第14話「どうしても南へ行きたいんだ…⑫『怪物を焼く式神弾、そして闇に光る眼』」
■ヒッチハイカー 第14話(完成版)
ログハウスから現れたヒッチハイカーの姿を見た伸田 伸也、鳳 成治、そしてSIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)隊長・長谷川警部の三人は、一瞬にして不可視の飛行物体の存在を忘れていた。
吹雪の吹き荒れる上空には、なおもヘリコプターのローター音に似た音が響いていたが、もはや誰もそれを意識してはいなかった。
「早く逃げろ! 後ろにヤツがいるぞ!」
長谷川警部は部下達の後方に現れたヒッチハイカーを見て、もはや彼らの隊長として黙って見てはいられなかった。
現状の指揮官である鳳に最敬礼を送り、そのまま許可も待たずにログハウスへ走り出した。
「お前達! 後ろを見るんじゃないぞ! M84を投げる!」
走りながらそう叫んだ長谷川は、タクティカルベストの収納ポケットから取り出した特殊閃光手榴弾のM84の安全ピンを抜き、リストストラップを引き抜くと同時に、ヒッチハイカーへ向けて全力で投擲した。
「クソッたれにまで届けええっ!」
放物線を描いたM84はAチームの4人の頭上を越え、まだログハウス前で立ち止まったままでいたヒッチハイカーに向けて正確に飛んで行った。
長谷川は昔、甲子園を目指した高校球児であり、センターを任されるほどの強肩の持ち主だったのだ。
遠投されたM84は、ヒッチハイカーの前方2メートルほどの地点の空中で炸裂した。
炸裂したM84の閃光が吹雪の中を白く塗り潰し、ログハウス周辺が一瞬、真昼のような輝きに包まれる。
「今だ! 俺も手を貸す! 安田、急げ! 関本は後方の援護を頼む!」
島警部補は安田巡査の反対側に回り込み、山村巡査部長の搬送を手伝う。
関本巡査は後方を警戒しながら、雪原へ視線を走らせた。
閃光の中心で、ヒッチハイカーは両手で目を押さえ、立ち尽くしていた。
投擲を終えた長谷川が4人の部下達の元へ駆け寄り、白い息を弾ませながら言った。
「よく無事だった。……ん? 片岡と足立はどうした……?」
長谷川の問いに、島が辛そうに答える。
「隊長……二人は名誉の殉職を遂げました。ヒッチハイカーと最後まで戦って……」
「そうか……いい奴らだったな」
長谷川は短く呟いた。
その言葉には、重い悔恨と敬意が混ざっていた。
「お前たちは本当によく戦ってくれた。皆元さんの救出も、命がけでやり遂げた。SIT隊長として誇りに思う」
長谷川が労いを込めて二人の肩を叩く。
「片岡と足立の遺体は、この事件にケリを付けてから丁重に弔おう」
「隊長っ! ヤツが動き出しました!」
後衛の関本の叫び声が吹雪に裂かれる。
「隊長、ヤツに我々の武器は通用しません!」
苦渋の表情を浮かべた島が言い辛い事実を長谷川に告げる。
「あのヒッチハイカーは、我々のSMGの9mmパラベラム徹甲弾では倒せません。撃ち込んだ弾を筋肉で押し出し、傷口も瞬時に再生してしまいます」
「……何だと?」
長谷川の顔に緊張が走る。
「安田、止まってくれ」
島は一度搬送を止めさせた。
「隊長、俺と関本でヤツを足止めします。その間に、隊長と安田はヤマさんを救護へ運んで下さい。折れた肋骨が肺や内臓を傷つけている可能性が高く、一刻を争います」
そう言った島は、自分の肩に回していた山村の左腕を外す。
有無を言わせない態度で交代を促した。
長谷川は一瞬迷ったが、島の覚悟を見て山村の搬送を引き継ぐ。
「……分かった」
「死ぬなよ、島、関本…… SIT隊長として、お前達の殉職は絶対に許さん」
低く、重い声だった。
「死ぬつもりなんて毛頭ありませんよ」
島が静かに答えた。
「死んで二階級特進なんて御免です。
自分はこの事件を生きて乗り切り、実力で昇進して見せます」
「自分も同じです」
関本も続いた。
山村を抱えた長谷川たちが遠ざかる。
