EP458 総力戦⑲
アジ・ダハーカを憑依させたオリヴィアは、その見た目も変化していた。
全身から黒い瘴気を発しており、その身はアジ・ダハーカの龍鱗を纏っている。いや、正確には龍鱗が生じたり消えたりと点滅している。どうやら安定していないらしい。
邪龍と呼ばれる存在を寄せ集め、死の呪いに浸して出来たのがアジ・ダハーカだ。その情報次元を宿したオリヴィアが安定であるはずない。
「……凄い力ね。これが竜の因子」
情報次元にアクセスできる系統の権能は、多様性のある能力になりやすい。オリヴィアの場合はあらゆる世界の情報次元にアクセスし、死者の記録を取り出すことが出来る。いつもは権能によって情報次元を再現し、死霊として顕現させていた。
しかし、今回は器に情報次元を入れるのではなく、自身へと情報次元を取り込んだ。
これまでにない力を感じ、オリヴィアは震える。
「ちっ……なんだあれは」
「どうやら死霊を取り込んだようですね。私の「聖炎」が反応しています」
「奴から竜の気配を感じるのはそれか」
足場になっていたアジ・ダハーカは消えてしまったが、ミレイナもリアも竜翼と天使翼で浮かんでいる。ネメアも魔素を足場にして宙に立っていた。
《天竜化》を発動しているミレイナは、竜の力を完全に引き出している。その身は竜の鱗によって守られ、耐性や膂力は常識外のものだ。そしてオリヴィアは龍の力を宿し、力を手にした。今は不安定だが、恐ろしくも強大な力である。
「さぁ、ここからよ!」
オリヴィアの額から二本の黒い角が生える。そして爪は鋭くなり、気は禍々しさを増した。背中からは巨大な竜翼が飛び出し、よりミレイナの姿に近づく。
「喰らいなさい」
大きく息を吸い込んだオリヴィアは、魔素と気を凝縮して口に溜める。それはドラゴンのブレスを思わせる所作であり、察したリアは即座に「聖炎」で盾を作り出す。更に権能【位相律因果】によって運命を操作する。
《時間転移》により、絶対に防御が成功する未来へと時間転移した。
「はああああああああああああ!」
「炎よ! 防いでください!」
オリヴィアの放つ漆黒のブレスと、リアの放つ聖なる白い炎がぶつかり合う。白い炎が黒いブレスを喰い尽くす未来へと転移しているため、ブレスと共にオリヴィアは「聖炎」へと飲み込まれた。
死霊の力を宿したオリヴィアに対して聖なる力は効果抜群である。
しかし、瘴気に対して聖気が強いように、瘴気は聖気を呑み込む。
オリヴィアは白き聖なる炎を切り裂いて、内側から現れた。その手には炎のように揺らめく黒い刀身の剣が握られている。
「うふふ。温い炎ね」
そう言って手にした剣を振る。すると、リアとミレイナのいる場所を黒い瘴気が飲み込んだ。ミレイナは咄嗟に権能【葬無三頭竜】を使う。「無効化」の力を「波動」に乗せ、瘴気を打ち消して見せた。
超越化したばかりだが、ミレイナの出力はかなりのものである。
そのパワーだけで瘴気の力を跳ね返してしまった。
更にそれだけでなく、アジ・ダハーカを抑えていたアリアが参戦する。
「隙だらけだな」
「なっ……ぐっ!」
アリアは転移でオリヴィアの背後に現れ、神槍インフェリクスで突きを放つ。再生阻害の力を備えた神槍インフェリクスの攻撃は、一度でも受けると超越者ですら再生能力を殆ど失う。
だが、この一撃は堅い何かに阻まれた。
オリヴィアは背中に強い衝撃を受けたが、槍は刺さっていなかったのだ。
「これは……」
手応えのないことを確認したアリアは、短距離転移で下がりつつオリヴィアの背中を観察する。槍で破られた服の内側には、黒い鱗のようなものが見えた。それはすぐに消失し、普通の肌に戻る。
龍の因子を取り込んだことで、自動的に防御の龍鱗が展開されるようになったのだ。
アリアが下がった後、今度はファルバッサ、ハルシオン、カルディアの順番で攻撃を仕掛ける。
まずはファルバッサが切断の法則でオリヴィアを攻撃した。
”ガアアアアアアア!”
「ぐっ!」
流石に法則を操った攻撃は龍鱗でも防げなかったのだろう。オリヴィアは防御した腕を切断された。だが、アジ・ダハーカを取り込んだオリヴィアには傷から眷属を作り出す能力すら得ている。切り裂かれた腕からは黒いドロドロとした粘液が溢れ出た。
悍ましい気配を放つ粘液は、一瞬のうちに邪龍へと姿を変える。
黒い竜鱗を持つ蛇に竜翼が生えた姿の邪龍は、アジ・ダハーカが生み出していたものと相違なかった。生まれた邪龍はファルバッサに襲いかかろうとする。
しかし、それをハルシオンの雷撃が破壊した。
”砕けよ!”
