第5話、不死者たちの休息日
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季節は春で昼下がり、私は屋敷の窓ガラスを拭き掃除しています。
しかし私がマスターの眷属に迎え入れられて、ちょうど二百年目ですか。長いようで短い時間の流れでしたが、なにかお祝いをしたいのです。……だって百年目の時はバタバタしていて祝うのを忘れていたからです。
拭き掃除をしながら、魔法でビジョンを開きダリアの街を覗き見ます。外では厳しい冬が終わり無事春が迎えられた事を祝う、『ダリアの桜祭り』が始まっていますね。
みんな楽しそうだなー。私もマスターと一緒にお出かけとか——
「リリー、街を眺めてどうした? 」
「わわっ、マスター! 」
マスター、いつも気がつくと背後に立っていたりするのでビックリしちゃいます。というか、今誘わないと、ずっと誘えない気がします。だからダメ元で、思いきって誘ってみる事に。
「あの、マスター、今年の春で私が眷属になってちょうど二百年目ですけど、お祝いをしませんか? 百年目の時は——」
「いいかもな」
「そっ、そうですよね、やっぱり差し出がましいですよね——って、良いのですか? 」
「あぁ、これまでよくやってくれているからな。我等でもたまには休息が必要だろう」
やっ、やったです!
「そしたら、お祭りに参加してみたいです」
「わかった、ただし、……街から外に出ては駄目だ」
「えっ、どうしてですか? 」
「試した事はないが、我等はおそらくダンジョンの中でしか、……生きられない」
えっ、そうなんですか! 初めて知りました。でも——
「それは、どうしてですか? 」
「私がダンジョンであって、ダンジョンが私。つまりダンジョンが崩壊する時、それは私の命が尽きる時だというのが本能でわかるんだ。そして我が眷属であるリリー、お前もそうである可能性が極めて高い」
「へぇー」
「驚いたか? 」
「あの、驚いたというよりも、そんな大切な話を教えてくれた事が嬉しくなります」
だって、マスターの命に関わる重大な情報ですからね。そこまで私を信頼してくれているって事でもありますし。
「だから外には絶対に出ないように」
「わかりました! 」
「そうと決まれば、早速行くか? 」
「はい! 」
という事で、急遽ダリアの桜祭りに行く事が決まりました。マスターがゲートを開いてくれて、街の路地裏に出てきました。ちなみに私たちは顔が見えないよう、フードを目深に被っていたりします。
そして私たちは街の中央を走る、一番大きな道へ出るのですけど——建物から全員が出てきたような人という人で道が溢れかえっていました。また道の両脇には二階建ての民家が並んでいるのですけど、その建物の前には多くの露店が出ています。
「うわっ、いろんなお店が出てる」
お店は食べ物屋さんから玩具の弓矢での遠当てゲームなど多種多様で、中には占い屋さんとかもあるようです。
「あっ、マスター、あのクレープという食べ物を食べてみたいです」
「わかった」
それから店の前に出来ていた行列に並び、順番を待ちます。風に乗って店内から運ばれてくるバターの香りに、食欲が刺激されます。どうやらクレープとはお菓子のようですね。不死者である私たちは、がっつり食べなくても良いので、お菓子ぐらいがちょうど良いかもです。
そうして順番がきて二人分購入した私たちは、街の噴水広場で初めてクレープを口にしてみます。
「うわっ、薄い生地なのにモチモチしていて、ふわふわの生クリームと苺の相性が抜群ですね」
「あぁ、甘くておいしいな」
えっ? マスターも美味しいっていった!
そこでクレープを鑑定魔法を通して見つめます。
なになに、小麦粉に牛乳と卵を混ぜ合わせて、生地を薄く焼いたものに生クリームとカットしたフルーツを挟み巻いたら出来上がりという、お手軽お菓子。という事は私でも作れる。よし、今度屋敷で作ってマスターに食べて貰おう!
