最終話…社交界名物はこうも変わる
「連絡無いと思ったら……。家にいたの?」
「卒業したって報告に行っただろ?」
「ああ、そうだった。……逃げたんじゃなくて?」
「失礼な」
ノエルは兄2人のやりとりを見る。
リヒター家の次男、キャロルが社交界に参加するために王都から戻ってきた。
先日、ヒナミからはずっと好意を寄せている令嬢がいると聞いた。
おそらく以前シエルが言っていた、フェルナー男爵の令嬢。
ヒナミのお目当ての令嬢は分かったが、キャロルのお目当ての令嬢はさっぱり分からない。
今まで知ろうとしなかったから、いま聞くのはタイミングが違う気がする……。
「今夜の社交界もノエル来るの?」
キャロルが聞く。
……リリアーナ嬢はどうせ来ないし、行ったところであまり関係ないような……。
そう思っていたのに、ノエルの代わりにヒナミが答える。
「行くよ。行くに決まってるだろ」
「え?」
キャロルは意味が分からないというように首を傾げる。
「何でお前が答えるんだよ」
「お前、知らないだろ。こいつ、婚約中だぞ」
「は?お前じゃなくて?」
「俺じゃなくて、ノエルが」
「何で……。――まさかグレイス公爵の婚姻パーティで出会った子と?」
待ってくれ。何でキャロルまで知っているんだ?
……考えたくないが、社交界の噂の1つになってるのか?
そういえば、ヒナミにはリリアーナと親しくなった手紙のことは言っていなかったはずだ。
つまり父上に聞いたか、社交界の噂になっていたか。
……どっちも可能性があるな。
「いや、婚約中だから何?前まで出来なかった奴が急に出来るようになるわけないだろ」
「それが出来ちゃうんだよ。優秀な俺が教えたから。勉強が嫌で、剣術に逃げたお前とは違う」
「……へぇ。そこまで言うなら、お手並み見せてもらおうか」
「ちょ、ちょっと待って。俺、リリアーナ嬢が来ないなら行く意味なんて」
喧嘩口調になる兄2人の会話にノエルが遮る。
キャロルがノエルを睨む。
……何で睨んでくるんだよ。
ヒナミがノエルの疑問に答える。
「行く意味?あるに決まってるだろ」
「どうして」
「壁の花と化していたお前が見違えるように変わったんだ。こいつだけじゃなく、いままで怖いもの見たさでお前に話しかけてきた令嬢を見返すチャンスだぜ」
「……ん?待って、なに、どういうこと?」
何だ?怖いもの見たさって。
そんなホラーじゃあるまいし。
「社交界命の俺ら2人の弟なんだから、出来ないフリをしているんだろうと言われてるんだよ」
「……全力なんだけど」
キャロルに鼻で笑われる。
……ちょっとイラってくるな。
「あとは、壁の花になっているお前が色好い返事をするところが見たいとか」
「色好い返事?」
「令嬢と話が弾むところとか」
「……知らない相手とどう会話を続けるの?」
またキャロルに鼻で笑われる。
2回目はちょっと許せないな。
正直に答えてるだけだから、文句は言えない。
笑うキャロルに対し、ヒナミが言う。
「お前のその態度、正直で俺は好きなんだけど、他の令嬢にやるなよ?お前のこと知らない令嬢からしたら失礼でしか無いからな」
「……分かった」
知らないなら話しかけなければいいのでは?
そう思ったが、社交界とは縁を広げる場所だということを思い出して何も言わなかった。
「とにかく、お前のそういう態度が社交界名物第2位になってるんだ」
「何そのランキング」
初耳すぎる。
いや、待てよ。
「第2位ってなに」
ヒナミが一瞬固まり、キャロルが代わりに答える。
「第1位はヒナミとフェルナー男爵令嬢だからな」
「……どういうやりとりをしてるの?」
思わず疑問が言葉になったが、ふと思い返す。
……まさか、ダンス中の会話を聞いたときのことを言っているのか?
