Chapter1-4
なんのために生きてるんだろう……自分にはなにができるんだろう……
そんな答えがない問いが頭を巡るたび、心が暗闇の深海へと沈んでいく。
特に運動経験もなく、これといった特技もない高校一年生の男子生徒、笹川明良。
なにもできないのなら、せめて勉強だけでも磨きをかけようと思い、背伸びをして進学校に進学した……が、身の丈に合わない学校で待ち受けていたものは、嫉妬続きの地獄だった。
天は二物を与えないということわざは、どうやら嘘らしい。
周りの生徒はテストで高得点を叩き出し、加えてスポーツに打ち込んでいたり、豊かな芸術の才能を発揮したりしていた。
対して、明良はどうだろうか。
進学校特有の授業をすっ飛ばすスピードについていけず、どれだけ教科書にかじりついても定期テストの結果は平均点を大幅に下回る点数しか取れなかった。
圧倒的劣等感。
高校に進学してから才能がないことを、鈍い痛みで思い知らされる毎日。
もう、才能ある者たちが軽々と登っていく高い壁を無理してよじ登り、滑り落ちて傷つきたくない。
高校一年生の頃は低い成績でいると両親に叱られたが、いつしかなにも言われなくなった。
期待されなくなると、奇妙な解放感があって気が楽だ。
今は赤点を回避できる、ギリギリのラインで十分満足している。
このまま誰にも知られず、期待もされず、ゆっくりと静かに朽ちていく人生こそが、最も楽な生き方だ。
これ以上、現実を考えるのは疲れる。
暗い部屋の中。うっすらとホコリが積もった勉強机の上にはなにも置いていない。
手元にある、唯一光を放つスマートフォンを明良は虚ろな目で見つめていた。
両手の親指を忙しなく動かし、横にしたスマホの画面をポチポチとタッチしている。
小さな画面の中では、明良の分身として使っている3Dのアバターが剣をブンブンと振り回し、小さな昆虫の魔獣に斬りかかっていく。
明良の巧みな画面操作により、アバターは一撃もダメージを受けず、完封で倒すことができた。
現実世界でなにも成せない明良にとって、この仮想世界のゲームだけが唯一の生き甲斐だった。
行動すればすぐに数字として成果が表れ、成長を容易に実感できるゲームだけが、生きている証明を与えてくれる。
ゲームの世界が本当の世界なら、どれだけよかったことだろうか。
そして、ひとつのクエストを終えて今日もゲームの勉強に勤しむ。
ゲームのアプリを一旦閉じ、無料動画アプリを開いて攻略動画を掲載しているチャンネルをチェックする。
(更新されてねえか……)
今日出たばかりのクエストの効率的な攻略方法は、まだアップロードされていなかった。
無料動画アプリの検索欄にゲーム名を打ち込んで検索をかける。ゲームの攻略動画を出している人がいないか新規開拓を始めた。
画面を下から上にスライドさせていくが、タイトルやサムネイルを見るだけで明良がすでに知っている情報ばかりだった……
「ん?」
新たな攻略動画を探していると、ライブ配信中のチャンネルを見つける。
ゲームを生配信でプレイしているチャンネルは時折見かけるが、明良はインターネットにつなげる端末をひとつしか持っていない。よって、ゲームもプレイしたい明良は短時間で見られる編集された動画しか見たことがなかった。
(ルルエラ。視聴者数は四五人……まあ、上手くないんだろうな)
目ぼしい攻略動画が見当たらず、気まぐれで生配信を視聴することにした。
ルルエラの配信のサムネイルをタッチする。
「なぁ! おい! ちょっと! こっちこいってボケェイ⁉」
配信を開いた瞬間、イヤホンのスピーカーが壊れる勢いの元気な声が炸裂した。
「もうヤダヤダ、私をこんなんにして失礼しちゃうなぁ~、ハハッ!」
画面右下には、グリーンバックで抜いた少女の顔が小さく映っている。
少女はカメラに向かって、なんの曇りもない温かい笑顔を振りまいていた。
(なんだこいつ、かわいい……)
ひさしく忘れていたときめいた感情が込み上げる。
その少女の顔立ちは、通っている学校のどの女子生徒よりもかわいらしかった。
「ちょちょちょちょ! なにしてくれてるんだよ! オイ! ○○○○! ○○○○!」
大人しく振る舞っていたのもつかの間、体裁を崩して地上波のテレビでは流せないような罵詈雑言を吐き散らす。
「ふっ――」
あまりの高低差があるギャップに思わず吹き出した。
「だからそっちに行くなって! 逃げんなって! オイごりぃ! お前こっちこいよ! バーカ! ハハッ! って、いきなりこっちくるなって! あああああああああ!」
青のプリンセスドレスを着て二本の剣を握っているアバターは、小さな昆虫たちに襲われてバタっと倒れた。
決してほめられたプレイではない。が、あり得ないようなオーバーなリアクションと、ある意味下手に魅せるプレイに惹きつけられ、なんの攻略情報もないが頭を空っぽにしてぼんやりと見続ける。
静かにそわそわと視聴すること、約一時間。
ルルエラはアバターを止める。
そして、ルルエラはとびっきりにかわいい顔をさらにかわいくする笑顔にして、カメラにキラキラな目線を向けた。
「今日も見てくれてありがと! 改めて私はライラックプリンセスっていうアイドルグループで活動を始めたルルエラって言います。気軽にルルエラって呼んでね! また明日も配信やるからきてね! バイバイ!」
ルルエラは笑顔を絶やさず、画面の向こうの視聴者たちに軽く手を振った。
明良はそれまで身動きひとつしていなかったが、無意識に指を動かしてコメント欄に「お疲れ様でした! 楽しかったです!」と文章を入力して、ポチっと送信パネルを押した。
チャマというハンドルネームと共にコメントが映し出される。
このコメントはルルエラに届いただろうか。配信がプツリと切れて終了となった。画面にリロードの渦巻きマークが現れる。
(まあ、楽しかったか……)
具体的にどこが面白かったか説明し難いが、確実に言えることがあるとすれば、大好きなゲームを差し置いてルルエラの配信を見ていたことだ。
そして……知らない間に、口から笑みがこぼれたことだ。
いつぶりだろうか、心から笑えたのは。少なくとも、劣等感に苛まれるようになってから笑った記憶は一切なかった。
高校生になってからこんなにも満足感に浸れたのは初めてかもしれない。
真っ黒な闇に飲み込まれていた心が、ルルエラの光る笑い声で少しばかり透明に澄み渡るのを感じる。
その日は久々にぐっすりと眠ることができた。
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください




