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Chapter1-1 パラディンと勇者

※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。


※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。


以上を注意の上、読んでください

巨大な自社ビルを構える、山盛綜合警備保障のオフィス。

 三階のワンフロアをほぼすべて使用した広大なトレーニングルームの片隅には、格闘技用の小さなスペースがある。

 その床が板張りされた格闘技場で、ひとりの青年がサンドバッグと対峙していた。

 キュッキュッと運動シューズが床をこする鋭い音がリズミカルに響く。青年は前後左右に軽やかなステップを踏みながら、滝のように汗を流していた。

 ピチピチの白いタンクトップは張り裂けんばかりに隆起した胸筋を主張し、そこから伸びる腕は鋼鉄の丸太のようだ。浮き出た血管が木の根のように腕に絡みついている。

 黒いショートパンツから覗く両脚もまた、成人女性のウエストを優に超えるほどの太さがあった。

 青年の体躯は、無差別級の格闘家か、ボディービルダーと見間違えるほどだ。

 その日々の厳しいトレーニングで魔改造した強靭な肉体には、一〇キロのベストを着せている。両腕、両脚には五キロのアンクルウエイトをつけ、合計三〇キロの重りを全身に装着していた。

 並みの成人男性なら歩くだけで精一杯の重さにもかかわらず、青年は踵を浮かせて機敏に動いている。

 そして、長年の鍛錬で分厚くなったタコだらけの両手で、鉛が仕込まれたトレーニング用の竹刀を握っていた。

「デアアアアアアアア!」

 周囲にボーっとしている人がいたらビクッと驚きそうな、獣じみた威勢のある咆哮を張り上げ、右手の竹刀をサンドバッグに振り下ろした――

 筋骨隆々の腕で放たれた竹刀は風を切り、スパーンっと乾いた音を立ててサンドバッグに炸裂する。

「うおおおおおお!」

 間髪入れず、踏み切った右足を軸にして体重を預け、左足を振り上げて渾身の蹴りを叩き込む。ボコーン! という、内臓に大ダメージが入りそうな鈍い衝撃音が炸裂し、サンドバッグが大きくしなった。

「まだだ!」

 軸足にしていた右足で力強く床を蹴り、飛び退き様に左手の竹刀を振り下ろした。

 後退しながら放った一撃も、利き手の右の一撃と遜色ない威力の音を響かせた。

 相手に攻撃の隙を与えない、流れる三段攻撃――この間、わずか一秒。

 青年はサンドバッグと距離を取り、右の竹刀を突きつけて間合いを取りつつ、左の竹刀はいつでも動かせるように振り上げた構えで残心する――

 サンドバッグを睨みつける極道のような厳つい顔は、油断を解いていない。

(ふっ――決まったな。ルルエラだったら、チャマくんカッコいい! って言ってくれるだろうな)

 しかし、厳つい表情とは裏腹に、心の中では幼い頃に初めて逆上がりができたときのような達成感で満たされていた。

 過酷なトレーニングを全力で楽しんでいる青年の名前は、笹川明良。年齢は二八歳。

 一〇年前、ルルエラが殺されたショックでビルの屋上から飛び降り自殺を図った男性だ。

 明良は大学に進学後、久保田陽子が差し出した名刺を頼りに山盛綜合警備保障に連絡を入れ、アルバイトとして門を叩いた。

 そして、アルバイトとして四年間経験を積み、就職活動をせず大学卒業後、スライドする形で正社員として入社した。

 アルバイト期間を含めて、今年で勤続一〇年目を迎える。

 その間、依頼された仕事は次々と積極的にこなし、現場で走り回って実務経験を積んでいった。さらに、実務だけでなく日々の鍛錬も怠らず、メキメキと体を大きくしていった。

 高校生の頃は、周りの生徒に置いていかれないようにガリガリと勉強をしていた。やがて人生をあきらめてインターネットの世界に浸り、自らを落ちこぼれと決めつけていた。

 一〇年前の明良は現在の姿からは想像もつかないほど体育会系とは離れた存在だった。身長一八〇センチに対し、体重はわずか五〇キロ。指で突けばポッキリと折れてしまいそうなほどヒョロヒョロの体型だった。

 しかし、大学生になってからウェイトトレーニングに次ぐウェイトトレーニングを重ね、プロテインをガブ飲みし、食事管理も徹底して、体をモリモリと大きくしていった。

 そして、一〇年の時を経て五〇キロしかなかった体重はダブルスコアの一〇〇キロを優に超えている。

 加えて、筋トレだけでなく、柔道、ムエタイ、相撲、剣道、ボクシングなど、様々な格闘技もかじり、効率的な体の動かし方も会得していた。

 今の明良の外見に、高校生の頃の面影はない。

(アイドルを守るために、俺はもっと強くなる!)

