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ヒッチハイカー  作者: 幻田恋人


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13/23

第13話「どうしても南へ行きたいんだ…⑪『血雪のログハウスに舞い降りる見えない翼』」

「このバケモン野郎が…」

 信じたくはなかったが、山村巡査部長は自分達SIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の主要火器であるSMGサブマシンガン:MP5SFKの撃ち出すFMJフルメタルジャケット仕様の9×19mmパラベラム弾が、目の前のヒッチハイカーに通用しない事を絶望的に(さと)った。


 足立巡査の遺体を(たて)にしても防ぎ切れない剥き出しの生身(なまみ)部分に、山村と関本の二人で斉射した9mm弾で負わせた傷口が、彼らの眼前で、みるみるうちに(ふさ)がって治癒(ちゆ)していく。

 それはまるで、傷の(なお)り具合を撮影した動画を早回しで見ているようだった。

 今…目の前にいる連続殺人事件の被疑者であるヒッチハイカーは、いくら傷を負わせてもすぐに治癒(ちゆ)する再生能力を持った正真正銘の怪物なのだった。


 警察官として数々の凶悪事件に対処して来た二人だったが、目の前で起こっている光景など信じられる筈がなかった。こんな事が現実に起こり得るものなのだろうか?

 こんな怪物が相手では、SITがいくら総動員で挑んだところで確保など出来る訳が無い…山村は長い警察官人生において初めて弱気になり、(あきら)めに近い思いを抱いた。


「信じとうないけど…こいつは人間なんかやのうて、正真正銘のバケモンや。

こんなヤツ相手に通常火器が役に立つかいな。こいつを殺すんやったら爆薬でも使(つこ)て吹っ飛ばすしか無いで…」

 山村は自分が得意とする爆破を頭に思い描いた。


「待てや、爆薬…? やれるんちゃうか!」

 山村は自身のつぶやきをヒントに、ある考えが(ひらめ)いた。


「おい、セキ…しっかりせえ! 俺に考えがあるんや。ちょっとでええから、ヤツを足止めしといてくれ。頼んだで!」

 山村は自分と同様にヒッチハイカーに対しての無力さ加減を感じて、呆然(ぼうぜん)としていた関本巡査に声をかけた。


「りょ、了解です。自分がSMGの残弾をフルに使って、出来るだけヤツの動きを止めておきます。その間に山村部長は何とかして下さい。た、頼みますよ…」

 勇ましそうなセリフとは裏腹に、今にも泣き出しそうな表情の関本は撃ち尽くしたSMGを新しい弾倉に交換した。

ガシャッ!


「来い! お前の相手は、この俺だ! 食らえ、化け物!」

タタタタタッ! タタタタタッ!

 関本が引鉄を引くと、SMGが軽快な音を立ててヒッチハイカーに9mm弾を浴びせた。明滅を繰り返す銃口が銃弾を吐き出すと共に周囲にきな(くさ)(にお)いの硝煙(しょうえん)が漂う。

 関本は自分の腕にSMGの発射に伴う反動が感じられる間だけ、安心感を得る事が出来た。

 だが、弾倉が空になった瞬間、その安心感は消え去ってしまう。自分の恐怖感を早く山村が拭い去ってくれる事を信じて、彼はヒッチハイカーに立ち向かった。


タタタタタッ!


「頼んだで、セキ…」

 山村は自分の着ているベストの収納ポケットから、ログハウスへの突入の際に使用したプラスティック爆薬C4の残りを取り出した。C4の見た目は乳白色をした粘土(ねんど)の塊の様な代物(しろもの)である。


