第8話「どうしても南へ行きたいんだ…⑥『突然現れた男… そして伸田は一人、戦場へ向かう』」
火の勢いが未だ衰える事無く炎上し続けるガソリンスタンドを中心として林にまで及んだ周辺一帯に、数十秒間に渡って複数のSMGによる発砲音が鳴り響き、〇✕県警から派遣されているSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)隊員だと思われる数名の男達が上げる悲鳴や怒号がひとしきり飛び交った後、それらの喧騒は始まった時と同様にパタリと止んだ。
部下の富山巡査を伴ったSITのAチームリーダーである島警部補は、仲間の隊員達のものだと思われるSMGの斉射音を聞いて立ち止まった。
二人はクラクションを鳴らした車を調べるために、それまで歩いて来た林の中から舗装された道路へと、ちょうど抜け出ようとしていたところだった。
突然、周辺に響き渡った激しいSMGの斉射音に混じる男達の悲鳴や怒号を聞いた彼らは、すぐに傍に立っていた木の陰に身を隠すと同時に肩から吊っていた自分のSMGを構えた。二人は安全装置をすぐに外せるように指をかけたまま警戒の姿勢を取った。
「何だ、今の銃声は…? 交戦が始まったのか? 聞こえて来た方角から言って…展開しているBチームの連中か?」
島は銃声のした方向に顔を向けたまま、近くにいる部下の富山に対して言った。
「はい、自分も恐らくBチームかと…」
富山も銃声のした方角を見つめながら答えた後でゴクリと唾を飲み込んだ。
「Bチームリーダーの山口巡査部長からは事前に何の連絡も無かった… あの何事にも慎重な彼が、他のチームに連絡をする間も無く交戦に至ったというのか? 信じられんな…
俺は無線でBチームを呼び出してみる。富山、お前はCチームリーダーの金田巡査部長と連絡を取って向こうの様子を聞いてみてくれ。」
そう富山に命じた島は、さっそく自分でも装備した無線機を使ってBチームの呼び出しにかかった。
「こちらAチームの島… Bチームリーダーの山口巡査部長、応答せよ。」
何度かBチームへの呼びかけを試みたが、向こうからは一切の応答が無かった。
「ダメだ… Bチームリーダーの応答が無い。そっちはどうだ?」
島に問われた富山が即座に答える。
「はい、自分の方はCチームリーダーの金田巡査部長と連絡が取れました。向こうでも今の発砲音は寝耳に水だったらしく、やはりBチームから交戦前に何の事前連絡も無かったそうです。」
「そうか… しかし、考えたくは無いが…応答が無い所を見るとBチームのメンバーは何者かと交戦の末、全滅したという事もありえる…」
そう辛そうに口にした島が富山の顔を見ると、彼も思いは同じだったらしく悲しげに首を横に振るばかりだった。
自分も含め、誰にもBチームの現況など分かる筈が無かった。せめて悲惨な状況でない事を祈るばかりだった。
「よし。とりあえず俺達は初期の目的を果たすぞ。クラクションを鳴らした車はすぐそこだ。ここまで来た以上は予定通り、俺とお前の二人で車の内部及び周辺状況を確認した後、再びAチームの他のメンバーと合流しよう。分散したままでいるのは危険だ。」
そう言い終えた島はAチームの隊員達に無線で連絡を取って富山に言ったのと同じ内容を伝え、自分からの指示があるまで警戒しながら待機しているように命じた。
島達二人はクラクションを鳴らしたと思われる白色の大型SUV車の地点に到着した。
「今から俺が車内を調べる。お前は周辺を警戒しつつ、俺を援護していてくれ。」
そう言い終えた後、島は運転席のドアを調べ、鍵が掛かっていない事を確認すると静かにドアを開け、何かあればすぐに発砲出来るようにSMGを構えて警戒しながら車内を慎重に調べ始めた。
富山は運転席を背にして立ち、SIT正式装備のSMGであるMP5SFKを構えたまま周囲を警戒しつつ、島に何かあればすぐに対応するべく注意を払った。
「よし、もういいぞ。」
数分ほどかけて車内を調べ終えた島は、運転席のドアを開いて出て来ると外を警戒していた富山に対して言った。そして現場を少しでも保存するために運転席のドアを再び閉めながら、車内の状況を目で問いかけている富山に軽く首を振って答えた。
