EP470 神
光神シンが右手に持っていたのは当然ながら神剣だった。何一つ飾り気のない一本の太刀。存在するだけで世を破壊するほどの存在力を保持していることを除けば。
「この剣は銘を神剣・天霧鳴という。これは裏世界で暴れまわる超越者たち、そしてそのなりそこないを始末するために開発したのだけど、これがなかなか使い勝手が良い。だから俺も愛用しているんだ」
誰に語るでもなく、光神シンは説明した。
クウたちは息をすることもなく集中して聞き入る。超越者に呼吸の必要はないが、まるで息が詰まるかのような感覚を覚えた。
「神の力は全能の力……とは言えない。だけど、全知に近いことは出来る。そして全知全能に近づくことは出来る」
神にも権能は存在し、力を振るえる範囲は決まっている。
故に全能となることは出来ない。ステータスに縛られた一般人からすれば全知全能の如き大いなる力を持っているのは事実だ。しかし、本当の意味で全能ではない。
しかし、権能も極めればそれに近いことは可能となる。
「さて、超越天使クラスが六体、そして神獣が六体。ちょっと数が多いか?」
光神シンは神剣・天霧鳴を天に高く掲げ、キョロキョロと周囲を見渡す。そして音もなく虚空を切り裂き、神剣・天霧鳴を振り下ろした。
”っ!”
”馬鹿な!”
”なんやって!?”
”拙いです!”
”なっ!?”
”なんじゃと!?”
ファルバッサ、ハルシオン、ネメア、カルディア、テスタ、メロが同時に驚愕の表情を浮かべる。そして慌てて同時に巨大な魔法陣を展開させた。
クウは突然のことでファルバッサに説明を求める。
「おい! この場面で急にどうした。それは転移の魔法陣だろ! どこに行く気だ!」
”我の迷宮に不具合が生じた! このままでは無限の魔物が虚空迷宮から溢れ出るぞ!”
「はぁっ!?」
どうやらそれは他の神獣も同じらしい。
本来、神獣は迷宮の管理者であり、世界に発生する瘴気を吸収管理し、魔物へと変換する。そして調和をもたらすのが迷宮の役目だ。同時に神が与えた試練でもあり、その最下層へと至れば加護を得ることも出来る。
本来は超越者ですら不可侵。
しかし、光神シンは干渉した。
あらゆる因子を分解する神剣・天霧鳴によって。
六神獣は緊急帰還用魔法陣を使ってそれぞれの迷宮に戻って行ってしまった。
「ほー。脆いな。管理システムの一部を分解するだけでこのザマか」
「システムの分解だと!? ここから迷宮までどれだけ距離があると思っている!?」
アリアは神槍インフェリクスを突き付けつつ光神シンを問い詰める。この緊張感の中でよくぞ聞けたものだとクウは感心した。
一方で光神シンは余裕を見せるつもりなのか、アリアの質問に答える。
「その通り。この神剣・天霧鳴はあらゆる理を認識した俺の意思に応える。法則、現象、因果、あらゆるものを因子として分解する。この剣に切る力はないのさ。まぁ、魔法を使うための杖みたいなものだと思ってくれ」
そう言った光神シンは数度、神剣・天霧鳴を振った。
すると、アリアの天使翼が消滅した。
「な……」
「アリア!」
リグレットは慌ててアリアの体を掴み、札を張り付ける。すると、アリアは浮遊に成功した。
それを見た光神シンは得意げに説明する。
「こんな風に、天使翼という情報次元因子を分解することも可能だ。そして――」
「死ね!」
クウは既に背後に回っていた。そしてカチリと神刀・虚月を納める。《熾神時間》を使って光神シンを切り裂いたのである。
「―――話は最後まで聞いて欲しいんだけどね」
光神シンは振り返って神剣・天霧鳴を振り下ろそうとする。だが、それを手に持っていた右手は斬り落とされていた。
「ん?」
「《月界眼》」
周囲が暗く染まり、天上の頂点に満月が浮かんだ。クウが右目を閉じると月は深紅に染まり、黄金の六芒星が浮かび上がる。
クウは運命を作り出し、その運命に従って世界を運営する。運命とは意思力による世界への強制力と捉えることも出来る力。『世界の運命』程度なら、世界の方向性をある程度決めるに留まる。しかしながら、クウの意思干渉はあらゆる意思力を操り、意思次元を構築して運命に強制力を与える。