 C4は粘土状に加工された爆薬で、自在に形を変えられる上に安定性も高い上に、信管を使わなければ簡単には爆発しない特性を持つ。

 したがって、爆破工作に非常に向いている爆薬といえる。


 大量と言うには程遠かったものの、山村の考えでは自分の持つC4の残量に島の所持分を足せば、計画には十分な量の(はず)だった。

 山村は意識を失って倒れたままでいる島の元へと駆け寄り、彼のタクティカルベストの幾つもある収納ポケットを開くと、中に入っていたC4を取り出した。

 今回の作戦では相手が相手だけに、山村と島の両名とも通常よりも多めのC4を携行していた。錠前の爆破に使用した分が少量で済んだため、自分達の残量を合わせれば十分な爆破工作が出来そうだった。

 山村は県警の中でも爆発物に関する知識と経験が非常に豊富であり、SIT全隊員の中で最も爆薬の扱いに精通したスペシャリストだった。


 山村は島の(となり)に横たえた片岡の遺体が着用しているベストも念のために改めた。今回は爆破要員の役割では無かった片岡はC4こそ持っていなかったが、未使用のSMGの予備弾倉を5本所持していた。

「片岡…使わせてもらうで…」

 目を閉じ片岡の遺体に合掌(がっしょう)して丁重に(おが)んでから、彼のベストから予備弾倉を取り出した山村は、ヒッチハイカーの足止めをしている関本を振り返った。


「セキっ! 片岡の形見や! こいつも使(つこ)たれ!」

 そう叫ぶと山村は、SMGを撃ちつつ顔だけ振り向けた関本に予備の弾倉を一本放り投げた。


 ちょうどSMGの弾丸を撃ち尽くした所だった関本は、左手だけで器用に飛んできた弾倉を受け取ると同時に、右手で空になった弾倉を外して()め込んだ。その間、数秒とかからない。

 関本の特技は左右どちらの手でも銃を器用に撃つ事が出来、『スイッチガンナー』と呼ばれる特技を(ほこ)っていた。

 

「セキ、もう一本ブチかませ!」

 SMGの発砲を再開した関本に、山村は新たな予備弾倉を放り投げる。関本はまたしても、右手で引鉄(ひきがね)を引きながら左手だけで飛んできた弾倉を受け取る。


「ヤマさん、早くして下さいよ! こっちは、長く持ちそうにない!」

 関本が言った通り、足立の遺体を盾にしたヒッチハイカーがじりじりと近付いていた。


「分かっとる! もうちょっと辛抱(しんぼう)せえ!」

 切実(せつじつ)な関本の言葉に叫び返した山村は、C4を持って二階にある二部屋のうち近い方に飛び込んだ。そして、室内の構造を上下左右に素早く見回す。

 部屋の天井部分は、木造の雰囲気を(じか)に楽しむためだろうか、()き出しの丸太が組み合わさった構造が室内から直接見える造りとなっている。

 山村は室内のベッドを壁に寄せて上に乗り、天井と床に数か所ずつ、構造上最も負荷のかかる部分に信管を取り付けたC4爆薬をセットした。そして床の中央部分にもC4を取り付けた。


「よっしゃあ! セキ、もうええ! そのバケモン、この部屋に連れて来い!」


 山村が叫んだ部屋を関本が振り向いた。その一瞬の隙を見逃さず、盾代わりにしていた足立巡査の遺体を無造作に横へ放り投げたヒッチハイカーが、右手に持ったマチェーテ(山刀(やまがたな))を関本の頭上に向けて振り下ろした。


ガッシィーンッ!

 関本が両手で構えて受け止めたSMGの鋼鉄製バレルが、竹でも切るかのように簡単にスパッと切断された。


「うわああっ!」

 (あわ)てた関本は、使い物にならなくなったSMGをヒッチハイカーの顔に向けて(たた)きつけたが、今度は横薙(よこな)ぎに振るって来たマチェーテがSMGを(はじ)き飛ばした。危うく首まで切断されそうだった関本は間一髪で(かが)んで身を(かわ)すと、その一連の動作のまま、床に落ちていた片岡のSMGを左手で拾い上げた。