「ダメだ、車内に生存者は一人もいない。それに、皆元さんから聞いていたより、もっと悲惨な状況になってる。彼女から聞いていた後部座席の首を切断された男性遺体の他に、中央のシートに重なるように倒れた女性一人に男性一人の遺体があった。皆元さんの証言と考え合わせて、この二名に関しては彼女が車を出た後に新たに加わったと考えられる。
女性の方は詳しい死因は分からんが、死後に首を切断されている。男性は左手首を切断された事が原因の失血死と言ったところで、こちらは首は切断されていない。
詳しい事は遺体の検死を待たねば不明だが、とにかく事態は最悪の様相を呈して来たようだ。皆元さんの話では、あと一人強姦された上で凍死に至ったと思われる女性がいる筈だが、その人の遺体は見当たらない。だが、死者は合計で四名になる。凶悪な連続殺人事件として県警本部の指示を仰がねばならない。
我々SITとしては一刻も早く残る男性一名の生死を確認し、彼が無事ならば必ず救出するんだ。何が何でも、救出対象者の全滅だけは防がねばならん。
とにかく、今すぐAチームの他の隊員達と合流しよう。急ぐぞ。」
車内の状況があまりに凄惨を極めたものだった事を聞いて顔面が真っ青になっている富山の肩を島は励ますように強く叩き、二人で前後左右を警戒しつつ元来た林の中へと戻る道を進んだ。
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製材所の事務所を間借りした臨時の作戦指揮所内では、この作戦の現場指揮官でありSIT隊長の長谷川警部が、被害者の皆元静香から彼女の知っている限りの情報を聞き終えたところだった。
長谷川の隣にいた副長の横田警部補は、先ほど部下の警官に呼ばれて途中から席を立っていた。
代わりに、先ほど静香にコーヒーを淹れてくれた西山巡査と名乗る若い女性警官が静香から聞き取った話をノートPCに入力し報告書として記録していた。
「皆元さん、ご協力ありがとうございました。大変参考になりました。あなたから伺ったお話は事件解決のための貴重な情報とさせて頂きます。また本署でも別の者が同じ事をお聞きする事もあるかと思いますが、その際は引き続きご協力をよろしくお願いします。」
静香に対して労りを込めた優しい声でそう言いながら頭を下げた長谷川が立ち上がりかけた時、途中退席していた横田副長が戻って来た。だが、彼の顔色は真っ青で額から脂汗を流し、ひどく慌てた様子だった。
静香に対し軽く会釈をした横田が上司である長谷川に急いで耳打ちする。
「何! 本当か、それは? 分かった… 詳しくは向こうで聞く。皆元さん、失礼して私は少し席を外します。西山巡査、皆元さんのお相手を頼む。」
横田からの耳打ちで、やはり顔色の変わった長谷川は女性警官である西山にそう言い残し、静香に頭を下げてから事情聴取をしていた応接セットのソファーから立ち上がり、事務室のドアを開けて横田警部補と共に外へ出た。
連れ立った二人がドアの向こうに出たと言っても、そんなに広い事務所でも無く、仕切りとなっているパーテーションも大したものでは無かったため、微かながら室外で立ち話をする二人の話が静香にも聞こえて来た。
「どういう事だ? Bチームが指揮所に何の連絡も寄越さず勝手に被疑者と交戦したというのか? しかも、装備したSMGを発砲した側のBチームの隊員達の方が全滅したらしいだと…? そんな馬鹿な事が…」
SITの隊長であり、この作戦における責任を任されている隊長の長谷川としては、現場からの報告を聞いても信じられない…いや、信じたくないのだった。横田からの説明を受けた彼の顔は苦渋に満ち、暖房の効いた部屋の外に出たというのに額には玉の様な汗が浮かんでいた。
「自分も隊長と同じ気持ちです。信じたくはありませんが、現場に到着したCチームリーダーを務める金田巡査部長からの無線報告では、交戦の結果としてBチームリーダー山口巡査部長以下6名全員の死亡を確認したとの事でした。加えてAチームリーダーである島警部補の報告では、皆元さんの証言にあった救出対象者3名の内、新たに2名の死亡が確認されたとの事です。」
震える声で部下達の死を含めた現場の状況報告を終えた横田の顔は真っ青で、話し終えた後も唇がわなわなと震えている。やや顔を上に向けた彼の両目からは仲間を失った衝撃に堪え切れない涙が頬を伝い落ちた。
