしい。
光神シンはそう察した。
「残念ながら、カグラを呼び出すには条件が足りていない。俺が自ら戦争を引き起こし、憎悪と悪意の意思力を束ねるしかないか。そのために―――」
光神シンは右手に一振りの剣を顕現させた。
「まずは邪魔な天使共を殲滅するとしようか。鎮まれ、【伊弉諾】」
カルディアが構築していた転移術式が因子となってバラバラに崩れた。
~裏設定~
アリアたちが魔王妃アルファを倒した時点で、人族と魔族を戦争させるアルファ計画が破綻していました。それでもオメガは四天王と精霊王を利用してアルファ計画を継続させようとしましたが、結局はアルファの権能で戦争へと収束させるはずだった因果の糸が途切れ、失敗。
反動としてクウ、ユナ、リア、ミレイナという天使がほぼ同時期に出現することになります。
因果操作の反動で、願った結果に反する結果が引き寄せられたということです。
世界エヴァンが良い方向へと運命を進めたのは、アリアたちが魔王妃アルファを討伐したことが全ての原因だったというわけです。





