16.騎士団査察局
結局、ジークたちを釣ったと思っていたならず者たちこそが釣り上げられたというわけで、エサにされたジークたちはいい面の皮だった。
しかしながら、かなり危険な状況だったことに変わりはない。文句を言うほどの余力もなく、脱力して座り込んでいたジークたちの方へ、騎士団員の中から小柄な騎士が駆け寄ってきた。
「探索者の方々、お怪我はありませんか? 負傷者がおられるようなら、手当を――」
全身鎧でがっちりと固めた同僚たちとは異なり、チェインメイルの上からサーコートを着込んだだけの軽装の騎士は、驚いたことにフィリンとあまり外見年齢の変わらない少女だった。
兜を脱いだ頭は栗毛のショートカットで、パッと見には細面の少年にも見えるのだが、小柄なわりに自己主張の激しい胸が性別をはっきりと示している。
「怪我はない。……いや、あれは怪我に入るのか?」
答えてから、ジークは倒れ込んでいるセドリックを指差して、ヨシュアに尋ねた。魔術のことは素人なので、付き合いの長いはずの男に聞いたのだが、ヨシュアも首を傾げた。
「あそこまで消耗したのは見たことがない。だが、どちらにせよ騎士団に保護してもらった方が得策だろう。さすがに独力で上に戻るのは厳しい。……と言うわけなのだが、よろしいか?」
「はい、もちろんです。転移魔術でお送りしますので、少しだけお待ちください。あっ、それと逮捕に協力いただいた皆様には、金一封の報償を用意いたしておりますので」
「協力、ねえ……」
フィリンが呟いて、じろりとドワーフを睨んだ。今回の仕掛け人であるヴォールは、軽く首をすくめた。
「そんなに凄むなよ、お嬢ちゃん。これもお役目でな。俺だって良心が痛まんわけじゃない」
「どうだか」
「あ、あの……一応、こういう囮捜査には、技量優秀と認められた探索者の方を選抜していますので……」
栗毛の少女がおたおたとフォローする。年齢から言えば当然だろうが、任務に不慣れなのだろう。当たり前のように事後処理を進めて、こちらに一言の詫びもない団員たちと違って、彼女だけは申し訳なさそうに身を小さくしている。
だが、目の前で恐縮されたからと言って、それで水に流せるような問題でもない。それはリーダーに推挙されたヨシュアからすれば、なおさらのことだ。
「それならそれで、こちらにも話を通しておいてもらいたいものだ。一応とは言え、仲間の命を預かる身となれば、このような仕打ちは容認できん」
「馬鹿言え。お互いに利害関係の中での仲間ごっこなんだ。おまえらが俺を売らない保証はない。だいたい、命を切り売りして日銭を稼ぐのが探索者だろうが。ちょっとやそっとでピーピー囀るんじゃねえよ」
けっ、と吐き捨てたヴォールに、ヨシュアは詰め寄った。その表情には、抑制の裏側からこぼれおちる憤りが滲んでいた。
睨みあう二人の間に、ジークが割って入る。
「よせよ。今日の「仕事」は終わったんだ。金も稼げた。それでいいだろう、ヨシュア」
「だが、ジーク……」
「あんたの気持ちは俺たちが汲んでる。それで気が済まないというなら、喧嘩を売るのもいいだろう。チームはあんたに預けてある」
「……すまない。少し気が動転していたようだ」
力なく答えたヨシュアに、ジークは彼の胴鎧をこつんと叩いた。
どちらが正しいと言う話ではない。どちらも正しい。ただ無限の時間を持たない人の世では効率が尊ばれ、時にそれは人命にも優先するというだけの話だった。
どちらが正しいかを計ってはいけない。どちらも間違っていないのなら、それを決めるためには「喧嘩」をするしかない。それは人命よりも優先される「喧嘩」になりかねない。
騎士団側も、先ほどの栗毛の少女が割り込んできて、頭を下げた。
「騙す真似をして、本当に申し訳ありません。ですが、これも秩序維持のための苦肉の策……どうかご容赦ください」
「まあ、分かるよ。あいつらを見た後だと、特に」
ジークはそう言って、連行されるならず者たちの背中を見た。こういう連中は自身だけが利益を得て、他のだれの得にもならない。探索を奨励する側からも、探索する側からも、等しく邪魔な存在だった。
彼らは転送魔術とやらで送り返されるのだろう。騎士団の魔術師たちが何やら準備を整えているのを待っていた。
ジークが打ち合っていた剣士も、捕えられた者の中に含まれている。
「剣は己自身、か……」
どこかで聞き知った言葉が口をついた。
剣の道において、剣は自分そのものだと言う。己に甘い者の剣筋は甘く、その逆も然り。長い鍛練を要する技術であればこそ、太刀筋は研鑽の日々を写し、それは自身の真実も照らすことになる。すると、あの男は自らに厳しく鍛練を課したはずだ。
が、剣は剣でしかない。内にあっては鏡であっても、外にあっては他者を傷つける凶器でしかない。だから己を守り、他者を守るという題目を外れれば、それは見境のない暴力でしかなくなるのだ。