長谷川に関してもショックが大きいのは同様で、少しの間、目を閉じ呼吸を整えようとする彼の握りしめた拳はブルブルと震えていた。
ドア越しに漏れ聞こえてくる二人の会話に、応接セットに向かい合わせに座っていた静香と女性警官の西山巡査は真っ青になった顔を互いに見合わせた。
「ああ…なんてこと… 剛士さん、エリちゃん…」
静香の向かいに座っていた西山巡査が席を立ち、静香の隣のソファーに腰を掛け直すと彼女を元気づけるために強く手を握ってやった。
震える静香は西山巡査の身体に縋りつく様にして彼女の肩に頭を預けた。そんな静香の頭を西山巡査は優しく撫でた。
「お願いよ… ノビタさん、あなたまで死なないで… どうか無事でいて…」
静香は恋人である伸田伸也の安全を心の底から祈った。
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島と富山は、間もなく林の中で他の4名の隊員達と無事合流した。
静香を作戦指揮所まで送り届けた安田巡査も、すでに帰還してAチームに復帰していたのだ。
島がAチームの全員に向けて言った。
「みんな無線で聞いたな? 現場を確認したCチームリーダーの金田巡査部長からの報告では、Bチームは6名全員が殉職したとの事だ。残念だが、生存者はいない…
Bチーム各員の遺体は、驚くほど強い力での殴打と刃物による攻撃を受けて著しく損傷しているが、いずれの遺体も銃創は確認出来ず。つまり、殉職した隊員達は銃で撃たれた訳ではないらしい。
逆に殉職した全隊員が手にしていたSMGに装填中だった銃弾は全弾撃ち尽くされていたにも拘らず、被疑者らしき遺体は未だ確認出来ていないとの事だ。この結果が何を意味しているかは諸君も分かっていると思う。
同じSITのメンバーとして認めたくはないが、それぞれがSMGと拳銃で武装した6名の精鋭隊員達が単独もしくは複数の刃物しか持たない敵と遭遇して全滅させられたという事実だ。
Bチームの全滅は、同僚として共に命を張って職務を遂行してきた仲間の我々にとって非常に悔しいし無念な結果だが、これは目を瞑る訳にはいかない現実である。
信じたくはないが、相手は怪物のようなヤツと考えて行動しろ。各員、自分の装備を再点検し敵との遭遇・交戦に備えろ。俺の私見を述べるが、ここからは被疑者の逮捕というよりも戦闘と考えろ。残った救出対象者の男性の救出及び保護が最優先される事はもちろんだが、各員が全力で自分自身と仲間の命を守れ。
これは命令だ、絶対に死ぬな!」
「了解!」
5名の部下達全員がチームリーダーである島に対し、力強い声で応じた。
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一方、倉庫に到着した伸田は高く積まれた古タイヤの陰に隠れて震えながら軽機関銃の発砲音を聞いていたが、発砲音と悲鳴が途絶えてからもしばらくは恐怖で立てなかった。
ミチルの首のない遺体も須根尾の切断された首も、伸田が倉庫を出る前の状態のままだった。
少しして恐怖による身体の震えが治まり、気持ちが落ち着いてくると、伸田は今の状況を自分なりに考え始めた。
「さっきの軽機関銃の斉射音らしき銃声と聞こえて来た悲鳴や怒号は、いったい何だったんだ?
機関銃なんて所持できるのは、この日本では自衛隊か警察の特殊部隊しかない。となると、僕達を救助に来てくれた組織の人達って事で間違いないはずだ。
でも、機関銃を撃っている側の人間が悲鳴や怒号を上げるなんてのは、考えられる理由は一つしかない。
信じられない事だけど…ヒッチハイカーを逮捕し、僕やシズちゃんを救出するために派遣された部隊が、逆にヤツに返り討ちに遭ってしまった…」
伸田は自分と同じ様に今も静香が生きているという考え方に固執し、どうしても諦め切れなかったのだ。それは、あくまでも彼が縋りつこうとする僅かな希望だったのだが…
「果たして救出部隊は全滅してしまったのか、他にも残っているのか、僕には何も分からない。でも…あのヒッチハイカーは、一体どれだけ化け物じみたヤツなんだ。機関銃を装備した部隊でも手に負えないなら、こんなタイヤレバーを一本持っただけの僕なんかが立ち向かえるはずが無いじゃないか…」
伸田は自分が強く握りしめていたタイヤレバーを見つめると、ため息をつきながら何度も首を横に振った。
