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ヒッチハイカー  作者: 幻田恋人


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第24話「どうしても南へ行きたいんだ…㉒『恐るべき空飛ぶ怪物!! 白虎の危機に現れし魔槍”妖滅丸”!』」

『マスター。

 ヒッチハイカーを示す輝点は”黒鉄の翼(くろがねのつばさ)”の真下です。速度は”木流川(きながしがわ)”の濁流とほぼ一致しています。しかし、生体反応は感知できません。


 ”式神弾(しきがみだん)”に仕込まれたマイクロGPS発信装置だけが、川を流されているものと思われます。


 ヒッチハイカーの肉体は、すでに消滅した可能性が高いでしょう』


 『黒鉄の翼』に搭載された完全独立思考型AI『スペードエース』が、美しい女性の声で報告した。


「分かった……。たぶん、お前の分析通りなんだろう。だが……」


 そこで千寿 理(せんじゅ おさむ)は言葉を切った。


「だが……? どうしたんですか、千寿さん」


 後部座席の伸田(のびた)が問いかける。


「ああ……何となく嫌な感じがしてな」


 千寿は前方を見据えたまま、小さく息を吐いた。


「説明は難しい。野生の勘ってやつだ。


 俺はいつも不死身ってわけじゃない。完全な不死身になれるのは、満月を挟んだ三日間だけだ。


 その俺が、この勘だけを頼りに何度も死線をくぐり抜けてきた。


 だから今回は、スーパーコンピュータに直結したAIより、自分の勘を信じる」


 普段は冗談ばかり口にする千寿が、自らの弱点まで包み隠さず語る。


 その真剣な横顔に、伸田は思わず息をのんだ。


「……その勘は、何て言ってるんです?」


 そう尋ねながらも、伸田自身も薄々気づいていた。


 ヒッチハイカーは、本当に死んだのだろうか。


 確証はない。


 理由も説明できない。


 それでも胸の奥で何かが警鐘を鳴らし続けていた。


「やけに聞くじゃねえか」


 千寿がニヤリと笑う。


「お前が心の中で感じてることと、たぶん同じだ」


 その瞬間だった。


ガガガガガンッ!!


ビシッ! ビシビシッ!!


「うわっ!!」


 『黒鉄の翼』全体が激しく揺れた。


 何かが猛烈な勢いで機体へ叩きつけられたのだ。


 まるで機関銃を一斉射撃されたような衝撃だった。


『警告!


 当機右後方より正体不明の飛行物体(UFO)接近!


 現在の攻撃は、その未確認飛行物体によるものです。


 なお、命中した物体は金属弾ではありません。


 超圧縮された液体が高圧で撃ち込まれています。


 成分は、先ほどヒッチハイカーが使用した猛毒性溶解液と極めて類似しています!』


 AIスペードエースの警告がコクピットに響く。


「やっぱりか!」


 千寿が叫んだ。


「俺たちの嫌な予感は当たった!


 あの野郎、生きてやがった!


 しかも……空まで飛びやがる!」


 同時に『黒鉄の翼』が急上昇した。


 濁流を追っていた速度から一気に最大加速。


 機体が空へ向かって駆け上がる。


「うっ……!」


 強烈なGが伸田の身体をシートへ押しつける。


 息が詰まり、胃が持ち上がるような感覚に襲われた。


 その直後――


ガガガガガッ!!


 二度目の衝撃が機体を襲う。


「また来た!」


 伸田は悲鳴を上げた。


「せ、千寿さん! 『黒鉄の翼』は大丈夫なんですか!? 溶けたりしませんか!?」


「安心しろ!」


 千寿は笑った。


「この機体は特殊チタン合金製だ。


 『ヒヒイロカネ』ほどじゃねえが、地球上でも最高クラスの強度と耐食性を持ってる。


 あれくらいの酸じゃビクともしねえ!」


「す……すごい……」


 返事はしたものの、伸田にはそれどころではなかった。


 猛烈なGで今にも吐きそうだった。


(絶対に吐くな……!)


 前の座席には千寿がいる。


 もしここで吐けば――


(白虎になった千寿さんに噛み殺される……)


 そんな情けない最期だけは絶対に嫌だった。


 歯を食いしばり、必死に吐き気を耐える。


「野郎……調子に乗りやがって!」


 千寿が操縦桿を握り直した。


「スペードエース!


