↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒッチハイカー  作者: 幻田恋人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/39

第34話「どうしても南へ行きたいんだ…㉜『青白く燃える人魂の猛攻! 遂に迎えるヒッチハイカーの最期!?』」

ザザザザザッ!


 激走する蜘蛛型巨大怪物。


 その巨大な胴体の頭部に当たる位置からは、人間形態の上半身がまるで生えているかのように突き出していた。


 ヒッチハイカーは、首を大きく後ろへ振り向け、高らかに笑いながら叫んだ。


「ハハハハハ! ノビタのクソ野郎、遂にくたばりやがったか! 本当に邪魔なヤツだったぜえっ!」


 その時だった。


「グワァオオオオウーッ!」


 突然、吹きすさぶ吹雪の音をかき消すほどの猛獣の雄叫(おたけ)びが、辺り一帯に響き渡った。


 誇張ではない。


 あまりにも圧倒的な音量に、『夕霧谷(ゆうぎりだに)』一帯の大地そのものが、実際に揺れた。


 その証拠に、周辺の樹木の枝を覆い隠すように積もっていた大量の雪が、雄叫びが響き渡った瞬間、まるで一斉に弾き飛ばされたかのように地面へと落下した。


「げっ! あの胸クソ悪い遠吠(とおぼ)えは……白トラ野郎か!?」


 猛獣の雄叫びに驚愕したヒッチハイカーは、八本の脚による激走を大慌てで停止させた。


 そして、周囲を見回す。


 現在の自分にとって、伸田(のびた)以外で唯一恐れる存在。


 おそらく今の雄叫びの主であるはずの、白虎(びゃっこ)。


 ヒッチハイカーは、その姿を必死になって探した。


 雄叫びは一度きりだった。


 しかし、声は周辺の山々に反響し、さまざまな方向から木霊(こだま)となって何度も聞こえてくる。


 そのため、天敵である白虎がどこにいるのか、簡単には特定できなかった。


「どこだ……ヤツはどこにいやがる!?」


 一度きりの雄叫びだったにもかかわらず、その声に呼び覚まされた本能的な恐怖心を抑えきれない。


 ヒッチハイカーは狂ったように周囲を見回し続けた。


 頭部の二本の触角が高感度レーダーのように周辺を探る。


 そして、ようやく見つけた。


 自分から約百メートルほど左側。


 小高い丘の上に、四本の脚で立ち、こちらを静かに見下ろしている白虎の姿を。


「ガルルルル……」


 雄叫びをひと声上げた白虎は、ヒッチハイカーの様子を窺(うかが)うような姿勢で、その場に静止していた。


 動かない。


 ただ、喉の奥から低い唸(うな)り声を響かせているだけだ。


「野郎……なぜ攻撃してこない……?」


 ヒッチハイカーは、白虎から目を離さない。


「この程度の距離なら、ヤツの速度なら一秒もかからずにオレに襲いかかれるはずだ……」


 なぜだ。


 なぜ、すぐに攻撃してこない?


