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ヒッチハイカー  作者: 幻田恋人


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10/11

第10話「どうしても南へ行きたいんだ…⑧『静香争奪戦! 陰陽師VSヒッチハイカー』」 

「き、貴様! 何者だ!? その刃物を捨てろ!」

 移動現場指揮車を運転していたSIT・Dチームの東尾巡査は、衝突の瞬間に握っていたハンドルと、ボディーアーマー越しに締めていたシートベルトのおかげで致命傷を免れていた。

 車内にいた隊員達の中で、最も早く行動不能状態から立ち直ったのが彼だった。

 突然、乗降ドアを突き破って侵入して来た巨漢に向け、東尾は右大腿部のホルスターから自動拳銃『ベレッタ90-Two』を引き抜く。

 両手でしっかり構え、侵入者へ銃口を向けた。

「動くな! その右手の刃物を床に捨てろ! 従わなければ撃つ!」

 東尾は安全装置を解除した。

 距離は二メートルも無い。

 現役警察官なら外しようのない距離だった。

 しかも東尾はSITでも屈指の射撃技術を持つ男である。相手が少しでも怪しい動きを見せれば、本当に撃つつもりだった。

 だが…

 巨漢は東尾など眼中に無いかのように、車内後部に視線を向けたまま乗降階段を上り始めた。


「止まれっ!」

 東尾は引き金を引いた。


パンッ!


 9mm弾が巨漢の左肩へ命中する。

 しかし、男は止まらない。


「なっ!?」

 東尾が驚きの声を上げた。


 男が、ゆっくりと東尾へ顔を向ける。

 次の瞬間だった。


バシュッ!

 湿った嫌な音が車内に響いた。


「ぎゃあああっ!?」


 東尾の両手首が宙を舞った。

 拳銃を握ったまま切断された両手が床へ落ちる。

「う、腕がぁぁぁっ!」


「やかましい……」

 低く唸るような声。

 続けざまに放たれた横()ぎの一閃(いっせん)が、東尾の首を()ね飛ばした。


ドサッ…

 首を失った身体が運転席へ(くず)れ落ち、周囲へ大量の血が広がっていく。

 静かになった車内には…

 破壊された乗降扉から吹き込む風の音だけが響いていた。


 巨漢は、惨殺した東尾には一瞥(いちべつ)もくれなかった。

 山刀を右手に提げたまま、静かに通路へ上がる。

 鼻をヒクつかせながら、左右を見回した。


「う、うう……」

 後部座席では、長谷川警部、横田警部補、鳳成治、そして皆元静香の四人が、激突の衝撃で座席へ頭を打ちつけ、意識を失うか朦朧としていた。

 東尾を惨殺した怪物が接近している事に、誰も気づいていない。

 

 巨漢は長谷川と横田の横を無関心に通り過ぎた。

 そのまま静香の席の横で足を止める。

 獲物の匂いを嗅ぎ当てた獣のように、男は満足そうに鼻を鳴らした。

 ゆっくり屈み込み、意識を失った静香の顔を覗き込む。

 どうやら最初から狙いは彼女だったらしい。

 血塗れの怪物が顔を寄せ、静香の匂いを嗅ぎ始めても、彼女は微動だにしない。


「くっ……」

 静香の隣席にいた鳳が意識を取り戻した。

 彼は自分に背を向ける巨漢を見た瞬間、ジャケットの下から『ベレッタM92FS/エリートⅡ』を抜き放つ。

 銃口が男の背中へ向けられた。

 鳳は警告しない。

 躊躇もしない。

 引き金を引こうとした、その瞬間…

 怪物が振り返った。

 同時に眩い銀光が走る。


ガキンッ!


 金属を断つ鋭い音が響くと鳳の拳銃の前半分が宙を舞った。

 鋼鉄製の拳銃が、一瞬で切断されたのだ。

 鳳の目が見開かれる。


「やはり貴様だったか!」


 理解した時には、すでに遅かった。

 怪物が山刀を振り上げる。


「殺られる……!」

 鳳が死を覚悟した、その時だった。


パン! パン! パン! パン!


 突然、四発の銃声が車内に響き渡った。

 前方座席で倒れていた横田警部補が意識を取り戻し、巨漢の左脇腹へ向けて連続発砲したのである。

 至近距離からの9mm弾四連射。

 人間なら即死だった。


 だが…


 横田は目を疑った。

 怪物の脇腹に開いた弾痕から、モコモコと何かが押し出されてきたのだ。

 それは潰れた拳銃弾だった。

 弾頭は皮膚と脂肪層こそ貫いたものの、その下の異常な筋肉に(はば)まれて止まっていた。

 筋肉が収縮し、銃弾を血と共に体外へ押し戻していた。


コン…コン…コツン…コン…

 四発の弾頭が床へ落ちる。

 その光景が、横田の見た最後だった。


ガシュッ!

