↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/24

18.名にし負いて

「リサ、今日は早いんだな……」

 密着していたフィリンを押しのけて、ジークは気まずい思いを押し隠して、お伺いを立てるように声を掛けた。

「ジーク様にお伝えしたいことがあって、早退して来ました。これを虫の知らせと言うのでしょうか?」

「お邪魔虫の間違いじゃないの?」

 ぼそりとフィリンが呟いたが、ジークは聞こえなかったことにした。リサの挙動を注視しながら、椅子から腰を浮かして、いつでも逃げられる体勢を整える。脳裏にはシーリアとの関係性を吐かされた関節技の数々が過ぎる。

 あれは地獄だった。ジークの背筋を冷たい汗が伝った。

 斬ったり殴ったりの痛みとは本質的に異なる。慣れれば耐性が付くようなものではないのだ。

「ふふふ、お邪魔でしたか、ジーク様?」

 今度は壊される!

 確信とともに逃げ出そうとしたジークを、後ろからがっちりと捕まえたのは、フィリンだった。

「は、離せ、フィリン!」

「邪魔でーす」

「そうですか。それは失礼いたしました。ですが、わたしにもわたしの思いの丈というものがございます」

「俺は何も言ってないぞ!?」

「悪く思わないでくださいね」

 仕事用の肩掛けカバンを下ろして、にこりと微笑んだリサの背後に、まごうことなき死神の姿を見た気がした。



 しばらくして後。

 ジークは汗と涙を絞り尽くされて、虚脱したように床の上に転がっていた。

「く、砕けるかと……何で俺がこんな目に……」

「こうして汗まみれでくんずほぐれつ……なんだかイケナイことをしているみたいで、少し恥ずかしいですね」

「いけないことだよ! 暴力反対!」

 汗を拭って、なぜかほっこりと笑うリサに、被害者は抗議の声を上げたが、それこそ負け犬の遠吠えである。

「ジーク、弱過ぎ。ちょっとは抵抗しなさいよ」

「ふざけんな! おまえもかけられてみろ! っていうか、見てないで助けろよ!」

「無理。めちゃくちゃ怖いし」

 にべもなく応じたフィリンは、心なしか顔が青ざめている。自分でなくて良かったと心底思っている顔だ。

 ジークとて剣術を主体とする派生技は使えるが、一度でも引きずり倒されるとリサに抗する術はない。あとはリサの気の済むまで痛めつけられるのみである。

「人が働いている間にふしだらな事をしてるのが悪いんです。フィリンさんも、次はお仕置きですからね?」

「……はい」

「よろしい。……はあ、時間を浪費してしまいましたが、やっと本題に入れます」

「できれば真っ直ぐ本題に入って欲しかった」

「何かおっしゃいましたか?」

 にこにこと尋ねられて、ジークは慌てて首を横に振った。

 リサは小さく咳払いをして、置いていた肩掛けカバンの中から、メモ用紙を引っ張り出して来た。

「ジーク様、お渡しした報告書はどれくらいお読みになられましたか?」

「ん、一通りは目を通したけど……」

「結構です。それなら話が早く済みます。報告書にも書いていた通り、五百年前の大戦における転換点はどこか不自然なのです」

 ジークはうなずいた。総合した印象では、重要なピースが足りていないと言ったところだろうか。魔術の成立だけでは、大敗からの巻き返しには弱い。

 それは実際にセドリックの魔術を目にし、その威力を見せつけられると同時に、その限界を漠然と感じたことからも分かる。戦術レベルでは強力であっても、大局を覆すためには数万、十数万という規模の魔術師軍団が必要だったろう。端的に言えば、当時の軍勢すべてを魔術師で構成し直すぐらいの規模となるはずだった。もちろん、そんな事は実際には不可能だ。

「先日から騎士団の機密書庫で調査を進めていたのですが、その点に関して調査の進展がございました。大戦中期頃に、どうやら魔物の軍勢を率いていた存在、魔王と呼ばれる者が倒されたとの記述があったのです」

「魔王……。魔物が指揮系統を失って混乱した所で反撃を開始したのか」

「えーっと、それってもしかして、転移魔術で敵のど真ん中に強行転移して、って言う話?」

 フィリンの思い付きに、ジークは「なるほど」とうなずいた。座標の不確かな転移は危険だという話だが、追い詰められた人々が最後の望みをかけて、一か八かで試みたと言うのなら、妥当な話だろう。

 だが、名推理に満足するフィリンに対して、リサは否定的な見解を示した。

「いえ、それが魔術師は絡んでいなかったようなのです」

「どういうことだ?」

「その点に関して調べていたのですが、今日になって、ようやく該当する資料を見つけました。魔王を討ち果たしたのは、たった一人の騎士で、『白竜の加護を得た一の騎士、その名をジークハルトと人は称す』と……」

「白竜の騎士……!?」

 フィリンが驚きの声とともに、ジークを見た。

 ジークは目を伏せていた。その耳に白竜シーリアの言葉が蘇る。

『ただ一つの呪いと祝福をその身に宿し、老いることを知らぬ』

 ただ一つの呪いと祝福――それが白竜の加護なのか?

