EP455 総力戦⑯
ユナはベリアルと共に《黒死結界》の内部に入り、オメガが召喚した妖精の超越者と対峙していた。裏世界より呼び出された超越神種妖精シャヌ。無邪気に嗤う姿は子供そのものだが、内に秘めた力は世界すら滅ぼせるものだ。
”キャハハ? 閉じ込められた?”
シャヌはヒラヒラと宙を舞いながら嗤い続ける。閉じ込められたはずだが、随分と余裕だ。一方でユナは離れた場所で滞空し、ベリアルと共にシャヌを観察していた。
「あんまり強そうに見えないね」
「そうね。でも油断大敵よ」
「うん、知っている」
超越者の強さは見た目と無関係だ。それはユナもよく知っている。ちょっと見ただけでは人畜無害に見える妖精シャヌも、秘めた力は見た目不相応。決して油断してはならない。
「私が先に行くよ。照らせ、【聖装潔陽光】」
ユナは権能を発動させ、左手の神魔刀・緋那汰に熱を纏わせる。空間が歪むほどの熱量を放出し、そのまま居合の構えを取った。権能によりユナは太陽そのものとなり、ただ霊力を費やすよりも遥かに効率よく肉体を強化した。
そしてその場から消える。
次の瞬間にはシャヌを切り裂いていた。
「死んで」
”キャフ……?”
この程度で超越者は止まらない。ユナは目にも留まらぬ速度でシャヌを細切れにした。そして陽属性の力で灰も残らぬほど燃やし尽くしてしまう。
だが、シャヌは一瞬で再生した。
この程度、超越者を長く続けた存在からすれば挨拶のようなものである。
そして遊びは終わった。
”貫け、【刺枝叛葉樹】”
シャヌを中心として大量の樹木が出現する。鋭い枝が四方八方に爆発的な勢いで成長した。当然、枝はユナを狙い、串刺しにしようとする。
「《緋の羽衣》、消せ」
太陽を纏ったユナは近づく枝を燃やし尽くす。ユナの纏っている熱は、余りにも強烈だ。故に空間ごと焼き尽くす勢いである。
通常、木の枝は水分を含んでおり、燃えにくい。良く燃えるのは枯れ枝だ。
しかし、シャヌの【刺枝叛葉樹】によって生じた大量の枝葉は、ユナの熱によって完全消滅した。それほどユナの放つ熱量は凄まじいのである。
「ベリアルちゃん!」
「ええ!」
シャヌの【刺枝叛葉樹】が途切れた瞬間、ベリアルは自身の本体である魔神剣ベリアルを構えつつ突進する。そしてシャヌの背中に剣を突き立てた。
滅びの瘴気がシャヌを侵す。
”キャハ”
ように見えた。
「これは!」
魔神剣ベリアルに突き刺されたシャヌは霞のように消えた。幻覚だったのである。シャヌは種族特性「幻惑」を使い、ユナとベリアルを騙したのだ。
シャヌはこれでも二人よりはるかに長く生きる超越者。
ただでダメージを受けたりはしない。
確かにユナに切り刻まれた時は本当にダメージを受けていた。しかし、権能【刺枝叛葉樹】の発動を囮として「幻惑」も併用。
見事にユナもベリアルも騙されたわけである。
”ここつまんなーい”
シャヌはユナとベリアルの遥か上空でそう言った。あまり大きな声ではなかったが、ユナもベリアルもしっかり聞いていた。
”そうだ! 森にしちゃおう!”
邪気のない声が響く。
同時に、権能【刺枝叛葉樹】の特性「植物」が発動した。無限の荒野だった《黒死結界》の内部にシャヌの力が浸透する。
幻術で構築された荒野を覆い尽くすように、緑が次々と出現する。初めが芽でしかなかったが、一秒もしない内に苗木となり、その後あっという間に大木へと成長していく。
大木は集まり、誰も見たことがないような大森林となった。
ただ詰まらないというだけで地形を変える。
これがシャヌだった。
無邪気故に、邪悪。
”できたできたー!”