「ヤツは……何かを待ってるのか?」


 その疑問に突き動かされるように、ヒッチハイカーはもう一度、周囲を見回した。


 その時だった。


 今まで自分が走ってきた後方から――。


 青白く輝く光の玉が、凄まじい速度でこちらへ近づいてくるのが見えた。


「な……何だ、ありゃあ?」


 ヒッチハイカーの顔から、笑みが消えた。


「何だか分からんが……アレもヤバい!」


 理由は分からない。


 だが、本能が告げていた。


 あの青白い光の玉は危険だ。


 白虎と同じ。


 いや、それに匹敵するほどの本能的な脅威を、ヒッチハイカーは感じ取っていた。


「な、何なんだよ、あれは!?」


 自分でも理解できない恐怖に突き動かされ、ヒッチハイカーは逃走を開始した。


 白虎とも、青白い光の玉とも違う方向へ。


 八本の脚を全力で動かし、全速力で逃げ始める。


「と、とにかく……ここから逃げ出すぞ!」


 もはや、理由などどうでもよかった。


「あんな不気味で物騒なヤツらと、これ以上関わってられるか!」


 不死身の身体を手に入れた。


 ヒッチハイカーには、そういう自負があった。


 自分には敵などいない。


 これからは、好きなことを好きなだけやってやる。


 白虎に出会うまでは――。


 彼は、心の底からそう思っていたのだった。


     ********


『重装備の警官隊だって、オレの敵じゃなかった。


 オレを捕(つか)まえに来たお巡(まわ)りの連中を、ほぼ壊滅状態にしてやった。


 これからも、本能の命じるままに好きなだけ女を犯し、殺戮(さつりく)を続けてやる。


 オレは、そう思っていたんだ。


 あの”シズちゃん”と呼ばれる女に出会うまでは――。


 今までにも、出会った女を片っ端から犯してきた。


 本当の自分だけの家族を作るために。


 捕まえた女を監禁し、子供を産ませるために、女の胎内に子種(こだね)を放出し続けてきた。


 だが……結果は、いつも虚(むな)しいだけだった。


 オレの子供は出来なかった――


 オレは、ただ自分の家族を作りたかっただけなんだ。


 愛する妻や子供たちと一緒に、南へ行く。


 そして、そこで幸せに暮らす。


 大好きだった、死んじまったじいちゃんの遺言(ゆいごん)通りに。


 母さんが向かったという南の地――。


 山育ちのオレが見たことのない海。


 その海の近くにある、暖かい場所に自分の家を建てる。


 そこで、家族と一緒に幸せな生活を送る。


 オレは、それだけを望んでいたんだ……。


 シズちゃんをひと目見た時、彼女こそがオレの理想の女だと感じた。


 初めて、本気で自分のヨメさんにしたいと思った。


 彼女の胎内には子供がいた――


 オレの子供だ。


 シズちゃんには、たくさんのオレの子供を産んでほしいと思った。


 だから、彼女を連れて南へ行こうとしただけじゃないか……。


 それなのに――。


 寄ってたかって、オレの邪魔をしやがる。


 許さねえ。


 そんなヤツらは、皆殺しだ。


 そう思って、昨夜は思いっきり暴れてやった。


 一度はシズちゃんを手に入れた。


 もう少しで、彼女と南へ行けるところだったんだ。


 邪魔するヤツらを皆殺しに戻るため、一時的にシズちゃんを大きな橋に吊(つ)るしておいた。


 ところが――。


 ヤツらは、オレから彼女を奪いやがった。


 彼女を取り戻すために、オレは何度も自分の姿を変えた。


 さらに強い力を手に入れるために。


 シズちゃんを、再びこの手にするために。


 でも……。


 アイツらは、いったい何なんだ?


 いつも、あの白トラ野郎とノビタがオレの邪魔をしやがる。


 オレは強くなった。


 不死身になった。


 それなのに、なぜかアイツらにだけは歯が立たない。


 何でなんだ!?


 ノビタの野郎はともかく――。


 あの白トラ。


 アイツは、ダメだ。


 なぜだか分からねえ。


 理由なんて、まったく分からねえ。


 不死身になったはずなのに……。


 そのオレが、アイツには勝てる気がしない。


 いったい、何なんだ……?


 あの白トラ野郎は?


 虎のくせに人間の言葉をしゃべりやがる。


 忌々しいことに、いつも現れてはノビタを助けやがる。


 もちろん、ただの猛獣じゃねえ。


 だが、ここまで人間の味方をしてオレに敵対しやがるってことは……。


 オレが仲間入りした魔界の生物でもねえのか?


 ……いや。


 今はそんなことを考えている場合じゃねえ。


 またヤツが現れやがったと思ったら、今度はへんてこりんな青白い光の玉まで、オレに向かって来やがる。


 なんでだか分からねえ。


 だが、あの光の玉も白虎と同じくらいヤバい。


 そんな気がしてならねえ。


 とにかく、今は逃げるだけだ。


 シズちゃんは、必ず取り返す。


 邪魔するんなら、白トラも光の玉もタダじゃおかねえ。


 ……だが、今は何だかヤバい気がする。


 このまま、逃げよう。』


     ********


 ヒッチハイカーは、そう考えながら八本の脚を動かし続けた。


 必死に走り続けていたヒッチハイカーは、前方数十メートル先に存在するモノを見つけ、慌てて急停止した。


「なんだ、アレ……? な、何でオレの前に居やがる?」


 ヒッチハイカーという男は、元来、肉体派で粗暴な性格ではあった。


 しかし、決して知能が低い人間ではない。


 幼少の頃、実の親に捨てられた彼は、山中で仙人のように暮らしていた老人に拾われた。


 それ以来、二十年以上にわたり、老人と二人きりで山の中で暮らしてきたのだ。


 老人は、ヒッチハイカーが幼い頃から容赦なく、自然の中で生き抜く術(すべ)を叩き込んだ。


 その結果、彼には誇れるような学歴こそなかったものの、山野で生き抜く天賦の才能を開花させられ、さらに長い年月をかけて磨(みが)き上げられた。


 文明の利器など必要ない。


 山刀(マチェーテ)一本さえあれば、自然の中で生き抜いていける。


 それほどのサバイバル技術を、ヒッチハイカーは身につけていた。


 だからこそ――。


 自分の目で見て認識したモノであれば、それがどれほど奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な存在であろうとも、ヒッチハイカーは即座に対応する知恵と能力を持っていた。


