EP457 総力戦⑱
オリヴィアが切り札として召喚したアジ・ダハーカは完全に封じ込められていた。三つの首は切断されて封印され、その他にも神聖系や封印系の術式および法則を利用して再生も阻害される。
そして封じられたアジ・ダハーカの背中ではオリヴィア一人に対し、ミレイナ、リア、人化ネメアの三人が一方的な戦いを見せつけていた。
「《次元裂封》」
リアの能力でデス・ユニバースは全て時空の狭間へと封印される。正確にはリアが生成した亜空間に封じ込めているのだが、超越者の作り上げた空間から脱出するなど不可能である。デス・ユニバースは強化されているとは言え、所詮はステータスに縛られた存在なのだから。
生前、国最強と呼ばれた騎士は抵抗するまでもなく次元の狭間に飲み込まれた。
賢者と呼ばれた老人は多少の抵抗をしたが、意味をなさなかった。
生涯で五百人以上を殺した暗殺者ですら回避に失敗した。
尤も、空間ごと封印する座標攻撃など、超越者でもない限りどうしようもないが。
(アジ・ダハーカ召喚で今の私は霊力があまり使えないわ。いっそのこと送還できればいいのに)
オリヴィアは思考加速させつつ思案する。権能により呼び出した死者は、リアの力で出現とほぼ同時に消されている。そしてデス・ユニバースが消えると同時にミレイナとネメアが突貫を仕掛け、オリヴィアの肉体を破壊するのだ。
ミレイナの持つ権能【葬無三頭竜】とネメアの権能【殺生石】は一撃でオリヴィアを霧散させるばかりか、再生まで阻害してくる。もう嫌になりそうだった。
「はあああ!」
ミレイナは自在に操れるようになった魔素を使い、糸状に形状変化させてオリヴィアに放つ。複雑に動く糸はオリヴィアを捕獲し、そのまま締め付ける。
「コツを掴んできたのだ。はっ!」
そしてミレイナが一気に魔素糸を引き寄せると、オリヴィアの体が綺麗に引き裂かれた。特性「崩壊」と「無効化」「風化」を付与することで切断力を極限まで引き上げているのである。超越者としての霊力防御を「無効化」した後、「風化」で脆化させ、「崩壊」で破壊するのだ。
オリヴィアにとって腹立たしいことに、自分との戦いはミレイナにとって超越者の力を馴染ませるものでしかないということである。
事実、リアとネメアが補助に回ることで危なげなくオリヴィアを追い詰めている。
基本的にデス・ユニバースはリアが排除し、既に弱体化しているオリヴィアをネメアの毒が更に弱体化させる。ミレイナは安心して権能の力を試すことが出来るのだ。
「はぁっ!」
気で竜爪を形成したミレイナは、オリヴィアを切り裂く。この竜爪も超越化前に比べて強度が上がり、鋭さも増した。もはやオリヴィアに防御手段はない。
そしてミレイナの本気はここからだ。
深紅の気が濃密化していき、激しく弾ける。それはまるで赤い雷だった。
ミレイナの意思力が極限まで攻撃に特化した結果、気は纏う形状から変質して雷のようになってしまったのである。
「新しい竜化、《天竜化》!」
ミレイナの背中にある三対六枚の天使翼が粒子のように分解され、再構築されて竜翼となる。翼の数は二枚に減ってしまったが、放たれる威容は天使翼よりも遥かに上だ。そして額にある角は僅かに伸びて、雄々しさを増している。
ただ、超越化前の竜化では全身が竜鱗に覆われていたのだが、今のミレイナはそれがない。
しかし、だからと言って防御力が下がったとは言い切れないだろう。
超越化していることを考えれば、単純な防御力は以前より遥かに上がっているのだから。
「ちっ! 行きなさい!」
オリヴィアは適当なデス・ユニバースを十体ほど呼び出し、ミレイナへと殺到させた。リアはすぐに対処しようとしたが、ミレイナに目で制されて止める。
概念攻撃しか通用しないデス・ユニバースに対し、ミレイナは右腕を軽く振るった。
「邪魔なのだ」
同時に深紅の雷が弾ける。ミレイナの意思力が攻撃に特化した形状へと変質したものであり、ステータスに縛られたデス・ユニバース如きに耐えられる力ではない。
深紅の雷に触れた瞬間、デス・ユニバースは弾け飛んだ。
気をここまで攻撃に特化させたのはミレイナだからこそだ。最近では鳴りを潜めていたが、元からミレイナは『やられる前にやる』のスタイルで戦ってきた。故に、力は防御に割くより、攻撃へと割り振ることを求めた。
「私も超越者の戦いが分かってきたぞ」
