EP456 総力戦⑰
意思次元を切り裂く白銀の太刀が迫る。全身を切り裂かれたオメガは再生も間に合わず、魔神アラストルを盾にすることで身を守ろうとした。
黒紫のオーラで構築された魔神アラストルは、身を挺してオメガを守ろうとする。
勿論、クウは止まることなく神刀・虚月を振り抜き、連動した白銀の一撃も神速で放たれた。
「くそ」
だが、悔しそうな声を漏らしたのはクウの方だった。《素戔嗚之太刀》は魔神アラストルによって受け止められ、完全に拮抗する。
そもそもオメガの世界侵食《終焉の審判》、つまり魔神アラストルは世界と契約することで常に勝利することが決定されている。
「魔神体」の全てを「顕現」させ、「誓約」により勝利の因果が確定する。
オメガの意思が空間を侵食することで、世界が魔神アラストルを勝利に導くのだ。
結果として、魔神アラストルはあらゆる干渉を1.5倍にして返す。
《素戔嗚之太刀》もしっかり受け止めた上、力ずくで押し退けた。
「ちっ……邪魔なんだよ!」
クウは即座に《素戔嗚之太刀》を解除し、《熾神時間》を使ってその場から消える。そして一瞬の後、魔神アラストルは神刀・虚月でバラバラに切り裂かれた。
神刀・虚月は斬る時に魔力か霊力を流すと物質を透過する。そして納刀時に、刃が通った空間を概念的に切断するのだ。
故に魔神アラストルでも切り裂かれる。
”愚か者め! 隙だらけだ”
ここでアラクネ・クイーンが無数の糸を放ち、クウを捕えようとする。全方向からの糸は回避不可能なはずだったが、クウの姿が一瞬だけぶれた瞬間、迫る糸の檻は全て切り裂かれた。
”なんだと!? 何をした!”
「《熾神時間》」
クウは驚くアラクネ・クイーンに対し、攻撃で答えた。一瞬で姿が消えたかと思うと、アラクネ・クイーンの目の前に出現する。同時に、アラクネ・クイーンは縦と横に切り裂かれていた。
そしてクウは再び姿を消し、また姿を現しては六王を切り刻む。
クウが移動している瞬間どころか、刀を振るう瞬間すら見えない。
オメガは戸惑った。
(一体何の能力だ……ただの幻術にしては移動速度が速すぎる)
転移でもなく、時間停止でもなく、ただの幻術にしても違和感がある。
クウの能力がつかめず、オメガはひたすら観察に徹した。
だが、時間も無限ではない。
ザドヘルの死をきっかけとして、一時的に虚数次元と接続したからこそ、六王を準超越者の眷属として従えることが出来ているのだ。いつまでも虚数次元からエネルギーを引き出せるわけではないため、クウの能力が分からないのは困る。
このまま時間稼ぎをされると、オリヴィアを倒したアリア、リア、ミレイナと神獣五体が加勢にやってくるだろう。
リグレットと戦っているラプラスにも期待は出来ない。
(我に加えて眷属六体までも同時に相手取るとは……《熾神時間》と言ったか? 神に対抗するための術式というのは、あながち間違いではないのかもしれぬな)
クウの姿が消える度に、六王が切り刻まれる。魔神の名を冠する眷能すら保有する準超越者が、雑魚同然なのだ。オメガは術式の仕組みを解き明かそうと努めるが全く理解できない。
キングダム・スケルトン・ロードが六つの大剣で、クウに黒き斬撃をぶつけようとした。
しかし、《熾神時間》を発動によってクウはその場から消え去り、六つの斬撃は虚空を切る。同時に、強靭な六つの骨腕がバラバラに切断されていた。
カチンと刀を納める音がして、キングダム・スケルトン・ロードは振り返る。神刀・虚月を納めたクウが悠然と浮かんでおり、傲慢の王たる骸骨帝を怒らせた。
”貴様、儂の腕を!”
”邪魔だ! 骨ごと喰らうぞ!”
そこでフェンリルがクウを喰らうべく、眷能【暴食魔神】を発動する。漆黒に染まった暴食の化身が、キングダム・スケルトン・ロード諸共飲み込むべく姿を現した。
巨大な狼の顎が、鋭い牙で噛み砕こうとする。
しかし、クウは両目を黄金に光らせつつ居合切りを放った。
「邪魔はお前だフェンリル!」
《神象眼》が乗せられた居合切りは世界を切り裂く。斬撃の延長線上が全て引き裂かれ、暴食の化身は勿論、フェンリルすら真っ二つになった。
その隙をついた大悪魔カースド・デーモンが眷能【嫉妬魔神】を使いつつ、クウに攻撃を仕掛ける。負の意思力で意思次元に干渉し、あらゆる行動にマイナス方向の意思次元ベクトルを与える。それによってクウの動きを鈍らせた。
”呪え呪え呪え!”
