第20話「激突!! 『夕霧橋』の攻防!」
「スペードエース、『黒鉄の天馬』を夕霧橋の出口側へ回せ。その先の国道を封鎖しろ。ヒッチハイカーの逃げ道を断つんだ」
『了解』
美しい女性の声が返ってきた。
だが、その声は万能装甲戦闘車ロシナンテのAI『ロシーナ』ではない。
『スペードエース』――。
それはティルトローター機『黒鉄の翼』を制御する完全独立思考型AIの名称だった。
ロシーナと同様、高度な思考能力を持つ人工知能であり、人間の操縦なしでも飛行や戦闘を行うことができる。
鳳成治の命令を受けたスペードエースは、夕霧橋の出口から約三十メートル手前でホバリングを開始した。
機首は橋へ向けられたまま。
吹雪の中、『黒鉄の天馬』は静かに空中停止する。
「スペードエース。レールガン発射準備。いつでも撃てるようにしておけ」
『了解』
そのやり取りを、ロシナンテ後部座席の島警部補は固唾を飲んで見守っていた。
レールガン――超電磁加速砲。
その威力は、先ほどまで使用していた機関砲やグレネードランチャーとは比較にならない。
もし至近距離から鋼橋へ撃ち込めば、橋そのものを破壊しかねない威力を持つ兵器だ。
島は重火器や軍事装備について一定の知識を持っていた。
だからこそ驚いていた。
レールガンは各国が開発を進める次世代兵器である。
実用化されれば既存兵器の常識を変えるとも言われている。
その兵器を、こんな航空機に搭載できるほど小型化しているというのか。
しかも鳳たちは当然のように運用している。
島には信じられなかった。
「現在の状況を白虎へ発光信号で伝えろ」
『了解』
島はますます首を傾げた。
発光信号。
光の点滅によって情報を伝える古典的な通信方法だ。
だが相手は人間ではない。
白虎である。
まさか本当に理解できるというのだろうか。
鳳の周囲では、常識が次々と崩れていくようだった。
◇◇◇
「む?」
吹雪の中を走る白虎が足を止めた。
「発光信号か」
青白い光を放つ瞳が橋の向こうを見つめる。
吹雪の奥で、かすかな光が点滅していた。
「鳳の野郎からだな」
白虎は鼻を鳴らした。
「ヒッチハイカーの逃げ道を塞いだってわけか」
ぶつぶつと独り言を言う白虎を見て、伸田が首を傾げた。
「発光信号って……向こうに味方がいるんですか?」
「ああ」
白虎は短く答えた。
「俺の仲間だ。橋の向こうで待機してやがる」
伸田は目を凝らした。
たしかに光は見える。
しかし味方らしい姿は何も確認できない。
「ヒッチハイカーは向こうへは逃がさねえって伝えてきたんだ」
「白虎さん……あなたはいったい何者なんですか?」
伸田は思わず尋ねた。
人語を話す白い虎。
それだけでも十分に異常だった。
そのうえ仲間と発光信号で会話している。
理解が追いつかなかった。
「俺か?」
白虎は笑った。
「見ての通り、おしゃべりな神獣白虎さ」
そして少し得意げに続ける。
「まあ、ちびっ子ファンの中には『仮面タイガー・ホワイト』って呼ぶ奴もいるがな」
「はあ……?」
伸田は困惑した。
何を言っているのかよく分からない。
だが一つだけ分かることがあった。
橋の向こうにも味方がいる。
そしてヒッチハイカーは逃げ場を失った。
「お前も覚悟を決めろ」
白虎が夕霧橋を見据える。
「この橋が最終決戦の場所になる」
伸田は黙って頷いた。
言われるまでもない。
覚悟なら、とっくに決めている。
ジャイアンツこと幸田剛士。
須根尾骨延。
水木エリ。
山野ミチル。
ヒッチハイカーによって命を奪われた仲間たち。
そして今も囚われている静香。
絶対に許せない。
必ず決着をつける。
静香を取り戻す。
その想いだけが伸田を支えていた。
