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ヒッチハイカー  作者: 幻田恋人


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第32話「どうしても南へ行きたいんだ…㉚『激闘!! 重機 vs 巨大魔獣! 伸田よ、安田巡査を救え!』」

「さあ……俺が来たからには、てめえらの一方的な殺戮ショーは、ここまでで幕を下ろさせてもらうぜ。


 ライラにバリーよ。お前らが俺に向けてぶっ放(ぱな)してくれた荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)のお返しをさせてもらおうか」


 車重が二・五トンを超える『ロシナンテ』を軽々と持ち上げた、牛頭人身(ぎゅうとうじんしん)の怪物。


 その怪力無双の巨漢バリーに向けて、突風のような勢いで体当たりを仕掛けてきた白虎(びゃっこ)。


 その白虎に背中を押さえつけられ、右前脚一本すら振り払うことができず、バリーは手足をジタバタと動かしている。


 そんなバリーの姿を見た島警部補と皆元静香(みなもと しずか)は、感動のあまり、思わず拍手喝采を送りたいような気分になっていた。


「白虎……アンタ、やっぱり生きてたんだね。


 それにしても、荷電粒子砲でも死なないなんて……本当にしぶとい野郎だよ、まったく。


 この、不死身のバケモノめ!」


 そう白虎に向かって口汚く罵(ののし)ったライラ。


 しかし、美しく魅力的でありながら酷薄(こくはく)な彼女の顔に、わずかながら嬉しそうな表情が浮かんでいることに気付いた者は、誰もいなかった。


 もちろん、厳しい言葉を投げかけられた当の白虎自身も、そのことには気付いていない。


「はっ! どの口からそんな言葉が吐けるんだ?


 お前らだけには、バケモン呼ばわりされたくねえ。


 とにかく、お前らの撃った荷電粒子砲なんざ、俺をビビッて避けて通っていったさ」


 逃れようと暴れる巨漢のバリーを、前脚一本で力強く押さえ込んだまま、白虎は即座にライラへ軽口で応じた。


 その会話だけを聞いている限りでは、まるで人外の者同士による掛け合い漫才のようである。


「その薄っぺらでマヌケな憎まれ口は、紛れもなく正真正銘の白虎らしいね。


 とにかく、バリーの背中からアンタの前脚をどけな!


 さもないと、その前脚を叩っ切るよ!」


 もう、ライラの口調からは残忍な響きしか感じ取れなかった。


 そして彼女の右手には、いつの間にか、黒革張りの長さ四十センチほどの鞭(むち)の柄(え)が握られていた。


 彼女がだらりと地面に垂らした、黒革で編(あ)まれた鞭。


 その表面には、金色に光る細かな金属の刃が無数に埋め込まれている。


「この、地上最強の金属『オレイカルコス(オリハルコン)』の刃をちりばめた鞭の威力は、あんたも知ってる筈だね。


 それに、音速の何倍も速いアタシの鞭さばきが加われば、どれだけ恐ろしいか。


 ご覧っ!」


 そう言った次の瞬間――。


 ライラの左掌(てのひら)に、どこかで見たことのある黒い物体が載っていた。


 不思議なことに、その物体はまるで手品のように、突然ライラの左手に出現したのだ。


 ライラが左手の上でくるくると弄(もてあそ)んでいる幾何学的な物体。


 その一面は、鏡になっていた。


 よく見ると、それは車のドアミラーである。


「ラ、ライラ! てめえ! なんてことしやがる!