 鍛錬のたび……いや、朝目覚めるたびに思い起こす胸に刻み込んだ強い信念。

 すべては、ルルエラのように理不尽な理由でマイクを置くアイドルを二度と出さないようにするためだ。そして、明良が味わった世界から色が消える悲しみを、ファンたちに味わわせないようにするためだ。

 その無念の誓いが体を動かし、オーバーワークを心配される勢いで鍛錬を重ねてきた。

 結果、今では日本国内で活動するアイドルやアーティストやタレントの名前をテキトーに挙げれば、半分は警護した経験があるほどの豊富な実績を積んでいる。

 充実したボディーガード生活を送っている明良は体を半身にし、二本の竹刀をサンドバッグに突きつけた。

「ハインド・ファイア!」

 明良は他の隊員も利用しているトレーニングルームで恥も外聞もなく、技名を高らかに叫ぶ。

 両手の竹刀を交差するようにサンドバッグに素早く振り切った。

「ブローザ・スラッシュ!」

 ゲームではないリアルの殺し合いの場面では、大ぶりの攻撃は隙を見せる。

 だが、構わず体をひと回転させ、サンドバッグ上部、人間なら頭部に竹刀を叩きつけた。

 どちらの技も、ルルエラが愛していたゲーム、ベドレクのキャラクターが使う技だ。そして、二刀流の戦闘スタイルも、ルルエラが使っていたアバターのマネだ。

 数年前、ルルエラと引き合わせてくれたキューピッドのゲーム、ベドレクはサービス終了してしまった。が、明良の中ではサービスが続いている。ルルエラのアバターのマネをしている瞬間は、ルルエラが明良の中で生きている気がするからだ。

 新入社員の頃は二刀流かつゲームの技を叫んで訓練していると、上司に「ふざけてるのか! 人の命を預かってるんだぞ!」と、怒鳴り声が飛んできていた。

 実際に斬れる剣なら二刀流でも問題ない。だが、携帯している護身用具の警戒棒を使うと、相手に警戒棒を掴まれたときに対処ができないため、二刀流はやめろと注意されてきた。

 しかし、防弾チョッキやレガース、ヘルメットなどの防具をつけて行う、ルール無用の殴り合いをする実戦を想定した訓練でも二刀流を貫き続けた。

 そして、圧倒的な強さで他隊員を次々となぎ倒し、実力で上司を黙らせることに成功した。

 今では年老いた役職に就いている上司でも、稼ぎ頭の明良に文句をつけられる者はいなかった。

「はぁはぁ……」

 黙々と自主練習をすること、約一時間。息が切れてきた。

(これから仕事もあるし、今日はこれぐらいにしておくか)

 今日は午後出勤の半ドンで、早く会社に出向いて自主トレをしていた。

 さらなる高みを目指す明良は休日を含めて、時間が空けばこのように鍛錬に勤しんでいる……というのは嘘だ。筋肉を超回復させる休日や就寝前は、学生時代から大好きなゲームをプレイしている。

 重たい竹刀を二本、壁に立てかける。胴体と四肢に装着しているウエイトを外してドゴォーンっと床に落とした。

 壁際の床に置いていた、スポーツタオルに包まれたスマートフォンの電源を入れ、通知を確認する。重要な通知はなかった。ひとつずつ消していく……

(かわいいな)

 薄っすらとした瞳で、パスワードを解除する前のロック画面を見つめる。

 ロック画面に設定している画像は、高校生のときに撮ったルルエラとのツーショット写真だ。

 高校生の明良の体は紙ペラのように薄く、社会の厳しさを知らないあどけない顔をしていた。

 その隣で……かわいいの権化と言っても過言ではないルルエラが眩い笑顔を放っている。

 長くて艶やかな黒髪をサラリと垂らし、前髪を切りそろえている。化粧がいらないと思えるほど元の顔の素材が良く、童顔だが、高校生の明良には大人のお姉さんのように見えた。

 ルルエラが着ているアイドル衣装は安物のふにゃふにゃした生地で出来ている。形状が記憶されず、スカートの裾やフリルがだらーんと垂れていた。

 本当に、もっと華やかなアイドル衣装を着せてあげたかった。ワイヤーが入っていて、布のほつれもない、間近で見ると鎧のように厳つく重たそうな、舞台映えする立派なアイドル衣装を。

 ふたりは身を寄せ合い、明良が左手でハートマークの片方を作り、ルルエラが右手でハートマークを作り、ひとつのハートマークを作っている。

 そして、明良は引きつった笑顔、ルルエラは花が咲きそうな笑顔をカメラのレンズへ向けていた。そのルルエラは、スマホの画面に表示されている平面上でも自らがキラキラと光っているように見える。

(今日も気合入れていくか!)

 仕事の前に尊いルルエラの姿を見るだけで、未来あるアイドルたち、そして、顔も名前も知らない数多のファンたちの希望を守る闘志が湧き上がる。

 一〇年間続けている、ボディーガードを志した初心を思い出す儀式を終えると、スマホとスポーツタオルを持ち替えて体中にまとわりつく気持ち悪い汗を拭き取っていく。

 ふうぅーっと大きく息を吐き出した……瞬間、何者かに手首を掴まれた――

「第五粘性術・伸遠投!」

「うほう⁉」

 少女のおてんばな声と同時に、景色がぐるんっと回転していた。


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