拳を握り締める伸田を見て、白虎はゆっくり頷いた。
その決意を理解したかのように。
◇◇◇
夕霧橋――。
祖土牟山と醐模羅山の間を流れる木流川に架けられた巨大なアーチ橋である。
全長三百三十三メートル。
東京タワーを横倒しにしたのとほぼ同じ長さを誇り、地元では観光名所として知られていた。
しかし今、その橋に人の姿はない。
周辺一帯は猛吹雪によって封鎖されていた。
もっとも、それは表向きの理由である。
実際にはヒッチハイカー事件のためだった。
鳳成治は内閣府を通じて県や国土交通省へ働きかけ、この一帯の交通を遮断していたのである。
観光客や一般市民を巻き込まないためだ。
さらに周辺地域には電波妨害措置まで施されたため、報道管制だけでなくSNSまでが利用できない。
今回の作戦は、表には存在しない特務機関『特務零課』の指揮下で進められていたのである。
鳳は実質的に『特務零課』を束ねる長なのだ。
◇◇◇
「見ろよ、シズちゃん」
『夕霧橋』中央部。
巨大な蜘蛛の巣の天井に逆さまに張り付いたヒッチハイカーが笑った。
「美しいだろ? この巣なら白虎さえ手出し出来ない」
鋼橋を覆うように張り巡らされた無数の糸。
その中心付近で、静香は糸によって吊るされていた。
先ほどまで気を失っていた彼女だったが、今は意識を取り戻している。
ヒッチハイカーが顔を近づけてきた。
白い息がかかるほど近い。
その異形の姿に嫌悪感を覚えながらも、静香は目を逸らさなかった。
「殺すなら殺しなさい」
毅然とした声だった。
「私は絶対にあなたの思い通りにはならないわ」
ヒッチハイカーは首を傾げた。
「どうして俺がお前を殺すんだ?」
まるで不思議そうに言う。
「お前は俺と一緒に南へ行くんだよ」
そして笑った。
「生まれてくる子供も一緒にな」
静香は背筋が凍った。
冗談ではない。
この怪物は本気でそう信じている。
狂っている。
だが本人は狂っている自覚すらない。
おぞましいのは見かけだけではなかった。
静香は絶望した。
説得など不可能だ。
『絶対に嫌……』
胸の中で叫ぶ。
『この怪物と家族になるなんて……絶対に嫌よ』
だが、自ら命を絶つこともできなかった。
お腹の中には新しい命が宿っている。
伸田との子供。
その存在だけが、静香を踏みとどまらせていた。
『ノビタさん……』
会いたい。
もう一度だけでも。
そう願った、その時だった。
「シズちゃーん!」
吹雪の向こうから声が響いた。
「絶対に諦めるなーっ!」
聞き間違えるはずがない。
「必ず僕が助けるからーっ!」
伸田の声だった。
「ノビタさん!」
静香の瞳から涙が溢れた。
思わず振り返る。
吹雪の中、遠く離れた場所に二つの影が見えた。
一つは人影。
そしてもう一つは巨大な白い獣。
距離があり、姿まではよく見えない。
それでも静香には分かった。
あそこにいるのは伸田だ。
愛する人だ。
◇◇◇
「白虎さん」
伸田が前を見据えたまま言った。
「一緒に戦ってくれますか?」
「愚問だな」
白虎は鼻を鳴らした。
「お前の彼女、いい女じゃねぇか」
そして伏せの姿勢を取る。
「俺はあの怪物が気に入らねぇだけだ」
振り返りながら笑った。
「もう一度、俺の背中に乗る勇気はあるか?」
伸田は答える代わりに白虎の背へ跨がった。
まだ足は震えていた。
だが迷いはない。
「お願いします」
その一言だけを告げた。
白虎が力強く立ち上がる。
「よっしゃあ!」
青白く光る瞳が『夕霧橋』を捉えた。
「行くぜ、相棒!」
吹雪の向こう。
囚われた静香を救うための最終決戦が始まろうとしていた。
◇◇◇
『ミスター鳳』
スペードエースの声が鳳に告げた。
『白虎が青年を背中に乗せ、ヒッチハイカーへの攻撃態勢に入りました』
