第21話「伸田最大の危機!! 白虎の変身解除と戦闘からの離脱!」
「ぐぅわあぁぁーっ!」
「白虎さんっ!?」
飛行中の白虎が突然悲鳴を上げた。
その巨体が激しく痙攣し、飛行姿勢を崩す。
背中にしがみついていた伸田は慌てて毛皮を掴んだ。
「うわああっ!」
「大丈夫だ! しっかりつかまってろ!」
白虎は叫ぶが、その軌道は大きく右へ流されていた。
本来なら『夕霧橋』上に着地するはずだった。
しかし、このままでは届かない。
待っているのは『木流川』への墜落だった。
「ダメだ! 落ちるっ!」
伸田の顔が青ざめる。
眼下にはヒッチハイカーの巣が張り巡らされた『夕霧橋』。
そのさらに下には激流の『木流川』。
「くっ……飛行軌道を戻せねえ!」
白虎も必死だった。
だが空中では踏ん張る場所もない。
飛行能力をもたない白虎には、逸れた軌道を修正する術はなかった。
腹部では、ヒッチハイカーの放った毒液が今も肉体を蝕み続け、白煙を上げながら毛皮と皮膚を溶かしている。
それでも白虎は自分の傷など気にしていなかった。
気になっているのは一つだけ。
背中に乗せた伸田の命だった。
その時――
ブワッ!
白虎の右側を、何かが凄まじい速度で駆け抜けた。
直後。
衝撃波が吹雪を吹き飛ばしながら襲いかかる。
「うわあっ!」
伸田が叫んだ。
だが次の瞬間、奇跡が起きた。
衝撃波に押された白虎の身体が元の軌道へ戻ったのだ。
『夕霧橋』へ向かう放物線。
勢いは失われていたが、何とかヒッチハイカーの巣を飛び越える。
しかし飛距離は伸びない。
狙っていた着地点まで届きそうになかった。
白虎は『夕霧橋』のアーチリブへ――
激突した。
ズザザザザァァッ!
凍結した鋼鉄の上を激しく滑走する。
白虎は四肢と腹部で衝撃を受け止めた。
伸田を護るためだ。
「うっ……」
伸田は強い衝撃を受けながらも無事だった。
「白虎さん! しっかりしてください!」
「た、助かったぜ……」
白虎は苦しそうに笑った。
「あの衝撃波……鳳のレールガンだな……」
息を切らしながら続ける。
「へへっ……この白虎様もやられたもんだ……」
そして伸田を見る。
「相棒……お前が無事ならそれでいい……」
かすれた声だった。
「少し休めば……こんな傷……」
そこまで言って。
白虎は動かなくなった。
「白虎さん!?」
伸田は慌てて背中から飛び降りる。
身体を揺さぶる。
呼吸も脈もある。
だが目を開けない。
「お願いだよ、白虎さん!」
その時だった。
白虎の身体が小刻みに震え始めた。
やがて全身が大きく波打つ。
そして――
青白い光が巨体を包み込んだ。
「なっ!?」
伸田は息を呑む。
白虎の身体が縮んでいく。
虎の姿そのものが変化していく。
数秒後――。
そこに横たわっていたのは虎ではなかった。
一人の男だった。
身長は百八十センチほど。
浅黒い肌。
無駄のない筋肉。
整った顔立ち。
だが胸から腹部にかけては無残に焼けただれ、折れた肋骨がのぞいていた。
傷口は今も白煙を上げながら広がり続けている。
「白虎さんは……人間だったのか?」
伸田は呆然と呟いた。
信じられなかった。
これまで自分を助け続けてくれた白虎。
その正体が人間だったなど。
吹雪が降り続く。
今の彼には虎の毛皮もない。
裸の人間の身体だけだ。
「このままじゃ凍死してしまう……」
そう呟きながら、伸田はヒッチハイカーのいる方向を振り返った。
「うわっ!」
伸田は反射的に身を屈めた。
次の瞬間。
ヒッチハイカーの触手が頭上を薙ぎ払う。
あと一瞬遅れていたら首を刎ねられていた。
冷や汗が背中を伝う。
ヒッチハイカーは倒れている男へ視線を向けている。
「その男……さっきの虎野郎だよな?」
怪物の声に、伸田は警戒を強めた。
「俺と同じで元は人間だったのか……?」
ヒッチハイカーは男を見つめた。
「死んだのか?」
その口調は妙に真剣だった。
だが次の瞬間、その目に殺意が宿る。
「まあいい」
左腕の刃を振り上げた。
「後腐れのないように首を落としてやる」
「やめろーっ!」
パァン!