 超電磁加速砲(レールガン)、発射準備だ!」


『マスター。現在のヤツの飛行速度では照準が追いつきません。


 敵の機動性は予測不能です。


 まるで昆虫――トンボのような飛行性能です』


「ははっ!」


 千寿が笑う。


「いい例えだ。


 蜘蛛だった野郎が、今度はトンボに化けやがったってわけだ!」


 伸田は後方カメラの映像を見つめた。


 そこに映っていたのは、人の上半身を残したまま巨大な四枚羽を生やした異形。


 高速で羽ばたく四枚の翅(はね)は、吹雪を切り裂きながら自由自在に空を舞っている。


 その姿は、まさしく巨大なトンボの怪物だった。


 まだ夜明け前の空は暗い。


 吹雪の中、『黒鉄の翼(くろがねのつばさ)』はヒッチハイカーを振り切ろうと機体を左右へ激しく振りながら飛び続けていた。


 しかし――


 巨大なトンボへと変貌したヒッチハイカーは、まるで機体に吸い付くように後方へ張り付き、その距離をまったく離そうとしない。


「駄目だ……ヤツの方が機動性が上だ。

 振り切れねえ!」


 千寿が舌打ちする。


ヴイィィィィィ――ッ!


 四枚の巨大な翅(はね)が空気を切り裂く甲高い羽音。


 その振動は吹雪を吹き飛ばしながら、『黒鉄の翼』へ猛烈な勢いで迫ってくる。


 『黒鉄の翼』は、二対のティルトローターを備えたVTOL機(垂直離着陸機)だ。


 攻撃ヘリほどの旋回性能こそないものの、その飛行速度ははるかに勝る。


 だが――


 空を自在に舞うヒッチハイカーは、その機動力でも速度でも『黒鉄の翼』を上回っていた。


ヴヴィィィィィ――ッ!


 羽音が、今度はキャノピー越しにもはっきり聞こえた。


「……え?」


 伸田は手元のモニターへ目を落とした。


 そこに映っていたヒッチハイカーの姿が、突然消えていた。


「どこへ……?」


 後方カメラの死角に入ったのか。


 そう思った、その時だった。


コン……コンコン……


 頭上から、小さな音が聞こえた。


 誰かがキャノピーを指先で軽く叩いているような、不気味な音だった。


 恐る恐る顔を上げた伸田は――


「う、うわあああっ!!」


 悲鳴を上げた。


 透明な強化キャノピー越し。


 ほんの十数センチ先に、ヒッチハイカーの顔があった。


 四枚の翅で機体と同じ速度を保ち、ぴたりと『黒鉄の翼』の上へ張り付いている。


 そして伸田の目を覗き込みながら、不気味に口元をゆがめた。


 ――ニヤリ。


 その笑みだけで全身の血が凍りつく。


「ちぃっ!!」


 千寿が叫ぶ。


「調子に乗るな、この野郎!」


 操縦席の前方キャノピーを指差した。


「『スペードエース』!


 前部キャノピーを開けろ!


 俺が外へ出る!」


『了解(ラジャー)