 そして、山村が呼んだ部屋へ駆け込もうとした関本の背中めがけ、ヒッチハイカーがマチェーテの鋭い刃先を突き出そうとした、その時だった。


「島警部補っ! 山村巡査部長っ! みんな、二階ですかっ?」

 階下から聞こえて来たのは、救い出した皆元 静香(みなもと しずか)を三班の元に送り届け、ログハウスに戻って来た足立巡査の叫び声だった。


「ん…?」

 今まさに関本の背中を(つらぬ)こうとしていたヒッチハイカーの動きが止まった。


「何しとんじゃ、セキ! はよ()んかい!」

 山村の叫びに応じて、関本は部屋へと飛び込んだ。

 そして、床で転がりながら見事な受け身を取った関本は、起き上がると同時に片岡の形見となったSMGに新たな弾倉を装填(そうてん)した。


「安田あっ! お前は上がって()んな! リビングの外で待っとけ! せやないと、お前もペッチャンコやぞ!」

 山村が階下にいる安田に向けて叫ぶ。

 関本はヒッチハイカーを誘うように単発射撃でヒッチハイカーの身体に数発撃ち込んだ。

 もちろん、そんな攻撃が怪物に()(はず)も無かったが、階下の安田へと向いていたヒッチハイカーの関心を再び自分達の方に向ける事には成功した。


「こっちへ来い、化け物! お前の相手は俺達だ!」

 関本が挑発するように叫び、単射モードで断続的に銃弾を叩き込みながら怪物を自分の方へと誘導した。


「ようし、そうだ。そのまま入って来い!」

 関本はヒッチハイカーに向けて、左手で『おいで、おいで』の手招(てまね)きをして挑発して見せた。


「セキ! お前はこっちや!」

 山村は部屋のテラスへ通じる()き出し窓を開け放ち、関本に来るように手招きした。

 関本は山村の命令通りに後退しながらテラスへ出た。


 関本に続くように、2mを超すヒッチハイカーが巨体を(かが)めて扉の鴨居(かもい)(くぐ)り抜け、ゆっくりと室内に入って来た。

 そして、残忍な笑みを浮かべた怪物は冷酷な光を放つ目で二人を凝視(ぎょうし)しながら進んで来る。

 殺意を全身から(みなぎ)らせた怪物は力強い自信に満ち(あふ)れ、まったく警戒している様子は見られない。

 そのヒッチハイカーの足が、部屋の真ん中辺りに差し掛かった時…


「今や! 死にさらせ!」

 山村が自分で仕掛けたC4の遠隔(リモコン)起爆装置のスイッチを押した。


カチッ!

ボボンッ!


 ちょうど、部屋の中央に立っていた怪物の足元で床が爆発した。

 真上に立っていたヒッチハイカーの右膝から下部分が爆発で千切(ちぎ)れ飛び、さすがの怪物も叫び声を上げた。

「ぐわあっ!」


 ヒッチハイカーは爆発で床に開いた大穴に(へそ)まで落ち込んだが、床の無事な部分に両手を突いてそれ以上の落下を防いだ。

 結果的に怪物の巨体の半分が()まり込んだ状態で落下が止まった。


「や、やった! ヤマさん、やりました!」

関本が歓声を上げた。


「アホ抜かせ! まだ終わりちゃうわいっ! 本番は、これからじゃ!」

 不敵な笑いを浮かべた山村が別の起爆スイッチを入れた。


ボンッ! ボボンッ! ボンッ!

 床の隅と天井に仕掛けてあった複数のC4が同時に爆発を起こした!


メキメキメキッ! バキバキバキッ!

ガラガラガラーッ!

 山村が各所に仕掛けたC4が部屋の床を支える構造部分を吹き飛ばしたため、床自体とその上に載っていた家具やベッド、そしてヒッチハイカー自体の重量に耐えきれずに建材がへし折れ、部屋の天井と床が階下に向かって崩落(ほうらく)した。


「ぐおおおーっ!」

バキバキバキッ!ズドドドドドーッ!


