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ヒッチハイカー  作者: 幻田恋人


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16/21

第16話「どうしても南へ行きたいんだ…⑭『進化する肉体! 変貌するヒッチハイカー!!』」

 吹雪の吹き荒れる山中に、伸田(のびた)の放ったベレッタの銃声が響いた。


 解き放たれた『式神弾(しきがみだん)』がヒッチハイカーに襲いかかる!

 今度こそヒッチハイカーに致命傷を与えられると思った瞬間――


バキバキバキッ! メキメキメキーッ!


 怪物の身体が異様な音を立てながら突然せり上がったのだ!


いったい、何が起こったというのか――


カキィーンッ!

 硬いもの同士が激しくぶつかり合う音がした――

 同時に、ヒッチハイカーの下半身を覆っていた黒い霧から勢いよく伸び出したモノが火花を散らした。

 伸田の放った『式神弾』が弾かれてしまった。


「な、何だ? あれは…?」


 その異様な光景は、伸田にも安田にも到底受け入れ難かった。


「あ、あれは…ヤツの脚?」


「そ、そんな馬鹿な… こんな事、ありえない…」


 二人は呆然と怪物を見上げた。

 ヒッチハイカーの下半身が、黒い霧の中で異様な変貌を遂げていた。

 しかも、それはまだ続いていた。


 異形と化したヒッチハイカーの下半身は――まるで成長するかのように伸び続け、怪物化した身体を高々と押し上げていく――

 伸田と安田は、空へせり上がっていく怪物の上半身を目で追った。

 それは雪面から5~6mほどの高さに達したところで、上昇を止めた。

 まるで三階の窓辺から見下ろすような位置だった――


 二本の柱は吹雪の中でも揺るがず、先端が雪面に深く突き刺さっていた。


 それまでヒッチハイカーが身に着けていた衣服はズタズタに引き裂かれ、千切れた布片は彼方へ飛び去っていた。


 雪面からそびえ立つ二本の柱――それはもはや人間の脚ではなく、想像すら及ばない代物と化していた……

 二本の柱の濡れた表面が薄明りを反射し、てらてらと黒光りしている。

 硬質な表面には鋭い棘が並び、節くれ立った関節が不気味に(きし)んでいた。


 それは甲殻類(こうかくるい)めいた、不気味な外骨格(がいこっかく)の脚だった。


 そして、ヒッチハイカーの股間部分から二本の脚全体にかけて黒々とした針金のように太く硬い剛毛がびっしりと生えている。


「まるで巨大なカニの脚だ――

 あの硬い表皮が『式神弾』を弾き返したのか?」


 変化したヒッチハイカーを呆然と見つめながら、伸田がつぶやく。

 電柱のようにそびえ立つ黒光りする二本の柱――それは巨大甲殻類の脚そのものだった。


 あの『式神弾』ですら、硬い外骨格を貫けない――


ミシッ! ビシッ! ビシビシビシッ!


 甲高い音を発しながら、電柱のように立っていた二本の脚の付け根から足先まで一気に亀裂が走った――。

 その亀裂から緑色の体液が飛び散る。


メキメキメキッ! バキバキバキーッ!


 今度は凄まじい破裂音を発したかと思うと、二本の脚に走った亀裂がさらに分裂した。

 分裂した亀裂は、緑色の体液をまき散らしながら裂け始めた。


 二対の長い脚は左右それぞれ4本ずつ、合わせて計8本に枝分かれした。

 そして同時に、硬い剛毛に覆われていた骨盤部分も、見る見るうちに巨大化しながら変形していく――

 やがてヒッチハイカーの姿は――

 上半身は人間形態を留めていたが、下半身は巨大な蜘蛛を思わせる八本脚へと変貌していた。

 その脚は甲殻類のような硬い外骨格に覆われており、人間はもちろん、既存の生物の分類すら拒む異形だった。


 ギリシア神話に登場するケンタウロスが半人半馬なら、ヒッチハイカーは半人半蜘蛛とでも呼ぶべき存在だった。

 だが、その姿は蜘蛛という言葉だけでは到底表現しきれない。人智を超えた異形そのものだった。


 この変身はヒッチハイカーにとって、新たな形態への進化なのか――?


