13 葛藤
真琴の顔が曇った。先程、真琴の元へ電話があった。菜々美が倒れてしまったと、動揺する由佳からだ。菜々美だけではない。学校にも町にも、少しずつ変な病が広がっている。そこへきて、御神体行方不明事件だ。
「山を穢され、御神体を盗まれて怒った神様の祟りって? 怒りを鎮める為に、蟠桃会で生贄になれなんて……バカバカしい。あんた、学校に休んでそんなこと調べてたの?」
少しでも情報が得られればと、一華の元へ駆けつけた。倒れた人は全て立花神社に参拝した事のある人間ばかりだった。だが、それはただの偶然だ。町の住民なら参拝した経験が無い者の方が少ない。そもそも祟りなど……神を一番に否定したいのは真琴だ。幼い頃に一度だけ、神と思わしき存在を見た事がある。『アレ』に人が敵うはずがない。
「現実を見ろと言ったのは誰ですか」
「そんな昔のこと忘れたわ」
「真琴!」
大声で名を呼ばれた真琴はビクリと身体を震わせ、目を見開いた。その目に映るのは、真っ直ぐ自分を見据える一華だ。彼女はゆっくり眼鏡を取った。
「……神様は、います。昔の事なら謝ります。何か知っているのなら教えてください」
深く頭を下げる一華にしばし呆然として――慌てて待ったをかけた。
「ちょっと止めなさい! あんたがあたしに簡単に頭を下げんな!」
「なら教えてください」
「どうしたってのよ……神様なんていないがあんたの持論だったでしょうが」
「わたしのちっぽけな意地なんて、この際、どうでもいいです。これまでの事象を総合した結果、人ではありえない力を持つ存在を認めた方が話が早い。それより教えてください。山に何かあったんですか? 蟠桃会とは、生贄とは何ですか?」
必死な一華に、真琴はハッとした。
「何かあったのね?」
「兄さんが、いえ、叔父が帰ってきません。もしかしたら、彼に何かあったのかもしれない……。わたしのせいです」
彼女たちの緊迫した様子を柱の影から見ていた良も考え込んでいた。詳細はわからないが、何かが起こっているらしい。ふと桃園の友人を思い出した。彼は大丈夫だろうか。
「本格的にヤバそうな雰囲気ね。これからどうなるのかしら。それに、またあいつが来たらどうする?」
「アレを防ぐ手立てか……。拙者もこの町を離れるしかないと思っておった」
良の後ろから、突然、付喪神たちが現れた。
「うぉ!」
驚ろき飛び上がった。さすが人形――無機物というべきか、気配がない。
「でもアタシは残ってくれて嬉しかったの。一華がいなくなっちゃうなんて、考えられないもん」
「ぼくもでしゅ!」
「おい」
「そもそも、なんで一華を花嫁になんて言いだしたのかしら。花嫁なんて言い方してるけど、要するに生贄でしょ? 朝霧には一華しか残っていないのに何考えてんの!?」
「おい!!」
「とわこがかわいそうでしゅ……」
「まったくだ、腹に据え兼ねる。いざとなれば「だから聞けって!!」」
何度呼びかけてもスルーされた良はとうとう叫んだ。三体は「静かにしろ!!」と口パンダの口を塞いだ。一華と真琴は、こちらに気づいた様子もなく話し合っている。三体はホッと息を吐いた。
「……色々聞きたいことがある。まず、お前たちはなぜ昼間は動かなかった?」
今日の昼間、暇を持て余した良は三体を訪ねて行った。だが、彼らは普通の人形と変わらず、呼びかけに応える事はなかった。作業をしていた一華が良の様子を見に来るほど、声を大にして呼んだにも関わらず、だ。
三体は渋々良の質問に答える事にした。これ以上騒がれたら適わないと思ったからだ。
「……にんぎょうは、うごかないものでしゅ」
良は首を傾げた。詳しい説明を求めて義経人形に視線を向けると、複雑そうな顔で笑っている。
「普通、人形は動かぬだろう?」
しかし彼も同じことしか言わない。普通の人形は動かない。それは当たり前だが、彼らは普通の人形ではない。付喪神ではないか。
「彼女は人形師だと言っていた。人形を作るのが仕事だろう? なら、はじめは驚くかもしれないが、お前たち付喪神人形の存在も受け入れてくれるんじゃないのか?」
他の職種に比べると抵抗が少ないように思えるし、何より彼女は、人間の理解を超える存在――神を認めると言っていた。
良には一華が、ごく普通の人間であるにも関わらず、柔軟な思考の持ち主に見えた。
「むりでしゅ」