「僕にも銃があったら…
はっ、そうだ! やられてしまった救出部隊の連中が使ってた銃を、今なら手に入れられるんじゃないか…? きっと、まだ回収されていないだろうし、予備の銃弾だってあるかもしれない。
現場に行ってみる値打ちは大いにあるぞ。他にも何か使える物があるかもしれない…」
そう考えた伸田は、居ても立っても居られなくなった。
一刻も早く銃を手に入れて、ヤツに一矢でも報いてやらなければ、殺された剛士や須根尾にエリやミチルに申し訳が無い… 伸田はそう思わずにはいられないのだった。
そして何よりも、静香を自分の手で救い出したいと切に願ったのだ。
今まで生きて来た彼の人生の中で、静香への愛の告白に次ぐほどの一大決心をした伸田は、さっそく行動を開始した。機関銃の発砲音のした方角は、おおよそだが分かっている。
「何としてでも、銃を手に入れるんだ。」
伸田は手にしたタイヤレバーを握りしめ、固い決意を胸に倉庫を後にした。
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現時点における現場での状況報告を副長の横田警部補から受けた長谷川警部は、6名もの若く有能な部下達の命を作戦行動中に失ってしまった事を非常に悲しみ、同時に犯人に対する猛烈な憤りを覚えていた。
長谷川の目の前に立つ横田も全く同じ気持ちだった。
これまでにも命がけの任務を何度も共に遂行してきた戦友の様にかけがえのない部下達… 家族よりも多い時間を共に過ごしてきた、心から信用のおける存在で子供の様に可愛いかった若者達…
「行くか? 横田君。」
長谷川が横田の顔を見つめて言った。二人の間では、その一言で十分だった。
「もちろんです、隊長! 可愛い部下達の弔い合戦に我々が現場に出向かないのでは、あの世でアイツらに顔向け出来ません!」
即答した横田は長谷川に向けて最敬礼しながら不敵な笑みを見せた。今でこそSITの上官に就いている二人だったが、彼らこそ長年に渡り警察官として数々の修羅場を潜り抜けて来た歴戦の勇士なのだ。
「ふっ、よく言ってくれた。私も君と全く同じ気持ちだ。それに、あたら有能な若い連中をこれ以上死なす訳にはいかん。
よし、これより君にDチームを任せる。私は現場で全体の指揮を執る。」
そう言って長谷川警部が差し出した右手を、横田警部補が尊敬のまなざしを込めた嬉しそうな表情を浮かべて握り返した。この二人は共に県警のSITチーム創設時の若手メンバーであり、中の良い先輩後輩の関係でもあったのだ。
固い決意を胸にした二人が、静香を待たせた応接室内に一度戻ろうとした時だった。
この事務所の出入り口を警備していたDチーム隊員である関本巡査が扉を開けて入って来て、そこで立ち話をしていた上官二人に対し最敬礼すると緊張した面持ちで報告した。
「隊長! 県警本部長の発行の命令書を持参された方が、長谷川隊長にお会いしたいと外にお見えになっています。いかがいたしましょう?」
畏まった調子の関本の報告を聞いた二人は、眉を寄せて顔を見合わせた。
「本部長の命令書を持参…? いったい、この緊急時に誰が現れたというんだ? よし、お通ししろ。」
「了解しました!」
敬礼しながら答えた関本が扉を開けると、招き入れられるのを待たずして外にいた一人の男が吹雪混じりの強い風と共にズカズカと入って来た。
入って来た男は、一見して上等そうなスーツの上に防寒用の軍用コートを着込んだ、スラリと背が高く彫りの深く整った顔立ちをした美男ではあるが、冷たく厳しい表情を浮かべた近寄りがたい印象を受ける人物だった。年齢は見た感じでは30代後半といったところだろうか。
男は長谷川の前に立つと真っ直ぐに目を見つめて来た。長谷川は自分よりも一回り以上年下と思われる相手の目に見つめられていると、どういう訳か蛇に睨まれた蛙のような気分になり、額に緊張の汗が吹き出すのを感じた。刑事として数多くの容疑者に対する取り調べを行ってきた長谷川だったが、この男に対しては自分が被疑者になった気分を抱いてしまう事に大変な驚きと戸惑いを覚えた。
男は瞬きもせずに長谷川の目をジッと見つめながら軽く会釈すると、持っていた自分の名刺を差し出しながら言った。
「あなたが、この作戦の指揮官である長谷川警部ですね。私は、こういう者です。」