 俺の愛車のドアミラーを!」


 目を剥(む)いた白虎が、ライラに向かって吠えたてた。


 そう――ライラは『ロシナンテ』から十メートルほど離れた地点に立ち、白虎に対峙(たいじ)していた。


 しかし彼女は、人間の目では捉えられない速さで右手の鞭を一振りすると、『ロシナンテ』の運転席側にあるドアミラーの基部を切断。


 さらに、凄(すさ)まじい速度で鞭を手元へ手繰(たぐ)り寄せることで、巻き付けたドアミラーを瞬時に自分の左手へと移動させたのだった。


 一連の動きは、すべて人間の目には留まらぬ速度で、一瞬のうちに行われた。


 そのため、『ロシナンテ』の運転席に座っていた鳳 成治(おおとり せいじ)でさえ、ライラの行動に気付かなかったのである。


 この場において、ライラの神速(しんそく)の鞭さばきを目視で認識できたのは、唯一、白虎だけだった。


「ふ……さすがは白虎だね。


 アタシの電光石火(でんこうせっか)の鞭さばきを見切るとはね。


 でも、躱(かわ)すことができるかい?」


 ライラは、左手の上でドアミラーを弄びながら、不気味な笑みを浮かべた。


「次は、この鞭でバリーの背中に載せた、あんたの右前脚を狙(ねら)うよ。


 もっとも……不死身のアンタなら、切断しても、また新しいのが生えてくるのかね?」


 不気味に笑いながらライラが言った。


 彼女は間違いなく、本気だった。


「確かに、お前の『オリハルコン』の刃(は)を埋め込んだ鞭と、その見事な鞭さばきなら、俺の前脚は切断できるだろうさ。


 だが、それと同時に、俺の牙(きば)がバリーの喉笛(のどぶえ)を噛み切るぜ」


 白虎は、バリーを押さえ込んだ右前脚に力を込めた。


「いいから試してみろよ。


 俺は右前脚一本だけで済んでも、俺の牙にやられたお前の双子のアニキは、この世から確実に消滅しちまうぜ」


「…………」


 ライラは動けなかった。


 神獣である白虎の牙と爪に傷を負わされれば、魔界の生物の肉体は消滅する。


 いかなる攻撃にも無敵で、不死身を誇るバリーの肉体も、この点においては例外ではなかった。


「おまけに、今夜は満月だ。


 悪いが、お前たち以上に満月と相性がいい俺は無敵だぜ。


 お前ら二人が寄ってたかって俺を相手にしても、残念だが勝ち目はねえと思いな」


 白虎は、さらに言葉を続けた。


「それに、お前らも今回の目的は別のところにあるんだろ?


 ライラ、悪いことは言わねえ。


 今日のところは、大人しく手を引け」


 ライラは、白虎からの一方的な申し入れに、すぐには返事をしなかった。


 彼女の狡猾(こうかつ)な脳細胞が、目まぐるしく回転していたのだ。


 『確かに白虎が言った通り、アタシの鞭なら、ヤツの前脚一本くらい簡単に切断できるだろう。


 それに、あの車の連中だって、皆殺しにするのは簡単だ。


 でも……バリーはどうなる?


 それにアタシだって、神獣相手にバリー抜きで勝てるとは思えない。


 返り討ちに遭うのがオチだ。


 今回のアタシとバリーの任務は、暗号名(コードネーム)『ヒッチハイカー』の回収。


 神獣・白虎との命懸けの闘いじゃない。』


 ここまで瞬時に考えたライラは、白虎に向かって即答した。


 彼女の決断に、少しの躊躇(ちゅうちょ)もなかった。


 神速(しんそく)を誇るライラは、決断するのも早いのだった。


「はん……確かに、あんたの仲間たちを皆殺しにするってのは、今回のアタシたちの目的じゃあない。


 成り行きで、こうなっただけさ」


 ライラはそう言うと、時折『ロシナンテ』に乗る鳳(おおとり)へと視線を向けた。


「あのポンコツ車には、前に痛い目を見させられたしね。


 それに、内調(ないちょう)(内閣情報調査室)の特務零課(とくむぜろか)課長の鳳 成治(おおとり せいじ)さんとあっちゃあ、アタシらの商売ガタキでもあるしね」


 そして、白虎の表情を窺(うかが)いながら、悔しそうな口調で続けた。


「特務零課が出張ってるとくりゃあ、アンタらの目当てもアタシたちとおんなじ『ヒッチハイカー』なんだろ?


 でも、そっちは譲れないよ」


「俺のお気に入りの愛車をポンコツ車呼ばわりするんじゃないぜ、ライラ。


 だが、お前の言う通りだ。


 俺たちの目的も、お前らと同じく『ヒッチハイカー』の確保だ。


 だから、お前さんたちには残念だが……そっちの方も諦めてもらおうか?」


「はっ! バカなこと言ってんじゃないよ!