 ヒッチハイカーは叫び声というよりも吠えながら、(くず)れた床と一緒に落下した。その上に、爆発で折れた部屋の天井や(はり)を構成していた大量の板や木材が、階下のリビングルームに向かって降り注いだ。


「よっしゃあ! やったったあっ! お(まわ)りナメんな、ボケっ!」

「すげえ… やりましたね、ヤマさん!」

 テラスに立つ山村と関本は顔を見つめ合い、ハイタッチを交わして互いの健闘を(たた)えた。


「だが、あれでヤツが死んだかどうか分からん。セキ、とにかく警部補を救出や!」

 山村が怒鳴った。

「了解です!」


 二人のいるテラスと島が倒れている階段前ホールとを繋いでいた部屋そのものが無くなってしまった訳だが、テラスは隣の部屋とも通じていた。

 廊下側からだけではなく、共同テラスを通じて部屋同士が行き来できる構造になっているのだ。

 二人は山村が見事に計算した爆破で損害の少なかった隣室を通り、島のいる階段ホールへ向かった。

 

 

 

     ********

 

 

 

「うわあああっ! 何だ、こりゃあっ!?」

 二階からの山村の指示通りリビングに入らず階段下で待機していた安田は、目の前で起こった光景に仰天の声を上げた。

 突然、二階で複数の爆発音が続いて起こったと思った次の瞬間、目の前のリビングルームの天井が崩れ落ちて来たのだった。大量の木材や家具がリビングに降り注いだ。

 山村の指示を無視して自分が室内に居た事を想像した安田はゾッとした。何トンもの重量の木材に押しつぶされ、いくらスポーツや武道で(きた)え上げた頑健(がんけん)な肉体とは言っても、間違いなく安田はペシャンコの肉塊に姿を変えていた事だろう…


「そうか、ヤマさんがお得意のC4を使ったんだな。そうすると…今、ヒッチハイカーも一緒に落ちて来たわけだよな…?」

 そうつぶやくと、安田はSMGを油断なく構えながら粉塵(ふんじん)が舞い、真新しい折れ口から強い木の香を放つ大量の木材の山が積もったリビング内をこわごわ(のぞ)き込んだ。

 

 

 

     ********

 

 

 

