12.会食
魔物の群れを一掃したジークたちは、負傷者を担いで地上へと戻った。
ギルドの施療所に負傷者を託した頃には、夕焼けの名残も消えて、辺りはすっかり暗くなっていた。予定よりも遅くなったので、リサが心配しているだろう。そうは思ったが、収穫してきた薬草も持ち出しは禁じられているため、買取所に並ばざるを得なかった。
「せっかくなら、あのサソリの殻を持って帰れたら良かったのにね。高値で売れそうだったし」
「しょうがないさ。怪我してる二人を運ぶだけで手一杯だったしな。そうでなくても、持ち運びできるほど冷めるまでには、時間がかかりそうだったから」
青い炎の中で朽ちたサソリは、相当な高温にさらされたらしく、火が消えても甲殻は赤熱化したまま凄まじい熱を放っていたのだ。どれぐらいの温度だったのか、ジークには想像も出来なかった。
順番が回って来て、荷物を預けると、鑑定士が手慣れた様子で仕分けを始める。ゴミが六割、商品が四割といった所だった。銅貨が十数枚というのが、二人分の収穫の代価だった。リサの半日分の稼ぎと大差ない。
それでも、二人にとっては初めての報酬であり、受け取った硬貨に達成感と満足感が湧き上がってくる。
「ね、晩御飯はちょっと豪華にしようよ」
「無理。リサに借金を返さないといけないからな」
「えー、ケチ。せっかくだし、お祝いしようよ。どうせこれだけじゃ全部は返せないんだから」
言い合いをしながら買取所の外に出た二人は、そこでヨシュアとセドリックに出くわした。どうやら出てくるのを待っていたらしい。先ほどは名乗りだけ済ませて別れたので、それきりだろうと思っていたのだが、律儀な男たちらしい。
「一刻を争う事態とは言え、礼も出来ぬまま、先ほどは失礼した」
重々しい甲冑を着込んだヨシュアは、兜を小脇に抱えていた。その顔は、堅苦しい口調から想像していたものより、かなり若かった。まだ二十代半ばか、それよりも下かもしれない。
癖のある金髪を短く刈り込み、端正な顔立ちには育ちの良さを感じさせる鷹揚さがあった。
「助太刀の礼をしたいので、良ければ食事をおごらせてくれないか」
「お互い様だ。あいつらを倒さないと、上に戻って来れなかったわけだし、俺たちだけじゃ、あのサソリは倒せなかった」
食事、という言葉に目を輝かせたフィリンを押しのけて、ジークが答えた。それに彼らが運び出した重傷者たちは、ヨシュアたちの仲間ではないのだから、なおさらだった。見ず知らずの負傷者を助けるという意味では同じ立場であって、貸し借りを云々するような状況でもなかったのだ。
「だから言ったろうが、別にこいつらに恩を着る必要はねーって。第一、俺がいなきゃ全滅してたとこなんだぜ?」
不機嫌そうな顔でセドリックが口を挟んだ。相方とは対照的に粗暴な口調だった。
「そうは言うが、彼らの助太刀がなければ、活路がなかったのも事実。窮地を救われた以上は、礼をせねばならん」
「テメーは生真面目すぎンだよ。探索者なんつうのは、持ちつ持たれつ、裏切り裏切られ、ってなもんだ。いちいちお礼回りしてちゃ、キリがねーよ。俺らはこいつらに助けられた、こいつらは俺らに助けられた。五分五分だろ」
「すまんな、少年。こいつは昔から口が悪い」
「いや、言ってることは正しい。あんたも気にすることはない」
「そうか、では、言葉に甘えるとしよう。だが、こうして出会ったのも何かの縁。ひとつ会食に招待したいと思うのだが、いかがか」
「……そうだな。もう一人、連れ合いがいるので、同伴で構わなければ受けよう」
フィリンからせっせと肘で小突かれて、ジークは同意した。個人的にはセドリックの用いた未知の技術について興味があった。
