第12話「どうしても南へ行きたいんだ…⑩『壮絶!! ログハウス・死の攻防!』」
目標であるログハウスまで後約50mという地点まで来たところで、長谷川警部がヘルメットに内蔵された無線で全員に向けて合図を送った。『止まれ』の合図だった。
SIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)隊員ではない伸田だけが合図を理解出来なかったが、隣を歩いていた安田巡査が伸田の名を呼び停止する様に手で指示したので、一人だけ先行せずに済んだ。
「長谷川だ。全員、よく聞け。今から作戦を伝える。これより我々は三班に分かれる。
一班は島警部補を班長とし、片岡巡査と安田巡査の3名で構成する。二班は山村巡査部長を班長とし、関本巡査に足立巡査を加えた3名だ。三班は私が班長で鳳指揮官と伸田氏の3名とする。
一班にはログハウスの正面入り口から突入してもらう。二班は勝手口など別の出入り口から屋内へ侵入だ。三班は外で待機し、両班への指示と共に有事の際にはバックアップに付く。
これでよろしいですね、鳳指揮官?」
長谷川が自分が立てた作戦を、この場の指揮官である鳳に確認した。
「私はそれで構わん。作戦の立案及び指揮は君に任せる。もちろん私も君に従う。」
長谷川の右手、5mほど離れた位置に立っていた鳳が、右手の親指を立てて見せた。了承した印だろう。
「では、続ける。一班と二班は共に携行したプラスチック爆薬『C-4』で両ドアの鍵及び接合部を同時に爆破しろ。それを確認し次第、三班の私がM84スタングレネード(閃光手榴弾)を、窓越しにリビングへ投擲する。
M84の爆発を合図に一班と二班が同時に突入だ。
人質の皆元さんのいるリビング内では、やむを得ない場合以外での発砲は禁止する。
皆元さんを安全に確保した後は各個の判断に於いてヒッチハイカーへの発砲を許可する。この場合も人質及び仲間への発砲には注意しろ。私からは以上だが、何か質問はあるか?」
長谷川が全員に命令を通達し終えた後、島警部補が発言した。
「おおむね了解です。しかし、皆元さんの所在はリビングで間違いないんですね? それに先ほどヒッチハイカーはログハウスの屋根に出ていると、鳳指揮官は仰ってましたが…」
すぐに鳳が答えた。
「その通りだ。ヒッチハイカーは、ついさっきまで屋根の上にいた。おそらく、ヤツは我々の接近を感知したんだろう。ヤツの五感なら我々の人数や距離までも察知したと見ていいだろうな。」
島の次に山村が発言した。
「山村巡査部長です。指揮官殿は嫌にヤツの事を知ってはるんですね。」
今まで発言の少なかった山村が鳳に向かって皮肉めいた口調で言った。
どうやら彼は、押しかけ的に現れて強引に指揮官の座に納まった鳳に対して反感を持っているらしかった。
「この際、はっきり言おう。その通りだ。
私はこれまでにもヤツと同種の怪物と幾度も対峙して来た。」
鳳が全員の顔を見回すと、皆が一様に驚きの表情を浮かべていた。
ヘッドセット越しに隊員達や伸田のどよめきが聞こえてくる。それを確認した鳳は再び口を開いた。
「昨夜から続く今回の事件において、諸君達の同僚であるSITの他チームの警官達が全滅した状況や、君達自身のヤツとの戦闘体験でも分かるだろう。ヒッチハイカーは君達の装備しているSMGや自動拳銃程度では倒せない。いや、通常の火器で傷付けてもすぐにヤツの身体が再生してしまうのは、すでに君達も目にした通りだ。
国家機密に関わるため詳細は伏せるが、私はヤツを殺せる9mm弾を持っている。
その弾丸を装填していた私のベレッタはヤツに破壊されてしまったが、マガジンと装填されていた銃弾は無事だ。」
鳳がジャケットの内ポケットからベレッタの弾倉を取り出し、全員に掲げて見せた。
またもや隊員達にざわめきが起こったが、鳳が掲げて見せたのは何の変哲もない通常の弾倉だった。
「いったい、その9mm弾にどんな威力があるというんですか?」
銃器マニアでもある伸田が興味深そうに質問した。
「それは機密事項だ。だが私自身、ヤツと同種の怪物との戦いで同じ弾丸を使用し、十分な効果を確認している。
