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9話 嫌われるのは結構得意なんだ


 菜子さんとは駅前で別れ、僕は妹と並んで帰路を歩いていた。帰ったらあまりゆっくりする暇もなく塾に向かわないとならない時間だ。


「なんか、びっくりするくらい打ち解けてたな」


「先輩さん? あの人さ、兄さんのカノジョっていうか、妹って印象を受けるよね」


「それ、本物の妹が言うのか?」


 昔、紅林さんにそんなことを言われたことがあったような気もする。まぁ、単に同類だということを形容する比喩だろう。


「私の妹って感じも、実はちょっとしてたり」


「先輩さんって呼んでおいてか」


 呼称がそれで定着した流れはわからないが、年上と意識した上でのことかと思えばそうでもないらしい。


「そう呼んでないと、菜子ちゃんとかぽろっと言っちゃいそう」


「菜子さんなら案外喜ぶかもしれないけど」


「兄さんはさん付けやめたら? カノジョなんだし」


 まぁ、どうにも堅苦しい言葉を使ってしまうところが僕にはあると思う。けど、今更 敬語を止めるのもなんか変な感じでもあるし。


「まぁ、1年敬語を使い続けたから、なかなか」


「そっか。でも、先輩さん、結構不満そうだったよ。なんか距離を感じるって」


 そう言われても、じゃあ明日からタメ口というのも……。


「あと、周りに女の影がちらつくのも不満そうだった」


「え? いや、僕の周りに女の影?」


「とぼけない。同級生の子と案外仲いいんでしょ? 塾も女の子からの紹介じゃなかった?」


「あー、確かにその相手とはまあまあ仲いいかもしれない。でも、そういうのじゃないし」


「そういうのだったら大問題でしょ。そういうのじゃなくても、カノジョ的には気になるものなの」


 菜子さんとは学校で会う機会もなくなるわけだし、向こうからしたら気になるか。僕としても、菜子さんが大学でどう過ごすかは気になるし。


「まぁ、気にしてた女の影のほとんどは私だったけど。先輩さん、兄さんのこと超がつくシスコンだって思ってる」


「もうそれはいいや」


 僕は実際、シスコンなんだろうし、それを否定するのは逆にやましいところがあるみたいだ。

 しかし、妹はその返しにドン引きといった顔をしていた。


「兄さんにとって1番大事な人って誰?」


「うわ、なんだよ、その質問」


 その質問1つで面倒くさいとか重いとか言われても仕方ない。そんな質問を兄に投げるな。


「なんか、当たり前のように私って答えそうで怖いんだけど」


「1番大事な人間は僕自身だ」


「あ、逃げた。自分以外ならって絶対聞き返されるやつだ。ね、自分以外なら?」


 僕にとって大切な人間。その候補は限られる。そんなのは妹だって承知の上だろう。

 僕には親友と言えるような友人はいない。家族だって妹以外は別に大事だと思ってもいない。結局、妹と菜子さんの2択なわけで、そんなことは妹だってわかってる。

 つまり、私とカノジョどっちが大事なのと訊いているのと同義。


「誰が大事かなんてその場の状況による。例えば、去年のクリスマスには僕は文芸部より美月を選んだけど、美月が受験とか諸々で追い詰められてなかったら文芸部を選んだ。そういうものだろ」


 結局、僕はどこか逃げた返答をした。この質問、正直に答えるなら、答えは妹になるんだろうと思う。菜子さんより、僕は妹を優先しがちだ。でも、そう答えるのは違う。


「弱ってるものの味方なわけだ。ヒーロー願望強め? キモ」


「うるさい」


「じゃあ、そんなヒーローになりたい兄さんならさ、旭ちゃんと彩葉さんの話、聞いてくれる?」


 ゆるい雰囲気だった妹が真面目な顔をした。


「電話したんだ。先輩さんと一緒に」


 自宅はもうすぐそこ。「塾に行かないと」の一言で逃げられる。しかし、塾に行ったところで郡上姉がいる。


「手短に済ませて」


「手短に済むかは、ちょっと微妙かも」


 帰宅した僕たちは妹の部屋で話をすることにした。



 郡上姉妹は現在、旭の父親の下で暮らしているらしい。しかし、虐待発覚当初、父親は彩葉の母親に激昂し、離婚して彩葉共々縁を切るつもりだったらしい。その際、旭がお姉ちゃんと一緒にいたいと駄々をこね、父親が折れたという形だそうだ。


 そして、旭曰く、お父さんがお姉ちゃんに冷たい、お父さんがお姉ちゃんを無視するといった現状らしい。


 まぁ、自分の娘に暴力を振るっていた奴の子どもに冷たく当たるのは理解できなくはない。


 父親に母親と寄りを戻すつもりがない以上、彩葉の立場は不安定だ。現在、母親は入院中とのことだが、母親が退院ししだい家から追い出させるかもしれない。


「彩葉さんの精神的負担はものすごいと思う」


「そう。でも、だからといって僕たちにできることなんてない。その状態になる原因を作ったのが僕だとして」


「私たちね。兄さんだけじゃない」


「いや、というか、原因を作ったのは郡上姉の方の母親なんだけど」


「まぁ、その人が悪いのは間違いないよね」


「で、まぁ、現状はそんな感じだとして、僕にはどうすることもできない。できるのは郡上姉のストレス発散に頬を差し出すことくらいだ」


 まぁ、平手打ちくらいなら甘んじて受けてもいい。それだけでいいのなら。


「それなんだけど、兄さんと私は嫌なやつでいればいいんだって」


「……えっと?」


「今、彩葉さんは怒りを向けていい先がどこにもないわけ。本当はこうなったのはお前のせいだって爆発したいのに、その相手がいない」


「で、僕が爆発される相手になれって? いや、まぁ、1、2発くらい殴られるのは受け入れてもいいけど」


「受け入れちゃダメなの」


「いや、え、どっち?」


「兄さんと私は彩葉さんがスッキリ怒れるように、嫌なやつでいないといけないの。僕が悪かったって頬を差し出す人にスッキリ怒れないでしょ」


 反省しろとスッキリ言わせるために、反省していない風にすることが、反省であると。……それでいいのか?


「まぁ、結論として、僕は郡上姉妹のことなんて歯牙にも掛けてないって態度でいて、罵倒を受け止めつつも太々しくいればいいと」


「大丈夫?」


「興味ないクラスメイトへの対応と大体同じだから、まぁ、大丈夫でしょ」


 なるほど。そう考えると、だから黒崎さんとか、僕にスッキリ怒れているのかもしれない。


「兄さん、学校生活、大丈夫?」


「成績優秀で、少ないながらも友人もして、彼女もいる。順風満帆だよ」


「そう聞くと本当に順風満帆だよね」


「鼻持ちならないだろ」


「実はクラスの男子からめちゃくちゃ嫌われてるかもよ」


「嫌われるのは結構得意なんだ」


 なんの自慢にもならない戯言に妹は「なら安心だ」と返した。それで話は終わり、僕は塾へと向かった。


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