「島警部補! しっかりして下さい!」

 山村が(かか)え起こした島の(ほほ)を平手で数回叩いた。


「ん…ううっ…う…ん」

 山村が何度か頬を叩くと、小さく呻きながら島が目を開いた。


「良かった、警部補が目を覚ました。」

 横から(のぞ)き込んでいた関本が、うっすらと目を開けた島の顔を見て(うれ)しそうに言った。


「ううぅ… ヤマさんにセキ…? か、片岡は?」

 二人の部下に助けられ、身体を起こしてもらった島が山村に()いた。


 悲しそうに首を横に振った山村が声を震わせながら答えた。

「残念ですが…片岡と足立(あだち)の両名は、殉職(じゅんしょく)しました。」


「何…? 足立までが…」

 自分の周囲を見回した島は、すぐに少し離れた床に横たえられた部下達二人の遺体を見つけた。


「おおお… お前達… 何て事だ… くそっ! ヤマさん、あのバケモノは?」

 島は二人の遺体に向かって合掌(がっしょう)黙禱(もくとう)した後、怒りに燃えた目で山村を問い(ただ)した。


「今、C4でぶっ壊した床から落ちよったヤツの上に、山盛りの建材や家具をぶちまけたったとこです。」

 そう言って山村は破壊した部屋の方を()し示す。

 部屋の周辺には、炸裂(さくれつ)したC4の火薬と硝煙の(にお)いが(ただよ)い、崩落(ほうらく)で生じた粉塵(ふんじん)が空中を舞っていた。


「何をやったって…?」

 いまだふらつく頭で山村の話を理解しきれなかった島は、関本の力を借りて床から立ち上がった。

 そして、崩れ落ちた部屋の内部を入り口から見下ろした。

 確かに山村が言った様に、落下した木材や室内の家具などが下の階のリビングルームの上に山の様に積み重なっていた。


「無茶苦茶するな…ヤマさん。だが、この程度では恐らくヤツは死なんぞ。」

 山村に目を向けて島が言った。


「自分もそう思うんですわ。せやけど、ヤツの右膝から下をC4で吹っ飛ばしてやりました。」

 初めてニヤリとした笑みを顔に浮かべると、山村が誇らしげに年下の上司に報告した。


「ヤツの右足を… そいつはすごいよ、ヤマさん!」


 島に山村、それに傍で島の身体を支えながら話を聞いていた関本巡査達の三人全員が顔を見合わせて、初めて嬉しそうに笑みを浮かべた。彼らはヒッチハイカーに怪我を負わせた事で、初めて一すじの光明を見い出した気がした。


「ヤマさん、俺のC4も使ったんだね? 残りは?」

 自分のタクティカルベストの収納ポケットを押さえながら島が山村に(たず)ねる。


「ええ、警部補の分も使わせてもらいましたで。さっきので、自分のも含めてC4は全て使い切りましてん。あと自分の装備で残っているのは特殊閃光手榴弾(スタングレネード)のM84と予備のSMGの弾倉が5本。後はベレッタとベレッタ用の予備弾倉が1本ですわ。」

 山村が自分の装備を確認しながら島に答えた。山村はヒッチハイカーへの銃撃を関本に任せていたので、自分の銃弾の消費は少なかったのだ。


「自分はSMGの予備弾倉2本とベレッタと予備弾倉1本に加えてM84です。」

 関本が自分の残弾を確認しながら言った。こちらはヒッチハイカーに対して必死で応戦したのだから残弾が少ないのは仕方があるまい。


「俺も似たようなもんだ。SMGの弾倉が4本にM84とベレッタだな。俺達3人でこれだけの装備じゃ、ヒッチハイカーを相手にするには心もとないな…」

 二階の床に開いた穴から階下の瓦礫に埋もれたリビングを見下ろしながら、島がボソッとつぶやいた。


「そうだ。警部補、安田が戻って一階で待機しています。」

山村が島に言った。


「そうか… 俺達Aチームの残った4人で、殉職した片岡と足立の(とむら)い合戦をやってやらなきゃな。もちろん、ヒッチハイカーの犠牲になった他チームのSIT隊員達みんなのためにも…」

 

 島がそう言うと、山村も関本も同時に大きく(うなず)いた。


「よし、とにかく階下に降りよう。安田と合流してヒッチハイカーの様子を見てみよう。」

 そう言って島は階段を降り始めた。山村と関本が続く。


「安田! 大丈夫か?」

 階段を下りながら島が階下にいるはずの安田に話しかける。三人とも階下への警戒は(おこた)らない。


「島警部補! ご無事だったんですね! 山村部長に関本さんも…」

 降りてくる三人を迎える形の安田が、嬉しそうに言った。


「あれ? 片岡さんと足立さんは…?」


 皆元静香を運んで外へ出ていた安田は、中の状況を何も知らなかったのだ。

 降りて来た三人が悲しそうに首を横に振るのを見ても、安田には信じられなかった。いつも一緒に厳しい訓練を受けたり、冗談を言い合っていた仲間が死んだという現実を受け止められなかった。

 みんな自分にとっては気のいい先輩達だった。ついさっきまで、行動を共にしていたのだ。それが…


「でも、これでヤツは死んだのでしょうか?」

 

 この安田の疑問は全員の疑問でもあった。島は答える代わりに首を振った。


「俺にも分からんが、この程度で死ぬヤツなら事は簡単なんだがな…」


 島のつぶやきに、質問を発した安田を含めた全員が小さく頷いた。口にこそ出さなくても、ここにいる一同が島と同じ危惧を抱いているのだ。あの怪物に再度襲われたら、今の自分達の状況と装備では太刀打(たちう)ち出来そうに無い事は、全員が身に()みて理解していたのだった。

