Chapter1-2
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
(キャハッ☆ 今日はザコザコのパラディン様となにして遊ぼっかなぁ~)
イタズラ心が隠し切れない小悪魔のような笑みを浮かべる少女がひとり、山盛綜合警備保障のオフィスの長い廊下を鼻歌混じりでスキップしていた。
ルンルン気分のはずむ足取りに合わせ、首まで伸びる茶色い髪が波を打って揺れている。
今日は遊ぶのが待ち遠しいゲームソフトのような青年と、ひさしぶりに会える日だ。青年とは数日間違う仕事をしていて、長期休暇も挟んだため、最後に会ったのがいつだったのか覚えていない。
(う~ん、そろそろ新しいお遊びがしたいな~、なにかいいネタないかな~)
社内用の紺色のジャージに身を包んだ少女は、ジャージの下に隠れる豊満な胸に切実な悩みを抱えていた。
少女は新入社員時代から、毎日のように青年にお遊戯攻撃をしかけている。しかし、何日も続けているとマンネリ化は否めない。新しい刺激を求めてアニメや漫画を何百本も漁っているが、アイデアを生み出すのは限界があり、そろそろネタ切れ寸前だ。
悩みを秘めた大きな胸をゆさゆさと揺らしながら足を進めると、壁一面がガラス張りになっているトレーニングルームに到着した。重たい扉をゆっくりと開ける。
ワンフロアがほぼすべて使われた広大な空間には、体の各部位が鍛えられる多種多様なマシーンや、ウェイトリフティングやダンベルなどのギアが並べられている。
部屋の端には、総合格闘技を行える体育館のような木の床や、柔道ができる畳張りのスペースもある。
オリンピックに出場する選手が使用するような、トレーニング機器一式がそろえられた体育大学並みの一室。民間のジムなら高い入会費と、月々の高額な会費を払わなければ使用できない施設だろう。
さすが大手警備会社だ。これだけの設備が無料で使える……むしろ給料をもらって使えるのはありがたい。
その物々しい部屋をキョロキョロと見渡して目的の人物を探す。
午後からの仕事なら、ストイックな青年はなにかしらの訓練をしているだろうと、二年間のつき合いから予想している。
目に入るまばらな隊員たちは、薄いポロシャツやタンクトップ、女性はブラトップなどを着て動きやすい恰好をしていた。中には防弾チョッキやレガースをつけて、実戦を想定した動きをしている隊員もいる。
(あっ、いたいた!)
お目当てのおもちゃは隅の格闘技場の壁に二本の竹刀を立てかけて一息ついているところだった。
スマートフォンを確認し、スポーツタオルで汗を拭き取って天井を仰いでいる。
とてつもなく体が大きく、安心感が溢れ出る広い背中。しかし、その背中は年上とは思えないほどどこか抜けていて、二年前から少しも変わらない。
少女は口の端をニヤッとつり上げげ、忍者のように気配を消した忍び足で素早くそーっと青年の背中へ距離を詰め……太い手首を背後からガシッと掴んだ。
「第五粘性術・伸遠投!」
「うほう⁉」
掴んだ手首をぐりんっと後ろにひねり上げ、肩の関節を可動域の限界以上に曲げる。
青年は脱臼しそうな激痛に見舞われ、痛みから逃れるために足を一歩後ろに踏み出す。
その怯みを逃さない。
一歩引いた青年の軸足をしなやかな蹴りですくい上げる。
軸足を崩された青年は滞空し……格闘ゲームの最終コンボを食らったかのように背中からキレイな転倒をキメた。
青年は上手く受け身を取れたが、それでも強い衝撃で硬い床に背中を打ちつけ、痛みで意識がもうろうとしているようだ。
「エリートボディーガードの女勇者、絵理佳ちゃん華麗に参上! キャハッ☆ パラディン様のザーコザーコ」
少女は脇腹に両手を当てて腰を九〇度曲げ、ニヤニヤと見下ろしている。
痛みに耐えながら意識を取り戻した明良は、薄っすらと目を開け、仰向けで倒れたまま短い髪をかきむしっていた。
「イテテテテ。やるじゃねぇか、まーたバーサーカー女にやられちまったよ」
「キャハッ☆ 明良にほめられると絵理佳ちゃん嬉しいなっ! でもでも~、絵理佳ちゃんはバーサーカー女じゃなくて、勇敢に悪党に立ち向かう正義のヒーロー、女勇者っいっつもて言ってるでしょ? 女勇者って言ってくれないと、絵理佳ちゃんプンプンなんだから!」