ミレイナは紅蓮の雷を纏いつつ、風化属性を具現化した。同時に「崩壊」と「無効化」の力も加え、「波動」として押し留める。
これによってミレイナは黒き波動と深紅の雷を同時に纏っている状態となった。
権能【葬無三頭竜】の全てを身に宿したミレイナ。
発散するのではなく一か所に留めた力を、今度は解き放つ形へ整える。
「《深蝕》」
術式は発動した。
しかし、黒き波動を放ちつつ深紅の雷を纏った状態に変化はない。
「ここからだ」
背中の竜翼に霊力を込め、一瞬でオリヴィアの目の前にまで移動する。そして右手を伸ばすと、纏っていた黒い波動が竜の顎に変化した。それは鋭い牙でオリヴィアに咬みつく。「無効化」と「崩壊」の力により、オリヴィアの防御力は殆ど無視だ。
オリヴィアは赤い雷を纏った黒い竜の牙に捕らわれた。
「ああああああっ!?」
苦し気に呻くオリヴィアにトドメを刺すべく、今度は左手を振るう。すると左手の波動が変化し、巨大な龍の爪となった。「無効化」と「崩壊」の力で容易く切り裂き、更に風化属性で傷口から滅びの力を送り込む。 風化属性によるマイナスエネルギーが傷口を侵食し、身体の内部にまで強烈な痛みを与えた。
「うぐ……ああああああああ!」
オリヴィアはそれでも意思力を保ち、痛覚を消す。そして権能【英霊師団降臨】に意識を傾け、大量の死霊を呼び出した。
竜の顎でオリヴィアを捕獲するミレイナの周囲に赤黒い渦が出現する。
そして大量の死霊が飛び出し、一斉にミレイナを攻撃しようとした。
「ふん。無意味なのだぞ」
しかしミレイナは一瞥すら向けない。
右肩と腰の付近で黒い波動が変化し、二つの竜の顎となって全ての死霊を噛み砕いた。特性「崩壊」によって不滅のデス・ユニバースでも一瞬で消え去る。
右腕、右肩、腰の三か所から黒い波動が伸びて竜の首となった。まるで三つ首の邪龍である。
深紅の雷を纏った破壊のドラゴン。
これこそが破壊の天使ミレイナの権能である。
「ぐ、まさか覚醒したばかりの超越者如きに後れを取るなんて……」
痛覚を消したオリヴィアは少し余裕が出て来たらしい。悔しそうな言葉を吐きだす。
確かにミレイナは超越化したばかりだが、環境が整いすぎていた。味方の超越者が多数揃っている状況でありながら、アジ・ダハーカ召喚によって弱体化しているオリヴィアが相手なのである。
幾らでも力を試すことが出来る。
故に意思顕現まで簡単に至ってしまった。
ミレイナは自身の体に「崩壊」と「無効化」と「風化」の力を「波動」として留めた。これを深紅の雷に変質させた気で閉じ込める。あとは種族特性の「竜」で滅びの「波動」と気を具現化する。
これこそが《深蝕》の性質である。
黒い「波動」は「崩壊」と「無効化」によって形成されたもの。故に纏っているだけで強烈な防御となるのだ。そして攻撃の際には破壊の力を振りまく。
(拙い……わね)
《深蝕》の竜牙によって動きを封じられているオリヴィアは、自身の消滅を危惧していた。竜の顎を形成しているのは、破壊の概念そのもの。故に咬みつかれている状態では常に霊力体が壊れ続けているのだ。
超越者の再生能力すら上回る崩壊速度であり、このままでは意思力が生きることを諦めてしまうだろう。
つまり待っているのは超越者としての死。
魂の消滅だ。
(考えるのよ。全ては魔王様のために……)
既に痛覚は遮断しているため、思考が妨げられることはない。だが、情報次元が欠落していく際に伴う虚無感が意思力を蝕んでいく。
(魔王様が……オメガ様が勝利するまで耐えなければ……)
オリヴィアにとって……いや、四天王と呼ばれる魔族の超越者にとってオメガは王だった。意思なき魔人ばかりが住む【アドラー】の中で、オリヴィアは意志ある魔人として生まれてしまった。魔王オメガと魔王妃アルファに保護されたオリヴィアは神の名を知った。
魔人族を創造した光神シンを。
そして光神シンをこの世界エヴァンに降臨させることが魔人族の意義であると教わった。
これこそがオリヴィアにとっての世界だった。
オリヴィアはオメガの示した世界のために戦う。
(こんなところで終われない。終わりたくない。我が創造の神をこの眼で見てみたい! なにより、敬愛するオメガ様を置いてはいけない!)
オリヴィアの意思力はこの程度で潰えない。これでも六百年以上を生きる超越者なのだ。並みの意思力でないのは明白である。
(私に戦う力があれば……いえ、戦う力は自分で切り開くもの! それが超越者!)