 今までは並外れた巨漢とは言っても、所詮は人間の範疇(はんちゅう)だった。

 こんな怪物を相手に、人間が戦えるのか――


 目の前で変身の一部始終を見ていた伸田と安田の二人は、あまりの恐怖に悲鳴すら上げられず身動きも出来なかった。

 彼らは呆然自失(ぼうぜんじしつ)のあまり、銃を撃つ事さえ完全に忘れていた――。


「うっ、うわあああーっ!」

タタタタタタタッ!


 突然――恐怖に耐え切れなくなった安田が絶叫を上げながら、怪物化したヒッチハイカーに向けてSMGサブマシンガン斉射(せいしゃ)を浴びせた。


「くっそうっ! 倒れろ! もういい加減に倒れてくれよおっ!」


カンッ! カカカカッ! カンカンカンッ!


 SMGの斉射でも、やはり結果はベレッタと同じだった――。

 ヒッチハイカーの外骨格化した硬質な8本の脚は、SMGが吐き出す9mmパラベラム弾の|フルメタルジャケットの弾頭をことごとく弾き返す。

 弾かれた跳弾(ちょうだん)が雪面に幾つもの穴を開けていく。


「安田さん! ダメです! ヤツは人間体部分にもSMGは通用しないんだ!」


 ここまでの戦いにおいて、ヒッチハイカーに対し安田が銃撃を加えた事は無かった。

 伸田の叫び声を聞き、安田は慌ててSMGの斉射を中止した。

 弾丸を無駄に消費する愚策は避けたのだ。


「そんな… SITの装備じゃ歯が立たないっていうのか…? こ、こんな化け物…自衛隊の装備でもなきゃ到底無理なんだ。」

 安田は自分達の相手にしているのが、凶悪犯などではなく未知の怪物である事を、今さらながら思い知らされた。

 この時、『絶望』の二文字が安田の心を支配し始めていた。


「こうなったら、ヤツを倒すには――人間部分に『式神弾』をぶち込むしか無い。」

 

 伸田は数mの高さに位置する人間形態の腹部中央部分に照準を定めると、即座にベレッタの引き金を引いた。


パーンッ!


カンッ!


 民間人でありながら正確無比(せいかくむひ)な射撃を誇る伸田が放った『式神弾』は、怪物が素早く振り上げた左前方の巨脚で簡単に弾かれてしまった。


「駄目か… やはり『式神弾』でさえ、ヤツの硬い外骨格の脚には通用しない…」

 伸田が呻くような声で言った。


「ふふふふ……

 残念だが、お前の自慢の銃も俺の新しい脚には効かないようだな。」

 怪物が伸田を嘲笑(あざわら)うように言った。


「もう俺に怖いものなどない――」


 そう低く呟いた怪物は身体の向きを変え、新しい8本の脚を器用に動かして移動を始めた。

 その動きには、生まれたばかりの肉体を扱うぎこちなさが一切無かった。


 ヒッチハイカーは伸田や安田に対する興味を失ったようだった。

 

 怪物との圧倒的な力の差を見せつけられた伸田と安田は呆然として見送るだけだった。

 そんな二人の横を怪物が悠然と通り過ぎていく。

 ヒッチハイカーは、すでに二人を殺すつもりもないようだった。


「ヤツが向かっている先は… ダメだ、鳳さんとシズちゃんがいる!

 ヤツの狙いが鳳さんの筈がない! あのバケモノ、シズちゃんを狙ってやがるんだ! そんな事させてたまるか!」


 伸田は進み続ける怪物を小走りに追いかけ、今度は左斜め後方から怪物の左脇腹を狙って引き金を引いた。


パーンッ!


カキィーンッ!


 まただ… 今度は左後方の脚の一振りで『式神弾』は弾き飛ばされてしまった。


「ど、どういう事だ…? 今度はヤツの後ろから撃ったのに…」


 怪物を見上げた伸田の目に映ったモノは…


「何だ、アレは…? 触角(つの)? あんなモノ、いつヤツの頭に生えたんだ?」


 伸田が見つけたのは、人間の形態を保ったままのヒッチハイカーの頭部から生えている、太さが2cmほどで長さが60cmあまりの二本の肌色をした柔らかい触角のような代物(しろもの)だった。

 その触角の先端は直径3cmほどの球形をしている。

 見た目の印象としてはカタツムリの触角(つの)のようである。

 二本のうち左側の触角が、うねうねと(うごめ)きながら左後方の伸田へ向けられていた。

 まるで伸田の動向を探っているかのように――


――その時だった。


ギュイィーンッ! ギャリリリリィーッ!


 聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。


「伸田君、下がれっ!」


 そう叫んだのは安田巡査だった。

 安田はエンジンのかかったチェーンソーを大上段に振りかぶったまま、怪物を追いかけて走った。

 

「SMGの銃弾がダメでも、コイツならどうだっ!」

 

 ヒッチハイカーに追いついた安田は振りかぶっていたチェーンソーを、雪面に降りて来た怪物の一本の脚に向けて叩きつけるように振り下ろした。


「駄目だ、安田さん! ヤツには後ろも見えてるんだ! 危ないっ!」


 顔こそ振り向かなかったが、ヒッチハイカーは頭部の触角によって安田の動きも把握していたはずだ。

 だが――怪物は脚へのチェーンソーの直撃を(かわ)そうとはしなかった。

 歩みを止め、斬れるものなら斬って見ろと言わんばかりに、わざと自分の脚の一本を差し出しているように伸田には思えた。


ガッキィーン! ガリガリガリッ! バリバリバリーッ!


 安田の振るったチェーンソーと、硬い外皮に覆われた脚が接触した途端、火花が飛び散った。


ガイイィーン!


 チェーンソーを持つ安田の手に衝撃が走る――。


「くっ! なんて硬いんだ、このバケモノの脚はっ!」


 安田は怪物の脚へ何度もチェーンソーを叩きつけた。

 火花が吹雪の中へ飛び散る。


 だが――

 まるで金属の塊ででもあるかのように、まったく歯が立たない。

 安田の振るうチェーンソーが発する回転音に異音が混じり始め、エンジン部分から黒煙が上がり始めた。


ギュイィィーンッ! ガリガリガリーッ! バキンッ!

「うわっ! チェーンがっ!」


 ついに安田の握るチェーンソーのエンジン部が火を噴き、千切れたチェーンが弾け飛んだ。


ボンッ!

「あちっ! 熱っ!」


 持っていられないほど熱を帯びたチェーンソーを、安田は慌てて放り投げた。


「せっかく俺が動きを止め、待っていてやったのに――その程度か。

 時間を無駄にした。

 もういい、死ね――

 貧弱な虫ケラども――」


 ヒッチハイカーの動きを止めていた脚の一本が動いたと思った途端、安田の身体が宙に舞い、数メートル離れた雪面へと吹っ飛んだ。


 ヒッチハイカーが八本の脚を折り曲げ、人間部分の胴体を3mほどの高さまで下げた瞬間――伸田はそこへ狙いを定めた。

 そして、はね飛ばされた安田に向けて叫ぶ――。


「安田さんっ! 大丈夫ですか?」


「ぐうぅ…」

 安田の身体は雪面に仰向けに倒れたまま動かず、伸田の呼びかけに対して、ただ呻き声を漏らしただけだった。


「くっそうっ! よくも安田さんを!」

 伸田は怒りに燃える瞳でヒッチハイカーを睨みつけると、ベレッタの引き金を引いた。


パーンッ!


カキーンッ!


 しかし、またもや伸田の放った『式神弾』は、ヒッチハイカーの瞬時に振り上げた一本の脚に弾き飛ばされてしまった…


「ふはははっ! 無駄無駄無駄無駄~っ! もう俺に怖いものなど無い! 貴様も死ね!」

 そう言うが早いか、ヒッチハイカーの『式神弾』を弾いて振り上げたままだった脚を、今度は伸田に向かって振り下ろした。


「ぎゃっ!」


伸田は短い叫び声を上げて数m吹っ飛んだ。


ゴロゴロゴロッ!

伸田は安田巡査の2mほど手前まで雪面を転がっていき、そのまま倒れ込んだ。


「見事な動きだ。咄嗟(とっさ)に拳銃で受け止めるとはな… 

 だが、その潰れた拳銃はもう使い物になるまい。

 俺はあの女を手に入れる。

 あれが貴様の女なら――貴様は生かしておいてやる。俺があの女を手に入れる(さま)を成す(すべ)もなく見ているがいい。

 ふふふふ、はははは――」


 身体を再び皆元(みなもと)静香(しずか)(おおとり)達の方へと向けたヒッチハイカーは、伸田をあざ笑いながら歩み始めた。


「うぐっ… くそっ…」

 うつ伏せから身体を起こした伸田は、歩み去る怪物を歯ぎしりしながら見送った。


 伸田が死なずに済んだのは奇跡だった。

 咄嗟にベレッタで怪物の脚を受け止めた事で、衝撃がわずかに逸れたのだ。


 伸田は安田が倒れている地点まで這い進んだ。


「安田さん! しっかり!」

 大声で呼びかけながら安田の首筋に手を当ててみる… 脈がある――。

 だが、呼びかけに対する返事は無く、安田の意識は戻らないままだった。


「よかった… 安田さんは生きてる。ごめんよ、安田さん。僕は行くよ…

 シズちゃんを助けに行かなきゃいけないんだ。必ず助けに戻るから…」

 

