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2話…幸運を掴めるのは走れる人のみ

「それで!?お茶会はどうだったんだ!?」

「……」


まるで気のおけない親友のように聞いてくる、リヒター家の現当主である父に対し、ノエルはげんなりした顔を向ける。


「リリアーナ嬢が、飼い猫を抱き上げて」

「ほう?」

「『優しいですね』『変わっていませんね』と訳わからないことを言い出して」

「ほうほう」

「『婿入りの話を真剣に考えてくれませんか』と……」

「ほう!」

「さっきからほうほうって何ですか、鳥ですか!」


なんだ、その相槌は。

仮にも息子が真剣に分からないんだから、話を聞くだけじゃなくて助言くらいくれたっていいじゃないか。

いや、結婚の相手も、将来どうするかも決まっていない三男なんかのことを考えてくれないか。


「いや!うん、いいじゃないか。どうだ、このまま結婚なんてのは」

「……絶対に人違いだと思うんです」


だって、リリアーナが美しすぎる。

笑った顔は可愛い。

そんな人と会っていれば、絶対に覚えているはずなのに。

誰と勘違いしているんだ。

誰なんだ、その忘れられている不幸な男は。


「運に人生を任すのも一興だぞ」

「危なくないですか?」

「いいや。幸運な人は、やってきたチャンスを掴もうと走れる人だ。ノエル。お前は、頑なに人違いだと言い張るのか?それとも、誰かの人違いのおかげで男爵家の跡継ぎになるのか?」

「……どっちも嫌、ですね……」


そうは言ったが、本音は違う。

リリアーナと結婚をして、クラウス家の跡継ぎは別の誰がする。

ノエルにとってたいそう都合がいいものだ。

でもそんなことは現実問題、なかなか無い。

それでも。せっかく出会ってしまったんだ。

リリアーナと結婚しない未来は、なるべく選びたくない。

しかし、リリアーナと結婚すれば、婿入りとなってしまい、縁もゆかりもないクラウス家の跡継ぎになってしまう。

そんな責任あることやりきれるのか。

不安でしかない。


「せっかくだ。クラウス家の領地の見学に行ったらどうかね?」

「領地の?」

「男爵家の跡継ぎだろ?なら、領地のこともいずれお前がしなきゃいけなくなる。『リリアーナ嬢のことが好きです』だけで結婚できるのは、平民同士のときだけだ」


筋は通っている。

だけど、逃げたくて逃げられない現実を、実の父親に突きつけられる俺の身にもなってほしい。


考えた末にノエルはリリアーナに手紙を出すことにした。

「領地見学をしたいから、訪れてもいいか?」と用件を書いたものだ。


リリアーナから快諾の返事を受け取り、再びクラウス家を訪れることにした。


*


「リリアーナ様、今年の米ですがね、品種を変えたんで暑さに強いんですよ」

「まぁ!昨年は雨が降らなかったので収穫量落ち込んだと言ってましたもんね。収穫が楽しみですね」


……訳が分からない。米ってなんだ?


食べ物だとは予測できる。しかし、どういう食べ物なのか、全く想像がつかない。


というか、男爵令嬢自ら農地を見てまわってるのか?

こういうのって……。


「使用人が見てまわって、連絡とかあれば使用人を通じて初めて領主である男爵家に伝わるのではないのですか?」

「そうですねぇ……」


リリアーナは言葉を選びながら答えようとしてくれる。


「疑うわけではないのですが、領主自ら見た方が確かと言いますか。日頃からやりとりをしていると、困ったことがあれば相談もしてくれるようになりますから」

「日頃から……」

「あとは、微妙なニュアンスが他の人を通じてだと正確に伝わりにくいんですよね」

「微妙なニュアンス?」

「たとえば、今年は雨があまり降らなかったので、例年より収穫量が落ち込みますと報告されたとします。多くの方は申し訳なさそうに言ってくださるのですが、たまにひどく落ち込んでしまう方がいらっしゃいます。そういう方はフォローを考えなければいけません。言葉だけなら正確に伝わったとしても、表情まではなかなか伝わりませんから」

「……なるほどぉ」


……あれ?もしかしてリリアーナって出来る三女!?