 そのはずだった。


「……何でだ?」


 今、彼の前方に存在しているモノだけは、理解できなかった。


 それは、先ほどまで後方から凄まじい速度で迫ってきていた、青白く輝く光の玉だった。


 絶対に、追い越されたという認識はない。


 ヒッチハイカーにとって、あの青白い光の玉は後方にいるべき存在だった。


 自分の前方に存在するはずがない。


 それでも――。


 現実に、今それは彼の前方に存在している。


「……チッ」


 ヒッチハイカーは、現実を受け入れるしかなかった。


 すぐさまその場で百八十度方向を転じ、今度は反対方向へ向かって激走を再開する。


 しかし――。


 二百メートルも戻らないうちに、またしても数十メートル前方に、その存在は現れた。


 青白いオーラを全身にまとった、球状の物体。


 まるで、先回りして待ち構えていたかのように。


「けっ! どっちへ逃げようが、オレを逃がさないって訳か……」


 ヒッチハイカーは、本能的に悟った。


 逃げ切れない。


 そう判断した瞬間、彼の思考は逃走から戦闘へと切り替わった。


 方向を変えない。


 そのまま、目の前の邪魔な存在へと突進していく。


 狩られる前に狩る。


 新しく生成した両前脚。


 それは、カマキリの鎌(かま)を思わせる形状の二本の鋭い刃(やいば)と化していた。


「何もんだか知らねえが……」


 ヒッチハイカーは、青白く輝く光の玉へと襲いかかる。


「鋼鉄製の重機のパーツだって切断したオレの刃(やいば)を喰らって、真っ二つになりやがれ!」


 右前脚の鎌が振り上げられた。


 空中で静止している青白い光の玉へ向かって――。


ズバッ!


 狙いは外れなかった。


 ヒッチハイカーの鋭い鎌が、青白く輝く光の玉へ見事に命中する。


 確かな手応えが、攻撃を繰り出した本人の右前脚へ伝わってきた。


「手ごたえありいっ! どうだあっ!?」


 歓喜の叫びを上げる。


 ヒッチハイカーは、相手を真っ二つに切り裂くべく、食い込んだ右前脚の鎌を力いっぱい振り抜いた。


 その瞬間――。


「ぐっ……!」


 ヒッチハイカーの表情が歪んだ。


「ぎゃああああーっ!」


 悲鳴を上げたのは、彼の方だった。


 ヒッチハイカーは絶叫しながら、青白く輝く光の玉の近くから慌てて飛び退いた。


 さらに後退し、距離を取る。


ザザザザザッ!


 そして、自分が悲鳴を上げる原因となった右前脚へと視線を向けた。


「な……何だ、こりゃあ……?」


 全長二メートルはあろうかという巨大な鎌状の刃(やいば)。


 その中央付近から先が――。


 消えていた。


「……え?」


 ヒッチハイカーの身体に、戦慄が走った。


 頭に連想が浮かぶ。


 白虎の牙。


 そして、伸田の使用する忌々しい弾丸。


 それらによって傷つけられた時と同じように、残った前脚の断面からメラメラと青白い炎が上がっていた。


 ブスブスと煙を上げながら――。


 徐々に。


 しかし、確実に。


 白い灰へと変わり始めていた。


「ゲッ! こ、これは……消滅……? オレの身体が消滅してるのか?」


 ヒッチハイカーは、震える声でつぶやいた。


 日本人離れした彫りの深い顔立ち。


 ルネッサンス時代の彫刻を思わせるほど美しかったその顔が、恐怖によって醜く歪(ゆが)んだ。


「ふ、ふざけんな……!」


 ヒッチハイカーは、すぐさま行動に移った。


 消滅が始まった断面よりも身体に近い部分を、左前脚に備わった鋭い鎌で自ら叩き斬る。


ザンッ!


 右前脚が切断された。


 断面から緑色の体液が噴き出し、切り落とされた肉片が、雪の降り積もった硬く凍(い)てついた地面へボトリと落下する。


「お……同じだ……」


 ヒッチハイカーは、切断した右前脚を凝視した。


「ノビタの銃で撃たれた時や……白トラ野郎に噛まれた時と同じだ……」


 なぜだ。


 どうしてだ。


「な、何で……?」


 目の前で、恐るべき現実を見せつけられた。


 ヒッチハイカーは、白虎と対峙した時に味わったものと同じ恐怖に、全身を震わせた。


 それでも、逃亡も戦闘もいつでも開始できるように身構えたまま、たった今後退して距離を取った青白く輝く球状の物体を凝視する。


 空中に浮かぶ、不思議な物体。


 何かの光を反射しているわけではない。


 明らかに――。


 自ら青白い光を放っている。


 その時だった。


『そんなに、僕のこの姿が怖いか?』


 ヒッチハイカーは、凍りついた。


「……え?」


 今、しゃべったのは誰だ?


