3話…初恋の再会
「聞いたぞ、ノエル!お前、春が来たんだって!?」
王都で勉強してるはずの長男、ヒナミ・リヒターが揶揄ってくる。
……何で帰ってきたんだ?
「……どちらかといえば、真冬かな」
「えっ、もうフラれたの?」
「……フラれてはない、けど」
リリアーナ嬢の優秀さを目の当たりにして、全くできない自分が嫌になって逃げました、なんて。
兄弟であろうと言えるか……!
「確かになー、だって、クラウス家の三女、リリアーナだろう?優秀って社交界では噂だぞ」
「えっ?」
嘘だ。そんな、社交界に顔を出していないはずだ。
だって出していたら、一度会っていたら、あんな美人、忘れるはずがない。
何も言っていないはずなのに、ヒナミはため息混じりで言う。
「お前な、『よそ様のお家事情なんて興味がありません』って言ってるから、そんな噂も耳に入らないの」
「なっ……!?」
くそ、何も反論できない。
というか、何で社交場でさっさと離れてお目当てのご令嬢の元へ行ってしまう兄なのに、どうして俺が言ったことを知っているのだろう。
……それも社交界の噂になっているのだろうか。
現実を知るのが怖くて聞くことができない。
「あの美貌で、しかもまだ18になったばかりだったか。求婚する男が多いと聞いたが」
「18!?」
嘘だろ。
18ということは、ノエルより7つも年下だ。
あんなにしっかりしているのに……。
「なに、お前。相手の年も知らずに会いに行ったの?」
「……うるさいな」
くそ。何も言えない。
黙っているのは癪だから反抗的な態度を取るが、八つ当たりだとバレているだろう。
「18で、求婚する男が多いのなら、どうして俺なんかに手紙を渡すんだよ」
「そりゃお前、初恋の王子様だからじゃないか」
「……誰が?」
「お前が」
「お前……?」
「ノエル・リヒターが、リリアーナ・クラウスの、初恋の王子様だからじゃないか」
「……はぁっ!?」
待て待て待て待て。本気で意味が分からない。
どうして、あんなに綺麗な人が、ノエルを好きになるんだ?
しかも初恋?王子様?
俺は生まれも育ちも男爵家だが?
「いや、絶対違う、だって覚えが無い。あんなに綺麗な令嬢なら、一度会っただけで忘れるはずが無い」
「会ってるだろう」
「会ってないって」
「いや、会ってるよ。グレイス公爵の婚姻パーティーで」
「そこで俺が話したのは、迷子になった女の子と、そのお姉さんだけで」
「ほら、会ってるだろう?ちゃんと覚えてる」
「……は?」
何を言いたいんだ?さっぱり分からない。
ノエルが理解していないことが分かると、ヒナミは驚きのあまり声が大きくなった。
「お前な!グレイス公爵の婚姻パーティーいつだったか覚えてるよな!?」
「12年前、だろ」
「ってことは、リリアーナは今18歳。12年前だと6歳くらいだろう!」
6歳。グレイス公爵の婚姻パーティー。
迷子の、女の子……。
「えっ、あの子!?」
「そうだよ!鈍すぎる!こんなに馬鹿な弟だとは思わなかった!!」
「いや、でも名前が……」
リリアーナでは無かったはずだ。
確か、えーと、姉からは何と呼ばれていたか……。
記憶を探るが、思い出すのはリリアーナ嬢の挨拶だった。
「親しい人は私のことをリリナと呼ぶんです」
リリナ。確かにその愛称には聞き覚えが……。
確か、あの迷子になった女の子を探しもしなかった姉は……。
「リリナ!?どうして……!」そう、確かに、言っていた……。
「……っ!!!」
待て。待て待て待て。
ってことは、あれだ。
12年前、確かにグレイス公爵の婚姻パーティーでリリアーナ嬢と会っていて。
それをリリアーナ嬢は覚えていて。
迷子になったのを連れて行ったからこそ、「優しいですね」という言葉が出てきて。
だから、先日の「婿入りを辞退する」という言葉で泣いたのは――。
もし、もしだ。
本当に人違いでなく、俺自身を婿入りさせたいと言っていたのなら。
12年前のことを覚えているのなら。
じゃあ、俺が言った言葉は、リリアーナ嬢をものすごく、傷つけたんじゃないか……?
「ど、どうしよう。俺……!」
慌てるノエルに、ヒナミは至って冷静だ。
「慌てるな。お前が失言が多いってのは、リリアーナも理解しているだろう」
「でも……」
「だってお前、リリアーナの姉を叱ったんだろう。婚姻パーティーでろくに動けなかった姉を」
「……え?」
何?婚姻パーティーでろくに動けなかった?
いや、そんなのは式の主役であるグレイス公爵とその夫人……。
「……まさか」
血の気が引く。
まさか、俺。
「えっ?気づいてなかったのか?クラウス家の長女は、今やグレイス公爵夫人だぞ」
「……!知るか、そんなこと……っ!!」
言えよ!誰か!
