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5話…没落男爵令嬢に乞う

「ようこそおいでくださいました、ヒナミ様。クラウス家三女のリリアーナ・クラウスと申します」

「こちらこそ、出迎えてくださりありがとうございます」


確かに美人だ。

あまり社交界に出ないのに、有名になるのが納得できる。

俺の好みでは無いけれど。でもそれはお互い様か。


ヒナミはリリアーナに伝わらないのを良いことに、失礼なことを考える。


「ところで、手紙を拝読させていただきましたが、語学習得の方法を訊ねたいと?」

「ええ。ノエルからリリアーナ様はお父様のお仕事を見て学んだと聞いたものですから」


王族に報告する書類は、公用語を使う。

ノエルからリリアーナは報告書類を作成しているとは聞いていないが、社交界の噂を信じると、クラウス男爵の仕事の大部分をリリアーナが担っている。

書類仕事など朝飯前だろう。


「そうですね……。私は児童書を読んでお勉強しました」

「児童書……ですか?」

「ええ。子供向けのものは、簡単な言葉を使います。報告書を書くほどの専門用語はありませんが、取っ掛りは掴めます」

「なるほど。確かに」


父上と同じでリリアーナも天才型の人間か。

父上と違うところは、他の人も同じように天才型の人間だと思っていないところだろうか。


「あの、ところでどうしてそのようなことをお訊ねになるのですか?」

「ああ。ノエルがリリアーナ様と釣り合うようになりたいと」

「えっ……」


リリアーナの顔が真っ赤に染まる。

……美人の赤面は破壊力があるな。


「リリアーナ様と婚姻を結ぶために、勉強しているのです。兄としては、ようやく、という感じですが」

「そ、そんな……」

「リリアーナ様と同じ方法なら、ノエルもますます張り切ることでしょう。教えていただき、ありがとうございます」


リリアーナに礼をしてその場を後にしようとする。

児童書か。どういったものがいいだろうか。

冒険もの?ファンタジー?恋愛?……子供向けの作品に恋愛は無いか……?


「あの、ヒナミ様っ」

「はい。何か?」


リリアーナの制止に足を止める。


「あの、ノエル様が今度来られたときのためにと、姉に頼んでいたものがあるのです。ご迷惑でなければ、ノエル様にお届けしていただけますか?」


*


くそ、ダンスの歩幅が分からない。


ヒナミが所用で4日くらい留守にするとは聞いたが、その間何も出来ないじゃないか。

新しく学べることが無い。間違って覚えていないかの確認が出来ない。

前は学ぼうとしなかった。その何もしていなかった時間を後悔する。


気分転換に外に出るが、外にも何も無い。

けれど、1人でステップを踏むと速くなっているような気がする。

しばらく歩いていると、声をかけられる。


「あら、リヒター家の落ちこぼれ三男坊様じゃない」


甲高い声が聞こえて見る。

……確かこの女の子は……。


「……スカイ嬢?」


ノエルの言葉に、女は眉をつり上げる。


「それは双子の妹の方!私はシエルよ!」

「ご、ごめん」


そうだ。妹の方は穏やかで間違っても嫌味たらしい言い方をしない。

……けど、性格は天と地ほど正反対だが、見た目はそっくりなのだ。久しぶりに会ったのだから間違えても仕方ないと思いたい。


確かこの子はパラン男爵の長女のはずだが……。

先日の挨拶回りの時にパラン男爵に会ってないことに気づく。


「……パラン男爵は?」

「嘘でしょ?本当によそ様のお家事情なんて興味無いのね。それとも嫌味かしら?」

「……どういうこと?」

「パラン家は貴族じゃなくなったのよ。言わば、没落貴族ね」

「えっ……」


知らない。本当に知らない。

けど、その通りなら先日挨拶に行かなかったのも納得だ。

でも俺はなんて失礼なことを……。


「ご、ごめ」

「謝らないで。嫌な言い方をしたけど、あなたが悪気があって言ったわけじゃないことはなんとなく分かるわ」

「……」

「でも、どうしてあなたみたいな人が男爵家で、私は没落してしまったのか理解出来ないわ。男爵家にふさわしいのはあなたより私よ」


反応に困る。

シエルはノエルに何と言ってほしいのか。


「……あなたに言っても仕方ないか。じゃあね、お気楽三男坊さん。せいぜいのーんびりとお外を歩いていればいいわ」


……そうだ。

ダンスの練習に行き詰まってしまったから外に出たのだ。

そしてこの子は元男爵家の令嬢。

ということは。


「待って!」

「何よ」

「……その、だ、ダンスを教えてくれないか?」

「……はぁ?」


*


「あのクラウス家の三女と結婚するために勉強中!今更すぎる!笑っちゃうわ!」


事情を説明するとシエルはおなかを抱えて笑う。本当におかしいと思っているみたいだ。

でも実際そうなんだ。困っているんだ。

反論の余地が無さすぎて、ノエルは黙って笑い声を聞くしかない。


「はぁー、おかしい。笑っちゃったわ。それで?ヒナミ様と練習していたけど、分からなくなっちゃったって?」

「そう……」

「ヒナミ様もそんなにダンスの経験も無いでしょう。いつも踊っているのはフェルナー男爵の令嬢だけだもの」

「そうなの?」


知らなかった。ヒナミのことだから、いろんな令嬢と踊りまくっているものだと思っていた。


「あー、久しぶりに思いきり笑ったわ。さてと、簡単なワルツで良いわよね?」

「……ワルツ?」

「……1、2、3、1、2、3のリズムで踊る曲のことよ」

「それがワルツ」

「……あなた本当にお勉強中なの?」


何も言えない。

けど、実際に令嬢から教えてもらえるのはありがたい。

黙って言うことを聞くことにする。


「じゃあ、行くわよ。せーの」


気持ち歩幅を狭くして1歩を踏み出す。


「踊りにくい!もっと大きく足を出して!」


今度は遠慮なく1歩を出す。


「加減ってものを知らないの?足がつっちゃうわ!」


……分からない。1歩の歩幅って結局どうすればいいんだ。


「踊っている人の表情を見て。踊りにくそうに見えたら歩幅を変えたらいいんだから。まずはリズムに乗ること。考えてばかりじゃ動きが硬くなるわよ」

「なるほど……」


ということは、歩幅はなるべく一定の方がいいってことか?