カースド・デーモンは「魔眼」に「呪」の特性を込め、遠距離から呪いをかける。呪いには特性「負意思」すら込めており、クウの情報次元を侵食する。
呪縛によってクウの体に黒い紋様が現れた。
「その程度で呪われて堪るか」
「魔眼」の力はクウの方が圧倒的に上である。《幻葬眼》で呪いを消し去り、《神象眼》で呪いを跳ね返してしまった。カースド・デーモンは呪いを受けて動きを止める。その間にクウは月属性の聖なる力を刀に宿し、斬撃を飛ばしてカースド・デーモンを切り裂いた。
準超越者となっても元は悪魔なのだ。
神聖系の性質には弱い。
焼けるような痛みを覚え、カースド・デーモンは呻く。
「俺に意思力で勝負するのは無謀だぞ」
更にクウは《神象眼》を使い、カースド・デーモンに切り裂かれた幻影を見せる。意思次元に干渉する力により、その幻影は現実であると錯覚してしまった。故にカースド・デーモンは本当に全身を切り裂かれる。
所詮は魂のない眷属。
意思次元の力は主であるオメガから借り受けたものに過ぎない。
クウからすれば、眷属の呪いなど意味をなさないのだ。
「はああああああああああああ!」
そしてクウは《神象眼》を乗せつつ神刀・虚月を振り回した。神速の斬撃は世界すら切り裂き、六王全てを真っ二つにする。
インペリアル・アントは眷能【怠惰魔神】の特性「完全耐性」で僅かに斬撃を止める。しかしながら、意思力でクウにかなうはずもなく、そのまま切り裂かれてしまった。
ただし、やはり世界侵食である魔神アラストルは簡単に斬撃を弾いてしまう。それどころか、黒紫の剣でクウに斬りかかってきた。
この魔神アラストルは正面から戦っても勝てない。
オメガの意思力が世界に侵食し、世界が魔神アラストルの勝利を「誓約」しているのだ。
「仕方ないか。《熾神時間》」
クウは姿を消し、魔神アラストルの攻撃は外れた。同時にクウは魔神アラストルの背後に出現する。この時点で魔神アラストルは左半身が抉り取られていた。
球状に肩から横腹にかけて抉られた様子は、月属性の消滅エネルギーを思わせる。
しかし、やはりオメガはクウが消滅エネルギーを溜めた瞬間すら知覚できなかった。
(考えていても埒が明かぬか……)
眷属に攻撃を任せていたオメガは、遂に本格的な行動に移す。
瞬間移動を思わせる術の正体を探るために、眷属を使って全体攻撃を仕掛けた。
「黒い天使を抑え込め!」
魔神アラストルと六王に対し、虚数次元から引き出した莫大と言える霊力を与える。すると霊力を受けて強化された六王が、一気に再生を果たしてクウに襲いかかる。
グリフォンが鋭い爪を叩きつけてきたので、それを鞘で受け流しつつ月属性の特性「力場」で吹き飛ばす。運動量ベクトルを変換することで、グリフォンの突進をそのまま方向転換させた。
グリフォンが吹き飛ばされたのはフェンリルの方向である。
自分以外を全て餌と見なすフェンリルは、眷能【暴食魔神】の化身でグリフォンを噛み千切った。
続いてクウに攻撃を仕掛けたのはインペリアル・アントである。毒々しい緑の気を前足の鎌に纏わせ、鋭い一撃を放った。クウは居合で弾き返し、《無幻剣》を飛ばしてインペリアル・アントの全身に突き刺す。
”ギャアアッ!?”
痛みで絶叫を上げるインペリアル・アントに対し、クウは無言で《因果逆転》を使用する。あらゆる因果関係や法則を無視して、切り裂いたという結果を持ってくる。インペリアル・アントを切り裂くには距離と言う障害があるにもかかわらず、それを無視した。
クウは距離を無視してインペリアル・アントの背中に乗り、右手で突き刺さった幻剣を握った。そして躊躇いなく切り裂く。これによってインペリアル・アントの首が落ちた。
「《虚無創世》!」
そしてクウは幻剣を手放し、右手をカースド・デーモン、左手をアラクネ・クイーンに向ける。漆黒の空間がカースド・デーモンとアラクネ・クイーンを飲み込み、拘束した。超越者相手に《虚無創世》は殆ど効かない。
そこで、ただ拘束するために利用した。
”死ねぇい!”