《月界眼》で作り出した運命は必ず成される。
「《夢幻》」
「なに?」
光神シンの全身が槍で貫かれる。その激痛で呻きそうになるが、神の圧倒的な霊力で振り払った。そして即座に斬り落とされた右腕を再生し、手元に神剣・天霧鳴を引き寄せる。
「天使如きが俺の手を切り落としたことは褒めてやる。だがその程度だ!」
超音速で飛び回るクウに向かって神剣・天霧鳴の切先を向ける。これによって情報次元因子を極限まで分解し、霊力体を壊そうとしたのだ。
だが、クウは指一本欠けることがない。
クウは更に《夢幻》を発動し、今度はそれを神剣・天霧鳴にかける。すると神剣・天霧鳴はポッキリと折れてしまった。壊れぬはずの神剣が折れた。これに光神シンは驚かされる。
「神剣・天霧鳴が効かないだと? それに折れた?」
ただの幻術だと気付かない光神シンは、神剣が折れたことで動揺してしまった。更には神剣・天霧鳴の分解効果がクウに効かなかったことでも驚愕した。
それもそのはずである。
《月界眼》が作り出したのは壊れぬ世界。破壊の運命が消え去った世界だ。
因子分解も破壊の一種に含まれる。
しかし、幻術は破壊ではない。タダの幻想なのだから。ただの誤認なのだから。
「リア! 今のうちに転移魔法陣を完成させろ!」
「はい兄様!」
「リグレット! お前は世界侵食を使えるか!」
「無理だよクウ君! まだ使えない」
「仕方ないか!」
クウは両目の魔眼に全ての霊力を注ぎ込み、幻術を最大限で展開する。
第一段階『幻覚』、見えないものが見えるようになる幻影の術。
第二段階『錯覚』、幻痛など、幻惑に陥っていることに気付かない繊細な術。
第三段階『幻想』、対象を眠らせ、幻術世界に封じ込める術。または幻術空間に閉じ込める術。
第四段階『催眠』、対象の五感や記憶といった認識を操る術。
クウはこの中で『幻想』を発動させた。
「幻想の中で永久に苦しめ!」
極限まで絞り出した意思力を以て、幻術空間を作り出す。リグレットの《消失鏡界》を参考に、幻術空間による回廊を作り出した。
たとえ幻術だったとしても、それを破壊することは出来ない。
破壊不可能の運命が決定づけられているからだ。
天に赤い月が昇るその幻術空間は、各所が歪んでいる。そして歪みからは黒く蠢くスライムのような物体が現れた。蠢く物体には無数の眼があり、その全てに黄金の六芒星が浮かんでいる。
「これは?」
幻術で折れたように見える神剣・天霧鳴を投げ捨てた光神シンは、周囲から現れた蠢く黒いスライムを眺めた。無数にある魔眼はギョロギョロと動き、そして光神シンを見つめる。
途端に光神シンは心臓部に槍が突き刺さった。
両目が破裂し、皮膚がどろどろに溶け始める。
「ふん」
だが光神シンは霊力を解放した。
それだけで……ただそれだけでクウが形成した幻術空間が壊れる。これは破壊の概念による攻撃ではなく、純粋な潜在力の差によるもの。故に運命で縛っても意味がない。
意思力と潜在力は関係性がある。
通常、意思力によって潜在力から霊力が引き出される。なので、意思力の方が上位に感じられる。だが、圧倒的な潜在力は意思力すら上回る。つまり、気合でどうにもならない領域の物量があれば、意思力を潜在力で上回ることが出来るのだ。
神の一端である光神シンは、破壊不能の運命を霊力だけで捻じ伏せた。
つまり幻術も霊力で消し飛ばしたのである。
「他愛ない」
光神シンが手元を見ると、神剣・天霧鳴も折れてはいなかった。それで何をされたのか悟る。
「幻術か。俺を騙すレベルとは」
霊力の解放と共に周囲の空間が壊れ、嵐が発生した。海は荒れ、近くの海岸がガリガリと削られる。
クウたちは空中に留まりつつ、なんとか霊力の圧を防いだ。
「全然だめだね! くーちゃん!」
「理不尽すぎるだろ……あれが神かよ!」