「どうも… 私が〇✕県警のSIT部隊隊長で、この現場における作戦指揮を任されている長谷川警部です。こちらは副長の横田警部補です。」
そう自己紹介をしながら、長谷川は男から受け取った名刺に目を通した。
「はあ… 内閣情報調査室、特務零課課長の鳳 成治さん…でいらっしゃる。」
名刺の内容を声を出して読み上げてから、長谷川が隣に立つ横田に名刺を手渡した。
「それで…鳳さん。今、当方は緊急事態の真っ最中なのですが、その現場へどう言った御用件でお越しになられたのでしょうか?」
男の名刺に書かれた肩書に少し興味を覚えたが、正直言って長谷川は少しイラついていた。こんな男の相手をしているより、一刻も早く自分達も現場に向かいたかったのだ。
「警部、あなたの気が非常に急いているのは理解出来る。長々とした説明を省くために、これをご覧頂きたい。県警本部長から長谷川警部に宛てた正式の命令書です。」
そう言って鳳は、取り出した一枚の紙を戸惑っている長谷川に手渡した。
「はあ、拝見します… む、これは…」
鳳の指摘通り長谷川としては逸る気持ちはあったが、県警本部長から直々の命令書となると無視する訳にはいかなかった。黙って内容に目を通した長谷川は、大きく見開いた目で鳳を見つめ返しながら、隣に立つ横田に命令書を渡した。その内容を読んだ横田の反応も長谷川と同じで、彼もまた眉間に深いしわを寄せながら鳳の顔をジッと見つめた。二人の顔には同様に信じられないという表情が浮かんでいた。
「では、鳳さん。今から、この事件における一切の指揮をあなたがお執りになると…」
露骨に納得のいかない表情を顔に浮かべた長谷川は、鳳に面と向かって言った。
「その通りだ。あなた達は気に入らんだろうが、これは要請ではなく正式な決定事項の通達だ。君達SITには、これより私の指揮下に入ってもらう。
不服がある者には、遠慮なくこの作戦より外れてもらって構わない。その時は、私の直属の部下達が後を引き継ぐ。失礼な物言いに聞こえるかもしれないが、我々はこの種の作戦遂行には君達よりもいささか慣れているのでね。
詳細は国家機密のために言えないが、今回の事件は県警で対処出来るレベルを遥かに超えている。
仲間を殺された君達の心情を察するから、私の全面的指揮下に入るという条件でこのまま作戦遂行任務に留めておいてあげようと言っているのだ。
分かったかね、長谷川警部?」
この男の偉そうな物言いにムッとした横田が一歩前に踏み出して言い返そうとするのを、長谷川が二人の間に立ちふさがるようにして遮った。こんなところで自分達が作戦から外されたのでは、死んでいった部下達に顔向け出来ない。
「了解しました… これより、隊長である私以下の全SIT隊員は、あなたの指揮下に入ります。」
長谷川は、自分より一回り以上も年下と思われる男に最敬礼をする事で恭順の意を示し、不承不承ながらも目の前の相手にSITの全権を委ねた。
大いに不服ではあったが、横田も仕方なく上司の長谷川に倣って鳳に対し最敬礼して見せた。
「よろしい。表面上だけでも素直に従ってくれた事を感謝する。お互いに時間の無駄は省きたいからな。では警部、被害者の女性の話を私も聞かせてもらいたい。そちらかね?」
長谷川達の返事を待つまでもなく、鳳は強引に応接室のドアを自分で開けて中に入って行った。
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「な、何だ、これは…? ひどい… 滅茶苦茶だ… ううっ!」
伸田に状況の詳細は分かる筈も無かったが、今彼が立っているのはSITのBチームとヒッチハイカーの交戦が行われた場所だった。
その場の惨状を目にした伸田には、そこで行われたのが戦闘などと表現出来る行為では無く、一方的な殺戮としか思えなかった。
それほど目を覆いたくなる様な凄惨さに、伸田は吐き気を覚えた。あまりのおぞましい光景を見た彼は身体を二つ折りにして実際にゲエゲエ吐いたのだが、しばらく飲まず食わずだったため胃に残った内容物はほとんど無く、込み上げて来たのは酸っぱい胃液だけだった。それでも、吐き気が治まるまで彼はしゃがみ続けた。