……いや、確かあのときは、話をあまり聞かずに言いたいことをべらべらと言ってしまった気がする。
12年前のことなのに、いまさら後悔したってもう遅いのに。
ノエルが頭を抱えているのを、ヒナミはやれやれというように、肩を叩いた。
「クラウス家のリリアーナが有名なのは優秀だからというのもあるが、男爵家なのに長女が公爵家、次女は伯爵家と、婚姻ができた優秀な姉たちがいるからだ。これに懲りて、よそ様のお家事情にも、多少は、興味を持つように」
「……はい」
「そんなわけで、お前が失言が多いというのも既にリリアーナは理解しているだろう。社交が苦手だということも。それでもお前に手紙を出したのは、恋は盲目というか、なんというか」
「……」
フォローするなら最後までフォローしろよ。
そう喉元まで言葉が出ていたが、言うのはやめた。
「とにかくだ。正直に謝ったら、リリアーナもきっと理解してくれるんじゃないか?」
「そう……かな」
「そうじゃなくても謝るんだよ。じゃないと、本当にお前、一生結婚できないぞ」
そう言ってヒナミは歩き出した。
その足音を、ノエルは黙って聞く。
しかし、ヒナミは振り返ってノエルに言う。
「何してんだ。さっさとリリアーナに謝りに行くぞ。送ってやるから」
*
「申し訳ありませんでした」
出会って早々、挨拶も無く頭を下げた。
頭を下げる前に見たリリアーナは、表情が曇って見えた。
「……婿入りの件でしょうか。改めて言わなくても」
「違います。……グレイス公爵の婚姻パーティーのことです」
「……」
リリアーナからの返事は無い。
当然だ。
確か、お茶会の日、「覚えていますか?」と問うリリアーナに、いいえと答えた。
それを改めて、覚えていないと言うと思っている。
「……俺は確かに、グレイス公爵の婚姻パーティーで、リリアーナ嬢に会った覚えがありませんでした。でも、1人の女の子を、黒猫を抱いている女の子をお姉さんのところまで連れて行ったのは覚えています」
「……!」
リリアーナが、顔を上げる。
ノエルの言葉を信じられないというように見えた。
でもそれは、悪い意味では無くて――。
「兄にも言われたのですが、俺はすごく馬鹿です。あの女の子が、こんなに綺麗で可愛いご令嬢に成長しているなんて、全く想像つかなかったんです」
「……っ!」
「すみません。リリアーナ嬢を覚えていなかった俺ですが……」
「少し、少しお待ちいただけますか……」
リリアーナは、耳まで真っ赤になって震えているように見えた。
鈍い俺でもさすがに分かる。これは怒っているんじゃなくて――。でも、どうしてそうなっているのかが分からなかった。
「あの、私の聞き間違いでなければ、ノエル様は先程、わたし、私のことを……、き、綺麗と……、可愛いと……、おっしゃいましたか……?」
「え?はい。リリアーナ嬢は綺麗で可愛いです」
「っ……!」
……まさか俺の言葉に嬉しくなったのか?
そんな、綺麗だの可愛いだの、言われ慣れているだろう。
社交界で話題になっていたらしいご令嬢だ。
そんなはずは……。
「ノエル様……。あの、あんまり褒めないでくださいませ……。う、嬉しくて……、心臓が飛び上がってしまいます……」
「……」
あまりのリリアーナの照れように、ノエルまで釣られて赤くなってしまう。
「俺の言葉なんて、凡庸でしょう。そんなのいくらでも」
「違います。私は、他の誰よりも、ノエル様の言葉だからこそ、嬉しいんです」
リリアーナは、まだ頬が赤らめてはいるが、しっかりとノエルを見つめて言う。
ノエルの方が逆に目を逸らしてしまうほどだ。
「……俺は、リリアーナ嬢の綺麗で、可愛いところを、好きだと、思っています」
「……っ、そ、それは、本当ですか……?」
「はい。お茶会のときに、その、恥ずかしながら……、綺麗だと……。可愛いと思ってしまい、緊張で紅茶の味が分からないほどでした……。でも、俺、まだ、あの、クラウス家の跡継ぎになる覚悟はっ……!」
ぎゅっと、全く意識をしていなかった両手を、リリアーナに握られる。
続けようとした言葉は、ノエルの口から出てこなかった。
「……ノエル様。嬉しい言葉を次々と、ありがとうございます。あんまり嬉しいので……、その、……、言葉が上手く出てこなくてすみません……」
顔がまだ赤いリリアーナは、ノエルの目を見ては逸らし、見ては逸らしを繰り返しながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「だから、その、今はノエル様のお気持ちだけで充分です。婿入りの話は……、ノエル様のご都合もあるでしょうから、また落ち着いて、話を進めさせてください」
都合……。責任とか、教養とか、そういうことかな?
ノエルの脳裏をチラッと掠めたが、目の前のリリアーナに聞くことはできなかった。
「でも、今は、今の私たちは、こ、婚約者、というのは、先走り、すぎますか……?」
「……っ!」
こ、婚約者……!?
いや、そんな急に……!
そう思ったが、リリアーナが俺のことをす、好き?なら、そういうことになるのか?
確かに婚姻の約束があれば、安心はできるが……。
安心したからといって、教養がすぐさま身につくはずが無いのが残念だ。
ノエルの言葉が遅いからか、リリアーナの目に、涙の膜がうっすらと張られていく。
「……っ、そ、そうですね……!こ、婚約者……、で、いいと、思い、ます……」
目の前のリリアーナが、見たこともない可愛らしい顔で笑った。