ステータスに縛られた存在と異なり、超越者は法則や因果からも解き放たれている。戦う力がないのなら、その意思力を持って権能を操り、戦う力を作れば良い。
死霊を作り出す戦い方は、オリヴィアにとって最もしっくりくる故に編み出した。
しかし、権能とはもっと自由な力だ。
その思いがあれば、権能の範囲内で自在に世界を構築できる。
「ライブラリ……参照……」
「無駄だぞ!」
ミレイナは《深蝕》で捕えたオリヴィアに破壊の概念を流し込む。この《深蝕》そのものが破壊を司る概念であり、あらゆる力を無効化する。
アジ・ダハーカ召喚によって常に莫大な霊力を消耗しているオリヴィアは、ミレイナの《深蝕》から脱出できないと思われた。どれだけのデス・ユニバースを召喚したとしても、ミレイナの纏う破壊の概念が一瞬で消滅させてしまう。
だからオリヴィアは考えた。
召喚したデス・ユニバースが破壊されてしまうなら、そうならない様にすれば良い。
「ふふふ……」
オリヴィアは権能【英霊師団降臨】でデス・ユニバースを召喚するとき、情報次元から死者のデータを読み取る。それを元にして死霊を構築し、加護を与えて使役するのだ。
ここで死霊に大量の霊力を注ぎ込み、長い年月をかけて強い加護を与えると、デス・ユニバースではなくエインヘリアルという死霊になる。
しかし、ここでオリヴィアは死霊を構築することを止めた。
代わりに、死霊を自身に憑依させることを思いついたのである。より正確に言えば、死霊の持っていた力そのものを解析し、情報次元として取り込むのである。
「憑依、《英霊屍装》」
オリヴィアが不意に腕を振るった。するとその手に一本の剣が現れる。それは何の変哲もない鉄の剣に見えた。だが、それをミレイナの《深蝕》に突き刺さった瞬間、ミレイナは苦しんだ。
「がっ……なん、なのだこれは……」
ミレイナは唐突に感じた激痛と不快感で、思わずオリヴィアを離してしまった。そして解放されたオリヴィアは崩壊部分を再生させつつ、不敵に笑みを浮かべる。
オリヴィアの周囲には黒い靄のようなものが浮かんでおり、どことなく冷たい気配が漂っていた。
それを見てリアもネメアも警戒する。
「ふふふ。貴女たちのお蔭で私は次のステージに至ったわ」
「なんだと……」
「苦しいみたいね竜人の小娘。これは錬成の力と竜殺しの特性よ」
オリヴィアが剣を手放すと、それは粒子となって消え去った。
今発動している《英霊屍装》は死者の情報次元から、その力のみを引き出し、オリヴィアという器に宿す力。とある英霊の所持していた竜殺しの英雄の力を使うことで、ミレイナを退けたのである。
当然、情報次元から力を引き出すにあたり、その力は概念化されている。
故にミレイナは「竜」という特性を持つが故に、この概念攻撃が弱点となる。
そしてオリヴィアは新たな力《英霊屍装》によって、あらゆる戦闘における優位性を手に入れた。つまり彼女は、相手に合わせて特攻となる力を引き出すことが出来るのだ。
「大丈夫ですかミレイナさん」
「気ぃ付けや。竜殺しはアンタにとって最悪の相性や」
「身に染みて理解したさ。まぁ、超越者になってよかったと改めて思ったぞ」
既に竜殺しによるダメージから回復したミレイナ。今は《深蝕》の黒い波動に竜殺しの概念が触れたことで、連鎖的にダメージがミレイナまで届いたのである。
リアとネメアは心配そうにミレイナを見る。
しかし、既に問題なさそうだった。
「ふん。この程度で私が引くわけがないのだ。ここで引くなど戦士の名折れだぞ」
ミレイナは強者になりたいと望む。
故に弱点を突かれたからと言って逃亡はあり得ない。何より、オリヴィアは母親だけでなく竜人という種すらも弄んだ仇敵。必ず自分の手で倒すと誓った。
そんなミレイナの気迫はすさまじく、深紅の気が雷となって弾ける。
だが、一方のオリヴィアは追い詰められたにもかかわらず余裕を崩さなかった。
「ふふふ。《英霊屍装》があるならアジ・ダハーカを召喚させる必要はないわ」
現在、アジ・ダハーカはファルバッサ、ハルシオン、メロ、カルディア、そしてアリアによって半分封印状態にある。故にオリヴィアは送還も出来なかったのだが、情報次元の力を奪い取って宿すだけなら問題ない。
アジ・ダハーカは器こそ封じられているが、情報次元は「死の祝福」を通してオリヴィアと繋がっているのだ。故に力を憑依させることはできる。
「我が身に宿りなさい。アジ・ダハーカ!」
オリヴィアが宣言すると同時に、アジ・ダハーカは黒い靄となる。その靄は勢いよくオリヴィアへと吸い込まれて行き、その全てが吸収された。
次回
竜の少女VS龍を宿す淑女