 山刀が振り下ろされる。

 横田の頭部は、頭頂から顎まで真っ二つに割られた。


ドタッ…

 血を()き散らしながら横田の身体が(くず)れ落ちる。

 痛みを感じる暇もない即死だった。


 ヒッチハイカーは再び静香へ向き直った。

 彼女の細い腰へ左腕を回し、軽々と抱え上げる。

 全身血塗(ちまみ)れの怪物の股間部が、不気味に(ふく)れ上がっていた。

 荒い鼻息が、静香の首筋へ吹きかかる。


 男は静香を抱えたまま、乗降口へ向き直る。

 その行く手を、一人の男が塞いだ。


 鳳成治だった。


 彼は素手だった。

 切断された拳銃は、すでに役に立たない。

 しかし鳳は(ひる)まない。

 右手を突き出し、人差し指と中指を伸ばして刀印を結ぶ。

 そして空中へ格子を描き始めた。


青龍(せいりゅう)白虎(びゃっこ)朱雀(すざく)玄武(げんぶ)勾陳(こうちん)帝台(ていたい)文王(ぶんおう)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)!」

 

 格子を描きながら呪文を(とな)える。

 その瞬間、怪物の様子が変わった。


「う……ううう……」

 ヒッチハイカーの視線が、鳳の描いた見えない格子へ吸い寄せられる。

 左右へ、上下へと…

 まるで格子の目を数えずにはいられないかのように。


 鳳が使ったのは陰陽道の秘術…『早九字護身法』だった。

 術に囚われた妖異は、格子の数を追わずにはいられなくなる。


「こ、これは……」


 その時ようやく長谷川警部が意識を取り戻した。

 目の前には、静香を抱えた怪物と、それに対峙する鳳の姿。

 さらに床には、惨殺された部下の横たわった姿…


「横田……!」

 長谷川の顔が引きつる。

 彼はすぐさまホルスターから『ベレッタ90-Two』を抜いた。


「その女性を放せ!」


 だが怪物は反応しない。

 格子に視線を縫い止められたままだ。

 異様な光景だった。

 長谷川には何が起きているのか理解出来ない。

 だが、今はとにかく人質を助けねばならなかった。

 彼は窓を開け、拳銃を外へ向ける。

 狭い車内で発砲すれば、静香や鳳に当たる危険があった。


「撃つな!」

 鳳が叫んだ。


 しかし間に合わない。


パーンッ!


 威嚇射撃の音が吹雪の山中へ響き渡った。


 その瞬間…

 ヒッチハイカーの目が正気を取り戻す。

 怪物は忌々(いまいま)しげに鳳を(にら)みつけた。


「ちっ……!」

 鳳の額に汗が(にじ)んだ。彼の指先が震えている。


じりじり…

 ヒッチハイカーが再び歩き始める。


 鳳はコートの内側から銀色の両刃剣を抜き放つ。

 刃が車内灯を反射し、神々(こうごう)しく輝いた。

 怪物が初めて(ひる)んだ。

 右手で目を(かば)い、獣のような(うな)り声を上げる。


「うがああああっ!」


 野獣の様な咆哮(ほうこう)

 ヒッチハイカーは静香を盾のように(かか)え直し、じりじり前進した。

 鳳は剣を構えながら後退する。


 そこへ…


ドッカァァァーンッ!!


 (すさ)まじい爆発音が山中(さんちゅう)()らした。

 崖下へ転落した人員輸送車が炎上したのだ。


 一瞬、鳳の意識が()れる。

 その(すき)を怪物は(のが)さなかった。

 前蹴りを放つと同時に、山刀を横薙ぎに振るった。


 鳳は後方へ跳躍(ちょうやく)し、剣を縦に構える。


カイィィーンッ!!


 (まばゆ)い火花が散る。

 金属音が車内に響く。


 鳳の横を駆け抜けた怪物は、そのまま乗降口から吹雪の外へ跳躍した。


「待て!」


 鳳は東尾の切断された手から『ベレッタ90-Two』を奪い取ると、怪物を追って外へ飛び出した。


パン! パン! パン! パン!

