3
学園は王都の城にほど近い場所にある。これは王族の者もここに通うためであり、また、貴族たちが集まる場所ということで、警備的な意味合いも強い。
王族の住まう白亜の城ではなく、昔、同じように使用されていた灰色と黒色の石を積み上げて造られた、ツートンの城で私たちは学ぶ。
私の学園生活は、その城の色と同じように、あまり色彩豊かなものではなかった。
それは繰り返されるモノクローム。
ブラックウッドという名前が私に与えてくれたものはとても少なく、しかし奪うことには容赦がない。
代々法の裁きと刑の執行を司ってきたブラックウッド家は、すべてにおいて平等だがゆえに距離を置かれやすい。
「姉様、そんなところにいたんですね」
ふっと声をかけられ、顔を上げる。
私に積極的に声をかける人間など、この弟くらいなものだろう。
新緑の季節の黄金の陽射しが、クラウスの金色の髪を美しく輝かせている。彼が一番美しい季節は、きっと今に違いない。
真昼の太陽が、頭上の鳥籠状に包まれた硝子を越して、降り注いでいる。
私は自身の座している噴水の縁から立ち上がることなく、中庭を囲む円形の回廊から駈けてくる弟を待った。
「本を読んでたんですか?」
「そうかもしれないわ」
「かも?」
「寝ていたような気もするの、貴方の声が聞こえてくるまで」
「なんですか、それ」
きらきらと噴水から舞う水が光を受けて散り散りに輝くのと、この子の笑い声は似ている。
だから私は、この中庭の噴水を気に入っているのかもしれない。
「それで、何か御用?」
「ああ、そうなんです。実は今日、少し残ってしなくてはならいことができてしまって……。よければ姉様、先に帰っていただければと思って伝えにきたんです」
普段、私たちは同じ馬車を使ってこの鳥籠に通っている。
当然、帰るときも一緒だ。
彼が残る理由など、私には一つしか思い浮かばない。
この金色に輝く優秀な長男である弟は、私とは違い、とても人好きのする子なのだから。
私は小さく、笑みを零す。
この子が私を遠ざけてまで対応するとは、相手の御令嬢はどこの誰だろう。
幸福な娘がいたものだ。
なぜなら、いつも私たちは一緒に帰っていたのだから。
「それなら都合がいいわ。私も今日はこのあと、予定があったの」
「予定、ですか? 聞いていませんが」
「怒らないで。私もさっき聞いたのだから」
「怒っていません。面白くないだけです。それで、その予定って?」
「貴方の未来の義兄が風邪を召されたそうなので、そのお見舞いに」
「……ルカ王子ですか」
ふっと、クラウスの目に散った光の粒子が、呑み込まれるように消えた気がした。
天上高い空の色が、冷たい深海の色になったかのような、そんな錯覚。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「貴方は本当にルカ様が苦手なのね」
「苦手もなにも。それに、僕の方が年上です」
「それなら相応に我慢して」
ね? と宥めるように窘めて、暗に予定は覆せないことを示す。
聡い弟は、きっとそれもわかっているだろう。
私の婚約者、私の未来の夫、私の約束の人。
それが病に伏したと言うのなら、私が見舞いに行かないわけにはいかないのだ。
なぜなら、私には家督の相続権がないのだから。
醜悪な女だと言われれば、それを是として受け止めよう。
それでも、私はこの弟に不利益が降りかからないならば、自分がいくら道具になってもかまわない。
どうせ嫁ぐのならば、少しでもいいところに。
それがこの国に生まれた女の、共通の認識なのだ。
「それなら姉様、一つだけ僕のお願いを聞いてください」
「あら、なぁに?」
「春の間は、この噴水に近づかないこと」
奇妙なおねだりをするクラウスに、私は首を傾いだ。
端正な顔をしかめて珍しく嫌悪を露わにするクラウスは、まだ海の底に近い目をしている。
その目は、きらきらと輝く噴水から吹き出す滴の一つ一つまでを、どこか憎々しげに睨みつけていた。
「なにか、理由が?」
「……僕は、この噴水が嫌いなんです」
「初めて聞いたわ」
「僕も初めて言いました」
「なぜ嫌いなの?」
「ここが……、昔は処刑台だったからです」
ひゅうっと小さく、息を呑んだ。
ブラックウッド家は法の裁きと刑の執行を司る。
それすなわち、王の名の下に裁判と処刑・拷問を仕事とする家系だ。
当然、この弟もいずれはそれを嗣ぐことになる。
他家へと嫁いでゆく女には知る必要のない事実も、この子には教育されているのだろう。
そのうちの一つが、これだったと言うだけのこと。
「春の間だけ、は、譲歩のつもり?」
「ええ、姉様はここがお好きですから」
「そう、そうなのね」
私は数度頷いて、ゆっくりと彼の髪に指を通した。
金色の髪が、さらさらと水のように流れてゆく。
私の愛する黄金が、陽光を浴びて笑う小川のように、冷たく通り抜けてゆく。
「きっと夏には、この色はとても美しく在るのでしょうね」
私は囁くようにそう言って、彼の髪から手を離した。
次にそれに触れる時には、きっともっと温い温度を孕んでいることだろう。