 誰がアンタの言いなりになんかなるもんか!」


 ライラは怒りの形相(ぎょうそう)も凄(すさ)まじく、汚いものでも吐き捨てるように答えた。


「そう言うだろうと思ってたぜ……。


 だが、これならどうだ!」


「ブモオオオオーッ!」


 突然、白虎の前脚に踏みつけられ、起き上がることもできないバリーの叫び声が上がった。


「バリーッ!」


 一瞬の出来事だった。


 ライラの神速(しんそく)の鞭(むち)さばきに匹敵(ひってき)するほど速く、人間の肉眼では捉えられない動き。


 それが一瞬のうちに行われたのだ。


 やはり今回も、白虎の動きを目にすることができたのはライラだけだった。


 だが、彼女は何が行われたのかを認識できても、それを止めることはできなかった。


 白虎の口には、いつの間にか、噛み千切られたバリーの機械仕掛けの右前腕部が咥えられていたのだ。


 以前にも説明したが、バリーは右腕の肘から先を、白虎との戦いで失っている。


 不死身の再生能力を誇るバリーの肉体であっても、天敵ともいえる神獣・白虎の牙によってつけられた傷だけは、再生することができなかった。


 それ以降、バリーは失った右腕に、機械化されたパーツを装備していた。


 それらは交換可能なアタッチメント式になっており、目的や用途に応じて取り替えることができる。


 今回の作戦で使用した『荷電粒子砲』ユニットや『電動式ミニガン』ユニットも、そうした交換パーツの一つだった。


 『黒鉄の翼』との空戦でミニガンが使用不能になったため、それを外して飛び降りる際、ライラが相棒であるバリーのために持ち出してきたのが、『汎用(はんよう)型マシンアーム』だったのである。


 そして今、白虎がバリーの右腕から噛み千切ったのが、この汎用型『機械義手(マシンアーム)』だった。


 この『汎用型マシンアーム』は、『荷電粒子砲』や『電動式ミニガン』のような武器として使われるよりも、バリーの普段の義手として用いられるパーツだった。


 先ほど『ロシナンテ』を持ち上げた際にも、その威力を発揮している。


 通常の右腕として、さまざまな作業をこなすことも可能だ。


 しかも、特殊チタン合金製のこの義手は、バリーの怪力によって使用されれば、工事用重機以上の威力を発揮する。


 格闘戦に用いれば、戦車の装甲を大きく凹(へこ)ませるほどのパンチを生み出す。


 それほどまでに頑丈な代物だった。


 その特殊チタン合金製の『機械義手(マシンアーム)』を――。


 白虎は、一瞬にして噛み千切ってしまったのだ。


 バリーの生身の腕と『機械義手(マシンアーム)』の接合部分は、残ったままだった。


 つまり白虎は、堅牢な特殊チタン合金部分を、自前の牙だけで切断したことになる。


 恐るべき、白虎の牙……。


 白虎は大きく首を振ると、口に咥(くわ)えていた『機械義手(マシンアーム)』を遠くへ放り投げた。


 そして、ライラに向かって言った。


「次は手加減抜きで、バリーの生身(なまみ)の部分を噛み千切ってやるぜ。


 俺の牙にかかったら、バリーの運命がどうなるか……分かってるよな?」


「アンタがその気なら、こっちだって!」


ギャギャギャッ! ブオオオオオーッ!


 突然ライラの背後で爆音が響く。


 ライラが『オレイカルコスの鞭』を握ったまま、『ロシナンテ』を振り返った。


 その直後――。


 鳳が、『ロシナンテ』をバックで急発進させた。


 前方に立っていたライラから、『ロシナンテ』が急速に後退し、遠ざかっていく。


「ちぃ! 待ちやがれ!」


 ライラが歯ぎしりしながら、『ロシナンテ』を追おうとした。


 その時だった。


キュイーンッ! ズッドーンッ!


 ライラと『ロシナンテ』を結ぶ直線上。


 その中央付近の地面が、突然爆発した。


 半径二メートルにも及ぶ範囲の雪と大量の土砂が、一気に吹き飛ぶ。


 まるで戦車の砲弾が飛来し、炸裂したかのような光景だった。


 いったい何が起こったのか。


 ライラだけでなく、その場にいた誰にも分からなかった。


『ライラ! 次は、この”超電磁加速砲(レールガン)”をアナタに当てるわよ!』


 突然の地面の爆発に続き、上空からスピーカーを通した女性の声が響いてきた。


 地上にいた全員が、空を見上げる。


 吹き荒れる吹雪の中で静止飛行(ホバリング)していたのは、光学迷彩を施していない『黒鉄の翼(くろがねのつばさ)』。


 真っ黒な機体だった。


 『黒鉄の翼』は、先ほどライラたちの乗っていた『ブラックホーク』との戦闘で見せた『白銀の翼(しろがねのつばさ)』から、本来の姿へと戻っていた。


「またお前か!


 この女(アマ)、アタシに命令しようってのか!?


 この神速のライラ様が、そんな腐れダマに当たってたまるかよっ!」


 ライラは余裕たっぷりの表情で不敵に笑いながら、上空に浮かんだ『黒鉄の翼』を見上げて叫んだ。


『確かに、アナタの神速の動きなら、当たらないでしょうね』


 上空から聞こえる声は、冷ややかだった。


『でも……うちの所長の足元で地面に這(は)いつくばっている、あなたの相棒のバリーの方はどうかしら?』


 風祭聖子(かざまつり せいこ)の声が、吹雪の中に響く。


『いくら不死身のバリーだって、この距離で超電磁加速砲(レールガン)の直撃を喰らって木っ端微塵(こっぱみじん)になったら、元通りにくっついて再生するには、さぞかし時間がかかることでしょうね』


 上空から聞こえる聖子の声は、怒り狂うライラとは対照的に、どこまでも冷ややかだった。


「くっそお……バリーのマヌケめ!」


 ライラは、白虎に前脚で押さえつけられ、地面に横たわるバリーの方を振り返った。


「このアタシが、あんな人間のクソ女に……一晩に二度も舐められるなんて……」


 誇り高い彼女は、妖しくも魅惑的な唇を血が滲むほど噛みしめ、悔しがった。


 その胸の内は、腸(はらわた)が煮えくり返るような思いだったに違いない。


「ううむ……」


 そんなライラを見ながら、白虎が呟いた。


「お前の妹のライラといい、うちの聖子君といい……どっちも飛び切りの美女なのに、女の戦いほど恐ろしいものはないぜ。


 そう思わないか、バリー?」


 白虎が、自らの前脚一本で地面に押さえつけているバリーに語りかける。


「ブ……ブモオ……」


 バリーが呻き声で答えた。


 どうやら、賛成しているらしい。


 この状況においても、その点に関してだけは、バリーも白虎に同感のようだった。


     ********


キュラキュラキュラッ! ガガガガガガーッ!


 巨大な重機の無限軌道が凍てついた地面を削り取りながら力強く回転した。


「くっそお! このクソユンボ野郎があっ!」


 白虎たちから少し離れた場所では、SIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の安田巡査が運転する、重量十三トン余りの油圧ショベルと、巨大な蜘蛛(くも)型の姿をした怪物ヒッチハイカーとの間で、重機対巨大魔獣という超重量級の戦闘が繰り広げられていた。


 すでに怪獣とでも呼ぶべき巨大な存在と化したヒッチハイカー。


 その怪物が、SIT隊長の長谷川警部とウインドライダーの伸田(のびた)を追おうとするのを阻止するため、安田は製材所の敷地から大型トレーラーごと持ち出されていた油圧ショベルで攻撃を仕掛けたのだ。


 安田は、〇✕県警に採用される前、陸上自衛隊に勤務していた。


 そこで特殊車両の免許を取得し、運転技術も身につけていたのである。


 彼には戦車の運転経験さえあった。


 しかし、陸上自衛隊の駐屯地(ちゅうとんち)でもない山中に、戦車が存在するはずもない。


 そこで、パワーだけでも怪物に対抗するため、製材所の敷地内に油圧ショベルを積載したまま駐車されていた大型トレーラーを、長谷川警部と安田巡査という二人の現役警察官が、無断で拝借(はいしゃく)してきたのである。


 その大型トレーラーは、長谷川が怪物ヒッチハイカーに対して特攻を仕掛けたことで、大破炎上してしまった。


 しかし、油圧ショベルに搭乗した安田巡査は、いつでも動き出せるようエンジンをかけたまま、少し離れた地点で状況を窺(うかが)っていたのだ。


ギリギリギリッ!


