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13.城砦騎士団前史

『それは冥界の闇が溢れ、この世のすべてのものを覆い尽くしてしまうかのようであった。この苦難の時代を生きた人々の感覚を過不足なく表すに足る言葉はないが、不足を承知で表現するのであれば、それは「絶望」こそが相応しかった』

 優れた歴史家として知られるラフィード・ハサルの遺作となった、未完の大著の序文には、そのように記されている。また彼は『かつて人々が遭遇した中で、最も過酷かつ無惨な試練であった』とも記した。

 有史以来最大の惨劇となった魔物の地上侵攻に対し、どのような経過を辿ったのかは、現在もほとんど判明していない。回想録は多く記されたが、それらの相互矛盾する内容から実態を推測するには、今なお資料研究が未熟であるためだ。

 だが、その戦いがなりふり構わぬものであったことは間違いない。

 クロワ・ジョゼッペの回顧録には、軍団の安全な撤退のために、あえて近隣都市に避難勧告を出さず、囮にしたとの記述も残されている。あるいはグンデル・ローの手記にあるように、『戦闘に寄与せず、貴重な食料を浪費する者どもを処刑した』というようなことが広く行われていた可能性も指摘される。

 幾つかの文献に置いて、絶望的な状況に対し、今なお地上に留まっていると伝えられる白竜にすがる、白竜信仰の興隆に触れられているが、後に編纂された各国史では言及されておらず、実態は不明である。

 戦局の詳細は伝えられていないが、大戦中期には少なくとも大陸の三分の一以上が魔物の手に落ちたことは確実視されている。魔物の地上侵攻開始から四年ないし五年目にかけてのことで、各国の混乱および連携不足による失態で大敗を重ねた初期の二年間を考慮しても、恐るべき速度で侵略されたことが窺い知れる。

 この頃には人類側は度重なる敗戦によって極度に消耗していた。多くの軍団が壊滅状態にあったと思われるが、深刻だったのは戦力の消耗よりも、それを支える社会基盤の崩壊であった。

 後方の地域では流言飛語による混乱と都市機能の麻痺、農村の離散などが多く見られ、経済活動が完全に崩壊。他方では前線での補給のために、限度を超えた物資の強制徴発が常態化していたことは疑いない。これらの煽りを受けて農作物の流通量が激減したであろうことは明白で、その影響と見られる人工飢饉の痕跡が確認できる資料も残されている。

 まさに時代はラフィードの語る「絶望」に覆い尽くされているように見受けられる。

 それでも人類は総反攻を開始し、最終的な勝利を収めた。この逆転劇の要因については、従来は魔術の実用化がこの時期に行われたというのが定説になっていたが、魔術師の数はかなり少なかったはずで、果たして少数の魔術師によって戦局が転換できるほどの戦果を得られたのか、近年では疑問が呈されている。

 それはともかくとして、魔物の脅威を思い知った人々は、この文明を崩壊させかねない脅威への対抗策として、二つの組織を将来に残すことを決定した。

 一つは反攻の切り札となった魔術師を育成し、その技を継承するための魔術学院。

 もう一つは『魔窟』に対する水際防衛を任とする城砦騎士団である。

 戦後の大陸会議において、そこに参加した主要国は、全会一致で両組織への財政援助を決定した。

 特に騎士団は、侵略者を拡散させず、各国と学院からの応援を得て早期決戦で一網打尽に殲滅するという大戦略の要として、各国から優秀な騎士が選出されて組織を発足するに至った。

 当初――大戦から半世紀ほどは何事もなく、そして両組織は順調に運用されていた。が、その水面下ではすでに事態が動き始めていた。

 万一の事態における自国防衛のための保険である学院はともかくとして、政治的な干渉を排した中立組織である騎士団への莫大な出資を快く思わぬ者が増え始めていた。

――騎士団は各国から富を吸い上げ、肥え太るだけの豚に過ぎない。見るがいい。『魔窟』の調査と言いつつ、彼奴らは何一つとして成果を示しておらん。

――豚ならば食えるが、騎士団は煮ても焼いても食えまい。与えた金も、預けた騎士も、何一つとして帰っては来ない。

 すでに各国で為政者の世代交代が進んでいた頃である。過去の危機的状況を見てきた者もいたはずだが、大戦を実際に指導した前任者に比べて、危機意識の低下は避けようもなかった。

 同時に彼らは前任者たちの画策したプロパガンダを受けて育った世代でもある。反攻作戦の士気を高めるべく、投入された魔術師の戦果は誇張して公表され、おそらく凄惨にすぎる詳報は意図的に破棄された。大戦の実際を知らない者たちの中では、保険が学院だけで十分ではないのかとする意見も多かった。

 危機感が低下すると、派遣している優秀な騎士にも帰郷要請が届けられ始めた。次代を担う人材を騎士団で浪費したくはないというのが本音だったろう。代替に派遣されたのは、手の付けられない放蕩子弟や、落ちこぼればかりで、騎士団の質そのものが目に見えて低下し始めていた。

 各国に波及を見せる『騎士団不要論』の圧力に対し、騎士団は乾坤一擲の作戦を計画した。

 大規模な遠征部隊を組織し、半年という途方もない作戦期間で『魔窟』の深部遠征を開始したのだ。

 騎士団は持てる人材と物資の大半を注ぎ込み、明確な成果を示すことで、組織の存続を計った。この事例は、この時点――大戦終結から半世紀ほど――で、各種特権を与えられた組織が硬直し始めていたことを端的に示している。これが『魔窟』からの侵略を水際防衛するという、本来の創設目的からの明確な逸脱であったからだ。

 騎士団の立案した作戦計画は、たとえるなら登山と似ていた。階層の攻略と同時に兵站基地を築き、後方支援の安定とともにさらに深部へ進出する。その繰り返しである。現在記録されている中での最深到達記録――地下十一階層は、この時に記録されたものである。

 だが、この作戦は、結果から言えば大失敗に終わった。死者・行方不明者を合わせて未帰還百余名、手足を失うなど重篤な傷害を受けた者だけで三十名を数える大損害であり、特に戦闘部隊の帰還率は合計で十パーセントを下回った。端的に言えば、全滅と判定される損害である。

 この事件を機に、各国は次々と出資を打ち切り、壊滅的な打撃を被った騎士団は再建もままならない状況であった。

 だが、ここから騎士団の再興が始まる。

 人材も物資も枯渇した騎士団に唯一、残されたのは、膨大な『魔窟』の調査資料であった。そこには『魔窟』固有の資源が多数記載されている。各国の財政支援を受けていた頃には価値を見出さなかったが、支援が打ち切られた今、もはや縋るものはそこしかなかった。

 戦闘部隊を失った騎士団は残った組織を再編して、『魔窟』の侵入を許可制で一般に開放することとした。侵入許可を管理する部署が、後に『魔窟』探索者を管理するギルドという形で分離独立し、現在に至ることになる。

 そうした流れの中で、必然的に騎士団が重視したのは、『魔窟』からの侵略防衛を可能とする武力ではなく、行政の効率化を可能とする組織の編成――すなわち官僚制への移行であった。

 再建された城砦騎士団は、その名前だけを名残として受け継ぎながら、すでに全く異なる組織へと変貌を遂げていた。その選択は組織の生き残り戦略としては正しかったことが証明されている。だが、先人たちが残した遺産の放棄が、最終的にどのような形で評価されるのかは、なお答の出ていない問題であった。

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