それはまさに、見た者全てが吐き気を覚えずにはいられない凄惨そのものとしか言えない光景だった。伸田は15歳未満には絶対に視聴禁止となる事間違いなしのスプラッター映画を見ている気がした。しかし、彼の目の前に広がっている光景は夢ではなく、特撮やCGの様な作り物では無い正真正銘の本物なのだった。
その場に数人いたと思われる特殊部隊らしい隊員達の遺体は、一人として正常な人体の原形をとどめている者は存在しなかった…
ある者は首が切断され、別の者は顔を人相が判別出来ないほど酷く叩き潰されていた。
そして、恐ろしい事に生きたまま刃物で切断されたり、断面から見て強い力で無理やり引き千切られたらしいバラバラになった四肢や人体の破片が、林の中に飛び散った大量の血しぶきと共にあちこちに散乱していた。それは、もはや殺害現場などという生易しいものでは無く、人間を対象とした屠殺場とでも表現する方が相応しい光景だった。
隊員達が着込んでいた防弾防刃用ボディアーマーは紙切れの様に簡単に切り裂かれ、斬られた腹部から飛び出したぬらぬらとした血と体液に塗れた内臓を枯れ葉や雪の積もった地面にぶちまけている遺体も一つ二つでは無かった。
どんな刃物を用いたのか、被ったヘルメットごと頭を真っ二つにブチ割られた者もいた。大量に飛び散った隊員達の血は、降り積もった雪を赤く染め、大半が枯れ葉や腐葉土の地面に吸い込まれていたが、冷たい外気に晒された血だまりはすでに凍り始めていた。
なんとか吐き気の治まった伸田は、目的である使い物になりそうな武器を求めて凄惨な現場を歩き回った。
落ちていた数丁のSMGには上腕部から切断された腕が握りしめたままの銃もあり、中には銃で相手の刃物を受け止めたためだろうか…真っ二つに断ち割られたSMGもあった。
「ど、どういう事だよ? 鋼鉄製の銃を刃物で切断するなんて…一体どんな怪力なんだ…?」
驚愕して大きく目を見開いた伸田は恐怖のつぶやきを上げながらも、使い物になりそうなSMGを選別して拾い上げ、状態を確認した。だが、どの銃も弾丸を撃ち尽くした状態だったため、胴体部分が無事だった隊員の遺体が着用したままのタクティカルベストの収納ポケットを調べ、中に収められていた予備の弾倉を取り出して撃ち尽くされた空の弾倉と交換した。そして初弾を薬室に送り込んだ。
こう書くと意外な様に思えるが、ダメな伸田の数少ない才能と呼べるものの一つが射撃だったのだ。小さい頃から射的遊びで標的から弾を外した事はなく、中学生になってからは密かにエアガンやモデルガンを収集するガンマニアになっていた。
射的やエアガンの様なゲームと実際の射撃では全く違うと普通は思うだろう。
だが、家族旅行や恋人の静香とともに海外へ行った際には、必ずと言っていいほど伸田は射撃場に行って射撃を体験した。そこでの伸田が示した射撃の腕前はほぼ百発百中で、見ていた射撃場の教官を唸らせるほどの成績だった。
誰かに教えられた訳ではなく、射撃に関する才能は伸田が持って生まれた天賦の才と言えるものだった。もっとも、いくら民間人が上手く撃てたところで銃の厳しく規制された日本では役に立つ事なんて無いと、伸田自身が達観視していた。
元来が臆病な性格の上に腕っぷしもからっきしだった伸田は、銃の才能を生かせる警察や自衛隊に入ろうと考えた事など一度も無かったのだ。
しかし、その天賦の才能が役に立つ時が、思いもかけず伸田の前に到来したのかもしれなかった。
伸田は出来るだけ損傷の無い装備を探し出し、隊員の遺体から防刃防弾用のボディーアーマーと、複数の弾倉や装備を収納出来るタクティカルベストを脱がせて防寒具を脱いだ自分が着用した。そのベストに多数設けられた収納ポケットに、元の持ち主に使用される事の無かった予備の弾倉数本と特殊音響閃光弾である『M84スタングレネード』を入れた。
そして、伸田は同じ隊員が太ももに装着したホルスターに入っていた自動拳銃の『ベレッタ90-Two』を抜き出した。こちらの拳銃の方が、伸田の射撃の腕前の真価をSMGよりも発揮出来るだろう。自分でもそう考えた伸田はSMGを肩から吊るして携行し、拳銃のベレッタ90-Twoを手に持っている事にした。
〇✕県警SITチームの正式装備として隊員達が携行する銃器はプライマリ・ウエポン(第一武器)であるSMGの『MP5SFK』と、セカンダリー・ウエポン(第二武器)である自動拳銃『ベレッタ90-Two』の二種なのだ。