 それにジークハルト? それが俺の本当の名前なのか? 間違えて記憶していた可能性はある。それぐらいに音は近い。だが……

「ダメだ。思い出せない。リサ、それが俺だという可能性はどれぐらいあると思う?」

「言及している資料は、おそらくその一つだけですし、内容にも乏しく、何とも言えません。ただ、魔王を討ち果たして生還したようですし、一節に『白竜より授かりし白く輝く刃を持ちて』とありました。ジーク様の愛刀と符合しなくもないかと」

「いや、するとおかしい」

 ジークは否定した。自分の持っていた剣については、ヨシュアからの助言もあって、少し調べていた。

 材質はヨシュアの言う通り、白鋼で間違いない。ただ、その産地は『魔窟』だった。何軒か鍛冶屋を回って確かめたが、他では産しないために稀少な金属なのだと断言されている。

 それを聞いて、リサは肩を落とした。

「ようやく答に辿り着いたと思ったので、急いで帰ってきたのですが」

「いや、よく調べてくれた。感謝するよ。ところで、その資料というのは?」

「騎士団創設期の騎士が残した手記です。どこまで信用できるか分かりませんが、同時代の記録ですし、自称ではその「ジークハルト」なる騎士の朋友でもあったようですから、価値は高いかと思います」

「ふむ……だけど、妙な話だな」

「妙?」

 考える素振りを見せたジークに、フィリンが問いかける。

「だって、そうだろう? そのジークハルトが本当に単身で魔王を討ったなら、それは劇的な事件だ。ジークハルトは時代の英雄として祭り上げられて、伝承として残っていてもおかしくない。なのに、これまで聞いた話では、ひとつもその名前は出て来なかった」

「むう、確かに……」

「その手記が事実を記しているという前提で言えば、それはおそらく逸史なのだと思います」

「逸史ってなに?」

 聞き慣れない言葉にフィリンはリサの方に向き直った。

「正史には記されていない歴史のことです。その全てを記述するのは無理ですから、どうしても編纂する者の主観によって、取捨選択されるものです。そうして捨てられた事件を逸史と称するのですが……」

「意図的に捨て去られた歴史もある、ということか」

「はい。機密書庫の閲覧申請はマーク卿が出してくださったのですけれど、その時、卿はこうおっしゃいました。――元々は援助を受けていた頃の遺物で、後援各国との軋轢を避けるために死蔵された文書を収めているのだ、と。前提条件を受けて考えるなら、各国にとって「ジークハルト」の存在は都合が悪かったのだと考えられます」

「よく分かんないんだけど……何が都合が悪いの? 魔王は倒したし、そのお陰で逆転できたんだよね? なにも揉み消すような話じゃないと思うんだけど」

「フィリン、よく考えてください。話が本当なら、白竜の騎士はたった一人で地上世界を救ったということになるのですよ? それこそ神にも匹敵する英雄です。各国の為政者にとっては、その功績そのものが脅威と映ったはずです」

「ジークハルトが、いや、彼の取り巻きが少しでも野心を持っていれば、地上を支配することは容易い。絶望的な状況から人々を救ったんだ。その事実を知れば、大衆は喜んでジークハルトを支持する。だから、魔王と一緒に存在そのものを抹消した……嫌になる話だ」

 ジークは溜息を漏らした。ジークハルトは身の危険を感じただろう。同胞から危険視され、失望を味わったかもしれない。それこそ、記憶を封印してしまいたくなるほどに……。

 いや、これは思考の飛躍か。自分が特別な存在でありたいと思う欲が見せる幻想だろう。

 第一、魔物がひしめく敵の本陣に突入して、魔王とやらを討ち取り、さらには生きて帰る――などという離れ業は自分には無理だ。大サソリすら、セドリックの助けを借りなければ仕留められなかったのだから、それは自明のことだった。

 ジークハルトが先代の「白竜の騎士」だと仮定した方が無理がないような気がする。

「なんにしろ、どうも大事になってきたな……」

「ジーク様自身が、太古の神に仕える身です。大事にならない方がおかしいと思いますけど」

「あんまり自覚はないんだけどな。……ちょっと外の空気を吸ってくる」

 リサの報告をどのように扱うべきか考えあぐねたジークは、考えを整理するために、そう言って部屋を後にした。

 それを見送ってから、フィリンは興味があるのかないのか、いまひとつはっきりしない態度で、ベッドに寝転がった。正直に言えば、スケールが大きすぎてピンとこない。それにジークの実力のほどはフィリンもよく知っているので、ジークと似たような結論にならざるをえなかった。

「ジークが救世の騎士ねえ……」

 はっきり言って似合わない。ジークはいつも通りに、頼りになるんだか、ならないんだか、分からないぐらいでちょうどいいと思った。それぐらいの方が可愛げがある。

 出会った時、もしジークがフィリンの助けを必要としないような、完璧な神の騎士であったなら、自分はこうしてのこのこと遠方まで付き合ったりしなかった。後先を考えず、他人のために突っ走る姿が危なっかしくて、見ていられない。

「それだけのつもりだったんだけどなぁ……」

 結局、触れることのなかった唇を指先でなぞりながら、吐息の熱さを思い出す。ジークもその気になってたよね、と思うと、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気分だった。遂げられなかったことを少し残念には思うが、それはまた次の機会ということで……。

「さてと、フィリンさん?」

「え? あ、どうかしたの、リサ?」

「せっかくの機会ですし、ぜひとも確かめておきたいことがあるのですが」

 ゆらりと近付いて来るリサに、嫌な予感がした。

「怪しいとは思っていたのですが、ジーク様との関係がどこまで進展しているのか、参考までに伺っておきたいのですけど」

「へ? べ、別にそんな関係なんて……」

「そうですか。素直に話してはいただけないのですね」

「いや、ちょっ、待って――」

 直後に上がったフィリンの悲鳴は、食堂に降りていたジークの耳にも届いた。咄嗟に階段まで駆け付けたジークだったが、その脳裏に先刻の惨劇がまざまざと浮かび上がって、階段を上ることができなかった。

「許せ、フィリン……」

 二階に向かって手を合わせたジークは、何事もなかったかのように散歩に出かけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。