それで踊りにくそうに感じたら、歩幅を少し変えていく。


視線をシエル嬢に合わせて、シエル嬢のリズムで踊る。

……なんか、踊りやすいかも……?


調子に乗っていると、石に躓いてシエル嬢と共に転んでしまう。


「きゃあっ!?」

「ご、ごめん、大丈夫?」


シエル嬢を抱きしめる形になっていた。

……軽い。ちゃんとしっかり食べているのか?


「周りを見るのを忘れずにね……。じゃないとご令嬢も恥をかくわよ……」

「分かった……。ごめん……」


転んでしまい、痛い思いをしたはずなのにノエルを責めない。

申し訳なく感じてしまう。


「はあ……。服が汚れちゃったわ。でも、見せる相手もいないから気にしなくてもいいわね」

「怪我は無い?」

「見たら分かるでしょ。無いわよ」


服についた土をはらいながら、シエル嬢は立ち上がる。


「でも、本当に勉強しているのね。全く踊れないかと思っていたけど」

「……踊れなかったんだよ、本当に」

「そう。すごいわね、愛の力って」


平然と言うシエル嬢の言葉に照れる暇が無い。


「運とかタイミングって本当に大事ね。あなたがそこまで変われるなんて思いもしなかったわ」

「……ありがとう」

「出来れば、毎日踊った方がいいかもしれないけど、私だって暇じゃないから。ぶっつけ本番も一興よ」


ぶっつけ本番……。リリアーナと踊るかもしれないのに、そんな博打は出来ない。


「あとあなた。間違っても他の女の子に教えてもらいましたなんて言っちゃダメよ」

「どうして?」

「だって女の子の立場から考えてみなさいよ!そんなこと言われて喜ぶのは寝取られが趣味の人だけよ!」

「寝取……っ!!?」


……女の子がそんなはしたないことを言っていいのか。

その方が心配になってしまう。


「まあ、でも頑張んなさい。お幸せにね」

「あっ、お礼……」


どうしよう。何も考えてなかった!

ヒナミとは違うんだ。普通、教えてもらったのならそれなりの対価を払わないと。


「要らないわよ。というか、もう貰ってる」

「嘘」

「普通、没落したと言えば腫れ物を扱うようにされるわ。でも、態度が変わらない。充分、礼になるわ」

「……」

「じゃあね」


振り返らずに歩き出すシエルを、大声で呼び止める。


「あの!」

「まだ何か?」

「……シエル嬢は、本当に男爵家令嬢としてふさわしいと思う。今日のダンス、すごく分かりやすかった」

「……そう」


シエルは一言返事をすると、今度こそ振り返ることなくその場を後にした。


*


「パラン家の爵位が剥奪されたのは確か7年以上前だぞ。本当にそれ、シエルだったのか?」

「そ、そんなに前……?」


帰ってきたヒナミにシエル嬢との出来事を報告する。

ヒナミは驚いた様子で言う。

シエルの態度は以前と――、パラン男爵家と繋がりがあった時と変わらない様子だった。


「事情はよく知らないが、家も権利が移って家族も離散、借金だけが残ったと聞く。軍に入ったスカイが少しずつ返済していると聞くが……」

「そんなにひどいの……?」


全く想像もつかない。

何もかも失うとはどういった気持ちになるんだろう。

考えたことすら無かった。


あの気丈なシエルの態度は、1人で生きていくと決めた覚悟から生まれたものだったかもしれない。

……シエルに聞くことができないから、想像でしかないが。


シエルの境遇を考えて、気分が落ち込んでしまう。

そんなノエルを見て、ヒナミはそれ以上その話を続けることなく、明るい口調で言う。


「まあでも自主練はしていたんだな。褒美が無駄にならなくてすんだようだ」

「褒美?」


ヒナミはノエルに瓶を渡す。

中に入っているものは真っ赤に見える。


「何これ」

「いちご酒だよ」

「何で!?」

「クラウス家に行っていたんだ。そうしたらリリアーナが『今度ノエル様が来られた時にと思って姉に頼んでいたんです』だとさ。テンリュー伯爵の婚姻パーティの時にお前が壁の花と化しながら飲んだ、いちご酒だ」

「リリアーナ嬢が……」


受け取った瓶を落とさないように手を持ち替える。

ありがたすぎて何も言えない。

こういうとき何て言えばいいんだ。


「リリアーナに感謝しながら飲むんだな。飲みすぎるなよ」

「……ありがとう」

「明日からはダンスに加え、公用語も勉強するからな。覚悟しとけ」

「うっ……。わ、分かった」


公用語。公用語で書かれていた本を見たことあったけど、何を書いているのかさっぱりだったんだよな……。

でも、男爵家の仕事に公用語は必須だ。

分かるようになるしかない。


ノエルは部屋に向かい、公用語の本を手に取った。

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