「僕にはやっぱり、こっちのベレッタの方がSMGよりも手にしっくりくる。同種のベレッタ92Rなら海外の射撃場で実際に何度も撃った事があるし。」
自分に納得のいく装備を身に着用し終えた伸田は立ち上がったが、全装備の重量がものすごく重かった。
「ダメだ… こんなに重いんじゃ走れないし、いざという時に行動が鈍くなる。」
そう考えた伸田は自分には操作の難しいSMGの携行は諦めて思い切りよく肩から外し、タクティカルベストのポケットに入れていたSMG用のマガジンも全て取り出して捨てた。
その代わりに、他の隊員が携行していた『ベレッタ90-Two』をもう一丁持っていく事にした。予備の専用マガジンも合計4本、収納ポケットに入れた。
「これで二丁拳銃だな。おっと、それにもう一つ…これももらおう。」
そう言うと伸田は地面に転がっていたヘルメットを自分の頭に被ると、顎にベルトで固定した。
この時点で伸田は損壊遺棄されたバラバラの死体を見ても、気持ち悪くも何とも思わなくなっていた。自分の友人たちを含めてあまりにも多くの悲惨な遺体を目にし続けたため、すでに彼の正常な感覚がマヒしてしまっていたのだろう。それよりも4人の親友達や、自分達を救助に来たためにこんな目に遭った隊員達の復讐をする事の方が、今の彼には重要な事に思えたのだ。
そして何よりも、行方の分からない恋人の静香を無事に助け出したかった。今の伸田の頭には、それしか考えられなかったのだ。
この時、もしも伸田が静香がSITの別チームによって救助された事を知っていたなら、あるいは自分で戦う事など考えず、すぐにこの場を逃げ出していたなら、この後彼の周りでに繰り広げられる悪夢のような一夜は変わっていたかもしれない。
しかし、神でもない身の一介の大学生にしかすぎない伸田に、そんな事が分かる筈も無かった。
装備し終えた伸田は自分が頂戴した武器の本来の持ち主だった全ての隊員達の遺体に向けて合掌し、彼らの冥福を祈りながら|黙とうを捧げた。
「それじゃあ、行くか。待ってろよ、ヒッチハイカー…」
そこから一人で歩き始めたのは、もうグズで泣き虫と言われ続けた男では無かった…
恐怖を感じながらも逃げようとせず、殺戮を続ける怪物に向かって無謀な戦いを挑もうとする一人の勇敢な男の後ろ姿だった。
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「分かりました。とても参考になる話をしていただき、ありがとうございました。
ご協力頂いた事に感謝します。あなたとっては非常に辛い話を何度もさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
後の事は我々専門家にお任せ下さい。あなたの婚約者である伸田さんがまだ生存されているのなら、必ず我々が救出いたします。
それでは、あなたには西山巡査の指示に従って救護班とともに本署へ戻って頂きます。西山君、後は頼んだよ。」
突然どこからか現れ、新しい指揮官の鳳だと名乗った男が落ち着いた声で静香にそう言うと、座っていた応接セットのソファーから立ち上がった。
そして静香に向けて軽く会釈した鳳が、部屋を出ようとその場から一歩踏み出した時だった。
「待って下さい! これからヒッチハイカーを逮捕して伸田さんを救助に向かわれるのなら、私も連れて行って下さい。お願いします!」
すっくと立ち上がった静香が、歩きかけていた鳳に向かって必死な想いを込めた声で訴えた。
彼女の横に座っていた西山巡査も慌てて立ち上がり、ハラハラした顔で静香の左腕をつかんだ。
「何を言ってるんですか、皆元さん!」
背後から静香に呼びかけられた鳳が振り返った。彼の顔には驚きや怒りよりも静香に対する憐みの表情が浮かんでいた。
「正気ですか、皆元さん? あなたがヒッチハイカーと呼んだ今回の事件の被疑者は、これまでにも27名の人間を殺害した嫌疑がかかり、今日もまたあなたの友人4名に加えてSITの隊員6名をすでに殺害している。
我々が相手にしているのは、総勢37名に上る人間を殺害した嫌疑で警察が追っている凶悪な殺人鬼なのですよ。これからだって、この被害者の人数は増えるかもしれないんです。そんなヤツのいる現場へ民間人のあなたを連れて行ける訳がない。ご理解頂けますね?