 周囲を見回す。


 頭部に生えた二本の触角でも自分の周辺を感知する。


 だが、他に何者かがいる様子はない。


 それでも――。


「こ、こいつが……しゃべったのか?」


 目の前の青白い光の玉が、人間の言葉を発したのだ。


 ヒッチハイカーは、驚愕と恐怖の入り混じった感情に襲われた。


 パニックに陥る寸前だった。


「……しゃべりやがった……」


ゴクリ。


 生唾を飲み込む。


 正体不明の光る玉に対して、自分はいったいどう行動すべきなのか。


 ヒッチハイカーは必死に考えた。


 すると――。


 まるで、彼の考えを読み取ったかのように、青白い光の玉が再び声を発した。


『貴様は今、恐怖のあまり恐慌に陥(おちい)っているようだな』


 青白い光が、静かに揺らめく。


『今までに貴様が命を奪ってきた者たちの気持ちが、少しは分かったか?』


 ヒッチハイカーは、黙って光の玉を見つめていた。


『理不尽な暴力による恐怖に震えながら、苦しみの果てに無念の死を遂げた者たち……』


 声が、冷たく響く。


『その絶望と苦痛を、今から僕が貴様に思い知らせてやる』


 そして――。


『覚悟しろ、ヒッチハイカー!』


 その瞬間。


 青白い光の玉が、スーッとその輝きを弱め始めた。


 光の向こう側に、何かの姿が浮かび上がる。


 やがて、青白い輝きの中から現れたのは――。


「な……」


 ヒッチハイカーの目が見開かれた。


 つい先ほど。


 バランスを失い、木の幹(みき)へ激突して果てたはずの男。


 背中に装着した飛行ユニットで空中停止(ホバリング)飛行をしながら――。


 そこに浮かんでいるのは。


「ノ……ノビタ……!?」


 伸田伸也(のびた のびや)だった。


     ********


『安田巡査の生命反応、停止!』


 AI『スペードエース』の声が、『|wind festival《かざまつり》ビル』二階にある『千寿(せんじゅ)探偵事務所』内に響き渡った。


『体温が急激に低下しています。彼の肉体が冷凍睡眠状態(コールドスリープ)へ移行した模様です』


 報告を受けた風祭聖子(かざまつり せいこ)は、表情を曇らせた。


「それでいいのよ」


 彼女は、静かに答えた。


「安田巡査の命を救うには、今はそれしかないわ」


 しかし――。


「ただ、気の毒だけど……たとえ命を救うことができても、もう彼を元の姿に戻すことはできない……」


 聖子は、そうつぶやいた。


「スペードエース。安田巡査の搬送先を、最寄りの救命救急病院からS&K(エスアンドケイ)ラボへ変更するわ」


『了解《ラジャー》!』


 人工知能が即座に応答する。


『目的地を変更。安田巡査の身体をS&K(エスアンドケイ)財団の研究所へ搬送します』


「そのまま急いで、父の朱雀(すざく)博士の元へ運んで!」


『了解《ラジャー》!』


 その直後。


 南へ向かっていた『黒鉄(くろがね)の翼』が、機首を東へ向け直した。


 最高速度で飛行を続ける『黒鉄の翼』。


 その目的地は、S&K財団の研究所。


 そして、そこには聖子の父親だという朱雀博士がいる。


 いったい、何者なのか。


 そもそも――。


 『千寿探偵事務所』の所長秘書でありながら、その裏の顔に『電脳世界の魔女』という異名を持つ風祭聖子とは、いったい何者なのだろうか。


 そして。


 ヒッチハイカーに乗っていた油圧ショベルごと全身を粉砕され、死の淵に立たされている安田巡査を、聖子は本当に救うことができるのか。


 彼女が口にした、


 ――もう彼を元の姿に戻すことはできない。


 という言葉は、いったい何を意味しているのか。


 なぜ、安田巡査は病院ではなく、聖子の父親がいる研究施設へと運ばれるのか。


 そして――。


 その答えを知る唯一の女性である聖子の命ずるまま、『黒鉄の翼』は、ヒッチハイカーや伸田たちが戦う〇✕県『夕霧渓谷』を後にした。


 様々な謎と、瀕死の安田巡査を乗せて。


 東へ向かって飛び続ける。


     ********


「ヒッチハイカー!」


 吹雪が吹き荒れる中、空中に浮かぶ青白い光の玉から姿を現した伸田は、怪物ヒッチハイカーへ向かって声を張り上げた。


「今、お前は僕を見て恐れ戦(おのの)いているようだな」


 伸田の身体を包む青白い炎が、再び勢いを増していく。


「この僕の身体を包む青白く燃える光は僕と、お前に殺されて死んでいった者たちの怒りの炎だ!」


 青白い炎が、吹雪の中で激しく揺らめいた。


「その者たちに代わって――今ここで、僕がお前にとどめを刺す!」


「クソッ!」


 ヒッチハイカーは、残った左前脚を伸田に向けて突き出した。


「お前なんかに、誰がやられてたまるか!」


 恐怖を振り払うように、声を張り上げる。


「オレは、この山を逃げ延びて南を目指すんだ! 必ずシズちゃんを取り戻してな!」


 ヒッチハイカーは、自分の異形の身体を見下ろした。


「この身体を見ろ! もうオレには、車なんて必要ねえ!」


 八本の脚を大地に踏みしめる。


「オレはヒッチハイカーなんてしなくても南を目指す! それを邪魔するヤツらは、皆殺しだ!」


 そして――。


「まずは、しつこいお前を血祭りにあげてやる!」


 もう、伸田から逃げ切ることはできない。


 そう悟ったヒッチハイカーは、残った左前脚の巨大な鎌を振り上げた。


 斜め上方から、伸田へ向かって一気に振り下ろす。


ビュンッ!


 普通ならば、鋼鉄さえも瞬時に叩き斬るほどの鋭さと威力を持つ一撃だった。


 しかし――。


 左前脚の鎌が、青白い光へ触れた瞬間。


ガシュッ!