心を鍛え、技を鍛え、体を鍛える。それらを極めて剣聖と言い、心を欠けば剣鬼と言う。
あの男は、それに気付かなかったのか、あるいは気付いた時には手遅れだったのか。
ジークは微かな未練とともに、名も知れぬ剣士の背中を見ていた。
「どうかされましたか?」
栗毛の少女に尋ねられて、ジークはゆるく頭を振った。
「何でもない。それより、さっきから気になっていたんだが、査察局ってのは何なんだ?」
「ええっと、ちょっと説明しにくいのですが、『魔窟』内での犯罪者を摘発する部署だと思っていただければ間違いないかと思います」
「それは見れば分かるんだが……俺の訊き方が悪かったな。何と言うか、聞いてた話だと、騎士団は『魔窟』に対して直接的には関わっていないもんだと思ってたから、こうして騎士団の部隊が出張って来るのは意外だったんだ」
「そう思われるのも仕方ないですね。査察局は他とはちょっと違いますし……」
「ロッテ! 何を遊んでいる。少しは手伝わんか!」
ひときわきらびやかな装飾の施された甲冑を身にまとった男の鋭い叱責に、ジークに説明しようとしていた少女はばね仕掛けのような勢いで振り返った。
「お、お待ちください。すぐに参ります! ……申し訳ありません、任務中ですので……」
ロッテと呼ばれた少女は、ぺこりとお辞儀すると、部隊長と思しき青年の方へと駆け出して行った。
部隊長は三十路半ばの男で、見事なほどの三白眼でジークたちを睨みつけていた。
「気に入らない目だな」
まだどこか釈然としない様子で、ヨシュアはそう言った。
騎士団査察局に保護される格好で、ジークたちは転移魔術によって地上に帰還した。
転送場所は騎士団の根城である、丘の上の城だった。その地下に造られた専用の広間である。騎士団の転移魔術は、ここを帰還用のゼロ座標として利用しているという話だったが、魔術に疎いジークにはよく分からなかった。
セドリックは医者の見立てで十日ほど静養すれば問題ないということだった。疲労はすぐに抜けるが、喉はかなり痛めているということで、出来る限り喋らず、傷がふさがるまでは食事も常温の流動食にするようにと注意を受けた。
膏薬を首に塗って、包帯を巻いてもらいはしたが、それも気休めに過ぎないので、結局は自然治癒に任せるしかないとのことだ。
報酬を受け取ったジークたちは溜息を漏らすしかなかった。
つまるところ、セドリックの復帰まで十日ほどは探索を自粛することになる。全員分で銀貨十枚といった報酬では、その間の補填として少なすぎる。ようやく安定した稼ぎが入るようになっていた矢先だけに、その思いはなおさらだった。
「それにしても、瞬間移動できるような魔術があるなら、どうして使わないんだ?」
その帰路の道すがらで、ジークは疑問に思っていたことを口にした。それがあるなら、わざわざ体力と時間を消費して降りていく必要はないはずだった。
喉を痛めたセドリックは、恨めしそうに睨んで、首を横に振った。できない、と言う事かと思っていたら、彼に肩を貸していたヨシュアが代わりに答えた。
「それなら以前、セドリックに尋ねたことがある。なんでも転移先の座標を正確に指定できないと危険だということだ」
「まあ、岩盤の中に埋まったら大変だもんね」
「私にもよく分からんが、そもそも世界の軸線からずれるとか、何とか……無事に転移できる保証がないと、そういう話だった。下手をすると、見知らぬ世界に移動してしまうと。そのために、転移魔術の転送先には、座標を知るための要石が必要になるそうだ」
「思っている所にポンポン飛べるわけじゃないのか」
「そういうことらしい。ついでにその要石じたいが消耗していく術具で、値が張るとも言っていた」
そんなものを気軽に使えるのは、資金の潤沢な城砦騎士団ぐらいのものだと言う訳だった。
これだけ便利な魔術がありながら、地下六・七階層まで降りるようなチームも、いちいち地下一階層から順番に下っている現状には相応の理由があるということだった。
「そんなにズルできるようにはなってないわけか」
「それはそれとして、貴公らはしばらくどうする? 私はセドリックの療養に付き合わなければならんが」
「こっちも休業するしかないだろう。俺とフィリンだけじゃ、地下四あたりが限度だ。それならそれで、他にやりたいこともある」
「やりたいこと?」
ヨシュアが尋ねると、ジークは人差し指で自分の額をつついた。
「記憶の手掛かり探し。フィリンもしばらく休みでいいだろ?」
「そうだね。ここんとこ、ずっと働きっぱなしだったし、まだ観光してないとこもあるし」
「じゃ、そういうことで。セドリックが治ったら連絡してくれ」
「すまないな」
「謝ることじゃない。最後は助けられたわけだしな」
「そうだね。最後はちょっとだけ見直したよ。じゃね」
かすれた声で「うるせえ」と呟いたセドリックは、喉の痛みに顔をしかめた。