伸田のベレッタが火を噴いた。
放たれた『式神弾』は一直線に飛ぶ。
狙いは外れない。
弾丸はヒッチハイカーの左腕へ命中した。
「ギャアアアッ!」
怪物が絶叫する。
『式神弾』の穿った穴から青白い光が広がった。
左腕が焼ける。
崩れる。
灰となって消えていく。
「く、くそ……またか!」
ヒッチハイカーは狼狽した。
しかし前回の経験を思い出したらしい。
右腕の山刀を振るう。
自ら左腕を切断した。
ボトリ、と巨大な触手が落下する。
ようやく怪物は息を吐いた。
だが顔色は悪い。
吹雪の中だというのに全身から汗が噴き出していた。
切断部からの再生も始まっている。
しかし以前より遅い。
伸田にもそれが分かった。
「白虎さんには手を出させない」
ベレッタを構える。
残弾は二発。
ヒッチハイカーもそれを警戒していた。
「貴様……」
憎悪に満ちた目が伸田を睨む。
「まだその銃が使えたのか……」
切断面を庇いながら後退する。
自分の巣へ向かって少しずつ距離を取った。
伸田は油断しなかった。
視線だけを動かす。
橋の中央に囚われた静香。
そして背後で倒れている白虎だった男。
二人を交互に確認する。
「僕が護らなきゃ……」
拳に力が入る。
「『式神弾』はあと二発しかない」
一発も無駄にはできない。
さらに伸田は橋の向こう側を見た。
白虎が言っていた味方。
さっき自分たちを救った衝撃波。
きっと鳳たちなのだろう。
だが――
伸田には何も見えなかった。
特殊光学迷彩に包まれた『黒鉄の天馬』の姿は、吹雪の中に完全に溶け込んでいた。
********
「し、白い虎が人間になった!?」
ロシナンテ後部座席の島警部補が叫んだ。
「あの白虎は人間だったんですか!? 鳳さん、彼はいったい何者なんです!」
身を乗り出す島に、鳳はうんざりした顔を向けた。
「騒ぐな。うるさいし汚い」
島の飛ばした唾を避けながら言う。
二人はモニター越しに、『夕霧橋』での戦いを見守っていた。
先ほど白虎を救った衝撃波。
あれは鳳の放ったレールガンだった。
極超音速弾が生み出す衝撃波で、逸れた軌道を強引に修正したのだ。
常識外れの離れ業だった。
だが、そのおかげで白虎は木流川への墜落を免れた。
「とりあえず上手くいった」
鳳はモニターを見つめる。
「千寿……いや、白虎は気を失ったようだが」
口元がわずかに緩む。
「まあ、満月の夜のあいつに心配はいらん」
島は納得できなかった。
「あのまま放っておいて大丈夫なんですか!?」
モニターには倒れた男の姿が映っている。
「ヤツの心配なら無用だ」
鳳は即答した。
「あれしきで死ぬような男じゃない」
だが問題は別にある。
鳳は視線を伸田へ向けた。
「ヒッチハイカーをレールガンで吹き飛ばすのは簡単だ」
しかし、と続ける。
「この位置から撃てば伸田君も巻き込む」
さらに最悪の場合――
「『夕霧橋』そのものが崩壊する」
島の顔がこわばった。
「静香さんも助からない……」
「そういうことだ」
鳳は小さく息を吐く。
「今は伸田君だけが頼りだ」
だが伸田にも限界がある。
『式神弾』は残り二発。
失敗は許されない。
島もその意味を理解した。
モニターに映る伸田の姿を見つめる。
「厳しいですね……」
「ああ」
鳳は頷く。
「彼の手に『ヒヒイロカネの剣』はある」
だが武器だけでは勝てない。
「あの怪物を相手に、剣で攻撃を捌きながら『式神弾』を急所へ撃ち込まなければならん」
それは熟練の戦士でも難しい戦いだ。
まして伸田は一般人だった。
「武術を身に着けた私や君ならともかく……」
鳳が呟く。
「伸田君にこなせるかどうかだな」
島は返す言葉がなかった。
SITの猛者である自分でも難しいだろう。
しばらく沈黙が流れる。
やがて鳳が静かに言った。
「だが、今さら代わってやることもできん」
視線はモニターの先。
『夕霧橋』へ向けられていた。
「ここは伸田君と――」
一瞬だけ口元が緩む。
「千寿。いや、白虎に賭けるしかないな」
********
「シズちゃんは俺のものだ!」
ヒッチハイカーが叫んだ。
「誰にも渡さない!」
サソリの尾が伸田へ向く。
「貴様は溶けて死ね!」
次の瞬間――。
尾の先端から透明な液体が発射された。
白虎を重傷に追い込んだ猛毒の溶解液だった。
「くっ!」
伸田は反射的にヒヒイロカネの剣を掲げた。
その瞬間だった。
剣身が白く輝く。
毒液が刃に触れた途端、まばゆい光が弾けた。
シュウウウッ――
白い蒸気が一瞬だけ立ち上る。
そして吹雪の中へ消えた。
「なに……?」
伸田が呟く。
ヒッチハイカーも同じだった。
「何が起こった……?」
********
「な、何が起こったんだ!?」