「ぐっ……!」


 ヒッチハイカーの全身に、嫌な衝撃と振動が走った。


「ぐおおおおうっ!」


 八本の脚で支えられた巨体が、グラリとよろめく。


「ま、またオレの腕がああっ!」


 結果は、最初の右前脚とまったく同じだった。


 攻撃を仕掛けたヒッチハイカー自身の左前脚。


 その巨大な鎌の、およそ半分が消失していた。


 残った断面からは、先ほどと同じように青白い光が漏れ出している。


 ブスブスと煙を上げながら――。


 徐々に。


 ほんのわずかずつではあるが、確実に。


 肉体が消滅していく。


「ひっ……!」


 自分の身体の一部が、再び消えていく。


 その光景を目にしたヒッチハイカーは、激しい恐怖に襲われた。


「く、くそおおおっ!」


ブンッ! バシュッ!


 恐怖におののきながらも、ヒッチハイカーは行動した。


 人間形態の上半身から伸びた左触手。


 その先端に備わった鋭い刃(やいば)を振るう。


 消滅しつつある左前脚を、さらに身体に近い位置で切り捨てた。


ザンッ!


「くっ!」


 歯ぎしりをして悔しがる。


 だが、結果は変わらなかった。


 ヒッチハイカーは、自らの攻撃によって新たに手に入れた巨大な鎌を備えた前脚を、二本とも失ってしまったのだ。


 しかも――。


 白虎の牙による攻撃と同じだった。


 青白い光によって受けた傷は、不死身に近い肉体を誇るヒッチハイカーでさえ、修復も再生もできない。


 ヒッチハイカーは、凍てついた地面へ視線を落とした。


 そこには、自ら切り捨てた左前脚の肉片が転がっている。


 そして、その肉片もまた――。


 青白い光を放ちながら、徐々に消滅を始めていた。


 やがては、この世界から完全に消え失せてしまうのだろう。


「……」


 その光景を見つめながら、ヒッチハイカーは悟った。


 もう、逃げることもできない。


 だが――。


 戦っても勝てない。


 先ほどまでは、伸田との戦いで自分たちの雌雄(しゆう)を決するつもりだった。


 しかし、いつの間にか――。


 自分の心が、恐怖によって徐々に萎(な)えていくのを感じていた。


「く、くっそおおお……!」


 ヒッチハイカーは、残った六本の脚で立ち上がろうとした。


 その時だった。


「うっ……」


 切断された二本の脚が、視界に入った。


 青白い光を放ちながら、断面から徐々に消滅していく。


「う、うわあああああーっ!」


 ヒッチハイカーの口から、甲高い悲鳴がほとばしった。


「ひいいいいいっ!」


 恐怖に顔を歪(ゆが)ませる。


「うわあああああーっ! イヤだ! イヤだあああっ!」


 そして――。


「死にたくない! 死にたくないいいいいっ!」


 泣き喚きながらも、ヒッチハイカーはどうにか六本の脚で立ち上がった。


 そして、人間形態の左腕から伸びた触手を振るう。


 その先端が、硬質化した鋭い刃へと変化した。


ズバッ!


ズババッ!


 消滅しつつある二本の脚を、付け根から切断する。


 青白い光の玉の攻撃によって失われた肉体は、修復も再生もできない。


 それでも――。


 ヒッチハイカーは、残った六本の脚を動かし始めた。


「逃げるんだ……!」


 再び、逃走を開始しようとする。


 その時だった。


「もう逃がさないと言ったろう!」


 吹雪の中。


 どこからともなく、伸田の声が響いた。


「……!」


 ヒッチハイカーは、立ったまま動きを止めた。


「く、来るなああああっ!」


 怪物は、必死に叫んだ。


「あっちへ行けええええっ!」


 その声は、すでに怒声ではなかった。


「た、頼むから……どっかへ行ってくれええええっ!」


 恐怖に震える、哀れな懇願だった。


 そんなヒッチハイカーに、伸田は静かに言った。


「ダメだ」


 声は、押さえられていた。


「貴様の手にかかって死んでいった人たちも、みんな助けを求めたはずだ」


 青白い光が、吹雪の中で揺らめく。


「それなのに貴様は、情け容赦なく……残虐に命を奪った」


 伸田の声が、次第に低くなる。


「貴様に殺された被害者たち」


 そして――。


「残された遺族たちの痛みを」


「苦しみを」


「無念を……」


 青白い光が、さらに強く輝いた。


「今こそ、貴様自身が思い知れ!」


ギュイイィーンッ!


 次の瞬間。


 青白い光の玉が、目にも止まらぬ速度で飛翔した。


ブシュッ!


ズブッシュッ!


ブッシューッ!


 残された六本の脚。


 そのうち三本を、青白い光が次々と貫いた。


 穴の開いた脚から、緑色の体液が噴き出す。


 そして――。


ブチブチブチッ!


 三本の脚が、次々と千切れ飛んだ。


 切断された断面からは、またしても消滅が始まる。


「ぐっ……!」


 これで、蜘蛛のような巨大怪物の八本の脚のうち、五本が失われた。


 残るは、わずか三本。


 いかに魔界の怪物と化したヒッチハイカーであっても、三本の脚だけで巨大な身体を支え、逃げ続けることなどできるはずがなかった。


「ぐっぎゃああああああーっ!」


 ヒッチハイカーは、絶叫した。


「オレの……オレの身体が消滅するううううっ!」


 だが、悲鳴を上げながらも、彼は必死に動いた。


 人間形態の左腕から伸びた触手。


 その先端を刃へと変化させる。


ズバッ!


ズババッ!


 消滅が始まった三本の脚。


 そのうち二本を、付け根から切断する。


「ぐっ……!」


 苦痛に顔を歪(ゆが)めながらも、ヒッチハイカーは最後の一本へ目を向けた。


 残る一本も、付け根から切断する。


 そうすれば、消滅の進行を止められる。


 そう考えたのだろう。


 ヒッチハイカーの左腕から伸びる触手が、鞭のようにしなやかに振り上げられた。


 そして――。


ぶっしゅうううううっ!


 突然。


 ヒッチハイカーの左腕。


 その肘から先が――。


 消えた。


「……え?」


 ヒッチハイカーは、何が起きたのか理解できなかった。


「???」


 振り上げた左腕は、何もない空間を切り裂いただけだった。


 最後に残った一本の脚を切断することにも、失敗した。


 そして――。


 青白い光によって切断された脚の断面から、消滅が進んでいく。


 だが。


 ヒッチハイカーの身体には、新たな脅威が生まれていた。


「ぎゃあああおおおおおおーっ!」


 絶叫が、吹雪の中に響き渡る。


「おおおおおううううっ!」


 ヒッチハイカーは、失った左腕を見た。


「オレの左腕がああああああっ!」


 肘から先を失った左腕。


 その断面から――。


 消滅が始まっていた。


 これまでならば、巨大な蜘蛛の怪物の脚。


 人間形態の身体から遠く離れた部分を切り捨てればよかった。


 だが、今回は違う。


 青白い光の玉による攻撃が、人間形態の肉体を直接捉えたのだ。


 見た目が人間の姿をしているとはいえ、ヒッチハイカーの身体はすでに魔界の生物へと変貌している。


 だからこそ――。


 青白い光の玉による攻撃を直接受けた肉体が、無事で済むはずはなかった。


 怪物の形態部分と同じように。


 ヒッチハイカーの左腕もまた、青白い光に包まれながら、徐々に消滅していった。


「ううううう……」


 ヒッチハイカーは、消滅していく左腕を見つめながら、震える声でつぶやいた。


「オ、オレは……死ぬのか……?」


 この、凍えるような寒さに包まれた山の中で。


「こ、こんな寒い山の中で……?」


 そして――。


「い、いやだああああああっ!」


 絶望に満ちていた声が、次第に変化していく。


「オレは南へ行くんだああああっ!」


 弱々しかった声に、再び力が戻っていく。


「暖かい南の楽園へええええっ!」


 そして――。


「シズちゃんとおおおおおっ!」


 その時。


 青白い光が弱まり、伸田の姿が再び現れた。


 その目の前で、ヒッチハイカーは右手に握ったものへ視線を落とした。


 どんな時でも、決して手放すことのなかったもの。


 祖父から受け継いだ――。


 山刀(マチェーテ)。


 ヒッチハイカーは、それをじっと見つめた。


 そして。


 右手を振り上げる。


「きえええええええーいっ!」


 裂帛(れっぱく)の気合とともに、山刀を振り下ろした。


ズバッシューッ!


 狙ったのは、消滅しつつある左肘の断面。


 その断面より上。


 上腕部分を、厚さ二センチほどの輪切りにするように叩き斬った。


 切断された肉片が、地面へ落下する。


 降り積もった雪の中へ落ちた肉片は、青白い炎を上げ始めた。


 ブスブスと煙を上げながら、燃え続ける。


 吹き荒れる吹雪にさらされても。


 冷たい雪に包まれても。


 青白い炎は消えなかった。


 やがて、その肉片はすべて白い灰へと変わるのだろう。


 消滅が進行しているのは、脚の切断面も同じだった。


 だが――。


 伸縮する左の触手を青白い光の玉によって失った今、先ほどの二本の脚のように根元から切り離すことはできない。


 人間の形をした右腕。


 その手に握った山刀では、脚の付け根まで届くはずがなかった。


 しかし。


 一度は、青白く燃える人魂の猛攻に心が折れかけたヒッチハイカーだったが――。


 彼の執念もまた、伸田と仲間たちに決して劣るものではなかった。


「くっそおおおおおっ!」


 ヒッチハイカーは、絶叫した。


「死んでたまるかあああああっ!」


 そして――。


「南へ! オレは南へ行くんだあああああっ!」


 雄叫びを上げながら、ヒッチハイカーは山刀を振り上げた。


 いったい、何をするつもりなのか。


 その答えは――。


 すぐに明らかになった。


 ヒッチハイカーは、巨大な蜘蛛の怪物の頭部から生えている自分の人間形態。


 その人間の上半身と、蜘蛛の怪物の身体がつながっている部分へ向けて、山刀を振り下ろし始めたのだ。


「くそっ!」


ザクッ!


「くそおおおっ!」


ザクッ!