ジークたちは宿に戻ると、リサを連れて約束の店を訪れた。街の繁華街に位置する飲み屋である。すでにヨシュアたちが席を取って待っていた。
店内はさほど広くはなかったが、混雑しているというわけではない。時間帯は稼ぎ時のはずだが、客の入りは六割と言ったところで、酔っ払いががなりたてるような喧騒とも無縁だった。客の中に探索者と思われる者は少なく、どうやら城砦騎士団を始めとした公職に就いている者を対象とした経営をしているらしかった。
つまり質は高いが比例して値段も高い店で、奢りで誘われなければジークたちには入ろうという気にもならない店だった。
「よく来てくれた」
ヨシュアは鷹揚な笑みを浮かべて歓迎を示したが、セドリックの方はジークたちを見て盛大な溜息をこぼした。
「客人に失礼だぞ、セドリック」
「うるせー。俺は世の不公平を、大多数の野郎どもに代わって嘆いてんだよ」
「意味が分からん」
「こんなガキが二人も女を同伴してんのに、なんで俺はこんな暑苦しい野郎だけなんだ。周りの連中だって、そう思ってるぜ」
「重ね重ねの無礼、申し訳ない」
再び謝罪したヨシュアに、ジークたちはこの二人はいつもこんな感じなのだろうと思った。
会食が始まって、テーブルに並んだ料理は、スープや煮物、炒め物など、どれも海産物を中心としたメニューで、いずれもジークたちが口にしたことのない味だった。
「この店は東部辺境の料理がメインでな。向こうでは旨味を凝縮するために、わざわざ食材を干物に加工してからダシを取るらしい」
と、ヨシュアは解説したが、フィリンはまったく聞く耳もたずで、出てくる料理を片っ端から口に詰め込んでいる。いっそ気持ちのいいほどの食べっぷりだが、料理をちゃんと味わっているのかは疑問である。
「エルフってのは、食い意地が張ってるもんなのか?」
セドリックが訊いて来たが、それについてはジークが訊きたいぐらいだった。フィリン自身は「普通」と言うが、客観性のない証言の信憑性は怪しい。
その席で、ジークたちはヨシュアとセドリックの身の上について聞かされた。
ヨシュアは見た目通りと言うべきか、遠方の貴族家の出身だった。彼は次男であり、継ぐべき財産や役職がなく、武者修行と仕官の口を求める遍歴の途上だと言う。
「テウスに来たのは、実戦の腕を磨くならばここが最適だと考えたからだ。加えて城砦騎士団への仕官の道もあるかもしれん。そういうわけで流れ着いて一年ほどになるか」
「ま、正直に言うと路銀が尽きかけてた、ってのが最大の理由だったがな」
セドリックが説明を付け加えた。彼の方も似たような理由で旅に出たらしい。
「魔術師つってもよ、日常的に役には立たねえ技能で、それだけじゃ飯は食えねえわけ。一応、学院まで作っちゃいるが、技術を絶やさないためって目的が大半で、正直、ロクでもねーとこさ。素養のあるガキを掻き集めて修行させるが、その後のことなんか考えちゃいねえ。学院の研究室や教壇に残れるのは一握りで、後はこうして流浪の身ってとこさ。この街は、その点では住み心地がいい。化けモンをぶっ飛ばせる魔術が高く評価される」
ヨシュアとは偶然、テウスへの旅路で一緒になって、そのまま何となくコンビを組んでいるということだった。
「なるほど。で、その魔術っていうのは、いったい何なんだ?」
ジークが尋ねると、ヨシュアとセドリックは困惑したような表情を浮かべた。
「は? 知らねーのか? おいおい、ちょっと待てよ。魔術師は多くねえし、実際を見る機会がなかったってのは分かるが、話ぐらいは聞いたことあんだろ? 今時のガキでも知ってんぞ」
「いや、なにぶん昔の記憶が欠落してるから、聞いた覚えがないな」
ジークがかいつまんで事情を話した。面倒になるので、不老不死の呪いに付いては伏せたが、西の大樹海に白竜シーリアと住んでいた事、過去の記憶の手掛かりと、転生したシーリアを探す旅に出たことは話した。