 どうかご無事で、マスター!』


 前席のキャノピーが前方へスライドして開く。


 密閉されていたコクピットへ、一瞬で猛烈な風が流れ込んできた。


「うっ……!」


 空気が奪われる。


 息ができない。


 吹雪が容赦なく顔へ叩きつけられた。


 その中で伸田が見たのは――


 最初に飛び込んできたのは、青白い光だった。


 操縦席の千寿の身体が、淡く輝き始める。


 浅黒い全裸の肌を覆うように、純白の剛毛が一気に生え広がっていく。


 筋肉が盛り上がり、骨格が変わる。


 人間の身体が、神獣へと姿を変えていく。


 それが、白虎への獣人化現象(ゾアントロピー)だった。


 伸田は白虎の正体を知っている。


 だが、その変身を間近で見るのは初めてだった。


 常識では考えられない光景。


 それなのに、不思議と恐怖は感じなかった。


 むしろ――


 美しかった。


 吹雪の中で青白く輝くその姿は、人が獣へ変わるというより、神話の一場面を見ているようだった。


 息をのむほど神々しい。


 数秒後。


 変身は静かに終わった。


 そこにいたのは、人間・千寿 理(せんじゅ おさむ)ではない。


 白銀の毛並みをまとった神獣――


 白虎だった。


「ぐわおおおおおおお――ッ!!」


 機体を震わせる咆哮が夜空に響いた。


 その一声だけで、吹き荒れる吹雪が押し返される。


 伸田は思わず息をのんだ。


 神獣・白虎――


 今、この状況でこれほど頼もしい存在はなかった。


 白虎は操縦席の縁へ軽々と飛び乗る。


 猫科の獣らしい、しなやかな身のこなし。


 次の瞬間には、その巨体が機外へ躍り出ていた。


 同時に、開いていた前部キャノピーが静かに閉じる。


 吹雪の侵入が止まり、伸田はようやく息をついた。


 しかし、その安堵は一瞬だった。


(白虎さんは……外にいる……)


 高度数百メートル。


 猛吹雪。


 そして、飛行中の機体。


 白虎にはヒッチハイカーのような翅も翼もない。


 もし足を滑らせれば、そのまま木流川へ真っ逆さまだ。


「千寿さん! 無茶です!」


 伸田はキャノピーを拳で叩き、大声で叫んだ。


 もちろん、その声が外まで届くはずもない。


 それでも叫ばずにはいられなかった。


ヴィィィィィィ――ッ!!


 耳をつんざく羽音。


 巨大なトンボと化したヒッチハイカーが、一気に白虎へ迫る。


バシュッ!!


 一瞬だった。


 尾の毒針から放たれた超圧縮の毒液が、白虎の背中へ直撃する。


ジュウウウ……


 白銀の毛皮が黒煙を上げた。


 強酸性の毒液が、毛皮を焼き焦がしていく。


 だが――


「へっ!」


 白虎は鼻で笑った。


「見た目は変わっても、攻撃は相変わらずだな。


 その毒じゃ俺は倒せねえ。


 蜘蛛だった頃に、もう証明済みだろうが!」


 強気に言い放つ。


 しかし現実は厳しい。


 白虎が戦える場所は、『黒鉄の翼』の機体上だけ。


 ほんの数メートル四方しかない。


 一方、ヒッチハイカーは空を自由自在に飛び回る。


 飛び道具を持たない白虎には、届かない。


(どうするんだ……)


 伸田は歯を食いしばった。


 安全なコクピットの中から見守ることしかできない。


 その無力さが胸を締めつける。


「ひひひ……!」


 ヒッチハイカーが笑う。


「飛行機に乗らなきゃ飛べない貴様が、この俺に勝てると思うか?


 そのまま何もできず、じわじわ死ぬがいい!」


 直後――


ドドドドドドッ!!


 またしても毒液が機関銃のように連射された。


 白虎は狭い機体上を縦横に跳び回る。


 一発、また一発と紙一重でかわしていく。


 しかし、すべては避けきれない。


ジュッ!


ジュウウッ!


 毛皮のあちこちが焼ける。


 白煙が立ち上り、焦げた臭いが風に流れた。


「くっ……!」


 伸田は拳を握る。


 目の前で白虎が傷ついていく。


 それなのに、自分には何もできない。


 悔しかった。


 情けなかった。


 『黒鉄の翼』の速度では振り切れない。


 レールガンも、この距離では照準が追いつかない。


 空対空ミサイルも撃てない。


 敵の飛行能力は、それほどまでに圧倒的だった。


「くそぉっ!!」


 伸田はキャノピーを叩いた。


ドン!!


ドンドンッ!!


 何度叩いても、状況は変わらない。


 その時だった。


「スペードエース!」


 白虎が叫ぶ。


「このままじゃ手が出ねえ!


 『妖滅丸(ようめつまる)』を寄こせ!!」


『了解(ラジャー)!』


 スペードエースが即座に応じる。


『ミスター伸田(のびた)!


 あなたの足元にある棒を取ってください!


 それを急いでマスターへ!』


「棒……?」


 伸田は足元を見下ろした。


 その時だった。


カタ……


カタカタカタ……


 床の隅に転がっていた一本の棒が、小刻みに震え始めた。


 まるで――


『ここにいる』


 そう訴えているかのように。


「これ……?」


 伸田は身をかがめ、棒を拾い上げる。


 長さは六十センチほど。


 太さは手首ほどしかない。


 一見すれば、ただの棒だ。


 だが、手にした瞬間、その印象は一変した。


「……っ!」


 軽い。


 驚くほど軽い。


 しかも、不思議なほど手になじむ。


 木にも見える。


 だが金属のような冷たい感触もある。


 何でできているのか、まったく分からない。


 そして――


 ほんのわずかだが、棒の奥から冷気のようなものが伝わってきた。


 それは肌の温度ではない。


 もっと内側へ入り込んでくるような、不気味な気配。


 禍々(まがまが)しさと神秘性が同居した、不思議な感覚だった。


「これ……でいいんだよね?」


 棒を掲げながら尋ねる。


『はい』


 AI『スペードエース』が答える。


『それこそが、持ち主の意思によって自在に伸縮する如意魔槍(にょいまそう)――


”妖滅丸(ようめつまる)”です』


 伸田は思わず棒を見つめ直した。


「これが……『妖滅丸』……」


『魔界に生まれ、鍛え上げられた魔槍です。


 マスターはミスター青方 龍士郎《あおかたりゅうしろうより譲り受けました。


 魔界の生物に対して絶大な力を発揮する武器です。


 それがあれば、現在の戦況を覆せます』


 その声には、いつもの冷静さだけではない。


 どこか期待を込めた響きがあった。


『急いでください!


 ”妖滅丸”をマスターへ!』


 その言葉と同時に、前部キャノピーがわずかに開く。


 隙間は十センチほど。


 そこから温かい空気が一気に吸い出され、代わりに吹雪が容赦なく吹き込んできた。


「白虎さん!」


 伸田は身を乗り出す。


「これを!」


 棒――いや、『妖滅丸』を差し出す。


 その時だった。


「おお!」


 白虎が振り向いた。


 敵から目を離したのは、ほんの一瞬。


 それでも迷いはない。


 猫科の獣らしいしなやかな動きで身体をひねると、伸田の手から『妖滅丸』を鋭い牙で受け取った。


「待ってたぜ!」


 その声と同時に――


シャキィィン!!


 妖滅丸が眩い光を放った。


 六十センチほどだった棒が、一瞬で前後へ伸びる。


 柄は長く。


 先端に鋭い穂先が現れる。


 あっという間に、全長一・八メートルほどの槍へと姿を変えた。


 吹雪の中。


 白虎は巨大な魔槍を口にくわえ、悠然と立っている。


 その姿はまるで、古(いにしえ)の戦神だった。


 伸田は思わず息をのむ。


「あれが……


 魔槍『妖滅丸』……」


『そうです、ミスター伸田』


 スペードエースが静かに続ける。


『マスターは、あまりこの武器を使いたがりません。


 ですが、魔槍”妖滅丸”は、神獣・白虎のために造られたと言っても過言ではない武具です。


 別の神獣――青龍(せいりゅう)より託された槍なのです』


 吹雪の中。


 白虎は『妖滅丸』をくわえたまま、ヒッチハイカーと向かい合っていた。


 その姿には、先ほどまでの劣勢はもう感じられない。


 まるで戦局そのものが変わろうとしていた。


     ********


「……あの槍は、何なんですか?」


 万能装甲戦闘車『ロシナンテ』の車内。


 モニターへ映し出される戦闘映像を見つめながら、島警部補が静かに尋ねた。


 映像は、隠密追跡型ドローン『ハミングバード』から送られてきている。


 トンボのような速度で飛び回るヒッチハイカーを追えるのは、この小型ドローンだけだった。


 だが、偵察専門の機体である以上、攻撃能力は持っていない。


 鳳は画面から目を離さないまま答えた。


「あれは魔槍『妖滅丸』。


 千寿の切り札だ」


 短く言い切る。


 そして、ゆっくりと言葉を続けた。


「魔界の生き物を討ち、その血を穂先へ吸わせることで、その魔獣を槍へ封じ込める。


 封じた魔獣は、槍の持ち主が自在に使役(しえき)できる」


 島は思わず息をのんだ。


「そんな武器が……」


「ああ」


 鳳は静かにうなずく。


「過去には、幾人もの英雄の手を渡ってきた」


 その名を、一人ずつ口にする。


「ある時は真田幸村(さなだ ゆきむら)。


 そして、由井正雪(ゆい しょうせつ)……」


 歴史へ名を残した者たちが受け継いできた魔槍。


 今、その槍は千寿理の手にある。


「本来の力を引き出せるのは、おそらく千寿だけだ。


 あれは、神獣・白虎のために存在する武器だからな」


 鳳は小さく息を吐いた。


「だが……


 まさか今回の戦いで、『妖滅丸』まで使うことになるとは思わなかった」


 その声には、わずかな緊張が混じっていた。


 後部座席では、毛布に包まった静香が両手を胸の前で組み、祈るように映像を見つめている。


「ノビタさん……」


 その声は震えていた。


「お願い……。


 無事で帰ってきて……」


 島はそんな静香の肩へ、そっと手を置く。


「大丈夫だよ」


 娘へ語りかけるような優しい声だった。


「彼は必ず帰ってくる」


 鳳も静かに続ける。


「ああ。


 二人とも、必ずな」


 普段の冷徹な司令官とは違う。


 その言葉には、戦友を信じる男の温かさがあった。


 静香は涙を浮かべながら二人を見つめる。


 そして、小さくうなずいた。


「……はい」


 その瞳には、再び希望の光が宿っていた。


     ********


 吹雪の夜空。


 伸田の目の前で、信じられない光景が繰り広げられていた。


 白虎が首を激しく振るたび、口にくわえた『妖滅丸』が風を切る。


ヒュンッ! ヒュンヒュンヒュンッ!!


 槍は円を描き、高速で回転する。


 まるで巨大な扇風機の羽根だった。


ドドドドドドッ!!


 ヒッチハイカーが再び毒液を連射する。


 だが――


ブシュッ!


バシュッ!


 高速回転する『妖滅丸』は一発残らず毒液を弾き飛ばした。


 強酸性の毒液が穂先へ降り注ぐ。


 それでも槍は傷一つ付かない。


 鋼鉄すら溶かす毒液を浴びても、『妖滅丸』は揺らぎもしなかった。


「はぁ……はぁ……」


 ヒッチハイカーの呼吸が荒い。


 高速飛行と連続攻撃で、さすがに体力を消耗しているようだった。


 やがて毒液の連射が止まる。


 白虎は『妖滅丸』の回転を止め、余裕たっぷりに笑った。


「どうした?


 もう終わりか?」


 肩をすくめるように言う。


「俺はまだまだ元気だぜ」


 伸田は思わず目を見張った。


 毒液で焼かれ、焦げていたはずの白い毛並み。


 それがいつの間にか、完全に元へ戻っている。


 満月の力。


 その圧倒的な再生能力が、白虎を支えていた。


「うるさい!」


 ヒッチハイカーが怒鳴る。


「化け物め!」


「はっ!」


 白虎が鼻で笑う。


「その台詞だけは、お前に言われたくねぇな」


 命を懸けた死闘の最中とは思えないやり取りに、伸田は苦笑する余裕すらなかった。


 しかし、その軽口とは裏腹に、白虎の目だけは鋭い。


 獲物を狙う猛獣そのものだった。


「だったら、こっちから行くぜ」


 白虎は妖滅丸をくわえ直す。


「『妖滅丸』の本当の力を見せてやる」


 そう言って叫んだ。


「――出(い)でよ!


 飛妖『野衾(のぶすま)』!!」


 その瞬間だった。


 妖滅丸の穂先から、紫色の煙が噴き出した。


 紫煙は吹雪を押しのけながら夜空へ渦を巻き――


 その中から巨大な影が姿を現す。


「ギィィィィィィーッ!!」


「なっ!?」


 伸田は目を見開いた。


 現れたのは、人間など軽く包み込めそうな巨体。


 茶色い毛に覆われた身体。


 四肢の間には大きく広がる飛膜。


 長く太い尾。


 まるで巨大なムササビだった。


 その妖怪は『黒鉄の翼』の横へ並ぶように飛び、吹雪の中で悠然と空中停止する。


 白虎は『野衾』と呼ばれた妖怪の背にひらりと飛び移った。


「これでハンデは無くなったな」


 魔槍『妖滅丸』を咥えた白虎がニヤリと笑う。


「あれは、ムササビ……?」


 野衾を見た伸田は混乱した。


「まさか……


 あれも妖怪なのか……?」


 理解が追いつかない。


 『妖滅丸』から妖怪が現れるなど、想像すらしていなかった。


「ギャアアアアッ!!」


 『野衾』が口を大きく開く。


 次の瞬間――


 轟音とともに、灼熱の炎が吐き出された。


 燃え盛る炎が一直線にヒッチハイカーへ襲いかかる。


「うわっ!!」


 ヒッチハイカーは間一髪で身をひねり、火炎を回避した。


 炎は夜空を赤く染めながら吹雪を焼き払い、はるか彼方まで伸びていく。


「また変な化け物を出しやがったな!」


 ヒッチハイカーが叫ぶ。


 白虎は口元をゆがめた。


「簡単には焼きトンボにならなかったか」


 そして『妖滅丸』を構える。


「なら――」


 白虎の瞳が鋭く光った。


「伸びろ――『妖滅丸』!!」


 野衾の背で白虎が叫ぶ。


 その瞬間、『妖滅丸』の柄が唸りを上げて伸び始めた。


ギュンッ!!


 一直線。


 まるで生き物のように伸びた槍は、十数メートル先を飛ぶヒッチハイカーへ襲いかかる。


「なっ!?」


 ヒッチハイカーは反射的に身をひねる。


 穂先は胸をかすめ――


パリンッ!!


 左後方の翅を貫いた。


「ぎぃいいっ!!」


 甲高い悲鳴。


 砕け散った翅の破片が吹雪の中へ舞う。


 だが、傷は翅の先端だけだった。


 飛行能力への影響は小さい。


 ヒッチハイカーは体勢を立て直し、再び空中へ浮かぶ。


「ちっ……!」


 悔しそうに歯ぎしりする。


 一方の白虎は、悠然と槍を引き戻した。


 伸び切っていた柄が音もなく縮み、再び手元へ戻る。


「見たか」


 白虎が不敵に笑う。


「これが『妖滅丸』だ。


 俺の思うままに伸びる如意魔槍(にょいまそう)ってわけだ」


 ヒッチハイカーは黙って睨み返す。


 もう先ほどまでの余裕はない。


 伸縮自在の『妖滅丸』。


 そして、野衾。


 空を飛べないはずの白虎が、一気に空中戦へ対応してきたのだ。


「これで条件は同じだ」


 白虎は静かに言った。


「……いや」


 一歩踏み出す。


「本物の不死身である俺の方が、有利だな」


 吹雪が舞う。


 ヒッチハイカーは無言だった。


「お前が魔界の怪物になったのは、お前だけの責任じゃない」


 白虎はゆっくり続ける。


「そこは同情できる」


 その声には、わずかな憐れみがあった。


「だが、お前はその力で、人を殺しすぎた。」


 空気が変わる。


 白虎の瞳から笑みが消えた。


「心まで魔界へ堕ちた以上――」


 『妖滅丸』の穂先が静かに持ち上がる。


「もう、お前を生かしてはおけない」


 その宣告は静かだった。


 だからこそ重かった。


「覚悟しろ」


 吹雪の夜空に、その一言だけが響く。


 コクピットの中で伸田は息をのんだ。


(終わる……)


 長かった夜が。


 仲間たちの命を奪った悪夢が。


 ようやく終わる。


 剛士に須根尾(すねお)。


 エリにミチル。


 そして理不尽に命を落としたSIT隊員たち。


 次々と脳裏へ浮かぶ顔。


 伸田は静かに目を閉じた。


(みんな……)


(これで終わるよ)


 しかし、その瞬間だった。


 伸田はゆっくり目を開く。


 そして白虎の背中を見つめた。


「違う……」


 小さくつぶやく。


「終わらせるのは……」


 右手にはベレッタ。


 最後の一発となる式神弾。


 左手は腰のヒヒイロカネの剣を握る。


「白虎さんじゃない」


 静かに息を吸う。


「この僕だ」


「スペードエース」


 伸田は前を向いた。


「キャノピーを開けて」


 決意に満ちた声だった。


「僕も行く」


 返事は早かった。


『――了解』


 キャノピーがゆっくりと開いていく。


 吹雪が再びコクピットへ雪崩れ込む。


 その中で伸田は立ち上がった。


 最後の戦いへ向かうために――。

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