 この場のリーダーである島は、部下達の顔に疲労と恐怖が浮かんでいるのを見て、自分の顔にも同様の表情が浮かんでいる事を疑わなかった。

 

 

 

     ********

 

 

 

「さっきログハウス内で起こった爆発音と(くず)れ落ちる音って…? 特殊閃光手榴弾(スタングレネード)M84の投擲(とうてき)で割れ残ってたリビングの窓ガラスが、爆発の振動で全部割れ落ちましたよ…」

 毛布にくるまれた皆元 静香(みなもと しずか)を抱きしめ、手で(さす)って温めてやりながら、伸田 伸也(のびた のびや)が長谷川警部と鳳 成治(おおとり せいじ)の二人に不安そうな顔を向けて訊いた。


「恐らく、うちの隊員がC4爆薬を使ったんでしょう。山村巡査部長は爆発物のエキスパートです。」

 長谷川が伸田と鳳に向けて説明した。


「だが、なまじヤツに中途半端な怪我(けが)を負わせると、隊員達の身が危ないぞ…」

 ログハウスを見つめながら鳳が誰に言うともなくつぶやいた。


ドッガーンッ!


 突然、三班の3人の見守る中…ログハウスの内部で何かが爆発した様な激しい衝撃音と共に、リビングの窓を破って大量の物を凄まじい勢いで室外へと吐き出した。

 部屋の内部から爆発的に飛び出して来た木材がリビングの窓にぶち当たってアルミサッシの窓枠ごと外へと吹っ飛んできた。


「な、何の音だ?」

 普段は冷静沈着な鳳もさすがに驚き、ログハウスの方を見ながら叫んだ。


「何ですか? 今のもC4の爆発?」

 伸田が長谷川を振り返って尋ねた。


「いや、あれはC4の爆発じゃない。彼らはそんなに大量のC4を所持しちゃいない。残った分はさっきの爆破作業で使い切ったはず…」

 長谷川がログハウスに向かって数歩近付きながら答えた。

 

 

 

     ********

 

 

 

「うわあーっ!」

「な、何だーっ!」


「全員、退避ーっ!」

 島が部下達に向かって叫んだ。


 4人の生き残り隊員達の見ている前で、リビングにうず高く積み重なっていた瓦礫の山が、内側から生じた爆発の様な凄まじい衝撃で吹っ飛んだのだ。


「ぐわぁーっ!」

 島達4人の立っていた階段下のスペースにもリビングから瓦礫の一部がはじけ飛んで来た。その中の弁当箱サイズもある木片がリビング側に立っていた山村巡査部長の左わき腹にぶち当たった。SITの装備であるボディーアーマーを着用していなかったら、間違いなく山村は即死だったろう… それでも、彼の左側肋骨の何本かが折れた様だった。叫び声と共に、山村の口から泡まみれの血が噴き出した。


「全員、外へ退避だ! 安田、お前はヤマさんを抱えろ! 俺と関本は後方を守る! 急げ!」

島が叫んだ。

 

「了解! 山村部長! しっかりして下さい!」

 安田巡査が山村巡査部長に肩を貸し、半分抱きかかえる様にして玄関へと向かう。


 島と関本は先行する二人を守るべく、後方に向けてSMGを構えたまま後ずさりした。関本は山村の所持していたSMGを左手に構え、自分のSMGは右手に構えるという両手撃ちの体勢を取っていた。彼は左右どちらでも器用に銃を撃てる『スイッチガンナー』なのだ。


「急げ!」

 そう叫びながらリビングの方を向いた島は、そこに驚くべき光景を見た。


メキメキメキ! バキバキッ!


