10話 何がしたいんだよ
授業開始2分前に教室に入ると、僕以外のメンバーは安藤氏を含めて全員揃っていた。
「よし、全員揃ったね」
安藤氏はそう言って出席簿を閉じた。
「明日でこの授業もおしまいだね。蒼井くん、どう、授業は」
入塾意思はないと最初から伝えているはずだが、この手の質問は飛んでくるのか。
「案外面白かったです。プログラミングとかやってみたくなりました」
「手軽にならExcelでVBAか、それこそ黒崎みたいにツクールとか。本気ならUnityでゲーム作るとか、JavaとかCを使って色々作ってみたり」
安藤氏、案外詳しいというか、自分でもやったことある感じがする。
「郡上さんは、どうだった?」
「プログラミングは向いてないなって実感しました」
「ま、向き不向きがあるよね。今日は昨日までより実生活に近い話をするよ。さて、じゃあ、授業初めて行こうか」
今日の授業は買い物の最効率ルート作成。
街の地図と買い物リストが渡され、そのルートを各自考え、後でそのルートの利点をプレゼンするという内容。
家電量販店で電球、薬局でトイレットペーパー、スーパーで食材、書店で雑誌。そういう設定なのはわかるが、スーパーでトイレットペーパーや雑誌くらいなら売っていて欲しい。
この課題はいわゆる巡回セールスマン問題に近い。巡回セールスマン問題はNP問題だったような。そんなことを何となく考えながら、とりあえず移動距離が最短になるルートを模索する。
*
授業を終え、僕は軽く伸びをした。
「蒼井、ちょいいいか?」
黒崎先輩に手招きされ、僕は「なんですか?」とそれに応じた。
「俺、今日の昼ごろ、蒼井っぽいやつ見たんだけど、ムカつくことにそいつ、両手に華みたいな、女の子2人と一緒にいたわけなんだけど、そこのところどうよ?」
見られていたのか。絡まれ方がなんとも面倒くさい。
「どうよと言われましても……」
「1人は噂の彼女として、もう1人の小学生くらいの子は彼女の妹か? 姉妹揃って仲良しこよしってか? ふざけんな羨ましい」
「黒崎、本音漏れてるよ。あと、たぶんその小学生くらいの子って方が蒼井後輩の彼女だね」
会長まで首を突っ込んできたし、郡上さんも少し不機嫌そうにこの話を聞いている。
「蒼井、お前、紺野と同類なのか? っても、小学生はヤバいって」
「あの見た目ですけど、高3、いえ、もう大学生なので」
この手の訂正を菜子さん自身がするのはこれまで何度も目にしてきたが、今後は僕もしていかなければならないのか。
「合法ロリ」
「いくらなんでも失礼じゃないですか?」
「あー、すまんすまん。じゃあ、もう1人の子は誰だよ。あの見た目で今度は母親だとか言うのか?」
菜子さんの母親って会ったことないな。あの遺伝子と思うなら、そういう外見なのだろうか?
「妹ですよ、僕の」
「マジか。妹。お前、デートに妹連れてくんだな」
「なわけないじゃないですか」
即座に否定したが、妹と菜子さんの仲の良い雰囲気を思い出すと、今後3人でどこかに行こうとかそんな話が出てきそうな気もする。僕はそうなった時、それを断らない気もしてしまう。
「てか、妹と仲いいんだな。俺なんて、妹からはガチで嫌われてるぜ」
黒崎先輩の妹。よくいる苗字でもないし、あの人なのだろうか。少し気にはなるが、でも、訊かないでいた方がいい気がする。
「まぁ、兄妹仲はいい方ですね」
「紹介してくれ。妹さんがダメなら、その友達でもいい」
「いい兄妹仲の秘訣は、相手の交友関係にでしゃばらないことです。よくわからない相手を紹介とかすれば、それだけで険悪になりますよ」
「マジ? 俺が妹からゴミを見る目で見られるのって、友達を紹介してくれとか言ってたから?」
「いえ、それは知りませんけど、妹さんからすれば友達を狙う兄は嫌でしょうね」
黒崎先輩は「マジかぁ」と凹んだ様子だ。
「妹から毎日死ねって言われる兄貴の気持ち、蒼井にはわかんねぇんだな」
「死ねって言われることはないですね。キモいって言われることはまあまあありますけど」
「死ね、ウザい、キモい、そればっか。なぁ、世の中の女子高生ってあんなに口悪いもんなのか? それともうちの妹が特別なのか? マジで妹と仲良くする秘訣知りたいんだが」
黒崎先輩は本気で妹との関係に悩んでいるらしい。しかし、うちを例にとってしまうなら、仲良くする秘訣は親を共通の敵にすることになってしまう。
「仲の良さは幼少期の関係性によるところとかありますし。険悪な状態から良好にする方法はわかりません」
「いや、幼少期はまあまあ仲良かったと思うんだけどなぁ」
ため息を吐く黒崎先輩に周りが向ける視線は案外冷たい。
「そもそも黒崎は女子高生に好かれるタイプではないしね。蒼井後輩もそうだとは思うけどね」
「あたしが妹だったとして、黒崎先輩とは趣味とか違い過ぎて仲良くできないと思います。蒼井先輩もそうですけど」
これ、冷ややかな視線は僕に対しても向けられているのだろうか……。
「というか、蒼井先輩、今日美月ちゃんがうちに電話してきたこと知ってます?」
「一応、ある程度は」
「あの、とりあえず、いきなり殴ったのはごめんなさい」
郡上姉に頭を下げられ、僕は戸惑う。僕は嫌なやつでいればいいって話だったはずだ。
「いえ、まぁ、どうでもいいので」
その返しに郡上姉は眉をひそめる。この感じでいいらしい。
「あたしだって、先輩も美月ちゃんも旭のためを考えたんだってわかってますよ。でも」
妹が事の成り行きは話しているっぽいか。
「でも、なんですか? そもそもが、選択権を僕や美月に与えたことが問題だったと僕は思います。少なくとも初対面の相手に色々話し過ぎです。美月の親切心に漬け込むつもりだったとしか思えません。今の状況は郡上さんの選択の結果で、僕や美月は善意の第三者でしかないでしょ。僕には関係ない」
「わかってますよ! そんなこと!」
「わかってるならいいんですけど」
睨まれる。憤りが視線に乗っている。まぁ、郡上姉からいくら嫌われようが今更なのだ。
「お母さん、早く良くなるといいですね」
クリティカルな一言だった。郡上姉は手を振り上げ、バチンといい音が鳴った。僕は本当に人を不快にさせる才能があるのかもしれない。損な役回りだ。まったく。
「最低」
そう残して郡上姉は教室を飛び出した。これでいいのか、本当に?
「お前、ロリコンな上にマゾなわけ?」
「変な属性を追加しないでください」
「わざと怒らせてただろ。何がしたいんだよ」
「何がしたいんでしょうね」
さて、僕は一体、何がしたいんだろう。