「そうね、アタシ達は別。そりゃあ一華が小さな頃は、みんなで遊んでたけど……。でも一華は変わってしまった。もう無理なのよ」
「あの子の母が……十和子が死んでからな」
坊は俯き、菊は両手で顔を覆った。
「なぜだ? なぜそれが変わる原因に?」
「神を認めると言っても、人外の力を示した者の存在を仕方なく認めたのだろう。それだけでもかなりの葛藤があったと想像できるが、十和子の件がある限り、人形は別だ」
「よく分からないな。お前たちは彼女と近しい存在だったのに?」
「だからだよ。人形は、余程ひどく傷つかない限り直せるものだ。言ってしまえば死んだように見えても蘇る。だが人間は蘇らない。――生き返ることなど、できないのだよ」
「一華はもうアタシ達を見てくれないの」
「……ボクたちをきらいになったんでしゅ」
三体は、彼女の母を引き合いに、一華がなぜ人形を認めないかという話をポツリポツリと話して聞かせた。良は突飛な話に理解が追いつかないながらも、沈み込む坊と菊に、なんとなく、彼らが幼い頃の彼女と一番よく遊んだのだろうな、と感じた。
「拙者らとの思い出は、小さな頃に見た夢と思っているのかもしれないな」
幼い少女が、空想を膨らませ、その中で遊んだ記憶として残るように。
「……そうだといいな。だって、ただの人形の振りをしてたら、ずっと傍に居られるって事だもんね」
「……でしゅ」
黙り込んだ三体に「だが」と声をかけた。
「あの子は動くパンダのぬいぐるみである、おれを受け入れてくれたぞ? だからお前たちも受け入れてくれるんじゃないのか?」
あまつさえシミ抜きまでしてくれたのだ。彼らも大丈夫ではないか、と良が提案すると、
「オマエなんかなかまじゃないでしゅ!」
「そうよ! あんた、付喪神じゃないじゃない! ただの呪い持ちだったのね!」
「元は人間なのか?」
三体が詰め寄ってきた。良と一華の話を聞いていたらしい。
「いや、元は人間じゃなくて鬼だが……」
「鬼? 良っていう名前の鬼なの?」
「ああ」
言われて気が付いた。蝦蟇やパンダに姿が変わったのも、全て『呪い』をかけられていたからかだろうか。このような経験をするのは初めてであるとはいえ、二度も姿が変わってから気づくなど間抜けにもほどがある。
(まぁ、反省は後から出来るとして……)
思考を切り替える。呪いを掛けられたらとしたら、十中八九、鬼切で斬られた時だろう。ならばやはり、情報を得る為にも、桃園に戻らなければならない。
――穢れが移ったら大変じゃない。
巫女の少女に言われた言葉が蘇る。この穢れも、呪いのせいだろうか。ならばこれさえ何とか出来れば、改めてあの少女と話が出来るかもしれない。先程も、ひどく困っているようだった。
「しねーーーー!!!!」
「おふっ!!!」
考え込む良の白い腹に、勢いよく突進した坊が頭突きを食らわせた。坊は良と同程度のサイズであるものの、ぬいぐるみの中身は綿だ。玄関前の廊下から居間まで華麗に吹っ飛ばされた良は、ガバリと起き上がった。が、間髪入れずに坊が飛び乗り、マウンティングポジションで殴り始める。
「急にどうしたんだ! おい、お前達……」
他二体に助けを求めたが、
「鬼の良なら、死んで当然よ」
菊まで参戦する気のようだ。というか義経に借りた太刀を抜刀しているではないか。模造刀であるものの、キラリと光る刃に良の頬が引きつった。義経はグッドラックと言わんばかりに、親指を突き立てている。見捨てられたと悟った。
「何遊んでいるんですか?」
居間の入口に、眼鏡を掛け直す一華がいた。上気した頬は風呂上りなのだろうか。いつの間にか、かなりの時間が経過していたようで、客が帰った一華は、寝る準備を終えたらしい。
「寝る前の体操か何かですか?」
「え?」
気が付けば、自分の上にいた坊は消え、刀を手に爛々と目を光らせる菊も、親指を突き立てていた義経もいなくなっている。
(早い……)
神速の消え方に呆気にとられた。
――にんぎょうは、うごかないものでしゅ。
――ただの人形の振りをしてたら、ずっと傍に居られるって事だもんね。
彼らの呟きを思い出しながら、ヨイショと身体を起こした。
「さっきの子とはどうなったんだ?」
「あんな分からず屋、もう知りません」
一華はムッとした顔を見せた。どうやら彼女たちにも何かあったらしい。
「夜も遅い。そろそろ寝るか」