キングダム・スケルトン・ロードは漆黒の気を纏いつつ、六つの剣を掲げる。眷能【傲慢魔神】により、剣と気の質を「昇華」させる。並の剣術ではなく、空間すら引き裂き、超越者にすら大ダメージを与えるだろう。
《真理の瞳》でそれを理解しているクウは、思考加速で思案する。
(あれは消滅エネルギーで消しきれない。普通に受けてもこちらが負けるか)
一瞬で判断を下し、世界侵食の使用を決めた。
二つ目の世界侵食《熾神時間》が発動する。
(歪め、《熾神時間》)
クウの意思力が空間を侵食し、世界がゆっくりと停止していく。
いや、停止ではない。限りなく時間の速度が遅くなっているのだ。
そしてクウは周囲の時間が遅くなった世界で、音速の動きをする。殆ど停止状態となるほど時間が遅くなった世界で、それはまさに神速を越えた神速。
(まずはキングダム・スケルトン・ロードだ)
神刀・虚月の力で六つの腕を切断し、ついでとばかりにアラクネ・クイーンに消滅エネルギーを飛ばす。時間が遅くなった世界でアラクネ・クイーンが回避できるはずもなく、赤黒い消滅エネルギーが下半身の蜘蛛を抉り取った。
情報次元が消し飛ばされたのである。
「ついでだ」
そう言いつつ、クウは神刀・虚月に気と魔素を込める。そして斬撃を飛ばし、六王と魔神アラストルを攻撃した。時間が遅くなった世界では、実質的に通常を遥かに上回る速度ということになる。相応に威力も上がっており、かなりのダメージを期待できる。
そしてこの時間遅延をもたらす《熾神時間》は、意思次元にまで影響を与える。故に超越者であっても時間が遅くなっていることにすら気付かず、クウの動きを追うことが出来ない。
何故なら、《熾神時間》は本質的に時間操作ではないからだ。
この世界侵食は「意思干渉」により時間感覚を狂わせることが本質である。意思力の侵食により、クウと世界の相対時間を極限まで増大させるのだ。具体的には百万倍以上に引き上げる。
つまりクウが一秒動く間、世界を含めた全てが百万分の一秒しか進まない。たったそれだけしか時間が進んでいないのだと世界が錯覚してしまう。
意思次元のレベルで侵食しているため、情報次元だけを停止させる時間停止とは全く異なる性質を持っているのだ。
「解」
クウがそう告げると、相対時間の極大化が終了した。互いの認識時間が同期し、通常の時間進行になる。キングダム・スケルトン・ロードは全ての腕を切り裂かれ、アラクネ・クイーンも下半身を抉られ、他の六王や魔神アラストルも神速を越えた神速の斬撃を受けて大きな傷が付けられていた。
当然、オメガにも斬撃は飛ばされており、胸元から大量の血液が流れ出る。
「ごふ……いつのまに我を斬ったというのだ……」
オメガはクウの動きを知覚出来ない。
なぜなら、《熾神時間》状態のクウは神すら超える速度なのだから。相対時間が百万倍を超えるということは、クウの速度が百万倍を超えていることに等しい。
そしてこの《熾神時間》は発動時間が十万分の一秒であり、クウの体感時間であれば十秒と少し程度になる。
この世界侵食は《月界眼》以上に発動時間が短い。
発動時間が僅か十万分の一秒などという術式は中々ないだろう。
しかし、相対時間操作は強過ぎた。
「《熾神時間》」
再びクウと世界の相対時間が極大化し、クウにとっての一秒は世界にとって百万分の一秒となる。十秒と少しの間は好き放題に出来るのだ。
クウはグリフォンとフェンリルを《魔神の矢》で穿ち、その間に天使翼で神速移動してアラクネ・クイーンを神刀・虚月で切り刻む。同時に《神象眼》を発動し、インペリアル・アントの硬い甲殻に剣が突き刺さっている幻想を現実に変えた。
即座に《因果逆転》を発動してインペリアル・アントの背中に瞬間移動する。インペリアル・アントは幻剣で切り裂かれる運命が確定しているのだ。距離と言う要因すら無視して、結果だけを引き出す。
インペリアル・アントを斬るという結果を。
霊力で強化された堅い甲殻すら、斬るという結果が確定した運命の前には非力である。
「まだだ!」
インペリアル・アントを斬ったクウは、月属性の特性「力場」でキングダム・スケルトン・ロードを圧し潰そうとする。一秒で重力を数万倍にまで引き上げた場合、それは百万分の一秒で重力を数万倍に引き上げたことに等しい。
これはあくまでも時間停止ではなく、相対時間を変化させているだけなのだ。
キングダム・スケルトン・ロードは限りなく遅くなっているだけであり、停止しているわけではない。凄まじい重力変化により、眷能【傲慢魔神】で「昇華」されたキングダム・スケルトン・ロードですらグシャリと潰れる。
残るカースド・デーモンは月属性で聖なる力を乗せ、斬撃を放った。その数は百を超える。超越者としての力で身体能力を強化しているため、このぐらいは容易い。
「解」
そして再び相対時間が同期する。
六王は大ダメージを受け、暫くは再生のために動けない。
クウは神刀・虚月を鞘に納めつつ、《熾神時間》の連続使用による頭痛に耐えていた。これほどの世界侵食を連続発動するのは非常に負担がかかる。
クウは《熾神時間》を使う時、自身の体感時間で二秒以内となるようにしていることが多い。限界である体感十秒を使うと、今のように酷い頭痛を覚えるのだ。
だが、クウはそれを表情に出すことはない。
(これが最後の戦いだ。このぐらいの痛み、耐えてやる)
クウは魔王オメガと魔神アラストルに向けて天使翼を羽ばたかせた。
「《熾神時間》!」
負担のかかる力を使いつつ。
《熾神時間》の正体は相対時間の操作でした。つまり、体感時間の操作ですね。
情報次元を操るのではなく、意思次元から時間感覚を操るのがこの術の正体でした。





