4
「もう少しお片づけになられたらどうでしょう?」
以前に来た時よりもより一層増したコレクション──いや、およそ価値のわからない我楽多の山を見て、私は思わずそう忠告せずにはいられなかった。
「部屋に入っての第一声がそれか。けほっ」
「だって、あんまりに埃が溜まっているのですもの」
お体に障りますよ、と咳をする王子に私は溜息を吐く。
果たして本当に風邪のためだけに咳をしているのか、怪しいものだ。
王宮の奥にある西の塔の頂上が、ルカ王子の居室になっている。王子が使うにしてはあまり広くはない部屋だが、他人からの干渉は極端に避けられていいとは王子の談だ。私としては、もう少し通いやすい場所に部屋を構えてくれればいいのにと、来るたびに思ってしまうのだが。
そのただでさえ広くはない部屋は、彼に曰く世にも珍しい品々でその大半の面積を覆われている。
もはや誰も覚えていない言葉で書かれた本や、実在性が証明されていない動物の剥製、人魚の鱗に妖精の翅。
本来ならばこれらは相応のコレクションルームに飾られるべきものなのだろうが、彼の立場上、この城には、この部屋以外に彼が所有できる場所はないのだろう。私は直接それを問うたことはないが、なんとなしに察してはいる。
齢十二歳、この私、エレノア・ブラックウッドの四つ下の婚約者である第十三王子、ルカ・ニコラス様は、ベッドの上でも変わらず尊大に構えて私を出迎えた。
彼とはもう六年の付き合いになる。比例して、私もこの部屋へやって来た回数はそれなりにあるが、来るたびに増える一方のコレクションにはいつも感嘆と呆れの溜息が同時に出てしまう。私が思っているよりも、この部屋は広いのかもしれない。
「それで、土産の一つもなしか?」
「ルカ様のお眼鏡に適うようなものがすぐには見つかりませんでしたので」
私が涼しい顔で応えると、ルカ様はむっと口を噤んで不満を露わにした。
幼少の頃より、彼はとても聡明な少年だったが、こうして情緒そのものは年相応なところがあるので、気兼ねなく接してしまう。私の悪い癖だろう。
金色の髪に、不思議な色彩を放つ紫の眸。
いまだ中性的幼児期を脱しきれていない華奢な体躯がベッドに収まっている様は、いっそ人形のようでもある。
彼はよく体調を崩すので、人間であるよりも人形である期間の方が長いのかもしれない。
「コレクションに加えられるものはお持ちできませんでしたけれど、果物はお持ちしました」
「……今回はそれで我慢してやろう」
「御厚意に感謝いたします」
果物を入れたバスケットは、塔の下に待機しているメイドに渡してきた。
もうじき、適切に皿に載せられたそれが届くことだろう。
この高い塔の階段を余計に上らせることになってしまったメイドには、少し悪いことをしたと思うが。
「エレノア、ここへ」
「はい」
ルカ様に手招かれるまま、私はベッドに腰掛ける。
なににも遮られることのない四角い空が、そこからは見えた。
幼い手が、私の手に触れる。体温は奇妙なほどに冷たく、一瞬、ぞっと背に走る死の予感がある。
「死なないでくださいね」
「ハッ、好き好んで死ぬものか。おまえの打算に付き合うつもりはないが」
「あら、純粋な好意ですのに」
「半分は、だろう」
「ええ、もちろん」
彼は聡い。いっそ賢しすぎるほどに。
「王家と繋がりをつけることは、我がブラックウッド家のためにも必要なことですから」
「おまえの弟のために、の、間違いだろうに」
私はにこりと笑って、彼の手を握る。私の体温が、少しずつ彼の手に移っていくのがわかった。
私は一つも嘘を吐いてはいない。嘘は吐いていないけれど、そこに在る願いがどれほど重要なものであるかを伝えるつもりもなければ、その笑みと沈黙を破ることもしない。
残酷なことをしているのだろう。そう思っても、私に後悔はなかった。
「エレノア、俺はおまえを好いている。これは本心からのもだ」
「有り難いお言葉です」
「だから、云うぞ。俺は……、俺は慥かに自らの死をよしとはしないが、今のままでは二十歳を前にして死ぬ」
小さく、笑顔の端が壊れたのがわかった。
彼の紫紺の目が、私を見透かすようにすうっと細くなる。揺らぎの一つもない、夜の底をさらったかのような眼差しが、細い針となって私の心臓を刺していた。
「逃げるなら今のうちだ。早いところ別の男を捜した方がおまえのためだろう」
「……そのようなお言葉を、私が信じるとお思いですか?」
「おまえは真実しか信じないだろうさ」
伏せられた夜を、真昼の空が照らしている。
私たちは、目映いほどの空を背景にして、二人で長く見つめ合い、その底を探り合っていた。
「……もしも、もしもおまえがそれを信じないと、婚約を破棄しないと云うのなら。俺はなにがなんでもおまえを離さないぞ」
ぐっと、初めて意志を持って、彼の手が私の手を握る。それは少し痛いほどの力で、今度は私の手の方が、白く冷たくなっていくのがわかった。
夜が、私を見つめている。金色の星のような睫に覆われた、美しい眸が。
そこには真実しかないと、私に信じさせるのだ。
何度、この眸に安堵を覚えたことだろう。
年端もいかない、年下の少年に安らぎを覚えるのは、我ながら情けなくもあるが、それ以上に、彼が私の婚約者であったことの幸運を思い知る。
「ええ、是非そうしてください」
私はもう片方の手をあげて、彼の額にかかる髪をあげる。
今生の女王陛下と同じ髪と目の色だと、彼を知る少数の人間は云う。
けれどきっとそれよりも、これはとても柔らかく滑らかなのだと、私は思うのだ。
「ルカ様、私、ルカ様に一つだけ伝え忘れたことがありました」
「なんだ、言ってみろ」
そっと眠るように伏せられた瞼を確認して、その額に口づける。
瑕疵のないまろい額は熱く、彼の生きている温度を直接に感じた。
「私、ルカ様の髪色がとても好きなのですよ。半分以上に」
寝物語を囁くように耳に落として、私は二つの手を離した。
窓の閉ざされた空間に春の温さは関係なく、離れた体温の空虚を埋めるには至らない。
私はそのもの寂しい両手を振り払うようにして、少し足早に出口へと向かった。
「さようなら、ルカ様。またお逢いしに参ります」
そのまま一度も振り返られないで、口早に投げられた挨拶が届いたことも確認せずに私は塔を駆け下りた。
だから、部屋に取り残された少年が、どのような顔をしていたのか、私は知らない。
彼の見開かれた紫紺の眸も、熱が高かったときよりも赤く熟れた頬も、一つも知らなかったのだ。