 さっきの爆発でまだ吹き飛び切っていなかった材木や板が、下から何か強い力によって持ち上げられてきた。そしてその瓦礫(がれき)の山の下から、ゆっくりと起き上がって来たのは…


それは、まさしくヒッチハイカーだった…


 彼が頭からポンチョの様に(かぶ)っていた毛布は、ボロボロに(やぶ)けて辛うじてぶら下がっているという有様(ありさま)だった。そして、立ち上がったヒッチハイカーの右膝から下は、C4の爆発で吹き飛ばされたままだった。不死身の様な肉体の再生力を誇った彼も、さすがに完全に失ってしまった身体の部位までを元通りに再生修復する事は不可能なのか。

 それが証拠に、彼は右脇の下に折れた木材を松葉杖の様にして床に突き立てて身体を支えていた。やはり、無事な左足だけでは立っているのも困難らしい。


 その姿を見た島は、怪我(けが)をした山村を抱える安田に向かっていった。

「ヤツはヤマさんの爆破で右下腿を失った。あれじゃ素早くは動けんだろう。今の内にログハウスから離れるぞ。だが油断はするな。

 安田は長谷川警部達の所までヤマさんを連れて行け! 後衛(こうえい)は俺と関本に(まか)せろ!」


「了解です、島警部補! それじゃあ、行きますよ、巡査部長!」

 

 巨漢で力持ちの安田が山村を引きずる様にしてログハウスの玄関を出た。その後を、まず島が外へ出て、しんがりは二丁のSMGを構えた関本が後ろ向きに進む形で続いた。




********




「あっ! ログハウスからAチームの人達が出て来ましたよ!」

 静香を抱きしめたままログハウスを見つめていた伸田が嬉しそうな声を上げた。


「先頭は…負傷した誰かを安田巡査が肩を貸して支えているようだな。安田に抱えられているのは山村巡査部長か…?」

 さすがに隊長である長谷川警部には、遠目にでも部下を判別出来るようだった。


「ふむ… ログハウスから出て来たのは4名だな。そうすると、突入した両班合わせて6名の内で2名がヤツに()られた訳か……人質を無事救出した上で、その犠牲なら上出来だ。」


 その無神経な鳳の発言を聞き、今回の作戦遂行において多くの自分直属の部下達を失った長谷川が顔をしかめて抗議しようとした時だった。


バラバラバラバラ…


 意識を失っている静香を除いた三人が、吹雪の吹き荒れる夜空を(あお)ぎ見た。

 (かす)かだったが、四人のいる地点の上空からヘリコプターのローターが回転時に立てる様な響きが、吹雪の吹き荒れる音にも()き消されずに地上にいる者達の耳に聞こえて来たのだった。しかし、こんな吹雪の夜空をヘリコプターが飛ぶなど正気の沙汰(さた)では無かった。


「何だろう? ヘリ…でしょうか?」

「こんなひどい吹雪の中を? あり得ない…」


 伸田と長谷川が不審そうに(ゆが)めた顔を見合わせてつぶやき合った。だが…三人の中でたった一人、(おおとり)だけが上空を見上げてニヤリとほくそ笑んでいた。


「やっと来てくれたか。黒鉄(くろがね)(つばさ)…」

 鳳がつぶやいた声に、他の二人は気付かなかった。もっとも、たとえ聞こえたとしても、その『黒鉄の翼』と言う言葉の意味する所が何の事か分かる(はず)も無かったが…


 たしかに上空からヘリが飛ぶ時のローターの回転音に似た音が聞こえているのだが、音のする方にヘリの機体など確認出来ないのが不思議だった。

 だが、間違いなく上空に何かがいる… それが証拠に、上空のある高さにおける吹雪がそれ以上の強さを持った明らかに人工的な風圧を受けて()き回され、その部分だけ雪が吹き払われているのだった。自然の吹雪に(さか)らう風圧を発生する何かが、その中心に存在する(はず)なのだ。

 だが、その存在は、地上から見上げる人間の肉眼では確認出来なかった…

 この見えない存在こそが、鳳のつぶやいた『黒鉄(くろがね)(つばさ)』なるモノなのだろうか…?