「ああ」
鳳は吹雪の向こうに目を向けた。
「ならば、こちらも警告をくれてやろう」
静かな声だった。
「ヒッチハイカーに逃げ場はないと教えてやれ」
そして命じる。
「レールガン発射」
『了解』
次の瞬間だった。
バシュッ――。
黒鉄の天馬から放たれた砲弾が、超音速で吹雪を切り裂いた。
弾道上の雪が衝撃波によって吹き飛ばされる。
鋼橋の構造物に一切触れることなく、その一撃は一直線にヒッチハイカーへ向かった。
◇◇◇
「ギャッ!」
短い悲鳴が響いた。
ヒッチハイカーの身体が大きく揺れる。
八本ある脚のうち一本。
左後方の脚が根元から消失していた。
切断されたのではない。
砕け散ったのでもない。
まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
そして直後。
轟音にも似た衝撃がヒッチハイカーを襲う。
ソニックブーム。
超音速で飛翔したレールガン弾による衝撃波だった。
「な、何だ……?」
ヒッチハイカーは混乱した。
何が起きたのか理解できない。
目の前では静香が振り子のように大きく揺れている。
彼は反射的に静香の身体を支えた。
「大丈夫か、シズちゃん」
だが視線は橋の向こうへ向いていた。
敵がいる。
本能がそう告げていた。
吹雪の向こう。
景色の一部が揺らいで見える。
まるで陽炎のように。
「あそこか……?」
ヒッチハイカーは身震いした。
「今の攻撃を撃ったのは……」
消えた脚を見下ろす。
だが傷口はすでに再生を始めていた。
肉が盛り上がり、骨格が形成される。
ほどなく元通りになるだろう。
しかし――。
頭に直撃したら?
その考えが脳裏をよぎった。
再生不可能な死。
初めて強く意識する。
白虎と対峙した時と同じ感覚だった。
橋の向こうには得体の知れない砲撃を放つ不可視の敵。
橋のこちらには自分を追い続ける神獣白虎。
前門の虎。
後門の狼。
まさにその状況だった。
しかも橋の下は増水した『木流川』。
逃げ場などどこにもない。
「だが……!」
ヒッチハイカーは叫んだ。
「ここは俺の城だ!」
怒りに満ちた声が吹雪に響く。
「あの虎野郎を迎え撃つ!」
脚の再生が完了する。
再び八本脚となったヒッチハイカーは天へ向かって吠えた。
「俺はシズちゃんと子供と三人で南へ行くんだ!」
その時だった。
彼の身体にさらなる異変が起きる。
巨大な蜘蛛の胴体。
その後部の先端が不気味に膨らみ始めた。
モコモコと盛り上がる肉塊。
それはみるみる伸びていく。
やがて一本の長い尾となった。
さらに尾の各所に節が形成される。
先端は鋭く尖り、針のような形状へ変化した。
硬質な外骨格。
複数の節。
自在にうねる長い尾。
それはまるで――。
巨大なサソリの尾だった。
ヒッチハイカーは嬉しそうに笑った。
新しい尾を振り回しながら。
「はっはぁ!」
吹雪の夜空へ向かって咆哮する。
「俺の新しい武器の誕生だぁっ!」
蜘蛛の身体。
そしてサソリの尾。
ヒッチハイカーはさらなる異形へと進化していた。
◇◇◇
「しっかりつかまってろよ!」
伸田を背中に乗せた白虎が吹雪の中を疾走した。
『夕霧橋』へ向かって一直線。
その力強い走りは、人ひとりを乗せていることなどまるで感じさせない。
伸田もまた、もう目を閉じてはいなかった。
激しく吹きつける雪にも構わず、橋の中央を睨み続ける。
その先には静香がいる。
必ず助け出す。
その想いだけが彼を支えていた。
やがて白虎は夕霧橋へ到達した。
橋を支える巨大なアーチリブへ飛び乗ると、そのまま鋼鉄の上を駆け上がっていく。
普通なら人間は立つことすら難しい場所だ。
だが白虎には関係なかった。
ダダダダダダッ!