付喪神の癇癪からタイミングよく助けて貰ったといえるが、彼女が本当に助けなければならないのは自分ではない。
「そうですね……流石に、この時間にもなると帰って来ないでしょうし」
一華は携帯画面を確認して溜息を吐いた。
「昨日言ってた叔父さんか?」
昨夜、同居している家族がいるが、今は留守にしていると教えられた。
「ええ……」
顔を曇らせる彼女に、先程、帰って来ないと真剣に心配していた様子を思い出した。もし元の姿だったらと、何もできない自分を歯がゆく感じつつ、もう寝るべきだと促した。
「そうですね、もう休みます」
「そうした方が……ん?」
ひょいっと抱えられた。
「今日も、いいですか?」
「……まぁ、構わないが」
昨夜は一緒に寝た。今夜も一緒に寝てくれるかと問われたのでOKを出した。宿代とまではいかないが、恩を身体で返しているのだ。当たり前だが、今の良はパンダのぬいぐるみである。やましい事など全くない。このフワフワボディがお気に召したのか、付喪神が言っていた通り、彼女はパンダが好きだからか、もしくは――。
――おとう……さ……に、さ……
昨夜の寝言が、何となく、今でも耳から離れなかった。ただ寂しいのかもしれない。仏間を見ると、こちらに向かって微笑む男性の遺影がある。亡くなった彼女の父親と聞いた。
親御さんと何かあったかと聞いた時、彼女は動揺していた。喧嘩でもしたのかと早合点してしまったが、父親を失くした悲しみからあのような行動に出たのかもしれない。
――一華は変わってしまった。
――あの子の母が……十和子が死んでからな。
付喪神達は、本当は、受け入れてくれる事を望みながらも、叶わないと諦めてしまっている。彼女が受け入れてやれば万事丸く収まりそうではあるが、彼女も彼女で、心がグラグラと揺れた不安定な状態だ。そんな今の彼女に、昔の葛藤ごと全てを受け入れろと言うのは酷な話だろう。
抱きしめてやるつもりで彼女の腕の中で万歳をしたが、逆に抱きしめられてしまった。
いかんともしがたい体格差が、また少しだけ、歯がゆく感じた。
暖かくて柔らかな感触が心地いい。顔を擦り寄せた。外から鳥のさえずりが聞こえる。そうか、やっと雨が止んだのか。と考えながら、覚醒してゆく意識をまどろんでいると、
「だっ!!」
スパーンと頭を叩かれた。思わず抱きしめる腕に力が篭った。
「ん……」
頭の上から声がするので、目を開けて確認し――一気に後ずさった。顔が熱い。
ザクッ
すぐそばに、刀が刺さっている。真っ赤になった顔が一気に青くなった。
「覚悟は出来てんでしょうね……」
「誤解だ、おれは何もしていない! 弁護士を呼んでくれ!」
「この現状証拠だけで十分よ!」
キィー! とヒステリックに叫ぶ菊が言うところの現状証拠とは、寝巻き姿の、胸元をはだけて眠る一華と、人の姿に戻った良が、仲良く一緒に寝ていた、というものだ。余談であるが、彼が顔をすり寄せていたのは彼女の胸だったりする。
「まて! そりゃあ、見た目以上のサイズで、形もいいし感触もよかったと思いはしたが、おれはぬいぐるみだったんだぞ!? 不可抗力だ!」
「やっぱ死ね!!!」
「……朝から、何事です……か」
この騒ぎだ。目を擦りながら一華も身体を起こして、
「きゃーーーーーー!!!!」
即座に叫んだ。元の姿に戻った良は、
「早く! 何か服を着てください!!!!」
全裸だったのだ。
「す、すまん!!」
事件が起こった現場へ、ドタバタと騒がしい足音が近づいてきた。
「一華!! 今の悲鳴は!? 何が……」
「兄さん!!」
部屋へ飛び込んできたのは千紘だ。叔父の帰宅に喜ぶ一華とは対照的に、千紘は彼女に見向きもしなかった。静かに部屋の隅に向かい、刺さっていた刀を抜いた。持ち主は既に姿を消したが、急いでいでいた為、回収され忘れた付喪神の太刀だ。
なぜこの場に刀があるかなど、今の千紘にはどうでもいいことだ。むしろ丁度いい。刀身が陽光を弾いて光を放った。と、同時に千紘の目も光った。
「僕が帰ってきたからにはもう安心だよ。すぐにそこの変態を斬殺してあげるからね」
可愛い姪を安心させるように微笑んだが、それを受ける一華の顔は引きつっている。自身の死刑宣告だと気づいた良の顔は蒼白だ。
現場で事件が起きるのは、これからかもしれない。
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