効果は実証済みだが、言うまでもなく目標に当たらなければ何の意味も無い。ただし、ヤツの身体に弾丸が掠っただけでも、ある程度の効果は期待出来ると思ってもらっていい。」
皆の視線が鳳の右手に握られた弾倉に集中する。
「だが、私が現在所持しているのは、この弾倉に入った15発だけだ。これを全員に配布するとなると、一人当たり一発もしくは二発のみだ。
この吹き荒れる吹雪の中で高速で動き回る相手に命中させるのが困難なのは、射撃に長けた諸君には十分理解出来るだろう。さあ、この状況をどうすべきだろうか?」
鳳は皆の反応を待つべく黙った。
「山村です。あなたの話が本当なら、その特殊弾を無駄にする事は出来へんのんちゃいますか。
せやったら、一番射撃の上手いもんが持って、ヤツを撃つべきやないですか?」
山村が隣に立つ島を意識しながら言った。
島は県警ナンバーワンの射撃の腕前を誇り、県警代表として警察庁主催の全国大会に毎年出場しては上位に入賞し続けるほどの実力だった。
「私もヤマさんと同意見です。だが、その弾丸は私ではなく伸田さんが所持すべきだと思いますね。」
島の意見に全員の目が一斉に伸田に向けられた。
すでに伸田の腕前を目の当たりにしていたAチームの隊員達から反対の意見は出なかった。伸田は自分達の命を一度救っている。
若い安田と関本はうんうんと頷いて賛意を示した。
鳳と長谷川は伸田の発砲について島の報告を受けていたが、隊員達の反応を見て驚いた。
射撃に関するエキスパートの集まりと言えるSITの隊員達から、これほど絶大な信頼を寄せられる伸田の射撃の腕前とは、いったいどれほどの物だと言うのか…?
実際に見ていない鳳と長谷川の二人は首を捻るだけだった。
「どうやら、唯一の民間人である伸田さんはAチームの猛者達に絶大な支持を得ているようだ。長谷川警部、君の意見は?」
鳳が苦笑しながら右隣の長谷川に尋ねると、長谷川は大きく頷いて見せながら答えた。
「私は、Aチームの隊員達が支持する伸田さんの腕を信じようと思います。」
長谷川の言葉に鳳は笑った。
「ふふふ… 犯罪者なら泣く子も黙るSITの面々は、実は大甘の連中なんだな。
自分達の命運を一民間人の青年に賭けるとはね。分かったよ、私もその賭けに乗ってみよう。
そらっ、伸田君! ヤツを任せたぞ!」
そう言うと、鳳は右手に握っていたベレッタの弾倉を自分の左隣に立つ伸田に向けて放った。
パシッ――。
吹雪の中を正確に飛んできた弾倉を、伸田は右手でしっかりと受け止めた。
「これが、ヒッチハイカーを倒せる弾丸…」
伸田は受け取ったマガジンを矯めつ眇めつしてみたが、どう見ても普通の9mm弾倉だった。伸田は15発入りの複列弾倉の開口部から指で一発抜き出してみた。
見た目は通常の9mmのパラベラム弾だ。
だが、弾頭部は警察仕様のFMJ弾ではなく、鉛の露出したソフトポイント弾だった。
「ん? 弾頭に何か模様が刻んである…」
伸田は先端が平らになった鉛の弾頭部に目を凝らした。
「この模様は……ペンタグラム? 五芒星だ。」
弾頭に刻まれた印を認識した伸田が顔を上げた瞬間、目の前に人影が立っていた。
「うわっ!」
いつの間に近づいたのか、すぐ鼻先に鳳が立っていたのだ。
吹雪の音に紛れたのか、それとも鳳自身が気配を消していたのか――彼が雪を踏む気配を、伸田はまったく感じ取れなかった。
「鳳さん! い、いつの間に…?」
驚く伸田に鳳が言った。
「その通りだよ。それは五芒星の刻印だ。しかも、現代日本における稀代の陰陽師が、手ずから一発ずつに念を込めて五芒星を刻み込んだ弾丸だ。
その弾丸には陰陽術を封じ込めた『思業式神』が宿っている。
名付けて『式神弾――(shikigami bullet)』だ。
その意味を肝に銘じて、無駄弾は使わないでもらいたい。」
自分の言いたい事だけ言い終えると、鳳は背を向けて元の自分の立ち位置へと戻って行った。
「あんな事言われちゃ、凄いプレッシャーなんだけど…
それにしても…その五芒星だとか式神弾とかが、あの怪物に本当に通用するのか…?
