19.深淵の呼び声
十日が過ぎ、ジークたちは快復したセドリックを迎えて、再び探索業へと戻ろうとしていた。病み上がりを急かすのも気が引けたのだが、ここしばらくは蓄えを切り崩して生活していたのだから、焦らずに行こうという訳にもいかなかった。
ジークとフィリンなどは、再びリサに養われているも同然の状態で、あまり肩身の狭い思いはしたくない。
『魔窟』で確実に稼げる方法などありはしない。事前に情報を収集していても、結果にはどうしても運が絡む。資源の採取場所は他の探索者との確保競争になるし、魔物を狩るのは危険な上に探し回らなくてはならない。
とりあえず、ヨシュアの提案もあって、セドリックの快復祝いを兼ねての食事会の席で、今後の方針を話し合うことになった。
場所はヨシュアたちの宿の食堂だったが、探索者向けの宿というのは、どこも似たような作りらしい。特に珍しいということもなかったし、雑然とした雰囲気はジークたちにも馴染みのものだった。
リサを加えて五人で囲んだテーブルの上には、鳥の丸焼きや魚介類のソテー、パンケーキなどが大皿に乗せられて、所狭しと並んでいる。その料理を見て、セドリックはげんなりした表情を見せていた。
「三日前まで粥しか食ってなかったんだぞ。俺の快復祝いだっつうなら、もうちょっと考えろよ」
「まあ、待て。胃が受け付けないだろうと思って、ちゃんと粥も用意してある」
「そういうんじゃねえよ、クソ野郎。なんだ、これ、俺だけ真っ白な粥を食ってろって、イジメか? あ?」
「わがままねえ。祝ってあげてるだけありがたく思いなさいよ」
「うるせえ、クソエルフ! さっきから一人でガツガツ食いやがって、てめえが一番、俺を祝う気がねえだろ?」
「まあまあ、そう言わずにセドリックさん、どうぞ」
いつも通りの口汚さを発揮するセドリックに、にこにことリサが蒸留酒を注いだ。美人に酌をされて悪い気はしないのか、セドリックは面白くなさそうな顔をしつつも、酒のペースが早い。
酔い潰して大人しくさせるつもりだ、とジークは察したが、病み上がりに対して容赦のないリサの行動を止めはしなかった。わざわざ度数の高い酒を選んでいる辺り、リサもえげつない。まあ、セドリックもまんざらではなさそうだし、と内心で言い訳しつつ、止めたら止めたでとばっちりを食らいそうだしと本音が漏れる。
これもこれで、楽しいひと時と言うべきなのか。ジークはそんな事を思いながら、自分は薄めたワインに口を付けていた。
そんな食事会もひと段落して、セドリックが予想通りに轟沈した辺りで、「さて」とヨシュアが真面目な表情を作った。
「今後についてだが……」
「セドリックが潰れてるんだが、それはいいのか?」
「問題ない。事前に意見はすり合わせてある」
それでいいのだろうかと思ったが、それだけヨシュアを信頼していると言うことなのだろうと思いなおして、ジークはうなずいた。
「分かった。それじゃあ、聞かせてもらうとするか。わざわざ俺たちを呼んだからには、腹案があるんだろう?」
「もちろんだ。『魔窟』に潜れないからと言って、遊んでいたわけではないからな」
耳に痛い。日常的な技能が壊滅的なジークとフィリンは、何もすることがなくて暇を持て余していた。ジークは自分で図書館にも通ってみたのだが、そうした作業の経験があるわけでもなく、機密書庫に入れないとあっては、リサが調べた以上のことなど分かるはずがなかった。
揃ってあらぬ方向を見る二人に、ヨシュアは首を傾げたが、訳知り顔のリサに「どうぞ」と先を勧められたので、そのまま話すことにした。
「しばらく休業していたおかげで、財政的に余裕があるとは言えない。それは貴公らも同じだと思う。ここはひとつ、確実に儲けの出る依頼を請け負うのが得策だろう」
「依頼って、ギルドから出てるやつか? 指定した物を拾って来いとか……確かに普通の買取額より優遇されてるみたいだけど、他の連中だって血眼で探してるわけだし、運が良くないと無理だろ」
「だよね。結局、あたしたちもそこそこ潜ってるけど、貼り紙してあるような高額品なんて、ぜんぜん見かけたことないもん」
ジークの見解にフィリンも同意したが、ヨシュアは端正な顔に少しだけ悪戯めいた笑みを閃かせた。それから秘密を打ち明けるように、声のトーンを落とした。
「そうじゃない。いや、依頼と言うより、日雇い労働みたいなものだな。今、騎士団査察局が必死になって戦力になる探索者を刈り集めているという話だ」
「査察局ぅ? また騙されるのは嫌よ」
先日の「餌にされた」一件を思い出して、フィリンは嫌悪感もあらわな口調で聞き返した。
「今回はそういった犯罪者がらみの作戦ではないさ。でもなければ、こうして話が漏れてくるわけがない。結論から言うと、大々的な魔物狩りだそうだ。参加報酬は金貨一枚」
「き、金!? 銀貨じゃなくて?」
フィリンが椅子から飛び上がりそうな勢いで叫んだ。無論、ジークやリサも驚いたのだが、それよりも強く感じたのは、つい最近まで貨幣を握ったこともなかったエルフが、ずいぶんと世俗に塗れたものだという感慨だった。
それはそれとして、参加するだけで貰えると言うなら、破格の報酬であることに違いはない。
「金貨だ。さらに目的の魔物を仕留めたチームには、一人頭で十枚」
「じゅ、十枚……」
呆然と呟いたフィリンの脳内では、金貨十枚が次々と御馳走に変換されているに違いないと思いながら、ジークはテーブルの上に身を乗り出した。
「いくら騎士団が金持ちだからって、太っ腹に過ぎる。かなりヤバい話なんじゃないのか?」
「それはそうだろう。貴公らは聞いたことはないか? 『地下七の悪魔』の噂だが」
「与太話じゃないのか?」
顔をしかめたジークがちらりと見やると、フィリンは得意げな笑みを浮かべていた。そらみろ、と言わんばかりの顔に、ヨシュアが「それはあくまで事実無根だ」と言ってくれることを期待したのだが、そうはならなかった。
「今までは単に噂の域を出なかった。なにせ目撃した生還者がいなかったからな。強力な魔物が出たのではないか、と言うような噂に尾ひれが付いて広まったんだろう」
「と言うことは、目撃者が現れた、ってことか?」
「ああ。地下七で探索中のチームが、瀕死の探索者を発見したそうだ。結局、手の施しようがなく、その探索者は亡くなったそうだが、死の間際に言い残したそうだ。死神を見た、と。錯乱していただけかもしれんが、発見者の話では、周囲には異様な死体が散らばっていたらしい」
「異様な死体?」
ジークの問いかけに、ヨシュアはリサの方に目配せをした。それが凄惨な話になる、という確認の意味だと悟って、リサは小さくうなずいた。
「聞いただけでも、頭蓋を破砕されて頭部がなくなっていたり、手足を引きちぎられていたり、とにかく五体満足に残っている死体はひとつもなかったらしい。瀕死の探索者に仲間が何人いたのかを尋ねると、六人と答えたが、死体は五つしか見当たらなかったそうだ」
「そ、それって、お持ち返りされて食べられたとか、そういう話?」
おっかなびっくりで尋ねるフィリンに、ヨシュアは小さく頭を振った。
「発見した広間の中央には、凄まじい量の血だまりが出来ていて……その中に犠牲者の物と思われる肉や骨が散らばっていたそうだ。おそらく、それが六人目だと……」
「ちょ、ちょっと、どうやったらそんな風になるのよ?」
「私が訊きたいぐらいだ。これも又聞の話だから、どこまで信頼できる情報かは怪しい。だが、『魔窟』そのものに対しては不干渉を貫く騎士団が重い腰を上げたとなれば、標的は相応の大物ということになるだろう」
「でも、なんで騎士団が? 探索者がいくら死のうと、連中には関係ないだろう」
「いえ、地下七階層という場所が問題なのでしょう」
少し怯えた様子を見せていたリサが口を挟んだ。
「あの階層には優良な鉱脈が現存しています。悪魔か死神かは分かりませんが、噂が広がって探索者が踏み入れを躊躇するようなことになれば、騎士団の財政にも影響が出てくるはずです」
「さすがによくご存知だ。リサ殿は何か聞いておられませんか?」
「わたしは財務局勤務ですから、『魔窟』のことはあまり……。査察局の方から、ちょっと多すぎる臨時支出枠の申請が届いていたのは知っていましたが、こんなことになっているとは知りませんでした」
それきり、座は重苦しい沈黙に包まれた。
