8話 菜子さん、僕、妹の3人
「論理的思考力って、蒼くんが思っているよりずっと、世の中の人は持っていないかもだよ」
「そうですか?」
「例えば、カードゲーム。動画とか見ると普通ならありえないプレイングする人とかいない?」
そう言ってポテトをつまむ菜子さん。昼食はファストフード店に3人で入ることにした。テーブル席で、僕と妹が隣り合い、菜子さんが向かい。
「そういう動画はあまり見ないので」
「私も下手な人がカードゲームする動画は見ないですね」
そりゃ、わざわざ下手なプレイ動画を見てイライラする必要はない。
「そっか。でも、あるじゃん、仲間内でUNOとか大富豪とかニムトとかやる動画。カードゲームのプレイを見せるためじゃなくて、コラボトークの方がメインな感じの。
トークメインってこともあって、プレイングはめちゃくちゃだったりするよ」
「そうなんですか」
「で、そのプレイをしてる人たちって、そりゃそんな真剣にやってるってこともないんだろうけど、別にふざけてるわけでもないんだよね。
普通にやってて、普通ならありえない選択をする。なぜか」
なぜかと言われても……。
「そういう人たちにとっては、勝ちまでの道筋を論理的に考えないことが普通だから。
わたしたちは、例えば大富豪で手札を見たらまず勝ちパターンを考えるでしょ。どのカードが出きって、手札のどのカードが消費できれば勝ち切れるのか、当たり前に考える。そうじゃない?」
「そりゃ、考えますね」
「まぁ、私も」
手札が配られれば、そこから勝ちパターンを2, 3通り想定するのは当然、というより、大富豪ってそういうゲームだろう。
「でも、当たり前のように、そんなことは考えずに出せるカードをとりあえず弱い順に出すなんて人もいる。
論理的思考の授業ってたぶん、そういう人に、『いや、考えろよ』って伝えるためのものなんじゃないかな。
論理的思考をいつ使うかって訊かれると困っちゃうけど、たぶん、わたしたちは普段から意識せずに使ってるんだよ。たぶんだけどね。あくまで、わたしはそんな風に思うかなーって話」
カードゲームに限らず、普段から何か行動するとき、無意識に考えている。その時に使っていると。
「なら、題材に数学やらゲームプログラミングを使ったのは大失敗な気がしますけど」
それこそ、大富豪で勝ち確の手札をどの順に切るのかとかで良かったのでは?
「それはなんか特定の生徒に引っ張られちゃった感あるよね。生徒との距離が近い個人塾ならではなのかな」
「先輩さん、塾講師のバイトとかやってみたらいいんじゃないですか? 案外向いてる気がします」
菜子さんが塾講師。生徒によって合う合わないが激しそうだ。
「わたし、嫌いな相手に授業とかしたくないから無理かな。妹ちゃんの家庭教師ならやる。わたしが蒼くん以上の成績を取らせてあげよう!」
「あれ、兄さんの成績ってオール5じゃ?」
「以上だからね。大なりイコールだから」
「つまり、オール5にしてくれるってことですか?」
「一浜でオール5を取るくらい簡単だよ」
「菜子さんの評定平均って」
「4.8。オール5とか取れるわけないじゃん」
2秒で矛盾。妹は「は?」という顔をしている。
「菜子さんは体育だけ3だから」
「体育も筆記試験があればたぶん4は取れたしっ!」
成績を取る上で、筆記試験のない体育と芸術科目は鬼門だ。
「先輩さんって運動できないタイプですか? 二重跳びとか、逆上がりとか」
「妹ちゃんがわたしのトラウマを抉ってくるっ!! できませんよ! 二重跳びも逆上がりもできないし、50mは驚異の10秒台だし、泳げないし、前屈では手が地面に付きませんよ!」
「あ、ごめんなさい。で、でも、先輩さん、運動以外は超ハイスペックじゃないですか」
地雷を踏んだと思い瞬時にフォローに回る妹。しかし、今のはたぶん菜子さんの演出。本当のところは、昔ならともかく、今現在 運動ができないことを大して気にしていないと思う。
「蒼くん、わたしハイスペック?」
なぜ発言主でなく僕に訊く。
「偏差値70オーバーで低スペックとか言ったら刺されますよ」
「ふぅん」
「兄さん、カノジョを褒める時はもっとストレートに言わないと。それに褒める時に偏差値って」
「うるさい」
妹と菜子さんの距離が近くなってなんか面倒くさくなった。
「所詮、わたしは勉強だけの女だもん。しゅん。うるうる」
「そう言って本当に目を潤ませられるのは率直にすごい技術だと思います。外見も相まって、本気で女優になれるのではと僕は思いますよ」
「一瞬でも本気で泣きそうって思わないんかい」
「いや、うるうるって口に出して本当に泣きそうな人いますか?」
いるわけがない。
「わたしは心の中で泣いてるかもよー」
そんなニマニマとした表情で何を言う。
「そもそも話題はなんでしたっけ?」
「二重跳びと逆上がり?」
「いや、それより、いえ、別に大した話じゃなかったですね」
「だね」
「兄さんと先輩さん、どうでもいい話で盛り上がって、案外普通にカップルしてる。なんか、ちょっと面白いかも」
何が面白いと……?
「妹ちゃんはカレシとかいないの?」
「私ですか? 私はそういうのないですね」
「妹ちゃん客観的に可愛いし、表面的には素直でいい子だし、男子から人気ありそうだけどなぁ」
なんか女子トークが始まった。ちょっと居心地が悪い。
「表面的にはってなんですか。まるで、裏表でもあるみたいな」
「あるじゃん」
「まぁ、ありますけどね」
「男子から遊びに誘われたりするんじゃないの?」
「無くはないですけど、男子と2人で遊びにとか無理なんで」
「そうなんだ」
「前に振った人が同じ高校でちょっと気まずいんですよね。同じクラスとかならないといいなぁ」
文芸部新入部員候補の顔が頭に浮かぶ。名前は山城だったか。妹的には気まずい相手になっているらしい。
「ふーん。なんで振ったの?」
「受験前の時期に告白してくるとか、ちょっと信用できないじゃないですか。もっと時期を考えてよって感じで」
「じゃあ、その人から今の時期に告白されてたら?」
「うーん。悪い人ではないと思うんですけど、あんまり印象ないんですよね。あんまり知らない相手だし、ちょっとごめんなさいです」
山城くん、別に妹と仲が良かったわけではないのか。
「じゃあ逆に、この人に告白されてたらOKするかもって人とかはいないの?」
「いないですね。強いて言えば」
「んー、オチが見えるけど、強いて言えば?」
「兄さんが親を捨てて一緒に遠くに行こうって言ったら付いていくかも?」
「想像してたよりずっと重い!?」
「じょ、冗談ですよ!!」
「そんな冗談が出てくる時点で、2人の家庭環境がちょっと怖い」
「うちは色々と歪んでますよー」
妹は菜子さんに対し、本当に遠慮がなくなっているらしい。家庭環境の話を匂わせるなんて。
「いや、もっと明るい話題はないの? ポテトを食べながら親の愚痴とか嫌なんだけど」
とりあえず話題は変える。親の話はしたくない。
「明るい話題かぁ。あっ、『学校で鍋を食べるために』の映画化! しかも実写じゃなくてアニメ映画。実写より原作無視率はたぶん低い!」
菜子さん、僕、妹の3人が共通に大好きな作品。そこからはあの傑作の話にヒートアップしていった。