 

 

 

     ********

 

 

  

「山村部長、しっかりして下さい! 向こうに隊長や伸田君の姿が見えます。あと少しですよ!」

 安田巡査が自分の肩に寄りかかって、苦しそうな荒い呼吸を吐きながらよろめき歩く山村巡査部長を(はげ)ました。この山村の呼吸の悪化状態は、折れた肋骨(ろっこつ)が肺を傷付けているためと思われた。山村の顔色はチアノーゼ症状を起こしており、ひどく悪かった。

 一刻も早く彼を病院へ運んで手当てを受けさせねば…

 安田は編み上げブーツが深く沈み込む雪の中を、出来るだけ山村に負担をかけない様に注意しながら急いだ。


バーンッ!


 その時。突然リビングの室内に積み重なっていた二階部分の残骸が爆発の様な凄まじい勢いで吹き飛び、ガラスが木っ端微塵に砕け散った掃き出し窓を枠ごと完全に破壊してログハウス外へと飛び出したのだった。


 破壊されて原形を(とど)めていない()き出し窓から姿を現したのは、半裸の全身が自分の手に掛けた犠牲者達の血にまみれた2mを超えるヒッチハイカーの巨躯(きょく)だった。


「ヤツが出て来たぞ! 撃て! 関本!」

 背後を警戒していた島警部補が隣に立つ関本に呼び掛けながら、現れたヒッチハイカーに銃口を向けたSMGの引鉄を引いた。

タタタタッ!

 島がヒッチハイカーに銃口を向けたSMGの引鉄(ひきがね)を引いたが、関本は撃とうとしなかった。


「どうしたんだ、関本! なぜ撃たん?」

 いったん撃つのを中止し、隣で呼びかける島に関本はヒッチハイカーを凝視(ぎょうし)したまま震えながら答えた

「け、警部補… ヤ、ヤツの右脚…」

 震える声で、そうつぶやいた関本の凝視(ぎょうし)する先を見た島の全身にも同様に、寒気(さむけ)と共に震えが走った。

「うっ! そんな…」


何という事だろうか…?


 現れたヒッチハイカーの、山村が仕掛けたC4の爆発で間違いなく吹き飛ばされ千切れ飛んだ(はず)の右(ひざ)から下の部分が、元通りの形に再生していたのだった。

 まるで、最初から爆発など起こらなかったかの様に…

 

 もうヒッチハイカーは… 松葉づえ代わりの木材など必要とせずに、自分の二本の脚だけで雪の降り積もった大地にしっかりと立っていたのだった。

 これで正体が何者であるにせよ、ヒッチハイカーが完全に人外(じんがい)の存在だと認識出来た事になる。

 ところが、どうした事なのだろうか?

 この場におけるヒッチハイカーを見つめる者達全てが恐れおののき、寒さだけではなく恐怖で身を震わせている中で、ただ一人鳳 成治(おおとり せいじ)の表情には不敵な笑みが浮かんでいた。

 目の前の恐ろしい現実に、彼だけが恐怖を感じるどころか余裕さえある様に見える。

 鳳には、まだ他の者達に秘密にしている事があるのだろうか?

 そして、彼が口にした『黒鉄の翼』とはいったい…?

 

 

 

     ********

 

 

 

「お、俺の…千切(ちぎ)れた脚が、また元通りに()えてきた…

 そうだ、俺は死なないんだ…俺の身体は不死身なんだ。ハハハ…」


 ヒッチハイカーは全身を吹き荒れる吹雪に()されながら、再生した右脚で地面に積もった雪をザクザクと音を立てて何度も踏みしめると、ニヤリと笑った。


「これでよし。それじゃあ、あの女を取り戻しに行くか。

 あの、二つの命を持つ女(・・・・・・・・)は俺のモノだ…」

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