ロシナンテ内でも島が叫んでいた。
鳳はモニターを見つめたまま答える。
「あの剣には結界を張ってある」
「結界?」
「魔界の者からの攻撃を中和し、分解する術だ」
島の顔が明るくなった。
「それじゃ無敵じゃないですか!」
しかし鳳は首を振る。
「そう単純な話ではない」
結界は防御にしか働かない。
攻撃には使えない。
「あの剣は特別だ」
鳳は静かに続ける。
「現代では失われた超金属『ヒヒイロカネ』で造られている」
ダイヤモンドに匹敵する硬度。
「斬れない物など存在しない」
島は少し安心した。
だが鳳は表情を変えない。
「問題は使い手だ」
怪物の攻撃を捌きながら戦う。
そのうえで式神弾を撃ち込まなければならない。
「伸田君にそれができるかどうかだ」
島は再び黙り込んだ。
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伸田も理解していた。
『ヒヒイロカネの剣』には鳳の術が掛けられている。
この剣なら毒液を防げる。
自分だけではない。
静香も白虎も守れるかもしれない。
そう思い、背後を振り返った。
「え……?」
伸田は目を見開く。
「白虎さん?」
そこにいるはずの男が消えていた。
ついさっきまで倒れていた場所には誰もいない。
「そんな……」
慌ててアーチリブから身を乗り出す。
五十メートル下。
木流川の濁流が荒れ狂っていた。
「まさか……川に落ちたのか?」
あの傷だ。
助かるはずがない。
その時だった。
「ノビタさん!」
静香の悲鳴が響く。
「危ないっ!」
反射的に伸田は身を伏せた。
直後。
毒液が頭上を通過する。
もし一瞬遅れていたら顔面に直撃していた。
ジュウウウウッ!
毒液はアーチリブへ命中した。
鋼鉄が泡立つ。
白煙を上げながら溶けていく。
その光景に背筋が凍った。
「あんなものを浴びたら……」
言葉にならない。
伸田は剣を構え直した。
もう油断しない。
ヒッチハイカーから目を離さない。
白く輝く『ヒヒイロカネの剣』が、吹雪の中で眩しく光っていた。
********
ガタンッ!
突然、『黒鉄の天馬』が着地した。
「うわっ!?」
島が驚く。
直後。
車体上部で大きな衝撃音が響いた。
『”黒鉄の爪”を強制解除! コンバイン・オフ!』
AIロシーナの声が車内に響く。
『”黒鉄の翼”が離脱しました!』
鳳は苦笑した。
「まったく……『スペードエース』め」
窓の外を見る。
「主人を救いに行ったか」
吹雪の中。
光学迷彩を解除した『黒鉄の翼』が姿を現す。
巨大なティルトローターを広げた黒い機体は、まるで大空を舞う黒鷲だった。
機体は急上昇し、そのまま『木流川』の下流へ飛び去っていく。
「ロシーナ」
鳳が命じた。
「ハミングバードを発進させろ」
『了解』
車体後部が開く。
小型ドローンが射出された。
すぐにドローン自体に光学迷彩が作動する。
その姿は吹雪の中へ消えた。
数秒後――。
ドローンからの鮮明な映像がモニターへ映し出される。
『夕霧橋』。
その巨大なアーチリブの上。
伸田とヒッチハイカーが対峙していた。
距離は約十メートル。
どちらも動かない。
動けないのだ。
両者は膠着状態に陥っていた。
「ロシーナ」
鳳が静かに言う。
「PS砲スタンバイ」
『了解』
「バンパーミサイルも準備しておけ」
『了解』
ロシナンテの武装が起動する。
だが鳳は使いたくなかった。
一発でも誤れば夕霧橋ごと吹き飛ぶ。
だがヒッチハイカーを醐模羅山へ逃がすわけにはいかない。
今は見守るしかなかった。
********
「ギギギ……」
ヒッチハイカーが笑う。
「虎野郎は川へ落ちたみたいだな」
一拍置いて笑みを深くする。
「あの激流じゃあ、ヤツだって助からないぜ」
伸田を見据える。
「お前も諦めたらどうだ?」
薄笑いを浮かべる。
だが目は笑っていない。
『式神弾』を警戒しているのが分かった。
「その銃と剣を捨てろ」
怪物が言う。
「命だけは助けてやる」
伸田は首を振った。
「お前は僕から大切なものを次々に奪った」
静香を見る。
そして白虎のいた場所を見る。
「白虎さんもそうだ」
声に怒りが滲む。
「絶対に許さない」
一歩踏み出す。
ベレッタを構えた。
「シズちゃんを――」
叫ぶ。
「僕の愛する人を返せ!」
ヒッチハイカーも叫び返した。
「シズちゃんは俺のものだ!」
怪物の尾が持ち上がる。
「くたばれ、小僧!」
ドドドドドッ!
サソリの尾から毒液が連射された。
まるで機関銃だった。
「いやあぁぁっ!」
橋の中央に吊された静香が悲鳴を上げる。
「ノビタさんっ!」
吹雪が荒れ狂う。
毒液が伸田へ襲い掛かる。
そして――。
【次回に続く……】