ギシギシッ!


 ヒッチハイカーの巨大な前脚二本を受け止めている油圧ショベルのアームが、悲鳴を上げていた。


 掘削用(くっさくよう)アームのブームと呼ばれる部分を動かす油圧ダンパーが軋(きし)み、俗に「キャタピラ」と呼ばれる足回りの無限軌道(クローラー)が、雪の積もった地面で空回(からまわ)りを起こしている。


 安田の操る油圧ショベルは、ヒッチハイカーを前方へ押し返そうとしていた。


 しかし、実際には怪物の圧倒的な力によって、逆に押し返されていたのだ。


 ヒッチハイカーの力は、すでに重機である油圧ショベルの馬力をも上回っていた。


 この巨大な蜘蛛型をした怪物の動きを止めるには、さらに大型の重機か、戦車のような陸戦型機動兵器を持ち出して立ち向かうしかない。


 もちろん、この場にそんな便利な代物(しろもの)が存在するはずもなかったが……。


「くっそおっ!」


 安田は、怪物をパワーで押し返すことを諦めた。


 そして、クローラーを逆回転させる。


 互いにがっぷりと組み合っていた状態から、急速後退して抜け出す。


 その直後、本体とクローラーの接続部にある旋回モーターを急回転させた。


 油圧ショベルのアーム先端に取り付けられた、鋼鉄製の掘削用バケットが、ヒッチハイカーの前脚めがけて水平に薙ぎ払われる!


バキバキ! グッシャーッ!


「ぐわあああっ!」


 胸の悪くなるような音と、怪物の悲鳴が周囲に響き渡った。


 緑色の体液を噴水のように撒き散らしながら、ヒッチハイカーの左前脚が、第二関節部から千切れ飛んだ。


 予想外の油圧ショベルの攻撃に怯んだ蜘蛛型の怪物へ、安田巡査は追い打ちをかける。


 掘削用バケットの鋭い先端部を前方に突き出したまま、急速に前進した。


「食らえっ! バケモノっ!」


ぐっしゅーッ!


 ヒッチハイカーから見て、左斜め前方。


 そこから特攻をかけてきた油圧ショベル。


 その鋼鉄製バケットの先端が、怪物の針金状の剛毛に覆われた、巨大な卵型の腹部へと半分ほど突き刺さった!


 またもやヒッチハイカーの体液が大量に噴き出し、吹雪の中を飛び散る。


 地面に降り積もった雪が、緑色に染まっていった。


「ぐっっぎゃああーっ!」


「やったか!?」


 はっきりとした手応えが、安田の握る操作レバーに伝わってきた。


 ヒッチハイカーの身体に突き刺さったバケット部からアームへ。


 そして油圧ショベルの運転席に乗る安田にまで、怪物の身体が痙攣(けいれん)するような振動が伝わってきたのだ。


「これは……ヤツの断末魔(だんまつま)の痙攣か……?」


 安田は、運転席を覆う強化樹脂製の風防越しに、頭上に位置する怪物の人間体部分を見上げた。


 目を閉じ、動きを止めている。


 ヒッチハイカーの人間形態を残した裸の上半身は、ブルブルと細かな痙攣を繰り返しているだけだった。


「ふううう……」


 安田は深いため息をついた。


 油圧ショベルを操作するため、力が入りっぱなしだった手足の緊張を、ゆっくりと解き始める。


 元来、アメフトを含めてスポーツ万能。


 さらにSITでの日々の訓練によって鍛え上げられた安田の肉体は、これまで極度の緊張によって、なんとか踏ん張っていた。


 しかし、積み重なる疲労。


 そして、厳寒の吹雪の中で奪われ続ける体温。


 その身体は、すでに限界を超えていたのだ。


「へっ……へへへ……いい線いってたぜ、お巡りさんよお」


 うつ向いていた安田は、自分の耳を疑った。


 頭上から聞こえた、嘲笑の響きを帯びた声。


 その声の主を確かめるため、安田が顔を上げる。


 その顔に、恐怖の表情が浮かんだ。


 とどめを刺せたと思っていたヒッチハイカーが、閉じていた目を開いていた。


 そして、安田を見下ろしながら薄笑いを浮かべていたのだ。


「たしか、お前はチェーンソーで俺の太ももをぶった斬ったポリ公だったよなあ。


 今度はユンボまで持ち出してきやがって。


 お前の警察官としての執念と根性は認めてやるぜ。


 だが……相手が悪かったな」


 ヒッチハイカーは、ニヤニヤと笑いながら続けた。


「俺は人間を捨てちゃったからなあ。


 なかなか死ねないらしい」


 その声を聞いていた安田の感情は、次第に恐怖から怒りへと変わっていった。


 怒りが、疲弊していた安田巡査の闘志に火をつける。


 そして再び、彼の全身に力が呼び覚まされた。


「くっそお! もう一度だ!」


ギギギギーッ!


 安田はシフトレバーをリアに入れ、右足でフットペダルを思い切り踏み込んだ。


 油圧ショベルの車体が、急速に後退する。


 ヒッチハイカーの腹部に突き刺さっていた鋼鉄製のバケットが、怪物の身体から引き抜かれた。


ぐぼっ!


 再び、胸の悪くなるような音が響いた。


 緑色の体液を撒き散らしながら、怪物の身体から抜き取られたバケットが前方へ突き出される。


 安田はそのまま、クローラーを全力で前進させた。


「もう飽きたんだよ、ポリ公!」


キン、キン、キンッ!


 ヒッチハイカーが喚き声を上げるのと同時に、金属同士をぶつけたような音が三回響いた。


ドシーンッ!


ガガガガガガッ!


 何が起こったのか、安田には分からなかった。


 突然、力を失った油圧ショベルの重い掘削用アームが、地響きを上げて地面に倒れ込んだ。


 重量バランスを失ったため、油圧ショベルの後方部分が浮き上がる。


 クローラーが、空中で虚しく回転した。


 車体の後方が浮き上がったことで、運転席にいた安田の身体はシートから離れ、不自然な格好のまま操作盤に押し付けられた。


「な、何だ!? 何が起こったんだ!?」


 ヒッチハイカーの人間形態の左腕から伸びる触手。


 その先端部が変形した、金属さえも簡単に切り裂く刃(やいば)。


 その刃が、油圧ショベルの掘削用アームを支持し、動かすための油圧ダンパーの金属製シャフト四本を、一瞬にして切断したのだった。


 支えを失った前方のアームは、自らの重量に耐えられず地面へと倒れ込んだ。


 その結果、安田の乗る運転席側の本体部分がバランスを失い、前のめりの状態となったのだ。


 浮き上がったクローラーは空中で回転するだけ。


 安田の油圧ショベルは、後退して逃げることすらできなくなっていた。


「くそっ! これまでか……」


 安田は床に置いてあった、SITの主要装備であるSMG(サブマシンガン)を拾い上げた。


 そして、外で戦うために運転席のドアを開け、飛び出そうとした。


ガシャッ! ガシャガシャ!


 しかし、安田の意に反して、いくら把手(とって)を動かしても運転席のドアは開かなかった。


「はっはははははあーっ!


 逃がすかよ、ポリ公!


 お前はその運転席の中に閉じ込められたまま、ペシャンコだ。


 覚悟しな!」


メキメキッ! バキバキバキッ!


 ヒッチハイカーは、残った七本の脚のうち右前脚で運転席のドアを押さえつけた。


 そして、他の脚も安田を乗せたままの油圧ショベルへと絡みつかせていく。


 鋼鉄製のフレームがへしゃげた。


 透明だった強化樹脂製の風防が圧力を受けて白濁し、そこへ幾つもの細かな亀裂が走っていく。


 ヒッチハイカーは、恐るべき力で抱え込んだ油圧ショベルの運転席を、乗っている安田ごと圧壊させようとしていた。


「やめろ! やめてくれえええっ!


 うわああああぁーっ!」


メキメキメキメキッ!


 やがて、ヒッチハイカーの数本の脚に包み込まれた運転席部分は、完全に見えなくなった。


「ぎゃああああぁーー!!」


 吹雪の中に、安田の上げる絶叫だけが響き渡った。


     ********


「長谷川隊長! 『夕霧橋(ゆうぎりばし)』が見えてきました! もうすぐです。


 あの近くに鳳(おおとり)さんや島警部補たちがいるはずです!」


 ウインドライダーシステムをフル稼働させ、SIT隊長である長谷川警部を両腕で抱えながら飛行する伸田(のびた)。


 彼の視界に、『夕霧谷(ゆうぎりだに)』一帯と、そこを流れる『木流川(きながしがわ)』に架かる『夕霧橋』が見えてきた。


「ああ、私にも見えるよ。


 足手まといで済まない、伸田君……」


「何を言ってるんですか、長谷川隊長。


 もうすぐですよ」


 弱気になり、恐縮する長谷川を力づけながら、伸田は『夕霧橋』を目指して飛び続けた。


『早く戻らないと……安田さんがヒッチハイカーにやられちゃう……』


 伸田は心の中で、自分たちを逃がすため、油圧ショベルで怪物を引き留めた安田巡査の無事を案じていた。


『今のヒッチハイカーの巨大さとパワーに、あの油圧ショベルでどれだけもつか……。


 僕が早く戻らないと』


 長谷川に対しては、落ち着いた態度を見せている。


 だが、伸田の内心は、安田の身が心配でならなかったのだ。


     ********


「警告(アラート)!


 南西方向の低空より、『夕霧橋』に接近する飛行物体あり。


 味方機です。


 識別信号より、試作型(プロトタイプ)『wind rider(ウインドライダー)』初号機と判明。


 伸田氏が装着した機体です。


 もう一名の人間と共に、こちらへ向けて飛行中……。


 超望遠カメラで姿を捉えます」


 突然、『ロシナンテ』車内に、車載型自立思考人工知能(AI)である『ロシーナ』の声が響き渡った。


「伸田君だと?


 いったい、彼は誰と一緒だというんだ……?」


 運転席に座る鳳が、首を傾げながら呟いた。


 だが、その疑問はすぐに解けた。


 超望遠カメラが捉え、液晶モニターに映し出された映像。


 そこに映っていた人物を見て、島警部補が叫んだ。


「あっ! あれは、うちの長谷川隊長だ!」


 後部座席に座る島は、液晶モニターに拡大された飛来者の姿を見つめていた。


 その隣に座る静香も、両手を組み合わせたまま、モニターに映る映像に見入っている。


「なんで彼が伸田君と一緒なんだ……?」


 運転席の鳳は、まだ納得できないというように首を捻って呟いた。


 この時、『ロシナンテ』の車内にいた三人は、知らなかったのだ。


 自分たちから少し離れた場所で、伸田と二人のSIT隊員たちが、壮絶な戦いを繰り広げていたことを――。


     ********


「ん? 伸田が戻って来たようだな」


 バリーの身体を前脚で俯せに押さえつけたまま、白虎が呟いた。


「ありゃ……何だい? ちっこいのがこっちに向かって飛んで来やがった。


 人間を一人、抱えてるようだね……」


 白虎と同じように、ライラもウインドライダーの方へ視線を向けた。


 この人外の者たちは、航空監視レーダーや望遠カメラなど必要としない。


 数百メートル離れた吹雪の中を飛ぶウインドライダーシステム。


 そのドローンのプロペラを回転させるモーター音さえ聞き取る、驚異的な聴力。


 そして、吹雪の中を飛行する機体を目視できる、常人離れした視力を備えていたのだ。


「おっと、アイツにも手を出すんじゃないぜ。


 あれも俺の連れだ」


「はん! お友達の多いこった。


 分かったよ。


 ホントなら皆殺しにしてやりたいところだけど、今は我慢してやる」


 ライラの口にした物騒な台詞は、冗談などではなかった。


 彼女がその気になれば、この場にいる白虎以外の人間たちは、簡単に皆殺しにされてしまうだろう。


 これまでの付き合いから、それを十分に承知している白虎は、ライラに対して一刻も気を抜くことができなかった。


     ********


「ん? 白虎さんの足元に巨漢が一人倒れてる。


 それに、少し離れた場所で向かい合っている魅力的な女の人……。


 どうやら、二人とも敵のようだけど……いったい、ここで何が起こってるんだ?」


 ようやく『ロシナンテ』の傍までたどり着いた伸田は、車内から出てきた三人の前に、両腕で抱えていた長谷川警部の身体をそっと下ろした。


「隊長! 大丈夫ですか!?」


 長谷川の身を心配して駆け寄った島が、地面にしゃがみ込み、上司の安否を確認する。


「ああ、私は大丈夫だ。


 伸田君と安田に助けられた。


 私のことよりも、安田が怪物と戦っているんだ。


 頼む、一刻も早くヤツを助けてやってくれ」


 地面に座り込んだままの長谷川が、部下である島警部補にすがるようにして必死に訴えた。


「何ですって!? 安田が!?」


 島を含む三人が、長谷川と伸田の二人を交互に見つめながら、同時に声を上げた。


「僕は安田さんを助けに戻ります。


 シズちゃん、すまない。


 待っててくれるね?」


 伸田は、逢いたくてたまらなかった愛しい恋人・静香に、それだけを告げた。


 本当なら、互いの無事を喜び、力強く抱きしめたかった。


 優しい言葉をかけてやりたかった。


 もう二度と、彼女から離れたくはなかった。


 だが、自分たちを逃がすため、命懸けでヒッチハイカーと戦っている安田を見殺しにするわけにはいかない。


 悲しいけど、これは僕の戦いなんだ。


 死んでいった仲間たちのためにも。


 そして、自分自身のためにも……。


 伸田は、言葉にこそしなかった。


 だが、その強い思いを胸に抱きながら静香を見つめる彼の目は、不思議なほど澄み切っていた。


 その愛しい恋人の目が自分に訴えかける思いを、静香は確かに読み取った。


 彼女は伸田の目をしっかりと見返したまま、何も言わずに大きく頷く。


 心の通じ合った二人に、それ以上の言葉は必要なかった。


「行くんだな、伸田君?」


「安田を助けてやってほしい。


 頼みます」


 鳳と島が、それぞれ伸田に声をかけた。


「はい。


 必ず安田さんを助けます」


 伸田は、二人に向かって力強く頷いた。


『待ちなさい、伸田君』


 伸田が被るウインドライダーシステムのヘルメット。


 その内部に組み込まれた通信デバイスから、女性の声が聞こえてきた。


 新宿カブキ町の『千寿探偵事務所』で秘書を務める、風祭聖子の声だった。


「聖子さん……?」


『そのままじゃ、ウインドライダーシステムのバッテリー残量が心許ないわ。


 そんな状態じゃ、ヒッチハイカーと戦うどころじゃない。


 一度、”黒鉄の翼(アイアンウイング)”に戻って。


 フル充電された予備のバッテリーパックがあるから、それに換装し直しなさい。


 それに、現場まで送ってあげるわ』


「でも、今ここで『黒鉄の翼』までいなくなったら……」


 伸田はライラとバリーを交互に見ながら、心配そうに聖子へ言い返した。


 その時だった。


「ぐわおおおおおーっ!」


 突然、大地を揺るがすような猛獣の雄叫びが響き渡った。


 その場にいた全員が仰天し、雄叫びの上がった方を振り返る。


「びゃ、白虎さん!?」


「小僧っ!


 てめえ、俺を誰だと思ってやがる!」


 白虎は、伸田に向かって吠えた。


「『黒鉄の翼』がいなくなったって、こんなチンピラ二人組ごときに俺が後れを取るはずがねえだろうが!」


 そして、白虎は力強く言い切った。


「安心しろ!


 お前の大事な人は、俺が必ず守ってやる。


 だから、友達を助けて来い!


 それに、今度こそヒッチハイカーにとどめを刺すんだぞ!


 早く行けっ!」


 先ほどの雄叫びほどではない。


 それでも、遠くまで響き渡る白虎の声が、伸田たち全員の耳に痛いほど突き刺さった。


「分かりました、白虎さん!」


 伸田は力強く答えた。


「静香を……僕の未来の妻と、彼女のお腹の子を頼みます!」


 そう言った伸田は、もう一度静香に向かって微笑みかけた。


 そして、力強く頷く。


 鳳と島、そして長谷川にも手を振ると、上空で空中停止飛行(ホバリング)している『黒鉄の翼』へ向かって飛び立った。


 吹雪の中を上昇していくウインドライダーを見上げながら、白虎がニヤリと不敵な笑みを浮かべて呟いた。


「頼まれたぜ。


 任せろ、相棒……」




【次回に続く……】

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