 吹雪の中を走る怪物へ四発。

 全弾命中。


 しかしヒッチハイカーは止まらない。

 静香を抱えたまま闇の中へ消えていった。


「何をしてるんですか、鳳さん!」

 後から飛び出して来た長谷川が、鳳の腕を掴む。


「皆元さんに当たったらどうするんだ!」

「そんな事を言ってる場合か!」

 鳳が怒鳴り返した。


「俺達はまた怪物を野に放ったんだぞ!」


 長谷川は唇を噛み締める。

「……すみません。私がもっと早く意識を取り戻していれば…」

 彼の肩が震える。

「部下達まで…!」

 鳳は短く息を吐いた。


「済んだ事を悔やんでも仕方がない。」

 吹雪の中、彼は静かに続ける。

「だが信じ難いな…

 『最強ツィ・チャン』で、あれほど怪物化してなお知性を維持しているとは…」


「ツィ・チャン…?」

 長谷川が眉をひそめた。

「何なんです、それは?」


「中国で軍事目的に作られた薬だ。それ以上は言えん。」

 冷たく言い放つ鳳。

「地方公務員レベルが関わる話じゃない。」


 その言葉で長谷川の怒りが爆発した。

「何だと貴様!」

 長谷川は鳳の胸ぐらを掴み上げる。

「俺はまた部下を失ったんだぞ!

 死んだ連中の前で、もう一度今の言葉を言ってみろ!」


 だが鳳は、長谷川の腕をあっさり(ひね)り上げた。

「ぐっ!? 痛たたたっ!」

「興奮するんじゃない。」

 鳳は抵抗する意欲を失った長谷川をすぐに解放した。


「うっ、ううう…

 横田っ! 東尾っ! おおお…」

 ()った部下達の名を叫び、長谷川は嗚咽(おえつ)を漏らしながらその場に立ち尽くした。


 吹き荒れる吹雪が長谷川の嗚咽をかき消す。


 長谷川を解放した鳳は、そのまま歩き出した。

 十数メートル先で立ち止まる。


 彼は内ポケットから、黒い折り紙を取り出した。

 鳥の形をした、小さな紙細工だった。


 鳳は刀印を結び、九字を切る。

 すると――


 折り紙が動いた。

 ムクムクと巨大化し、本物のカラスへ変貌していく。

 ただ一つ違うのは、その足が三本ある事だった。


八咫烏(やたがらす)……!?」

 長谷川が呆然と呟く。


「行け」

 鳳が命じる。


「カアアーッ!」

 三本足の巨大なカラスは翼を広げ、猛吹雪の夜空へ飛び立った。

 ヒッチハイカーを追うために。



 ********



ドォーンッ!!


 山中へ(とどろ)いた爆発音は、炎上するガソリンスタンド跡地で待機していたSIT・Aチームの隊員達の耳にも届いた。


「何や、今の爆発……!」

 山村巡査部長が顔を上げる。


 吹雪の向こう、山道の方角から黒煙が立ち昇っていた。


「近いぞ……」

 Aチームリーダーの島警部補が険しい表情で呟く。

「まさか、隊長達の車両じゃ……」


 誰も答えなかった。

 嫌な沈黙だけが流れる。

 隊員達の脳裏には、長谷川達が乗った移動現場指揮車の姿が浮かんでいた。


「どっちにしろ確認するぞ」

 島が短く命じた。


「ここで待ってても始まらん。全員、出発や!」

 山村が応じる。

 他の隊員達も頷く。


 警官達が歩き始めると、伸田伸也も無言で後に続いた。


 彼らは吹雪の山道を慎重に進み始める。

 周囲を警戒しながら、一本道を下っていく。


 やがて最初のカーブを曲がった瞬間…


「あっ……!」

 安田巡査が息を()んだ。


 崖下で大型車両が炎上していた。

 横転し、原形を留めないほど大破した県警の人員輸送車。

 激しい炎が吹雪の中でもなお燃え盛っている。


「あれって… 俺達が乗って来た車だ!」

 誰かが震える声で言った。

 隊員達の顔が青ざめる。

 もしあの車両に仲間達が乗っていたなら、生存は絶望的だった。


「最悪や……」

 山村が唇を噛む。


 その時だった。


「見て下さい!」

 伸田が山道の先を指差した。


 吹雪の中を、二つの人影がこちらへ歩いて来る。

 一人はSIT装備の男。

 もう一人は、軍用コートを羽織った長身の男だった。


「隊長!」

 安田が叫ぶ。


「あれ、長谷川隊長だぞ!