キャッキャと笑ってシャヌは喜ぶ。
本来、クウの幻術世界によって構築された《黒死結界》の内部は、環境が荒野から変化することがない。仮に変化した場合、元の荒野に戻ろうとする強制力が働くからだ。
しかしシャヌはその意思力で侵食し、世界を塗り替えた。
別に世界侵食を使ったわけではない。
これが長く生きた超越者の力というわけである。
「ベリアルちゃん弓!」
「分かったわ!」
ユナは神魔弓・緋廻を生成し、キリキリと音を立てながら強く引く。そしてベリアルは魔神剣ベリアルを納め、いつもの黒い弓を生成した。滅びの矢がシャヌに狙いを定める。
シャヌも狙われていることには気付いたらしく、両手を掲げた。
”来て来て! 《ヤドリギの矢》”
シャヌの両手の間に蔦が集まり、球状となる。それは次第に細長くなり、捩じれつつ先が細く尖った。出来上がったのは長さ数メートルにもなる矢である。どちらかと言えば槍のようだったが、名前そのものはどちらでもいい。
「植物」の概念に「貫通」が宿り、あらゆる防御と耐性を「無効化」する。
絶対貫通の矢なのだ。
「消し炭になれ。《尽灼射滅》」
「貫け《ブリューナク》」
光の速さと全てを焼き尽くす灼熱の力を持った《尽灼射滅》。そして滅びによってあらゆる物体を貫く《ブリューナク》。
それが同時に放たれた。
シャヌも《ヤドリギの矢》を投げると、三つは中間地点でぶつかった。
まずはシャヌの「貫通」が《尽灼射滅》と《ブリューナク》を破ろうとしたが、すぐにユナとベリアルの力が《ヤドリギの矢》を滅ぼす。
互いの概念が衝突し、周囲は白い光に包まれた。
だが、シャヌの《ヤドリギの矢》は連射可能な術式である。
”キャハハハハハハハハ!”
笑い叫びながら周囲に数本の《ヤドリギの矢》を完成させた。いや、すぐに数本は数十本になり、数十本は数百本になる。そして天を覆い尽くすほどに《ヤドリギの矢》が完成した。
「拙いわねユナ」
「うん。でも大丈夫」
しかしユナは慌てない。
何故なら、ユナは「武装創造」の特性を有する権能【聖装潔陽光】を持っている。先程《尽灼射滅》を使ったことで、全てを焼き尽くす太陽の如き矢は保存された。
つまり、「武器庫」から「顕現」で幾らでも取り出せる。
「《尽灼射滅》」
一億を超える莫大な数の矢が地を覆い尽くした。
大空に浮かぶ木の矢、大地を埋め尽くす炎の矢。それが一斉に解き放たれる。互いに概念を纏っているため、木の矢は燃えるなんて単純なことは起こらない。
概念攻撃の前には、常識など通用しない。
より強い概念を内包……つまり強力な意思力を纏った方が勝つ。
「いけえええええええええええ!」
ユナは「武器庫」から「顕現」を繰り返すことで、絶え間なく矢を放つ。一度で一億なら、百度放てば百億だ。光速で放たれる矢が雨の如く、地から天へと降っていく。そしてユナの意思力は強い。
何故なら……
「私はくーちゃんに任されたんだもん。負けないよ!」
ユナの行動原理がクウだからだ。
妖精の超越者シャヌを相手して欲しいとクウが言った。ならば、ユナはそれ以上で応える。ユナの意思力の根源はそこである。無邪気に遊ぶ妖精如きに負けはしない。
灼熱の矢がシャヌを狙い、《ヤドリギの矢》を燃やし尽くし、意思力を以て超える。
その瞬間、天が深紅に染まった。
◆ ◆ ◆
「どういうことだ……」
クウと戦うオメガは苦い表情を浮かべていた。自分を含め、グリフォン、インペリアル・アント、アラクネ・クイーン、フェンリル、キングダム・スケルトン・ロード、カースド・デーモン、そして魔神アラストルの八体でクウ一人を相手にしている。
だが現状、クウはたった一人で圧倒していた。
「遅いぞ」
神刀・虚月を振るうクウは姿を消しては別の場所に現れていた。そして場所を移動するたびに、オメガや六王、そして魔神アラストルを切る。神刀・虚月が持つ概念切断の力により、切り裂かれている。しかし、オメガたちは斬られた瞬間が見えない。
クウは再び姿を消し、オメガの背後に現れた。オメガはすぐに大剣でクウを攻撃しようとしたが、既に両腕が切断されていた。
(斬られた瞬間が分からない……!)
ただの転移でないことはオメガも分かっていた。また、時間停止でもない。時間停止は情報次元の変化を停止させる力であり、意思次元までは止まらない。時間が止まっても、止まっている間に意識は動き続ける。斬られた瞬間が見えないなんてことはない。
オメガが思い浮かべた可能性として、最も有力なのは幻術だった。
(だが、我らを幻術だけでここまで翻弄できるのか!?)
オメガにとってこの点だけ驚異的だった。
”おのれェ!”
怒ったインペリアル・アントは毒々しい緑色の気を纏った鎌で攻撃する。だが、次の瞬間にはクウの姿が消え、インペリアル・アントの隣に移動していた。そして何故か、インペリアル・アントは胴体が両断されていた。
やはり斬った瞬間が見えない。
そこに魔神アラストルが黒紫の剣で斬りかかるも、その場から消える。次に現れた場所はキングダム・スケルトン・ロードの目の前であり、魔神アラストルと骸骨帝は縦に両断されていた。
”餌の分際で生意気だ!”
フェンリルが眷能【暴食魔神】の黒い化身でクウを喰らおうとする。それに気付いたクウは神刀・虚月を鞘に納め、右手をスッと差し向けた。
すると、暴食の黒い化身は一瞬で掻き消えた。
アラクネ・クイーンが糸を伸ばし、クウを捕えようとする。既に察知しているクウは再びその場から姿を消し、次に現れた時はアラクネ・クイーンの心臓部を神刀・虚月で抉っていた。左手にアラクネ・クイーンの心臓を握り、そのままグシャリと潰す。
今度はグリフォンが上空から爪を振り下ろした。クウは神刀・虚月を抜き放ちつつ爪を弾き、一瞬の後にグリフォンよりも上に移動する。同時にグリフォンは両翼が斬り落されていた。
「ん?」
クウは周囲の空間が色を失ったことに気付く。これはカースド・デーモンの眷能【嫉妬魔神】の力であり、特性「負意思」と「劣化」を空間に付与し、相手を弱体化させる力だ。超越化したカースド・デーモンは種族特性「魔眼」を手に入れ、視認した空間に弱体化を付与できるようになった。
だが、今のクウには意味がない。
《幻葬眼》で空間を打ち消され、姿が消えたと思ったらカースド・デーモンの背後にいた。やはりと言うべきか、カースド・デーモンは両手両足を切り裂かれている。更に月属性の聖なる光で浄化された。今のカースド・デーモンは準超越者なのですぐに復活するだろうが、大ダメージを与えたことに間違いない。
「ふぅ……」
ここまでやって、クウは「魔眼」を解いた。両目に浮かんでいた六芒星が消え去り、霊力の高まりも消える。再生が完了したオメガは、天使翼を羽ばたかせつつクウの前まで移動した。
「大した術だと褒めておこう。超越者へと覚醒したばかりで、ここまで我を翻弄するとはな」
「当たり前だ。この術式は神を想定して開発している。お前如きには破れない」
「神を相手にするだと? 大きく出たものだ」
「光神シンや邪神カグラが絶対に現れないとは限らない。万が一に備えておくのは当然だ」
「神とは手の届かぬ至上の存在。故に神と呼ばれるのだ。貴様如きの天使が叶うとは思えぬな。たとえ貴様の特異な幻術を用いてもだ。今の術は幻術か何かなのだろう?」
オメガは自身あり気に問いかける。本当はその答えに自信などないが、カマをかけるつもりだった。ただ、クウは表情を変化させることなく答える。
「教えるつもりはない。教えたところで対処できる力じゃないが……教えるメリットもないからな」
「それは残念だよ」
「勝手にそう思ってろ。休憩時間は終わりだ! 《熾神時間》」
クウの姿が消え、オメガは気を張り巡らせつつ現れる場所を探す。感知できたのは自身の上空。だが、その時すでにオメガは体をバラバラに引き裂かれていた。それだけでなく、離れた場所にいた六王と魔神アラストルも何かに抉られたような傷跡を受けている。
今の一瞬でクウが何をしたのかまるで理解できなかった。
「《素戔嗚之太刀》!」
「我を守れ魔神アラストル!」
意思力を引き裂く白銀の巨大な刀がオメガに迫った。