ヤツはドラッグでイカレた薬物中毒のサイコパスなんだろ?」
ブツブツと伸田が独り言をつぶやく。だが、彼は静香を救うためならどんな手段でも使うつもりだった。
たとえ怪しげな弾丸でも、今の伸田には縋るしかなかった。
「よし。では、先ほどの作戦で行くぞ。三班に分かれて進め。」
長谷川の言葉に従い、それぞれが指示された班を組んでログハウスへ向けて歩き始めた。
「待っててくれ、シズちゃん。僕が必ず君を助ける。」
そう心に誓った伸田は、長谷川と鳳と共に持ち場へと向かった。彼の右手には、鳳の言った『式神弾』入り弾倉の装填されたベレッタが、しっかりと握られていた。
********
真っ暗なログハウスの居間では、屋根から戻ったヒッチハイカーが、意識がない静香の傍に立っている。
目を瞑ったままだ。
「三つに分かれた… もうすぐ来る。」
ゆっくりと目を開き、しわがれ声で呟く男の顔には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
今から起ころうとしている展開が楽しみで仕方がないと言う表情に見えた。
********
『こちら一班・島です。玄関口に到着。扉の錠前にC4をセットしました。』
一班の島が無線で報せてきた。
『こちら二班・山村。同じく勝手口の鍵にC4のセット完了。』
二班の山村からも報告が入った。
「よし。三班、長谷川だ。時間を合わせろ。
いいか、今から一分後に作戦を開始する。C4の同時爆破を確認後、私が窓越しにM84を室内に投げ込む。一班と二班は音響閃光弾の炸裂と同時に総員で屋内に突入。人質の救出を最優先とする。
3,2,1――爆破!」
ボンッ!
ボンッ!
仕掛けられたプラスティック爆薬C4がほぼ同時に爆発し、玄関と勝手口の扉の錠前が吹き飛んだ。
「一班、爆破完了!」
「二班、同じく完了!」
島と山村から、それぞれの爆破が成功した旨の無線が入る。
「了解した! こちら三班・長谷川、M84を投げ入れるぞ。今から5秒後だ! 5、4、3…」
長谷川がログハウスの居間の掃き出し窓へ『M84スタングレネード』を投げ込んだ。
窓ガラスが砕け散り、室内に飛び込んだM84が炸裂した。
M84が放った閃光が、真っ暗だった室内を真昼以上の輝きで照らし出した。カーテン越しでも眩い光だった。
防護無しの人間はM84の閃光と爆発音で三半規管にパニックを起こし、身体の平衡感覚を損なって一時的な見当識障害を生じる。
たとえ並外れた体力と不死身に近い再生力を持つ怪物だとしても、生物である以上は影響を受けない筈が無かった。
「一班、突入っ!」
「二班、続け!」
島と山村の力強い掛け声と共に、一班と二班の隊員達が同時にSMGを構えたまま屋内に突入した。
全員が対閃光用ガードの付いたヘルメットを被っているため、M84の影響は受けない。
どこに敵が潜んでいるか不明なため、一班二班共に各員が警戒し、互いに前後左右をカバーし合いながら建物内を進んだ。
ログハウス内はM84が爆発した後の独特な匂いが漂っている。M84が炸裂したリビング付近が、最も匂いのきつい場所の筈だった。
すぐにたどり着いた6名のSIT隊員達は、ヒッチハイカーの逃亡を防ぐために二つある居間の出入り口を片岡と関本にそれぞれ守らせ、残る4名が室内に入っていった。
部屋の中は長谷川が投げ込んだM84のために割れたガラス窓から、雪混じりの強い風が吹き込んでいる。
部屋の真ん中でM84の残骸がブスブスとくすぶって燃えていた。
「島警部補! ヒッチハイカーの姿は見当たりません! しかし、皆元さんを発見しました!」
安田が指さす床に、数枚の毛布に包まれて横たわる皆元静香の姿があった。
「よし! 安田は皆元さんの生存を確認しろ! 他の者は安田を援護! 各員、警戒を怠るな!」
島が全員に命じた。
静香の首筋に手を当てた安田が嬉しそうな叫び声を上げた。
「生存を確認! 皆元さんは生きています! 気を失っているだけです!」
「島警部補! リビングと続くダイニングにはヤツの姿はありまへん!」
山村が大声で叫んだ。ここまでの騒ぎになれば、もう囁き声で会話する必要など無かった。
「安田! お前はそのまま、皆元さんの警護に当たれ! 他の者は居間以外の部屋を調べるんだ!
俺は二階へ行く! 片岡、お前も一緒に来い! ヤマさん達二班は一階を頼みます。ヒッチハイカーを見つけたら躊躇せず撃て! ただし、同士撃ちだけは気を付けるんだ!」
全員がチームリーダーである島の指示で行動を開始した。
隊員達は幾つもの死線を共に乗り越えて来た仲間である。彼らは互いを信じ合い、固い団結力で結ばれていた。
年齢も経験も山村の方が上だったが、上官としての島の人柄や的確な判断力に山村は絶対的な信頼を寄せていた。
「片岡、十分に注意しろ。俺が向くのと反対側はお前に任せるからな。」
階段を登り切った島が片岡に声をかけた。
まだ若く普段は寡黙な片岡は、上官である島が自分に任せると言った言葉に恐縮と共に感激しながら強く頷いて返事をした。
「任せて下さい、島警部補! 必ずヒッチハ…」
片岡の言葉が中途半端に途切れた――。
不審に思った島が後ろを振り向く。
「片岡?」
そこに見た光景に、島が驚愕の叫びを上げる。
「うっ、うわああっ!」
島の目の前で身長178cmで自重と装備を合わせると100㎏近くある片岡の身体が、床から1m余りも浮かび上がっているではないか。
そこには2mを超える大男が立ちはだかり、被ったヘルメットごと鷲掴みにした片岡の頭を左手だけで軽々と吊るし上げていた。
「ヒッチハイカー…」
茫然と立ちすくむ島の口から洩れ出たのは、たった一言だけだった。
それ以上の言葉は出てこない。
「ひいいいーっ! し、島警部補! た、助けてっ!」
ヘルメットごと万力の様な握力の手で頭を掴まれた片岡が悲鳴を上げた。片岡は自分の頭を握る怪物の腕を左手で掻きむしりながら、右手に握ったSMGの銃口を相手の左肩に押し付けて引き金を強く引き絞った。
タタタタタッ!
カンッ!カン!カンッ!カン! カラカラ…
片岡の持つSMGがフルオートで弾丸を撃ち出すと同時に排出された真鍮製の薬莢が宙に舞って床に散らばった。
カチッ!カチッ!カチッ!
MP5SFKの弾倉に装填されていた9mmパラベラム弾30発はすぐに撃ち尽くされて空になった。
だが仁王立ちになったヒッチハイカーの姿勢には、いささかの変化も無い。
30発のFMJのパラベラム弾を至近距離から生身の肉体に食らったのだ。本来ならヒッチハイカーの左肩はズタズタの挽肉状態になっている筈だ。
だが、確かに皮膚の表面は裂け血は飛び散っていたが、ヒッチハイカーの強靭な筋肉の鎧を突き破って骨にまで達した弾丸は無いようだった… それが証拠にFMJのパラベラム弾の弾頭部が、食い込んだ左肩の筋肉に反発されて皮膚に開けられた傷口から次々と押し出されて来た。
カン!カン!カツン!コン!コンッ!コロコロッ!
