特別掲載:『リオの泥、日本の星 ― 執筆者の魂の旅』 (第一部)
【読者の皆様へ】
この物語は、ブラジルのリオデジャネイロで肉体労働をしながら、毎日往復4時間のバスの中でスマートフォンを使って執筆している一人の作者の「真実の記録」です。
私がなぜ『ブラックエンジェル』という過酷な運命の物語を書くに至ったのか。その背景には、死の淵を彷徨い、嵐にすべてを奪われながらも捨てきれなかった「日本への夢」があります。
創作の裏側にある、泥臭くも切実な私の人生を少しだけお話しさせてください。
【序章:封印された夢】
すべては15歳の時に始まりました。私の目は、自分だけのアニメを作るという夢で輝いていました。しかし、父の現実は厳しかった。「男は手で稼ぐものだ。夢など腹を満たさない」。私はその教えに従い、重い石を運び、泥にまみれて働く「男」になりました。夢は、心の奥底に深く封印されました。
卒業後、行くあてもなく、家計を助けるために過酷な労働に身を投じました。朝4時に家を出て、帰宅するのは夜の21時。体は疲れ果て、学ぶ時間など一分もありませんでした。
【第二章:自分の手で建てる家】
結婚し、第一子が生まれ、生活はさらに苦しくなりました。投資に手を出しては失敗し、借金だけが残りました。しかし、私には建てるべき屋根がありました。父は私を「本物の男」にするため、金は出しませんでしたが、屋根の上のスペースを貸してくれました。
金も職人もいない。私は神に祈り、YouTubeの動画を何度も見て、独学でレンガを積み始めました。仕事から帰った21時から深夜まで、暗闇の中で壁を立てました。父は私の姿を見て言いました。「お前に手を貸さなかったのは、兄弟たちとは違う、強い男になってほしかったからだ。私が逝った後、母さんを頼めるのはお前だけだからだ」。
【第三章:嵐の中の祭壇】
5年後、父は心臓の病でこの世を去りました。そして、さらなる試練が私を襲いました。猛烈な嵐が私の家を破壊したのです。アルミのドアは吹き飛び、家の半分が消え去りました。数年かけて築いたものが、一瞬で瓦礫となりました。
しかし、絶望の中で立ち尽くした時、ある光景が目に飛び込んできました。毎日祈りを捧げていた「祭壇」だけが、嵐の中でも無傷で立っていたのです。私はその場に膝をつき、叫びました。「主よ、私は怒りません。あなたの祭壇が立っているなら、あなたの存在はまだここにあるからです」。
【第四章:死の淵で見つけた光】
運命はなおも私を試しました。胸膜炎を患い、肺に水が溜まり、横になって眠ることさえできなくなりました。医師は妻に告げました。「彼はもう長くはない。薬へのアレルギーがひどすぎて、打てる手がない」と。
死の影が漂う病院で、私は座ったまま夜を明かしました。そんな時、一人の掃除婦が私の聖書を見て声をかけてきました。「あなた、信仰があるのね? ここは空気が重すぎる。一緒に祈ってくれない?」。私は自分の死の恐怖を忘れ、隣のベッドで苦しむ人々のために祈りました。翌日、動けなかった患者たちが次々と退院し、私もまた、死の淵から奇跡的に生還したのです。
【結びに:バスの中の聖域】
今、私は再び戦いの中にいます。肉体労働の疲れは消えませんが、私の手には一つの武器があります。それは「スマートフォン」です。
行きに2本、帰りに2本のバスを乗り継ぐ片道3時間の道中。揺れる車内こそが、私の執筆室です。『黒の天使』の物語は、ここで一文字ずつ刻まれています。私の夢は、このブラジルのバスで生まれた物語が、いつか日本の編集者の目に留まることです。そして、インスピレーションの源である日本を訪れ、家族に最高の生活を届けることです。
なぜ私がレオンやリーというキャラクターを生み出したのか。その背後にある「概念」と「真実」については、次にお話しします。
(第一部・完。第二部に続く)
(第一部・完)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
私の人生は決して楽なものではありませんでした。しかし、絶望の淵に立たされるたびに、物語を書くことだけが私を支えてくれました。バスの揺れに耐えながら一文字ずつ刻んだ言葉が、海を越えて日本の皆様に届くことを心から願っています。
次回の「第二部」では、私の過酷な実体験がどのようにして『レオン』や『リー』といったキャラクターたちの「概念」に変わっていったのか、その創作の秘密についてお話ししたいと思います。
もし少しでも心に響くものがあれば、評価やブックマークをいただけると、ブラジルで戦う私の大きな支えになります。
――いつか、日本の地で皆様に会える日を夢見て。