ハルシオンの呼び声に応えて、雷の獅子が具現した。正確には獅子の頭部が現れたのである。激しく放電する雷の獅子は、大きく顎を開いて牙を煌めかせた。
そしてオリヴィアを一気に噛み砕こうとする。
だが、オリヴィアは両腕を伸ばして磁気を操る。アジ・ダハーカの力を手にしたことで、オリヴィアは千の魔術を扱うことすら可能なのだ。その中には磁気を操作する属性もある。
その力によって雷の獅子を吹き飛ばしてしまった。
”む……?”
”下がってくださいハルシオン。私がやりましょう”
暴風を巻き起こしながらカルディアが割り込む。
未だ《無限時喰》の発動状態にあるため、カルディアが情報次元を喰らう。時間の檻でオリヴィアの竜翼を捕獲する。
そして情報次元を切り離し、喰らった。
「く……」
翼を失ったオリヴィアはその場で落下する。
仕方なく千の魔術を使い、重力を操作して宙に浮いた。だが、アリアが権能【神聖第五元素】でオリヴィアの操作する重力を乱した。アリアの使う神聖粒子は、散布することで現象を引き起こす。
周囲の法則に影響されず、ピンポイントに事象を発現できるのが現象系能力の利点だ。
落下しておくオリヴィアに対し、ミレイナが追撃する。
「はあああああああああああ!」
気で鋭い竜爪を形成したミレイナは、深紅の雷を纏って攻撃を仕掛ける。この赤い雷は攻撃に特化した気であり、龍を取り込んだオリヴィアの防御も確実に貫く。
それだけでなく、権能【葬無三頭竜】による破壊の力すら込めた。
《深蝕》の発動によってミレイナは竜の化身を纏った。
鋭い抜き手に竜の概念が宿り、黒い竜爪を纏ってオリヴィアを貫こうとする。
「させないわ!」
オリヴィアは両手を突き出してミレイナの攻撃を防ごうとする。
破壊の権能を内包した抜き手がオリヴィアに触れる直前、半透明の龍鱗を思わせる障壁に阻まれた。オリヴィアはアジ・ダハーカを取り込んだことで、龍の力を具現できるようになった。
あらゆる世界の邪龍を合成し、作り上げた最高傑作の死霊アジ・ダハーカ。その力を情報次元としてオリヴィア自身に組み込んだからこそ出来る技である。
「ちっ、噛み砕け!」
ミレイナの《深蝕》が変質し、竜の頭部となる。そして牙を開き、オリヴィアの防御を噛み砕こうとした。
「はあああああああああああ!」
「く……」
深紅の雷が徐々に龍鱗を思わせる防御壁にひびを入れる。ミレイナの権能は破壊の力であり、どんなに堅い防御でも情報次元から滅ぼす。故にこのままでもミレイナがいずれ押し切るのだ。
しかし、このままミレイナだけに任せる理由にはならない。
人化状態のネメアが背後から近づき、オリヴィアの背中に触れようとする。自動的に発動した龍鱗の防御壁に阻まれるも、ネメアは慌てず権能を発動させる。
「侵せ、【殺生石】」
情報次元を殺す概念毒が龍鱗防御壁に染み込み、ボロボロと崩していく。
更にアリアは特異粒子を凝縮し、それを神聖属性へと現象変換した。それは瘴気に属する存在を一撃で滅する程の聖なる力。《英霊屍装》で邪龍を宿したオリヴィアは、情報次元の属性が邪に偏っている。
ミレイナの破壊、ネメアの死毒、アリアの神聖は確実にオリヴィアを傷つけるだろう。
そこで防御は無意味と判断し、オリヴィアは攻撃に転じた。
「はあああああああああ!」
アジ・ダハーカが持っていた千の魔術を使い、大量の魔法陣を展開する。この大規模攻撃により、自爆覚悟で体勢を立て直そうとしたのである。
それに対してハルシオンは大量の雷を落とし、魔法陣を破壊しようと試みる。しかし、磁力を操る魔法によって散らされ、魔法陣は一瞬で完成した。
だが、ここでリアがサポートする。
「対象を選択。《時間停止》」
展開されていた魔法陣の情報次元が停止した。これによって魔法の発動が止まる。同時に、カルディアが《無限時喰》で全ての魔法陣を喰らい尽くす。全ての魔法陣が時間の檻によって捕獲され、喰い尽くされてカルディアの背中にある巨大円環へと吸収された。
世界そのものがカルディアの味方をしている。
故に数など問題にならないのだ。
時間を止められた上に魔法陣を喰われたオリヴィアは驚愕する。
(まさかこれも防ぐなんて……)
相手はリア、ミレイナ、アリア、ファルバッサ、ハルシオン、カルディア、ネメア、メロの超越者八体。不利な戦いになるのは分かり切っていた。
しかし、これほどとは予想外である。
(新しい力を使っても何一つできないなんて)
アジ・ダハーカの情報次元を宿したからと言って、オリヴィアの霊力が増えたわけではない。元からアジ・ダハーカを顕現させていたのはオリヴィアの霊力なのだ。元に戻っただけである。