「死んでいった仲間達のためにも、俺達であのバケモノ野郎を何としてでも……」
島が関本に言った、その時だった。
「いいえ、お二人とも……僕がヤツを倒します」
背後からの声に島と関本が振り返る。
そこに立っていたのは伸田伸也だった。
「の、伸田さん! 皆元さんは……?」
「鳳さんに任せてきました」
島に答える伸田の口調は硬い。
ベレッタを構えながら伸田が続ける。
「鳳さんの言うには、この弾しかヤツには通用しないそうです」
それを聞いた関本が小声で呟く。
「正直……あの指揮官、あまり信用できません」
「気にするな」
島が即答した。
「俺も同じだ。だが、今はそれに縋るしかない」
前方でヒッチハイカーが動き出した。
「ヤツが来ます!」
関本が叫ぶ。
伸田、島、関本の三人が銃口を構える。
雪原を踏み砕きながら、ヒッチハイカーが突進してくる。
距離50メートル。
30。
20。
「撃てっ!」
ダダダダダッ!
タタタタタッ! タタタタタッ!
三丁のSMGの銃声が吹雪を裂く。
しかし怪物は怯まない。
顔を腕で庇いながら、なおも突進する。
15メートル。
10メートル。
「今だ!」
パンッ!
一発の銃声。
次の瞬間――
ヒッチハイカーは前のめりに崩れ落ち、雪原を転がった。
弾丸はヒッチハイカーの左足首を正確に貫いたのだ。
ゴロゴロ……ズザァッ!
「止まった?」
「当たった……のか?」
島と関本が同時に呟く。
誰もが信じられなかった。
だが次の瞬間、異変が起きる。
それはヒッチハイカーの左足首から始まっていた。
「ぐ、ぐぐ……こんな豆鉄砲が……」
立ち上がろうとしたその時、自分の異変に気づく。
「……熱い……?」
撃ち込まれた弾丸が体内で異常な熱を持ち、内部から組織を焼き始めていた。
筋肉で弾を排出するはずの肉体が、それを拒絶できない。
「ぐああっ!」
ヒッチハイカーは叫び、マチェーテを振り上げた。
そして、自らの左脚を断ち切った。
ズバッ!
だが――
次の瞬間。
切断面から肉色の触手が無数に伸び始める。
ぐじゅるるる……
再生が始まったのだ。
「な……んだ……あれは……」
「ば、化け物……」
島たちは絶句した。
だが伸田だけは、その異変を見逃さなかった。
「燃えてる……まだ燃えてる!」
切断され雪面に転がった左足首は、内側から燃え続けていた。
灰となり、吹雪に消えていく。
「これなら……いける」
伸田はベレッタを握りしめて呟いた。
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同時刻――
少し離れた林の中で揺れる二つの青白い光――。
反射する光源もないのに、それ自体が光るその眼は野生の獣のものか…?
闇に光る二つの眼は伸田達とヒッチハイカーの動向をジッと見つめている。
「あの坊や――
なかなかやるじゃねえか。
鳳が『式神弾』を託しただけの事はある。
俺の出番は無いんじゃねえか……」
二つの光の下から漏れ出たのは男の声だった。
事の成り行きを知る――この男の正体は?
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意識を取り戻した皆元 静香は、雪面に描かれた五芒星の中心にいた。
「君は助かった。だが戦いは終わっていない」
傍らに佇んでいた鳳が静かに語る。
「伸田さんは……?」
鳳の目から全裸の身体を隠すように毛布を引き上げる。
静香はこの男に好意を持っていない。
「戦っている」
鳳が短く答えた。
静香は祈る。
「どうか……無事で帰って……」
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吹雪の中――。
二本の足で大地を踏みしめる怪物がつぶやく。
「やはり俺は不死身だ」
ヒッチハイカーは笑った。
「必ず取り戻す。
“二つの命を持つ女”を……」