「なーにが勇者だ! 勇者だったら真っ正面から挑んでこいよ!」
明良の言葉に、絵理佳は人差し指を立てて左右に振る。
「ちっ、ちっ、ちっ、絵理佳ちゃんは勇者だから、パーティの仲間が油断してないかテストしてたんだよ? 明良ホーントにザコいんだから」
甲高くはじけるフレッシュな声で煽り散らかしている少女の名前は、相葉絵理佳。年齢は二〇歳。
高卒で山盛綜合警備保障に入社して二年経ち、今年で三年目を迎える女性隊員だ。
「俺がザコいんじゃねえ、絵理佳がチート並みに強すぎるだけだ」
「チートだなんてひっどーい! 絵理佳ちゃんのこの強さは、絵理佳ちゃんがコツコツと経験値を積み上げてレベルアップした、絵理佳ちゃんの実力だよ? チートに負けたなんて言い訳してたら、明良が守りたいアイドルちゃんたちを殺し屋から守れないよ?」
「絵理佳みたいな殺し屋なんて、アメリカかイギリスかロシアにしかいねえよ。しかも、アイドルごときに高い依頼料払って、殺し屋を雇うやつなんているわけねえだろ」
「うーん、もしかしたらいるかもよ? 明良いっつも言ってるよね? ボディーガードは常に最悪の状況を考えろって。ゲームが好きな明良ならわかるよね? 授業中、テロリストが意味不明に教室に侵入してきて戦う妄想とか。ボディーガードはその妄想を本気でやらないとダメなんだよっ」
「言ってるしわかってるけど、アサシンモードの絵理佳に勝てねえんだよ。くっそ、絶対にいつか絵理佳に一撃入れてやるからな! 首を洗って待っとけ!」
かませ犬のようなセリフを吐き出した明良は腹筋使って体を起こし、そっと立ち上がった。明良の顔が頭ひとつ高い位置に上がる。
「それで、その粘性なんとかって技はなんだ? 今期のアニメか?」
「うんっ! 今期アニメの『ピケールは最強のド変態スライム娘』のメインヒロイン、スライム娘のピケールが使う技だよ。どう? 強かった? ねぇねぇ!」
「十分強かったぞ。でも、いつも俺に仕かけてる投げ技の名前を変えただけだろ。前回は……エロスサモナーのリヒトの……忘れたけど、そのアニメだっただろ」
「まあまあまあまあ、細かいことは気にしない気にしない。これからも明良が大好きなアイドルちゃんを守るために戦ってあげるんだから、絵理佳ちゃんが思い描くファンタジーの世界につき合ってね」
キャピっと、星のエフェクトが飛び出そうなウインクを飛ばす絵理佳。
絵理佳の勤続年数は世間一般で言うと、まだまだ新米の二年しか経っていない。
だが、体を鍛え、戦いの技術を磨く修行を始めてからは一五年以上の年月が流れている。
絵理佳は物心つく前から漫画やアニメに囲まれて育ち、特に女の子がヒーローになって悪党と戦う女児アニメや、モンスターと戦って世界を救うアニメが好きだった。
そして、正義のヒーローになるために男の子たちに交じって新聞紙を丸めてチャンバラごっこをしたり、魔法を唱えるマネをしたりして、いつでも世界を救えるように毎日シミュレーションをしてきた。
その野心は留まることを知らず、小学生になってからは本格的に柔道や剣道などの格闘技を始め、グングンとレベルを上げてステータスを伸ばしていった。
入社後も鍛錬を重ね、その肉体は成人女性の平均体重を遥かに超えているが、体は引き締まりシャープネスな体型になっている。
この絵理佳が歩んできた人生こそが、一〇〇キロ越えの巨漢の明良に勝てる理由だった。
「おう! 絵理佳が俺の部隊にいて、アイドルを守り続けてくれるんだったら、いくらでもつき合ってやるぜ。絵理佳と戦ってると、ゲームの世界で戦ってるみたいで楽しいからな。いつでもかかってこい!」
「キャハッ☆ つまんないリアルを楽しませてくれるパラディン様、だーい好きだよっ! でもでも~、絵理佳ちゃんのイタズラを受けるんじゃなくて、互いに高め合うライバルキャラとして、たまには襲いかかってね」
絵理佳は頭の後ろで手を組んでヘラヘラと得意顔をしている。
明良は壁に立てかけてある二本の竹刀を手に取って構えた――
「ほう……その言葉忘れんなよ、今日こそ絵理佳を――」
言葉が途切れる。
明良の左手にあったはずの竹刀が……消えていた。
「フフッ」
不敵に笑う絵理佳が、突きつけた竹刀の先端をギュッと握り、明良の手から引き抜いていたのだ。