 Aチーム全員の表情が一気に明るくなった。


 生きていた。

 少なくとも隊長は無事だったのだ。


「隊長ーっ!」

 安田が手を振る。

「おおーい!」

 他の隊員達も声を上げた。


 長谷川は疲労した表情のまま、小さく手を上げる。

 だが、その顔色は異様なほど暗かった。


 合流した瞬間、島はすぐ異変に気づく。

「隊長……Dチームは?」


 長谷川は答えなかった。

 その沈黙だけで十分だった。

 Aチームの空気が凍りつく。

 そんな彼らを押しのけるように、長身の男…鳳成治が前へ出た。


「あなたが、皆元静香さんの婚約者ですね?」

 鳳は伸田へ視線を向ける。


「私は鳳成治。この作戦の新たな指揮官です」

 感情の薄い声だった。


 そして、次に彼が言ったのは…


「残念ですが、皆元さんはヒッチハイカーに拉致されました」


「……え?」

 伸田の顔から血の気が引いた。

 一瞬、意味が理解出来ない。


「し、静香が…?」

 膝から力が抜ける。

 伸田の身体を、島と山村が(あわ)てて支えた。


「そんな……嘘だろ……?」


 長谷川が苦しげに目を伏せる。

 その態度が、鳳の言葉が事実であると物語っていた。


「鳳さん!」

 長谷川が怒気を含んだ声を上げる。

「言い方ってものがあるでしょう!」


 だが鳳の態度は冷たい。

「慰めれば状況が好転するとでも?」


 隊員達の視線が(けわ)しくなる。

 Aチームの誰もが伸田と静香に情を抱いていた。

 それだけに、鳳の態度はあまりにも非情に見えた。


 しかし鳳は意に介さない。


「詳細説明は後回しだ」

 淡々と告げる。


「これよりAチームは長谷川警部と共に私の指揮下に入る。命令に従えない者は作戦から外れてもらう」

 強圧的な口調だった。


 隊員達の顔に不満が浮かぶ。


 だが、島が一歩前へ出た。


「了解しました」

 島は最敬礼する。


「我々Aチームは任務を放棄しません」


 その態度で、今にも噴き出しそうだった隊員達の感情を抑え込んだ。

 山村も続いて敬礼する。

 他の隊員達も渋々ながら従った。


「結構」

 鳳は短く頷いた。


「良い部下を持っていますね、長谷川警部。」


 長谷川は無言のまま敬礼だけ返した。


 一方、伸田はまだ呆然としていた。

「シズちゃんが……ヒッチハイカーに……」


 彼の脳裏には、これまでの惨劇が浮かぶ。

 犠牲者達の末路。

 血(まみ)れの死体。

 そして、不死身の怪物…


「もう駄目だ……」

 伸田は雪の地面へ膝をついた。

「彼女がいない人生なんて……」


 隊員達が次々に励ましの声を掛ける。

 だが伸田の耳には届いていなかった。


 そんな中、鳳がスマートフォンを取り出す。


「安心しろとは言わんが、まだ生きている可能性はある。」


 全員の視線が彼に集まる。


「私が放った追跡用デバイスが、皆元さんの位置を(とら)えた。」


 長谷川の脳裏に、三本足の黒いカラスが浮かんだ。

『あれの事か……』

 だが口には出さない。


 鳳はスマートフォン画面を見つめながら眉をひそめた。

「……何だと?」

 彼の表情が変わる。


「どうしました!?」

 島が問う。


 鳳は低く吐き捨てた。

「ヤツの現在位置は……作戦指揮所だ!」


 一瞬、誰も意味を理解出来なかった。


「製材所……?」


 長谷川が目を見開く。

「まさか!」


「そうだ」

 鳳が頷く。

「ヒッチハイカーは、我々を山中へ誘い出していた」


 隊員達の背筋に悪寒が走る。

 作戦指揮所には…

 警察官、救護班、事務要員…

 大勢の人間が残っている。


「急ぐぞ!」

 鳳の声が鋭くなる。

「今から人質及び関係者の救出へ向かう!」


 その時だった。


「あ、あの!」

 伸田が顔を上げた。


「僕も行きます!」


 鳳が冷たい視線を向ける。

「駄目だ。君は民間人だ」


 二人のやり取りを他の者達は息を呑んで見守るだけだ。


「お願いします!」

 伸田は必死だった。

「静香は僕の婚約者なんです! 一人で待ってなんかいられない!」


 吹雪の中、伸田は鳳を真っ直ぐ見つめた。


 鳳はしばらく無言だった。

 やがて口元に薄い笑みを浮かべる。


「…いい目だ。」

 その笑みは優しさではなく、値踏(ねぶ)みするような笑みだった。

「好きにしろ。ただし自分の命は自分で守れ。」


 伸田の表情が変わる。

「ありがとうございます!」


 黙って見守っていた隊員達の顔にも笑みが浮かんだ。


「勘違いするな。私は君を守らん。」

 鳳は踵を返した。


「全員、出発する!」


 鳳の号令と共に警官達は吹雪の林へ向かって歩き出した。

 伸田も拳を握り締めながら後を追った。


 誰もが理解していた。

 これから向かう先が、地獄になる事を…

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