「千切れろおおおおっ!」


グシャッ!


「切り離すんだああああっ!」


グチャッ!


 緑色の血と肉片が、周囲へ飛び散る。


 ヒッチハイカーは、自分の下半身を切り離そうとしていた。


 その姿は、鬼気迫るものだった。


 さすがの伸田も、空中に浮かびながら攻撃することを一瞬ためらった。


 それほどまでに、ヒッチハイカーは必死だった。


 自分の肉体を。


 自分自身の手で。


 切り刻んでいる。


 不死身に近い身体となった今も、痛覚そのものが失われたわけではないはずだ。


 それでも、ヒッチハイカーは痛みなど存在しないかのように、ただひたすら山刀を振り続けた。


グッシューッ!


 そして――。


 ついに。


 ヒッチハイカーの願いが叶った。


 消滅しつつある蜘蛛の身体から、人間形態の上半身を切り離すことに成功したのだ。


 切断面からは、緑色の血がボタボタと流れ落ちている。


 そして、完全には切断されなかった内臓が、ズルズルと垂れ下がっていた。


「はあっ……はあっ……」


 ヒッチハイカーは、荒い息をついた。


「や、やった……」


 自分の下半身を切り捨てた。


「こ、これで……しょ、消滅から……の、逃れた……」


 言葉がうまく出てこない。


 半身を失った肉体から、夥しい量の体液が流れ続けている。


 そのダメージは、さすがの怪物ヒッチハイカーからも大きく体力を奪っていた。


「じ、じいちゃん……」


 ヒッチハイカーは、息も絶え絶えに、何かをつぶやいた。


「オ、オレは……まだ死なない……」


 そして――。


「死ぬもんか……!」


 その言葉を聞いた伸田は、首を捻(ひね)った。


「じいちゃん……?」


 伸田は、目の前のヒッチハイカーを見つめた。


「こいつは……誰のことを言っているんだ?」


 ヒッチハイカーは、肉体的に極限まで追い詰められている。


 そのダメージが、ついに頭にまで及んだのだろうか。


 だが――。


 その時だった。


 ヒッチハイカーが、奇妙な動きを始めた。


 ヒッチハイカーは、切り離した巨大な蜘蛛型怪物の身体の上に横たわっていた。


 もはや、立ち上がるための両脚はない。


 左腕も、その大部分を失っている。


 四肢のうち、残されているのは――。


 祖父から受け継いだ山刀を握りしめた、右腕だけだった。


「はあ……はあ……」


 荒い息を吐きながら、ヒッチハイカーは苦しげにつぶやいた。


「くそ……身体が……」


 右手に握った山刀の先端を、自分で切り離した怪物の身体へ突き立てる。


 そして、それを支えにして、なんとか上半身を起こそうとした。


「オレの身体から……どんどん……力が抜けていきやがる……」


 だが、彼の身体を支えている巨大な蜘蛛の身体も、中央部分から消滅が進んでいた。


 切断された断面からは、内臓が飛び出している。


 緑色の体液が、周囲一帯へ流れ出していた。


 それはまるで――。


 正気を失った画家が、自らの見た悪夢を描いた地獄絵図のようだった。


 その絵の中心では、巨大な怪物がボロボロに崩れ落ちている。


 今まさに、死を迎えようとしている。


 だが――。


 伸田の目の前に広がっているこの光景は、悪夢でも絵画でもなかった。


 現実だった。


 多くの人々を、その手で殺めてきたヒッチハイカー。


 残虐の限りを尽くしてきた、魔界の怪物。


 しかし――。


 彼もまた、元は人間だった。


 山中で偶然遭遇した運搬トラックの事故現場。


 そこで手に入れた薬品を飲んでしまったことが、すべての始まりだった。


 心身ともに変貌を遂げ、魔界の怪物となった孤独な青年。


 それでも彼は、ただ一つの目的だけを追い続けていた。


 祖父の遺言。


 ――南へ行って、幸せに暮らせ。


 その言葉だけを胸に抱いて。


 何度失敗しても。


 何度追い詰められても。


 ヒッチハイカーは、再び立ち上がろうとした。


 下半身を失った身体で。


 左腕の大部分を失った身体で。


 それでも、山刀を支えにして起き上がろうとする。


「ぐっ……!」


 だが――。


 やはり、無理だった。


 何度試みても、身体は起き上がらない。


 ついに諦めたのだろうか。


 ヒッチハイカーは、怪物の身体に突き立てていた山刀を抜き取った。


 その瞬間。


 支えを失った上半身が、ゴロンと仰向けに転がった。


 かつては、数え切れないほどの人間を殺戮した。


 SIT部隊を、ほぼ壊滅状態にまで追い込んだ。


 そして、ついには空を飛ぶ能力さえ手に入れた。


 そんなヒッチハイカーが――。


 今はただ、地面に転がり、天を仰ぐしかなかった。


 その背中の下では、かつて自分の下半身だった巨大な蜘蛛の身体が、青白い光に包まれながら徐々に消滅している。


「もういい……」


 その姿を見つめながら、伸田がつぶやいた。


「そろそろ、お前にとどめを刺してやるよ……」


 すでに、ヒッチハイカーには何もできない。