好きだと言わずに、ヒナミを責める言葉ばかりを言う令嬢。
何も言えなくなったノエルに、ヒナミは軽く咳払いした後、再度言ってくる。
「ノエル。今までお前を舐めてきた令嬢たちを見返してやろうぜ」
見返す。
その言葉はあまり納得出来なかった。
けれど、リリアーナがいないところで練習の成果を見るきっかけだと思うと行くしかなかった。
*
「えっ……?あれがノエル?」
ヒナミとキャロルは、ノエルの視線が届く先の離れた所にいた。
キャロルは自分の目が信じられなかった。
おかしい。だって今までのノエルは、令嬢に話しかけられたくなくて、社交界中ぶすっとした顔で壁に寄りかかっていたのに。
……普通だ。普通の、そこら辺にいる貴族子息だ。
前回の社交場、テンリュー伯爵の婚姻パーティからそんなに日は経っていないはずなのに。
目も当てられないくらい低いものだったことを棚に上げたとしても、見違えるようになっている。
「さすがキャロル。お目が高い」
自慢げなヒナミが憎たらしいほど肘でつついてくる。
「……フェルナー男爵令嬢のところへ行かなくてもいいの?」
「話を逸らすな。……ノエルがしっかりやれるところを見るまでは行かない」
なんだかんだ心配なんだ。
自慢げな態度とは裏腹に、ヒナミの最優先はノエルだ。
そんなにあいつは可愛いか?
ヒナミの考えることは分かるときもあるけれど、女の趣味も含めてよく分からない。
チラチラとノエルを見ていた数人の令嬢が揃ってノエルに話しかけてきた。
……何を話しているのか分からない。
けれど、ノエルはにこやかに笑っている。
話している令嬢も笑っている。
話は聞こえないが、どうやら話が弾んでいるようだった。
周りの令嬢や子息も、ノエルの変わりように驚いた様子で視線をノエルに向ける者が多い。
ヒナミの教育とは、そんなに良いものなのか。
ヒナミが「教えてやる!」と言ったとき、勉強が嫌だったキャロルは「いい」と即座に断った。
……あのとき、「教えて」と言っていれば何か変わったのだろうか。
キャロルは想像できなくて、すぐに考えるのをやめてしまった。
*
「素晴らしいわ、ノエル様。さすがヒナミ様とキャロル様の弟君ね」
「……ありがとうございます」
誰だ?この令嬢。
ノエルはそう思ったが、せっかく褒められたんだ。態度に出さないように気をつける。
「もし良かったら、私と1曲踊ってくださらない?」
「え……」
どうしよう!誘われた!
初めてだ!ダンスに誘われるなんて!
でも、ノエルにはリリアーナがいる。
婚約者がいるのに他の令嬢と踊るわけにはいかないはずだ。
確か断り方は……。
ヒナミとのやりとりを思い出す。
そうそう、確か「お前を誘う令嬢はリリアーナくらいだろう」。
……教わってない!!!!
そしてノエルも、誘ってくる令嬢がいないのに断り文句を覚えたって仕方ないだろうと確かに思った。
どうしよう!
ノエルはチラリと遠くにいるヒナミに、助けを求める視線を送る。
ヒナミもノエルの状況を見ていたためか、引き攣った顔で首を横に振っている。
……ヒナミも「断り方を教えていない!」と思ってるな。
どうしよう。確か「上手く断らないと角が立つ」とヒナミは言っていた。
今までのノエルなら「あなたのことよくも知らないのに踊れません」と言っていただろう。
でも今は違う。
言ってはいけない言葉の区別は多少は身についている。
……どうしよう。
ふわりと良い香りが漂ってきて、ノエルは匂いのした方を向いた。
すると――。
「話を遮ってしまい、申し訳ございません。クラウス家の三女、リリアーナ・クラウスと申します」
……リリアーナだ。
社交界に顔を滅多に出さないリリアーナがどうして。
ダンスを誘われたことに舞い上がっていたのか、周りを見れていなかった。
周りをよく見れば、子息や令嬢は談笑を止めて、リリアーナを見ている。
「この方――、ノエル様はお約束があるのでダンスを踊れないのです」
「えっ……、約束……?」
ダンスに誘ってきた名が分からない令嬢が首を傾げる。
「リリアーナ嬢。約束ってどういう」
リリアーナは自分の人差し指をノエルの口に当てる。
その仕草にドキッとする。
「ノエル様。そろそろ呼んでくださらないかしら?」
「……何て?」
「リリナ、と」
ザワっと辺りの空気は変わる。
「いま、愛称で呼んでと言ったか?」
「リリアーナ様が?」
「まさか約束って、結婚の約束のこと!?」
「そこまで話が進んでるの!?」
周りの令嬢や子息の言葉がやけに大きく聞こえる。
……この状況で呼ぶのか?