 倒れた安田にそう話しかけてから、伸田は手に持ったベレッタを見た。スライド部分がへしゃげて窪み、穴が開いていた。


「まったく――我ながらヤツの一撃をコイツで受け止めたなんて奇跡だ。

 それに薬室内の弾丸が暴発しなかったのも運が良かった。でも、この薬室内の一発は抜き出せない… 弾倉は――?」

 

 破損したベレッタの薬室内にある弾丸は取り出せなかったが、リリースボタンを押すと、幸運な事にグリップ部分からマガジンを抜き出す事が出来た。


「よかった、マガジンは無事だ… 中に残ってる『式神弾』も使えそうだ。ベレッタはもう一丁ある。まだ撃てるぞ。」


 伸田は、殉職したSIT隊員の装備から二丁のベレッタを拝借していたのだ。

 怪物の攻撃で潰れてしまったベレッタ以外に、右太ももに装着したホルスターにもう一丁収納してあったのだ。


 伸田は抜き出したマガジン内に収まった『式神弾』の残弾数を確かめた。


「残り九発… 僕の手に残ってる『式神弾』はあと九発しかない。この九発でヤツを仕留めなきゃ、僕達は全滅だ。

 そうすれば、ヤツは山から町に解き放たれる――

 それに、何よりも今はシズちゃんが危ない!」



     ********

 


「鳳さん… あの怪物はいったい…?」

 

 雪面に描かれた五芒陣(ごぼうじん)内に立った静香が、隣に立つ鳳に問いかけた。


 二人はログハウスから離れた雪原で、SIT隊員達とヒッチハイカーの戦いを見守っていた。

 長谷川警部がログハウスに投げ込んだ特殊閃光手榴弾M84の炸裂から始まり、SMGとベレッタによる戦いを経て、島警部補と関本巡査の戦線離脱までの一連の動きを、二人でハラハラしながら見つめていたのだ。


 そして伸田と戦線復帰した安田巡査の『式神弾』とチェーンソーによる戦いに移り、そこから様相は一変した。


 静香は自分の目を疑った――。

 ビルの三階ほどの高さまで伸びたヒッチハイカーの二本の脚が分岐し、八本脚の巨大な蜘蛛の怪物に変化するのが、遠くから見ていた二人にもはっきりと分かった。


「あ、あれって…怪獣なんですか? あんなの相手にしてノビタさん達に勝ち目なんてあるはずないわ!

 お願いです、自衛隊を呼んで下さい! ノビタさんや安田さんを助けて!」

 パニックを起こした静香がヒステリックな叫び声を上げた。


「怪獣、怪物、化け物…どの呼称で呼んでも間違いじゃない。

 ヤツは某大国が我が国に持ち込み輸送時に行方不明となっていた生物兵器(Biological weapon)を誤って摂取した哀れな人間の成れの果てだ。

 高額な兵器を所有するよりも、兵士そのものを安価に強化改造する『BERS(バーズ)(Bio-enhanced remodeled soldier)計画』、日本語で言うと『生体強化型改造兵士計画』は現在、大国間で競って開発されている。

 BERS(バーズ)を1アンプル投与されただけで、一人の兵士がフル装備の一個中隊規模の兵力と化す。

 『BERS(バーズ)』は――人間を、あのヒッチハイカーのような怪物へ変えてしまう。」


 ここで言葉を切った鳳は、静香の顔をジッと見つめた。


「なんて恐ろしい事を考えるの… 戦争の兵器として利用するために、人間を怪物にしてしまうなんて…

 いったい、人間を…人間の命の尊厳を何だと思っているのよ!」

 心底からの強い(いきどお)りを感じた静香は、嫌悪感を隠しもせずに鳳に噛みついた。


「ふっ… 君のように純粋で心の清らかな女性には残酷な事を言うが、一人の人間の命など国家の利益の前では(ちり)ほどの価値も無いだろうね。」

 