たとえ話が誇張されていたにしても、騎士団が動いているからには、地下七階層で多大な被害が出ているのは事実なのだろう。そして、その階層で活動する探索者ともなれば、相応に『魔窟』で経験を積んだベテランのはずである。
それはもうすでに嫌な予感というレベルを通り越して、明確な危険を感じ取れるようなレベルに達している。だれもがそのことを感じていた。
一方で参加報酬だけでも金貨一枚というのは魅力的な話である。今後、不作が続いた時の備えとして蓄えておけるなら、多少は安心できるだろう。討伐報酬も合わせて金貨十一枚を得られれば、多少の危険には目を瞑ってもいいと思える。
そのせめぎ合いの中で、だれもが容易に口を開けなかった。
ヨシュアはすでに参加の腹を決めていた。セドリックはごねたものの、なんとか説得している。だが、リーダーという立場上、率先して参加を表明できない。それをすれば、ジークやフィリンの決断に不必要な誘導を与えてしまいかねない。
ジークとフィリンには、まずどうするかを自分で決めてもらいたい。その上で不参加とあれば、説得して引き込むかどうかを考えようと思っていた。
そのように考える男はお人好しなのかもしれないが、他方で後ろめたさがあったという理由もある。
今回の一件で首尾よく名を上げられれば、希望していた騎士団への加入に近付けるかもしれない。行く当てのないセドリックも、その点に関してはヨシュアと動機を同じくしている。日銭の計算をするような日々から解放されたいというのは、両者に共通した仕官の動機だった。
一方でジークもフィリンも仕官するという話には興味を示さなかった。
フィリンは単純なもので、飽きたら故郷に帰るだけ、と言った様子だった。
ジークは彼女より少しは複雑そうだが、記憶を取り戻すという曖昧な目的があるだけで、後はあまりフィリンと変わりがないように見えた。
つまるところ、二人とも将来の展望についてはまったく考えていない様子だった。そういう二人に、強制参加はさせられない。それぐらい今回の仕事は危険だとヨシュアは踏んでいた。
「わたしは反対です」
ようやく口を開いたのは、直接は関係のないリサだった。むしろ直接的な関係がないからこそ、口を開くことが出来た。
「なにもそこまで危険を冒してお金を稼ぐ必要はありません。わたしの収入だけでも、ジーク様を養うぐらいはできるのですし、どうか無理をなさらないでください」
「いや、そういうのはちょっと……良くない気がする。そのうち働かなくなりそうで怖いし」
過保護に思えるリサの言葉に溜息を漏らしたジークは、姿勢を正してから「それに」と続けた。
「ヨシュアたちは行くつもりなんだろう? 仲間なんだ。放ってはおけない」
「我々のことは気にしなくていい。と言うより、我々をダシにして決められると、心苦しい。リサ殿の言にも一理ある。金子の多寡に関わらず、金を稼ぐという目的だけなら、この仕事はあまりにも危険だ。そこをよく考えてもらいたい」
そこへフィリンが口を挟んだ。
「でもさ、その悪魔だか死神だかに遭遇しなくても、日当で金貨一枚はもらえるんでしょ? どっちかって言うと、広い迷宮の中で、そいつに遭遇する可能性はすっごく低いと思うんだよね」
「そんな甘い考えでは……」
「それに、リサはあたしを養ってくれないみたいだし」
「同性を養っても仕方ないでしょう? 路銀ぐらいは用意しますから、森にお帰りなればいいと思いますよ」
「……貴公も色々と大変だな」
「まあ、たまに喧嘩してるけど、喧嘩するほど仲がいいとも言うし、気にすることはないさ」
能天気に発言するジークに、今度はヨシュアが溜息を漏らした。この分では、当分は根本的に問題が解決されることはないのだろうと思った。
「それはそれとして、参加不参加って話の前に、査察局から声は掛かってるのか? 行くと決めても、呼ばれてなきゃ意味がない」
「なに、声がかりなどなくても、こちらから話をねじ込めばいい。それぐらいの貸しはあるだろう」
「なるほど、ヴォールか。さぞ嫌な顔をするだろうな」
いかついドワーフが盛大に渋面を作っている様を想像して、ジークは笑った。