それからもテクテク歩きながら露店を見て回るのですけど——
あっ、あそこでは収穫したばかりの、じゃがいもやキノコを投げ合うようです。
「マスター、次はじゃがいもキノコ投げをしないですか? 」
「……私が投げたら相手が死んでしまうが」
「えっ? キノコでもですか? 」
「うーん」
そして赤と白に分かれてじゃがいもキノコ投げが始まりました。みんな兜や鎧を着て、また結構な人が盾を手に持っているのですけど、私たちはそのまま手ぶらの格好で参加です。
ちなみにマスターは、人間が死んだら瞬間的にDPは増えるけど長い年月でみると獲得量が減るそうなので、避けるのに専念するそうです。
っと考え事をしていたら私の頭にじゃがいもが当たりそうになっていたので、頭を傾けて躱します。
今私を狙ったのはあの人ですね! えぃ!
そして私が投げたじゃがいもがその人の兜に直撃して、じゃがいもが粉微塵に砕けると共にその人が派手に倒れます。
「リリー、手加減をしないと駄目だぞ」
「あっ、すみません。……つい」
それからキャッキャ言いながらじゃがいもキノコ投げを楽しみ、終わった頃には陽がだいぶ傾いていました。
「マスター、マスター、最後に『ダリアの火』を見て帰りましょう」
ダリアの火、祭りの最終日の夜に催されるイベントです。会場はここから少し離れた所にある桜に囲まれた街の中央広場で、火の周りを皆で囲むというものです。
「あぁ、構わないよ」
そうして中央広場に向かっていると、段々と空に星の海が広がっていきます。
また広場に進むにつれ、チェロ独特の早いテンポの高い音が聞こえ、そのリズムに合わせて街の人達の手拍子と笑い声が聞こえ出します。
また火に照らされて人々や桜の木の影が大きく伸びていて、人が集まっているところまで来てみると、その多さに今日という日がまだ終わっていない事を実感します。
「もう少し近づいてみましょう」
上から見て四角に組まれた丸太の中央部で、焚き火が時折弾け火の粉を散らします。
「まだそんなに燃えていないですね」
「だが多くの人間が、出来上がってるみたいだな」
炎の周りではコサックダンスを披露する若者や社交ダンスをする老夫婦の姿が見え、出店で酒を買ってきた冒険者たちが飲み比べをしていたり、棒に刺したじゃがいもやキノコをその場で焼いて美味しそうに食べる子供達の姿も見えます。
私たちも子供達に倣い、籠いっぱいのキノコから一つずつ手に取り購入すると、棒に突き刺し炙り焼きにします。そして二人が座れそうな切り株に腰掛けます。
「おいしいですね」
「そうだな」
そうして軽めの食事をした私たちは、パチパチと弾ける音を鳴らす炎をジッと見つめます。
「炎って、なんだか見入っちゃいますよね」
「あぁ」
炎の熱が伝わり、身体を暖めてくれると共に心が解きほぐされていく感覚になります。だから自然と、マスターにずっと感じていた事を口にしていました。
「マスターって、女性なのにどこか男らしいですよね」
「私は男だった頃もあるからな」
「えっ、そうなんですか? 」
「あぁ、一番幼い頃の記憶ではたしかに男であったから、元は男なのかもな」
それって成長したら性別が変わるって事なのかな?
でも私たちは成長が止まってますし。というか、定期的にマスターに魔力回路の調整をお願いしてましたけど、マスターの中身が男の人なら、なんだかとても恥ずかしい姿を見せてしまっていた気がするのですがガガガガ。
そこでマスターが立ち上がります。
「そろそろ帰るか」
「はっ、はい! 」
そして屋敷に戻ってきた私たちは、お風呂で綺麗にしたあと就寝する事に。でもその日に限って、時々見る怖い夢を見てしまいます。そのためなんだか恥ずかしかったですけど、マスターに頼んで今日も添い寝をして貰うのでした。