絵理佳は竹刀の先端を握ったまま、柄の部分で明良の右の小手を突いた。
「うほっ!」
唖然としている明良は不意打ちを受け、右手で握っていた竹刀をコロンっと落とす。
絵理佳は竹刀を投げ捨て、刺突の勢いをそのままにアメフト選手顔負けの低いタックルを仕かけた。
体当たりする先は明良の筋肉質な太もも。
その太ももを両手で抱え、体重を乗せて押し込む。
「うほう!」
脚を取られた明良は受け身を取る間もなく、背中を床に強く打ちつけた。喉から内臓が飛び出しそうな勢いで嗚咽する。
相手が犯罪者ならここから関節技や寝技をキメるが、明良とはただのじゃれ合いであるため追撃はしない。
絵理佳は立ち上がりながら、無様に倒れている明良にノリノリの口調で語りかける。
「リアルの世界はアニメみたいに変身シーンを最後まで見せてくれないし、キメセリフも最後まで言わせてもらえないんだよ? まさかベテランの明良がそんなボディーガードの基本もわからないなんて油断しすぎじゃない?」
落とした竹刀を一本拾い上げ、見下ろす形で切っ先を明良の喉元に突きつけた。
「エリートボディーガードの女勇者、絵理佳ちゃんの勝利! でもでも~、明良が挑戦してくれたの嬉しいなっ。やっぱり絵理佳ちゃんのお願いにつき合ってくれるパラディン様のこと、だーい好きだよ! キャハッ☆」
意識を取り戻した明良は、倒れた状態で痛む腰に手を当てて重たそうな口を開く。
「イテテテテ、くそっ、なんで俺はバーサーカー女に勝てねえんだ」
「だ・か・ら。バーサーカー女じゃなくて、女勇者って言ってるよね? 絵理佳ちゃんは本物の勇者になるために血を吐くような訓練を積んできたんだから」
絵理佳は竹刀を持っていない左手を風船のような巨大な胸にポンっと当て、自信満々にドヤっと笑う。
「俺だって大好きなアイドルを守るために血を吐くような努力を積んできたのにな……くっそ、あのデカ乳をぶら下げてるやつに負けるなんて本当に情けねぇ」
「ねえ――」
絵理佳はやさしい笑みを浮かべたまま、額の血管がブチンっと音を立てて破裂した。
突きつけていた竹刀をそっと振り上げ……明良の腹に突き刺した――
「うほう!」
分厚い腹筋の鎧を貫通する鋭い一撃に、明良は目玉が飛び出そうになる。
絵理佳は全身全霊の怒りを込め、竹刀をぐりぐりとひねって明良の内臓にじわじわとダメージを与えていく。
「ザコザコでデリカシーのないパラディン様? 胸の話はしないって約束したよね?」
絵理佳はニコニコ顔のままだが、声に影が差していく。
「ぐはっ!」
起き上がろうとした明良の足を踏みつけ、硬い骨のくるぶしにダメージを与えていく。
「絵理佳ちゃんね、好きで胸が大きくなったわけじゃないんだよ? むしろ戦う上で六キロの重りをつけて戦うの邪魔なの。アニメみたいに胸が大きな女の子が、あんなに機敏に動けるわけないの。男の明良にこの辛さがわかる?」
「いや……絵理佳、十分すぎるほど動けてるだろ」
「それは絵理佳ちゃんが動けるように、死ぬ気で訓練を積み重ねてきたからなの。ホントはこの大きなおっぱいがなかったら、もっと絵理佳ちゃんは強くなれるの。リミッターがかかってるの」
「リミッターがかかってるやつに負けたのか……てか、すまねえ、うほう! やめてくれ……やめろって、竹刀が貫通するって……ぐあああああああ!」
明良は竹刀を両手で握り締めて退けようとするが、絵理佳の体重を乗せた怪力の前では敵わない。
「百歩譲って暴力バーサーカー女って言うのは許すけど、胸のことは二度と言わないでね? 約束できる? パラディン様?」
「はい……肝に銘じます……っていうか、銘じる肝が潰れそうです」
明良の命乞いを無視し、絵理佳は竹刀を放り投げると、脇腹に強烈なインステップキックを食らわせる。
「ふんっ!」
「うほう!」
体重を乗せた蹴りは一閃。
クリティカルヒットを受けた明良はサナギのようにうずくまり、脇腹を抱えて静かに呼吸している。
「ねえ、暴力バーサーカー女に負けたクソザコパラディン様? これからパラディン様が大切にしてるお姫様を守るクエストがあるんだから、いつまでも無様にひれ伏してないで早く立ち上がってね。ギルドで待ってるから」
イラ立ちが隠せない声色でセリフを吐き捨て、トレーニングルームの床をドスドスと踏みつけて立ち去った。