一度は肩に撃ち込まれながら、信じられない事に射入口の傷口から逆に押し出された30発の弾丸は、全てヒッチハイカーの足元のフローリングの床に落ちたのだろう。彼の足元には、排出された30個の薬莢と、傷口から押し出された30発分の弾頭が散乱していた。
「この野郎! 片岡を放せ、化け物っ!」
目の前の光景に茫然として固まったままだった島は、我に返ってヒッチハイカーの左側に回り込むと、構えたSMGを左わき腹の肋骨下部に押し付け、弾倉内の30発を全弾撃ち込む勢いで引き金を引いた。島はヒッチハイカーの内臓破壊を狙ったのだ。
タタタタタッ! タタタタタッ!
メキメキメキ! グシャッ! パーンッ!
ヒッチハイカーの左わき腹に意識を集中していた島の頭上で、胸の悪くなる何かが潰れる音がした。そして、島の身体に赤を主体とした様々な色の入り混じったドロリとした液体が降り注いだ。
「な……?」
ビクッとして頭上を見上げた島の目に映ったのは、ヒッチハイカーの左手の恐るべき握力で握りつぶされた片岡巡査の頭部から噴き出す血や脳漿の混ざった液体だった。
「うわああああーっ! 片岡あーっ!」
可愛い部下が目の前で無残に殺された島の頭の中で何かが弾け飛んだ。
「うおおーっ! 殺す! 殺してやるぞ! 化け物っ!」
島は撃ち尽くして空になったSMGの弾倉を、すぐに手持ちの予備弾倉と交換すると、もう一度ヒッチハイカーに向けてフル掃射した。
タタタタタッ!
ヒッチハイカーは島の撃つSMGの弾丸を胸や腹で平然と受け止めながら、左手にぶら下げていた片岡巡査の死体を島に向けて勢いを付けて放り投げた。
「ぐわっ!」
恐ろしい勢いで片岡の遺体をぶつけられた島の身体が後方に吹っ飛び、二階の丸太で組まれた頑丈な壁面に叩きつけられた。片岡の遺体の下敷きとなって倒れた島の意識はそこまでで途絶えた。
********
「島警部補! 大丈夫ですか?」
一階を捜索していた二班の三人が、二階で始まったSMGの斉射音を聞きつけて階段下に集まって来た。不安で仕方のない三人を代表して山村巡査部長が叫んだ。
「……」
三人が耳を澄ましても、最後の斉射音が止んでから二階からは何も聞こえてこなかった。
「返事が無い… 島警部補も片岡もヒッチハイカーに遭遇して…」
不安そうな顔を引きつらせた関本が二階を見上げながらつぶやいた。
「やはり、SMGなんかじゃヤツは倒せないんだ…」
足立巡査が苦し気な声で弱音を吐いた。彼の脚は激しく震えていた。
「お前ら、しっかりせんかい! まだ二人が死んだと決まったわけやないわい。せやけど、俺らが助けに行かへんかったら、二人ともホンマに殉職してまうぞ!」
山村巡査部長が怖気づき始めた二人の部下を叱咤し、自ら先行して二階へ続く階段を登り始めた。山村は数段上がった所で立ち止まり、振り向くとリビングにいる安田巡査に向かって叫んだ。
「おい、安田! お前は皆元さんを長谷川警部達の所へお連れしろ! ここにいちゃ危険だ! 急げ!」
「は、はい! ですが、山村巡査部長。皆元さんは、その…全裸なんです…」
安田の情けなさそうな声が聞こえて来た。
「あほんだら! 何ボサッとしてんねん! その嬢ちゃん連れて逃げんかい! さっさと毛布にくるんで、お前のバカ力で担いで行かんか! ここにおったら、彼女まで殺らてまうやろ! 命令じゃ、はよ行け!」
山村が怒鳴りつけると、安田は毛布で包んだ静香の身体を左肩に担ぎ上げた。
「安田! そのお嬢さんを必ず愛しい恋人さんの所まで連れて行けよ!」
関本が気心の知れた親友でもある安田に対して叫んだ。
「安田! ここは俺達に任せろ!」
先ほどまで恐怖に震えていた足立も勇気を振り絞って叫ぶ。
「皆元さん、こんな運び方でごめんなさい。でも必ず伸田さんの所まで連れて行きますから…」
気は優しくて力持ちを地で行く身長185cmで体重90㎏の大柄な安田は、学生時代にはアメリカンフットボールをやっていた経験があり、柔道三段に剣道二段の猛者でもあったため、50㎏有るか無しかの静香の身体を軽々と運んで行く。
「みんな、死なないでくれよ… 皆元さんを運んだら必ず戻るからな。」
正義感の強い安田は仲間達が赴こうとする死地から自分だけ離脱するのを決して潔しとは思わなかったが、ようやく助け出した静香をこの場から無事に逃がしたいというAチーム全員の強い意思に背中を押されて、ログハウスを後にした。
「みんな、分かっとんな。安田と嬢ちゃんを三班の隊長達の所まで逃がすんやぞ。それまで絶対に死んだらあかんぞ!」
前を見つめたまま階段を上りながら、山村が後ろを振り返る事無く関本と足立に言った。
「分かってますよ、ヤマさん!」
「絶対に島警部補と安田達を殺させはしません。」
強い覚悟で二階へと階段を登る関本と足立の二人が、後ろから山村に声をかけた。
「俺は、ええ部下を持ったもんや……」
そこで山村の言葉が凍り付く――
「し、島警部補…? 片岡か?」
山村の視線の先にはログハウスの二階の丸太組の壁面の下に、血まみれになった二人のSIT隊員が身体折り重ねながら倒れていた。
「おい、関本に足立、よう聞け…左側に二人が倒れとる。俺が生死を確認するから、お前らは援護せえ。わかったな。」
階段を上がり切った山村は後続の部下達に命じると、一度素早く周囲を見回してから倒れている二人に近づいた。
上になって倒れた片岡のヘルメット内でグシャグシャに潰れた顔は、様々な殺人事件で遺体に直面して来た山村でさえも目を覆いたくなるほどだった。
「片岡……」
いったい、どうやったら人間の頭部をヘルメットごと潰せるというのか…?
例えは悪いが…それはまるで、熟れすぎたトマトを握り潰したような有様だった。
「片岡…… 安らかに眠れや。お前の敵は俺らで討ったるからな。」
目を瞑って静かにつぶやいた山村は、片岡の身体を抱え起こすと下敷きになっていた島の上からどかせた。
島の首筋に手を当てて脈を探る。
「ふう…… 脈があるやんけ。おい、島警部補は生きとったぞ!」
嬉しそうに言って後ろの二人を振り返った山村の目の前に、またもや惨劇が展開されていた!
タタタタタッ!
関本が狂ったように階段下に向けてSMGを乱射していた。その銃口の先には足立の身体があった。
「あほんだら! 関本! お前、足立を撃ち殺す気か!」
山村が駆け寄り、射撃を止めようと関本の左腕を掴んだ。
実際、関本の撃ったSMGの銃弾の何発かは足立巡査の身体に当たっていた。
だが、足立の履いている靴底が両足とも床から20cmほど浮かび上がっているではないか。
関本が撃ったSMGの発した硝煙が辺りに立ち込めていたが、破れた窓から吹き込む風で吹き散らされ、視界が明瞭になって来た。
「放して下さい、巡査部長! もう、足立は死んでるんだ!」
そう言った関本は山村の腕を振り払い、撃ち尽くしたSMGの弾倉を取り換える。
交換し終えると、すぐさま発砲を再開した。
タタタタタッ!
もう一度関本を止めようとした山村が目にした吊り上げられた足立の肩の上には……頭部が存在しなかった。すでに首を切断されていたのだ。
「うおおおっ! 足立ぃっ!」
怒り狂った山村自身もSMGを構えると、せめて足立の遺体を取り戻そうと関本と同じ方向に向けて撃ち始めた。
タタタタタッ!