超越者は意思力の限り限界のない力を得た存在である。
しかし、霊力という限界点は確かに存在するのだ。
故に数の暴力によって完封されてしまう。
特に能力のネタが判明しているオリヴィアは。
「まだ終わるわけにはいかないわ!」
アジ・ダハーカの情報次元を呼び出し、その中でも牙を顕現させる。その鋭さと瘴気を究極まで突き詰めることで、剣の形へと変化させる。
見た目は細剣だが、その刀身は瘴気によって歪み、常に黒く揺らめいている。
牙を触媒にして器を鍛え、邪龍アジ・ダハーカを宿す剣に変えたのだ。
今のオリヴィアは器を自在に操作することで、様々なものに死霊を宿らせる術を得た。いや、その可能性に気付いた。
「剣よ。私の意思に応えなさい!」
器は完成した。
そこにオリヴィアはアジ・ダハーカの情報次元を宿らせる。死霊である以上、その情報次元を操ることは簡単である。あとは意思力を持ってことを成すだけで良い。
揺らめく刀身を持った細剣にアジ・ダハーカが宿り、悍ましい死霊武装が完成する。
「皆、気を付けろ」
オリヴィアの手に出現した武器を見たアリアは、全員に警告を出す。そして神槍インフェリクスへと特異粒子を極限まで纏わせ、神聖光を宿らせた。
まずはミレイナが霊力を解放し、《深蝕》による竜を具現させる。ミレイナの体からオーラのような黒い靄が立ち昇り、ドラゴンの首が三つ現れた。三つの首はそれぞれが意思を持つかのように蠢き、音の速さすら超えてオリヴィアに咬みつこうとする。
「邪魔よ!」
オリヴィアは邪龍の剣を振るい、剣に込められたアジ・ダハーカの力を炸裂させる。情報次元の殆どをカルディアに喰われてしまったが、それでも膨大な力を宿していることに相違ない。
ミレイナの放った《深蝕》を消し飛ばすだけでなく、宿した龍の瘴気によってミレイナごと吹き飛ばしてしまった。
「なっ―――!」
「ミレイナさん!」
「次は貴女よ」
オリヴィアは続いてリアにも邪龍の剣を差し向ける。すると、切先に黒いエネルギーが収束し、ブレスのように勢いよく放たれた。いや、その力はアジ・ダハーカが使っていた《瘴厄吐息》そのものである。
だが、リアは咄嗟に空間を遮断し、《瘴厄吐息》を防いだ。
未来が見えていたリアだからこそ防げたのである。
それほどオリヴィアが放った《瘴厄吐息》は発動が早かった。
「大丈夫かリア! このっ!」
アリアは神聖光を宿した神槍インフェリクスを投擲した。権能により投擲速度は光速に至り、物質として質量を持ちながら光の速さに達するという、法則に喧嘩を売っているような現象を引き起こす。
流石の超越者でも光速は回避できない。
オリヴィアは神槍インフェリクスによって貫かれた。
「が……ああああああああああああああ!」
右半身が吹き飛ばされたオリヴィアは一瞬だけ激痛で悶える。だがその瞬間、オリヴィアの傷口から黒い粘液のようなものが溢れ出て、巨大な龍の腕となった。その腕は凄まじい勢いで振り回され、アリアへと叩き付けられる。
そこでアリアは転移で回避し、召喚によって神槍インフェリクスを呼び戻した。
オリヴィアは黒い粘液に飲み込まれ、不気味に蠢く。
そして数秒後には粘液も消え去り、再び元通りのオリヴィアが現れた。いや、全く元通りというわけではない。「竜眼」を持つファルバッサは解析によってそれを悟っていた。
”あの女に龍の因子が馴染んでいるな。傷が再生するときにオリヴィアとアジ・ダハーカが情報次元がまじりあっているようだな”
「ふん。ならば奴が私と同じように……竜人に近い存在となるということか?」
”む? ミレイナか。復帰したのだな”
「瘴気が纏わりついて面倒だったがな。破壊の波動で消してやったぞ」
オリヴィアは取り込んだアジ・ダハーカの情報次元を持て余している。カルディアが情報次元を喰らったことも不安定さに拍車をかけているのだろう。
「あああ……はあああああああああああああああ!」
よりアジ・ダハーカと一体化したオリヴィアは、右腕が全て龍鱗で覆われ、更に右目が爬虫類のように縦長の瞳孔となる。右手に持った邪龍の剣も、揺らめいていた刀身が安定化し、龍の鱗を思わせる刀身が長く伸びている。
形状は剣ではなく刀に近く、長さは刃渡りは数メートルにもなっていた。
総力戦を書き始めてそろそろ5か月になりますねー
長い……
いや、もう少しで終わるはずなんですけどね。私が想像していた以上に細かく描写してしまったと言いますか、なんというか……
あとちょっと(?)だけお付き合いください。
あと、今日から5日ほどは感想返信できません。