「……っ、り、リリナ……」
「はい。ノエル様」
きっと今のノエルは真っ赤になっているだろう。
自分の顔は見れないから分からない。
「……一緒に踊ってくださいますか?」
「もちろん」
リリアーナは可愛らしい笑顔で答える。
近くで見ていた子息や令嬢の数人が拍手をしてくれる。
見守られていることが少し気恥ずかしい。
ワルツが始まり、ヒナミやシエルに教えてもらったダンスをリリアーナと踊り始める。
「ヒナミ様から伺っておりましたが、ノエル様、すごくお勉強されたんですね!佇まいから伝わりました」
「ありがとうございます」
「でも、ごめんなさい」
「……え?」
まさか、出来ない人の方が好きなのか?
ノエルは不安になる。
「……ノエル様が魅力的なこと、私だけが知っていればいいと思ってしまいました」
「……」
「我儘ですよね。すみません」
「いえ……。嬉しいです」
リリアーナの言葉に素直に反応する。
リリアーナは嬉しそうに可愛く笑った。
*
「リリアーナがいるならノエルはもう一安心だろう」
ヒナミは安堵のため息をつく。
ヒナミの隣りに未だにいるキャロルに言う。
「お前まで見届けなくても良かったのに。お目当ての令嬢が逃げちゃわないか?」
「……逃げるのはそっちだろ」
「……待たせてるから急いで探さないと」
「遅い!やっぱり弟の方が大切なんでしょう!?」
ヒナミとキャロルが声のする方を見る。
大きな足音を立てて近づく令嬢を見て、キャロルはげんなりとしてしまう。
ヒナミは反対に笑顔を見せた。
「カナン様」
カナンはヒナミの隣りにいるキャロルに挨拶もせずに、眉間に皺を寄せながらヒナミに話し始める。
「歳も弟と同じ25歳だし。カナンは弟の代わりなんでしょう?兄弟同士じゃ結婚出来ないから!」
周りの令嬢や子息が談笑を止める。扇子を持っている令嬢は、口元を扇子で隠した。
それほど、カナンの声は大きい。
カナンの言葉にヒナミは笑って返事をする。
「また可愛らしいことを」
「誤魔化さないで!」
ヒナミはしばらくカナンを見つめる。
カナンはまだ眉間に皺を寄せたまま、ヒナミを睨み返した。
「……幾分、あなたの笑った顔を見てませんね」
「怒らせてるのはヒナミでしょう?」
「……そうですね」
ヒナミは言葉を区切る。
そしてぽつりと呟いた。
「……しばらく距離を置きますか?」
「えっ……?」
カナンの顔から怒りの表情が消える。
ヒナミとカナンの会話をこっそり耳を立てて聞いている子息や令嬢も、ヒナミの発言に思わず息を飲む。
ヒナミはカナンの表情を見て、きょとんとする。
「……いま嫌だって思いました?」
「っ……、違う!」
「違いますか?私は、距離を置きたくないです」
「……っ!じゃあ言うな、そんなこと!」
カナンは振り返り、来た方向へ帰っていく。
ヒナミはそれを笑顔で追いかけていく。
「待ってください。まだ今日は1曲も踊ってませんよ?」
*
……俺、ずっと隣りにいたんだけどな。
キャロルは、兄・ヒナミと兄が好意を寄せている令嬢のやりとりを黙って聞いていた。
このようなやりとりを15年は見ている。社交界が開かれる度に。何度も。
社交界名物第1位になってしまっている。
よくあんな状態で笑ってられるんだ。しかも幸せそうに。
よそでやれ、よそで。
そう思っている子息や令嬢は多いはずだ。
……婚約していないと知れば、どう思うかな。
キャロルは、ヒナミとカナンが踊り始めたのを見る。
言い合いをしていても、両思い同士なんだ。
さっさと結婚しちまえばいいのに。
恨めしがましく見てしまう。
噂にならないように、今夜の社交界もすぐに踊れる令嬢を探す。
誰とも婚約をしていない、誰にも好意を寄せていない、そんな令嬢だ。
「……俺も恋愛したいな」
そう呟いても、キャロルの頭に浮かぶのは1人の令嬢だけだ。
キャロルのお目当ての令嬢が社交界を離れてもう7年経とうとしている。