シーリアの下りに付いて、セドリックはあからさまに胡散臭そうな顔をしたが、ヨシュアは否定を避けて曖昧な表情で受け止めた。それよりもヨシュアが気にしたのは、別のことだった。
「記憶がなかったとは、驚いた。それでよくもあれだけ剣を扱えるものだ。貴公は高貴な家柄で、私と同じく遍歴に出た騎士と思っていた。特に貴公の剣を見て、そう思った」
「これが何かあるのか?」
ジークは立てかけていた長剣を持ち上げて見せた。
「少し拝見しても?」
「ああ」
ヨシュアは受け取った剣を鞘から抜いた。白磁の肌を持つ刀身を光にかざしながら、目を細めて検分する。薄い鉄板に刃を付けたような形状も独特だった。細身ならともかく、通常の長剣と同等の幅を持つ刀身は、通常の鋼では一撃で曲がるか砕けるかするだろう。
「本職ではないので断言はしかねるが、稀少な白鋼で作られたものと見受ける。軽量かつ、折れず、曲がらず――特性も一致している。しかし、通常は軽量な特性を活かして防具に用いられると聞く。だとすれば相当に珍しい逸品ではないかな」
「そうなのか。記憶にある限り最初から持っていたから、妙には思わなかったが、珍しい物だとすると手がかりになるかもしれないな」
「ああ、鍛冶師に聞いてみれば、出所か分かるかもしれん。……すまんな、話の腰を折ってしまった」
鞘に収めた剣を返しながら、ヨシュアはそう言った。だが、ジークにとっては無駄話にはならなかった。過去の手掛かりとなりうるものが見つかったのは初めてだったからだ。灯台もと暗しと言うべきか。
「まあ、それはそれとして、今度は忘れねーようにしっかり覚えとけよな。魔術っつーのは、魔物に対抗するために編み出された技術なのさ。五百年前に魔物の軍勢が地上に侵攻して来たっつーのはさすがに知ってるよな?」
「それはリサから聞いた」
「やれやれ……で、魔物の中には、まともな武器じゃ刃が立たねえヤツが混じってるってのは、今日のサソリでも思い知っただろ? と言って、そんなのが出るたびに、対策会議するわけにゃいかねーわな。なんせ、国が幾つも倒れるような状況じゃ、どこにも余裕はねえぐらい追い詰められてる。大々的に兵を集めて作戦とかやれる状況じゃねーわな」
「そこで身軽に投入できるのが魔術師というわけか」
「そーいうこった。単独でも投石機やら大型の機械兵器に匹敵する殺傷能力を運用できる、こいつが魔術の真髄ってわけだな。あっちこっちで火消しに駆けずり回ったそうだぜ。で、魔術師の大先輩らの活躍もあって、何とか事態を収拾した後で、当時のお偉いサンどもは思ったわけさ。また同じような事があるかもしれねーから、魔術の技が失われねえように保護しなきゃなんねーってな」
それが魔術師を専門に育成する学院となって、現在まで残っている。あるかもしれない事態に備えるための保険として、この五百年間、連綿と技を伝え続けてきたのだ。ヨシュアが説明を補足する。
「学院はその性質上、大陸全土の国家から財政支援を受けて運営されている。再び魔物が地上に現れた時、支援している国家の守りに魔術師を派遣するという協定の下でな。言わば、学院は城砦騎士団と鏡合わせの存在と言えるだろう」
「もともと騎士団も各国からの財政支出で運営されていたとか」
リサが言うと、ヨシュアは驚いたような表情を見せた。
「よく知っているな。かなり昔の事だが」
「一応、騎士団の嘱託職員として雇用されましたので、少し調べました」
結局、マーク卿からの要請に応じる形となったリサは、当面、騎士団の財務局で事務を担当することになっていた。
「そうだったか」
しれっと就職したリサに対して、ヨシュアは少しだけうらやましそうな顔をした。