凍りついた鋼材の上を、まるで平地のように駆ける。
「シズちゃん! 今助けに行くぞ!」
伸田が叫んだ。
吹雪を突き破るような声だった。
◇◇◇
「聞こえた……!」
静香の瞳が大きく開かれる。
「ノビタさんの声だわ!」
それは幻聴ではなかった。
確かに聞こえた。
さらに橋全体を伝わる振動が身体へ届く。
何かが近づいてくる。
力強く。
一直線に。
「来る……」
静香は胸の高鳴りを感じた。
「ノビタさんが来る……!」
そして不思議な確信があった。
伸田は一人ではない。
神の使いとも呼ぶべき存在と共に来る。
なぜそう思うのか自分でも分からない。
だが確信していた。
◇◇◇
「来い!」
ヒッチハイカーが叫ぶ。
「虎野郎にノビタめ! ここは俺の城だ!」
サソリの尾が不気味に揺れる。
先端の針からは透明な液体が滲み出ていた。
◇◇◇
「あそこだ!」
伸田が指を差す。
巣の中心。
糸で吊るされた静香の姿が見える。
距離は約五十メートル。
伸田はベレッタを左手へ持ち替えた。
そして背中に帯びた『ヒヒイロカネの剣』を抜く。
ベレッタの残弾は三発。
静香を拘束している糸を断ち切るために、この剣が必要だった。
「気を抜くんじゃねぇぞ、相棒」
白虎が低く唸る。
「蜘蛛野郎が何もしないわけがねぇ」
やがて白虎は足を止めた。
静香から三十メートルほど手前。
そこから先はヒッチハイカーが張り巡らせた巨大な巣の領域だった。
その時。
巣の裏側から巨大な影が這い出してくる。
ヒッチハイカーだ。
「ついに来やがったな!」
異形の怪物が叫ぶ。
「お前たちはここで死ぬんだ!」
「ふざけるな!」
伸田も怒鳴り返した。
「シズちゃんも、お腹の子供も僕の大切な家族だ!」
怒りで身体が震える。
だが白虎が静かに言った。
「落ち着け」
その声だけで伸田は我に返った。
「冷静さを失ったら負けだ」
白虎の視線はヒッチハイカーから離れない。
「あのサソリの尻尾……厄介そうだぜ」
「でも、シズちゃんを助けないと」
「ああ」
白虎が唸る。
「だが焦るな。あいつは彼女を殺すつもりじゃない」
それだけは分かっていた。
だからこそ、慎重に攻める必要がある。
白虎は巣を見渡した。
「ざっと六十メートルほどか……」
そしてニヤリと笑う。
「飛び越えるぞ」
「え?」
「助走をつけてな」
そう言うと白虎は向きを変えた。
そのままアーチリブの起点近くまで後退する。
十分な距離を取るためだ。
伸田は嫌な予感しかしなかった。
「しっかり掴まってろよ、相棒!」
白虎が叫ぶ。
次の瞬間。
疾風のような勢いで走り出した。
「うわっ!」
鋼鉄のアーチリブを全速力で駆け上がる。
その速度は常識外れだった。
白い身体が吹雪の中へ溶け込む。
そして――。
「跳ぶぞ!」
白虎が咆哮した。
巣の手前で鋼材を力強く蹴る。
轟音。
爆発的な跳躍。
白虎と伸田の身体が夜空へ舞い上がった。
八十メートル級の大跳躍。
ヒッチハイカーの巣を一気に飛び越えるつもりだった。
「うわあああああっ!」
伸田の絶叫が吹雪の谷に響く。
その瞬間だった。
ヒッチハイカーのサソリ尾が跳ね上がる。
鋭い針先。
そこから透明な液体が弾丸のような速度で射出された。
狙いは白虎。
空中にいる今、回避は不可能だった。
液体は一直線に飛翔し――。
白虎の腹部へ命中した。
「ぐわあああああっ!」
神獣の絶叫が吹雪の渓谷に響き渡った――。
【次回に続く…】