それでは、我々は失礼します。長谷川警部に横田警部補、行こうか。」
鳳は冷たく静香に言い放つと、再び彼女に背を向けた。
「待って下さい! 私を囮に使って下さって結構ですから、連れて行って下さい!」
必死で懇願する静香の叫びに鳳は足を止めた。そして、立ち止まったまま少し考えるように間をおいた後、再び静香を振り返った。
「ふむ… では、皆元さんは御自身の意思で我々にご協力して頂けるという事ですな? それでは、あなたには自分から捜査協力を申し出られた一民間人として、我々と共に同行して頂くという理解でよろしいですね?」
顔に怪しい笑みを浮かべながら鳳が静香に言った。
突然物わかりが良くなった鳳の態度に薄気味悪さを感じながらも、静香は美しい顔に固い決意を浮かべた表情で頷いた。
しかし、二人のやり取りを傍で聞いていた長谷川が怒りに顔を真っ赤に染めながら鳳に詰め寄った。
「何を言ってるんですか、鳳さん! あなたは、ようやく危険な場所から救出された皆元さんを、何人もの命が失われた現場に再び連れて行くと言うんですか⁉」
先ほどと態度を180度変えた鳳の発言を聞いた長谷川が、激高した調子を隠しもせずに鳳に噛み付いた。一歩後ろに控えていた横田警部補も直接の上司である長谷川の横に並び立ちながら、とんでもない事だと言わんばかりに今にも噛み付きそうな表情で鳳を睨んだ。
「皆元さん! あなたもバカな事を言わないで! 本当に危険なんですよ! 」
女性警官の西山巡査が何とか静香を宥めようと彼女の腕に取りすがり、強い口調で言った。
静香は自分の腕を掴んだ西山の手を優しく引きはがしながら、落ち着いた調子で言った。
「ありがとう、西山さん。心配してくれて… でも、これは鳳さんが仰ったように私自身の意思です。誰に強要されたものでもありません。私は婚約者の伸田伸也を危険な場所に残したままで、自分だけ山を下りるなんて考えられないんです。」
静香は美しい瞳から涙を流しながら懸命に訴えている。その場にいた全員が、恋人を思う彼女のあまりにも強い想いに感動した。
「分かりました、皆元さん。この作戦の最高指揮官は私です。私があなたの同行を許可しますので、現場まで一緒に参りましょうか。」
堀が深く端正に整った顔立ちに薄気味悪い笑みを浮かべた表情でそう告げながら静香の肩に手を置くと、彼女を促すようにして歩き始めた。
「ちょっと、鳳さん!」
慌てた長谷川が鳳に意見しようとした。
「私が決定した事だ。気に入らんのなら君には残ってもらうが、それでもいいのかね?」
静香の肩を抱くようにして歩きながら、長谷川に顔を向けた鳳が厳しい声で告げる。
「うっ…」
そう言われてしまうと、長谷川には何も言い返せなかった。今では作戦の指揮権は自分にでは無く、この鳳 成治にあったのだ。
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タタタタタタタタッ!
吹き荒れる吹雪に混じって明らかに異質なSMGの斉射音が、周辺一帯に響き渡った。
「島警部補! こちらCチームの金田です! 敵です! 被疑者を発見しました!
隊員の一人がヤツに襲われ、止む無く発砲を開始! これより全員で交戦に入ります! う、うわあああっ!」
ガーーーーッ!
「おい! 金田巡査部長! どうした!」
ガーーーーッ!
突然鳴り響いたSMGの斉射音に引き続き、Aチームの島の無線にCチームリーダーの金田巡査部長より交信が入った。だが、叫び声を最後に通話の途絶えた無線からは、空電によるノイズが聞こえるだけになった。
タタタタタタタッ!
「ギャアーッ!」
タタタタタタタッ! タタタタタタタッ!
「うわああ! 助けてくれー!」
タタッ…タタタッ! カシッ!カシッ!
「クソ! 弾切れだ!」
「あっちへ行け! 化け物めっ!」
無線ではなく耳に直接、近くで実際に起こっている交戦の発砲音と複数の悲鳴が響き渡る。Bチームが壊滅した時と同じだった…
「これよりCチームの救助に向かうぞ! 総員、全速で走れ! 日頃の訓練の成果を見せろ!」
そう叫ぶと同時に真っ先に走り出した島に続き、他の5人も一斉に走り出した。
「遅れるな!Cチームを救うぞ!」
「了解っ!」
全員が装備したSMGを構え直し、重装備の重さを物ともせずに懸命に走った。
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「また始まった…」
響き渡る軽機関銃の発砲音と悲鳴を聞いた伸田は右手に握った拳銃『ベレッタ90-Two』の安全装置を外すと、しっかりと両手持ちに構え直して、周囲を警戒しながら林の中を現場へと向かった…