破壊の運命が存在しない世界を作り出したクウ。だが、霊力だけで吹き飛ばすなど想定外である。それは破壊ではなく上書きだ。破壊不能の運命に適応されることはない。
「くっ!」
アリアは即座に権能【神聖第五元素】を発動し、神聖粒子を散布した。そして時間停止を発動しようとする。
光神シンは神剣・天霧鳴を振るうが、やはり因子は壊れない。破壊不能の運命はまだ続いているのだ。理に反する故に、いずれ『世界の意思』が修正するだろう。だが、まだ神剣・天霧鳴は使えない。
「では、こっちも使おうか。顕現、神書・海淵現」
光神シンは左手に不気味な紋様が表紙に描かれた濃紺の本を顕現させる。それは自動的にパラパラと捲られていき、とあるページで止まった。
同時にアリアは空間中に神聖粒子の充填を終える。
「《時間停止》」
「愚かだよ魔族の娘。《時間停止》」
アリアと光神シンは同時に時間を停止させる。
いや、霊力の差によりアリアの《時間停止》は上書きされ、光神シン以外は全て情報次元を停止させられた。
その状態で光神シンは神剣・天霧鳴を振るう。
しかし何も起きない。
「なるほど。天霧鳴を封じたのは誓約系の概念ではなく、意思力そのものによるものか。つまり情報次元停止でも防げない。これは困ったな」
クウの《月界眼》により作り出されたのは破壊不能の運命。
故に情報因子の分解という神剣・天霧鳴の効果すら無効化できる。その代わり、クウたちも破壊を伴う攻撃は出来なくなるのだ。勿論、理に反する故に、抵抗を続ければいずれその運命の流れも変わってしまう。
超越者は意思力により運命すら覆す存在だからだ。
しかし、今はクウの作り出した破壊不能の運命によって世界は運営されていた。
(くそ。光神シンも時間を止めることが出来るのか)
クウは舌打ちしそうになったが、時間が止まっているのでできない。情報次元が停止しているため動けないものの、意思次元は止まっていないので意識はあるのだ。
ゼノネイアから光神シンの権能を聞いてはいたが、時間を止めるような能力ではなかった。
恐らく、左手に出した不気味な本が原因だろう。
そのように予想を付けた。
(まずは時間停止を壊す。《幻葬眼》!)
現実を幻術であると世界に認識させる術式が発動する。そしてクウがその幻術を解除することで、あらゆる現象や結果を無かったことに出来る。
これで時間停止すらも幻術に変えてしまった。
これは破壊ではないため、破壊不能の運命に抵触しない。
「ん? 強制的に解かれた?」
「奴にありったけの封印術を掛けろ!」
クウは時間停止が解けた瞬間に叫ぶ。
するとまずはアリアが神聖粒子によって光神シンの周囲に岩石を浮かべる。それを一瞬で凝縮し、物理的に封印した。岩石だるまとなった光神シンに向けて、次はリグレットが札を大量に放つ。封印系の札を規則的に並べ、相乗効果を与えて封印術を強化形成したのだ。
更に今度はリアが時間と空間による結界を仕掛ける。空間で区切った内部時間を極限まで遅くして、光神シンの抵抗力を弱めたのだ。封印系の情報次元は、停止の概念が含まれるため、時間つまり情報変化の速度を緩めることで逆に強化できる。リアはその特性も活かしている。
更にクウは霧の幻術で封印石を囲み、空間ごと幻術世界に飛ばした。これで簡単には脱出できない。
「私達の出番、なかったね」
「そういう能力じゃないから仕方ないのだ」
ユナとミレイナは役に立てず、少し残念そうである。
しかし安堵したのも束の間だけだった。霧の幻術空間で囲まれた封印術の中心が光る。それは瞬時のうちに輝きを増し、眼も空けられないほどの眩しさとなった。
光の中から鮮明に声が聞こえる。
「中々の封印術だったよ。天使クラスにしてはね」
閃光が消えて現れたのは背中に六つの光輪を浮かべる光神シン。
その首元にはペンダントがぶら下がり、嵌めこまれた小さな鏡が六人の天使を映していた。
光神シン、圧倒的ですねー
ちなみに戦っている最中も、周囲の空間が軋んで壊れかけています。神の潜在力で。