山村のSMGが続けざまに火を噴いた。
二丁のSMGが揃って火を噴く――
片手で軽々と持ち上げた足立の遺体を盾にしてはいるが、二回り以上身体が大きくて隠れようの無いヒッチハイカーが一段ずつ階段を上って来た。
足立の遺体の陰から覗く身体へ向け、二人はSMGを撃ちまくった。
********
ログハウスの中から最初のSMGの斉射音がした時、ログハウスから50mほど離れた地点で待機していた三班の長谷川と鳳、そして伸田達の身体に緊張が走った。
「始まったか…」
真っ先に鳳がつぶやく。
「そうですね……」
長谷川は部下達の作戦の成功と、静香を含めた全員の無事を心から祈った。
「シズちゃん……
お願いだから、死なないでくれ…」
恋人をヒッチハイカーに拉致されている伸田は気が気でならなかった。
長谷川の『待機』の命令さえ無ければ、他人任せにせず自分自身が一秒でも早く静香のいるログハウスに飛び込んで行きたかったのだ。
SMGの斉射音が、少し間を空けて二度続けて響いた。
最初の突入時を含め、すでに三度目の銃声だった。
少し時間が経過すると、玄関の扉が開いて一人の大男が姿を現した。
大男は吹雪の中を三人の方に向かって歩いて来る。
伸田は右手にベレッタを握りしめ、長谷川も自分のSMGを構えて安全装置を外した。鳳は防寒コートの下に着ている背広の内側に右手を入れていた。
それぞれに身構える三人に向けて、大男が歩きながら右手を雪空に向かって伸ばすと大きく振って見せた。
「撃たないでー!」
近づくにつれて大男のシルエットが次第に明らかになって来た。
大男はSIT隊員の装備姿だった。
その姿が大男に見えたのは、左肩に何か大きな物を担いでいたためだった。
「隊長! 安田です! 撃たないで下さい! 救出した皆元さんをお連れしましたあっ!」
安田巡査の張り上げた大声を聞いて、伸田達三人は緊張を解いた。
「シズちゃん…静香は無事なんですか?」
もう我慢の出来ない伸田は、雪の中を安田に向かって走った。
「ああ、伸田君。皆元さんは、この通り無事だよ。」
安田が自分より小柄な伸田を見下ろして、まともに出来ない下手クソなウインクをしながら嬉しそうな顔でニッコリ微笑んで見せた。
その時だった!
タタタタタッ!
ログハウスの中からSMGを斉射する音が再び響き渡った。
それに続いて、微かに叫び声も聞こえて来た。
「うおおおっ! 足立ぃっ!」
タタタタタッ! タタタタタッ!
その斉射音と足立の名を呼ぶ叫び声を聞いた安田は背後に顔だけを振り向けて立ち止まった。
「伸田君、後は恋人の君に皆元さんを任せたよ。自分は仲間達の元へ戻る。」
毛布にくるんだ静香の身体を伸田に優しく手渡した安田は、上司である長谷川と鳳に向かって最敬礼をした。
「長谷川隊長! 安田巡査、これよりAチームに復帰します!」
そう言い残すと、彼は胸元にSMGを構えながらログハウスへと駆け戻って行った。
力持ちの安田の様に軽々と担ぐ事が出来ない静香の身体を、文字通り重く受け止めた伸田は、雪の中を走っていく安田の背中に向かって叫んだ。
「安田さん! 静香を守ってくれてありがとう! 絶対に、絶対に死なないで下さい!」
安田が走りながら、前を向いたまま握りしめた左拳を突き上げて見せた。
伸田の両目から感謝の涙が流れ落ちたが、吹き荒れる吹雪で涙は頬の上ですぐに凍り付いた。
「シズちゃん… よく無事に生きててくれたね。それもAチームのみんなのお陰なんだよ。今度は、僕がこの『式神弾』でみんなを助けなきゃ…」
吹き荒れる吹雪の中、伸田は毛布にくるまれた恋人静香の身体を愛おし気に強く抱きしめる。
ヒッチハイカーとの戦いを決意した彼の右手には、『式神弾』を装填したベレッタがしっかりと握られていた。
吹雪が吹き荒れる山中、クリスマスの夜明けはまだ遠かった…