 この発言を聞いた静香は、両目から涙をぼろぼろと(こぼ)しながら鳳を強く睨み付ける。

 しかし、この時――

 静香は鳳の顔に哀しげな表情が浮かんでいるのを認めた。


『言葉と裏腹に、この人も本当は辛いんだわ… 淡々と話しているけど、とても哀しい目をしている…』

 静香は鳳の心の内を垣間見(かいまみ)たような気がして、それ以上彼を責めるのをやめた。

 第一、鳳自身が『BERS(バーズ)』を開発したり人体に使用している訳ではないのだ。

 彼は紛失した『BERS(バーズ)』そのものと、『BERS(バーズ)』によって怪物化した人間を追う立場にあるだけなのだ。


 安田に運ばれて来た際――

 身体に毛布一枚巻きつけただけだった静香は、すでに防寒服を身に着けていた。

 

 しかし――彼女の衣服をSIT隊員達が運んだ訳ではない。

 安田は静香を抱えて逃げるだけで精一杯だった。

 他のSIT隊員達にも衣服を運ぶ余裕など一切無かった。


 では何故、彼女が自分の衣服を着用しているのか――

 その理由は、彼女の傍らに大人しく寄り添う存在によるものだった。


 それは――

 静香から見て鳳と反対側の位置にいる異様な生物だった。

 異様というのは、その生物が現実には存在しない伝説上の鳥だったからである。


 それは白い雪の中で存在感を示す黒々とした巨大な鳥だった。

 見た目はカラスだが、通常とは違っていた――。 

 体高はオオワシよりもはるかに大きく、並び立つ身長162cmの静香より少し小さい程度の150cmほどもあった。

 だが――何より異様だったのは、足が三本ある事だった。


八咫烏(やたがらす)――

 その三本足の姿をした鳥は神の使いと云われ、実在しない伝説上の生き物のはずだ。

 そいつが今、静香に首を撫でさすってもらい、気持ち良さそうに目を閉じていた。


 静香の服一式は、この八咫烏が運んで来たのだった。もちろん、主である鳳が命じて運ばせたのだ。

 そう、この八咫烏は鳳が鳥型の折り紙に陰陽術(おんみょうじゅつ)を使って作り出し、自在に使役する事の出来る擬人式神(ぎじんしきがみ)なのである。

 この式神こそ監禁されていた静香を見つけ出した際に、ヒッチハイカーに発見されて追い払われた鳥だった。


 戦闘が続く中――八咫烏は、静香の衣服や持ち物を運び出すため、ログハウスへ忍び込んでいた。


 今では、八咫烏はすっかり静香に懐いていた。


「皆元さん、ヤツがこっちへ来る!」

 しばらく無言のまま戦闘を見つめていた鳳が、突然叫んだ――。


 彼が叫んだ通り――

 今まさに、怪物化したヒッチハイカーが自分達の方へ高速で迫りつつあった。



     ********



ザザザザザザザーッ!


「待っていろ、二つの命を宿す女よ! お前は俺のモノだ!」


 怪物と化したヒッチハイカーは新しく手に入れた八本脚の動かし方に慣れたのか、自在に操りながら目標の静香に向けて高速移動を開始した。



     ********



 ――林の暗闇の中に、青白く光る奇妙な二つの目があった。


 野生の獣だろうか?


 二つの瞳がスッと細まり、口に当たる位置から白い息が吐き出された。


「オニめ、ついに変身しやがった。

 あの若造、とうとう一人っきりになっちまった――

 さて、ヤツは自分の恋人を救えるのかな?」


 白い息とともに吐き出されたのは――

 まぎれもなく人間の男の声だった。


 言葉とは裏腹に目の前の戦いを楽しんでいるかのような口ぶりだった。

 いや、実際に男は目を細めてニヤニヤと笑っていた――


 この青白く光る瞳を持つ男は、伸田達にとって味方なのか? 


 それとも――



     ********



 安田が倒れ、一人になった伸田は、9発となった『式神弾』入りの弾倉を未使用だったベレッタのグリップに装填し、遊底(ゆうてい)をスライドさせた――


 ふらつく足で立ち上がると、走り去るヒッチハイカーを睨み付ける。


「やめろ…シズちゃんに手を出すな――」


 伸田は恋人の静香の元へと雪面を必死になって走り始めた。




【次回に続く…】

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