 その姿に、伸田は一抹の哀れささえ覚えていた。


 仰向けに転がったヒッチハイカーが、目を見開く。


 吹雪の吹き荒れる天空を見上げた。


「くっそおおおおおおっ!」


 そして、力を振り絞る。


「オ、オレは南へ行きたいんだああああっ!」


 右手に山刀を握ったまま、空へ向けて腕を突き出した。


「オレに……もう一度、力をくれええええっ!」


 その声は、絶叫へと変わった。


「じいちゃああああああんっ!」


 その時だった。


 まだ夜明け前。


 月も星も見えないほど、厚い灰色の雲に覆われた空。


 その雲の中が――。


 突然、まばゆい光を放った。


ピカッ!


ゴロゴロゴロゴロッ!


 まるで、ヒッチハイカーの叫びに呼応するかのように。


 真冬の空に、突然、雷が生じた。


 暗闇に包まれていた『夕霧谷』一帯が、一瞬にして昼間のような明るさに照らし出される。


「……っ!」


 本能的に身体をすくませた伸田が、空を見上げた。


 その目の前で――。


 天空から、真っ白な稲妻が走った。


バリバリバリィーッ!


ドッシャーンッ!


 耳をつんざくような雷鳴が、夕霧谷全体に響き渡る。


 そして、天空から伸びた稲妻は――。


 ヒッチハイカーが突き上げていた山刀へ、真っすぐに落ちた。


「……っ!」


 あまりにも凄まじい光だった。


 伸田は反射的に目を閉じる。


 『ヒヒイロカネの剣』を握った左手で顔をかばいながら、数十メートル後方へ一気に飛び退いた。


 次の瞬間――。


ドッカアァァーンッ!


 稲妻の凄まじいエネルギーが、山刀へ到達した。


 文字通り、爆発が起こった。


 巨大な蜘蛛型怪物の身体が、粉々に砕け散る。


 肉片が周囲へ飛び散った。


 木の破片。


 石。


 大量の土砂。


 そして、四散した怪物の肉片。


 それらが、雹のように伸田のいる場所へ降り注いだ。


「……今のは、いったい何だったんだ?」


 伸田は、呆然とつぶやいた。


「どうして突然、雷が……?」


 だが――。


 すぐに、別の考えが頭をよぎる。


「でも……」


 爆発の起きた場所を見つめる。


「今ので、ヒッチハイカーは木っ端微塵になったんだ」


 伸田の身体から、力が抜けていく。


 身体を包んでいた青白い光も、徐々に弱まっていった。


「これで……」


 伸田は、ようやく終わったのだと思った。


「これでやっと……ヤツとの長い戦いが終わった……」


 安堵のつぶやきを漏らした伸田は、ようやく肩の力を抜いた。


 その時だった――。


「まだだあああああっ!」


 突然、声が響き渡った。


「ノビタあああああっ!」


 伸田は、ハッと顔を上げた。


「ヤツは死んじゃいないぞおおおおおっ!」


 聞き覚えのある声だった。


「この声……?」


 伸田は、周囲を見回した。


「白虎さん……?」


 そして、気づく。


「千寿さんの声だ!」


 それは、神獣白虎の姿へと変化した『風俗探偵』こと千寿理(せんじゅ おさむ)が、伸田へ向けて発した警告だった。


「白虎さん、どこに……?」


 伸田は、必死に周囲を見回す。


 だが、白虎の姿を見つけることはできなかった。


「え……?」


 伸田は、爆発の起きた場所へ視線を戻した。


「千寿さんは、何を言ってるんだ……?」


 伸田の目の前で、ヒッチハイカーは確かに木っ端微塵になった。


 それなのに――。


 ヤツが、まだ生きているというのか。


 その時。


 伸田は、爆発が起きた場所に生じた異変に気づいた。


 地面には、大きな穴が開いている。


 直径二十メートルほど。


 巨大なクレーターと化していた。


 そして、その中心。


 立ち昇る煙の中に――。


 一人の人間が、立っていた。


「あ……」


 伸田の目が、大きく見開かれる。


「あれは……?」


 煙の中に立つ人影。


 その右手には、山刀が握られている。


「そ、そんな……まさか……」


 伸田の声が震えた。


「ヤツなのか……?」


 煙が、少しずつ晴れていく。


 そこに立っていたのは――。


 ヒッチハイカーだった。


 だが。


 その姿は、先ほどまでの怪物とはまったく違っていた。


 右腕だけではない。


 四肢のどこにも、欠損はない。


 人間男性としての完全な肉体。


 傷一つない身体。


 そして――。


 一糸まとわぬ全裸のまま。


 日本人離れしたギリシャ彫刻のように美しい肉体をさらし、ヒッチハイカーは堂々と立っていた。


 右手には、山刀。


 その彫りの深い整った顔には――。


 不敵な笑みが浮かんでいた。


 伸田は、言葉を失った。


 間違いない。


 ヤツだ。


 ヒッチハイカーは――。


 完全な姿で、復活していた。


 

 

 

【次回に続く…】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。