男爵家の令嬢としての自覚があり、当主に万が一のことがあっても領民たちは戸惑わない程度には信頼がある。


いや、いやまだだ、まだ慌てるようなことはない。

男爵としての仕事、帳簿の管理、王族に報告する書類作成、などなど挙げたらキリがないほどあるはずだ。


「リリアーナ様!」


リリアーナと同じ歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。


「あら、どうしたんですか?」

「あの、いままで母ちゃんが肥料の記録とかつけてたんだけど、目を悪くしちゃって……。どうやって書けばいいかな?母ちゃんに聞いても、そんなの書いてある通りに書けばいいんだよって言うだけで」

「大丈夫よ、教えてくれてありがとう」


リリアーナはノエルの方を見て、「すみません、ちょっと席をはずします」と言った。

こんな土地勘も無い場所に置いていかれては困るので、リリアーナたちについていくことにした。


案内された場所は、掃除があまり行き届いていない小屋だった。

歩くたびに、うっすらと足跡ができるほど、土が入ってきている。正直、汚い、と思ってしまう。

そんな小屋なのに、リリアーナは構わず入って行き、女の子が埃だらけの本棚から出すノートを一緒になって見る。


「これなんだけどね、この適用ってなに?」

「これはね、何のためのお金かを書くところなのよ」

「何のためのお金?」

「たとえば、肥料を買うときにお金を使うわよね。最初のうちは買った肥料の名前を書けばいいわ」

「金額の部分、何で右と左で分かれてるの?」

「もらった金額と、使った金額で分かれてるのよ」

「……何で?」

「手元にいくらお金が残ってるか、逆に使いすぎてないかを調べやすくするためよ」

「……へぇー?」

「難しいわよね。最初は記録することを意識していればいいわ。そのうち分かってくると思うし、気になるようなら私に聞いてもらえれば嬉しいわ!」

「うん、ありがとう!」


……っ、終わったーーーーー!!!!!!

これは、完全に帳簿が分かってる教え方だろう、きっと!

なんで「きっと」かって?

俺が帳簿の書き方を理解してないからだよ、くそ!!!

冷静になろうとして自問自答したけど、逆に無知なことを現実直視してしまって精神的に無理だ……。


領民にも慕われていて、知識もあって、帳簿も書ける……。

きっと王族に報告する書類ですらも卒なくこなすのだろう。

ダメだ……、何も勝てるところが見当たらない……。

俺がクラウス家を継がなくてもリリアーナ嬢が継いでも問題無い気がするが……。

でもそれだと!俺が無能だから継げなかったと周りに思われても仕方ない!

被害妄想?いや、何より俺がそう思ってしまうだろう。

誰だ、「きっと三女だから教育されてないだろう」と言った奴は……。俺だー!


ノエルは頭を抱えるが、頭を抱えたところで急には頭がよくなるわけでもない。


気づけば話は終わっていて、リリアーナが話しかけてきていたが、ノエルはショックのあまりなかなか気づけなかった。


「ノエル様っ!」

「……あ、すみません……」

「どうされました?お身体の調子でも悪いんじゃ……?」

「いえ、大丈夫です……」


言えない……。

リリアーナ嬢が予想以上に有能なのでショックを受けていました、なんて言えない。言えるわけがない。

でも待てよ。普通三女なら、教育は受けられないはずだ。

次女ならまだしも、リリアーナ嬢は三女だ。

しかも、次女は伯爵と結婚をしている。

長女と次女に教育を詰め込んで、三女は放ったらかし、なんてよくある話なはずなのに。


「リリアーナ嬢はどこでそんな教育を……?」

「え?」

「あっ、すみません。失礼な物言いになってしまい……」

「……実は、ちゃんと学んでないんです」

「……は?」


いやいや、何言ってるの?

ちゃんと学んでない?あんなに出来ているのに?

謙遜にも程があるだろう。


「こんな辺境でしょう?貴族の友達なんていません。姉たちとも、歳が離れているんです。だから、小さい頃の私の唯一の遊びは、父の後をついていくことでした」

「お父様の後を……?」

「はい。そして父と領民の話を聞いていたんです。ただひたすら。最初は父のマネをしていました。でも、私があまりにもデタラメに書いていたからでしょうか。父から時々教えてもらえって。気づけば、自然と分かるようになっていたんです」

「……」


それはつまり、きちんと学んでさえいれば、今頃俺なんかに手紙を出さなくても、婿なんて向こうから頭を下げてきていたんじゃないか?

それほど、多分、リリアーナは優秀だ。

年齢は分からないが、ノエルよりも年下のはずだ。まだ若い。

何の才能も無い、最低限の知識すら無いノエルに頼らずとも、結婚なんて簡単にできるはずだ。

だから、きっと、ノエルに手紙を書いたのは、本当に人違いで。

もしくは、一時の夢物語を神様が見せてくれたのだろう。

そう思わないと、なんて残酷な――。


「ノエル様……?」


さっきからほんの少し喋ってはすぐに黙ってしまうノエルを心配しているのだろう。

リリアーナが心配そうに見てくる。


でも、きっとリリアーナと話すのは今日で終わりだろう……。


「リリアーナ嬢、以前言っていた婿入りの件ですが」

「はいっ……!」


リリアーナの声が弾む。

でも、ノエルが言いたいのは……。


「……すみません。辞退させていただきます」

「……え……?」

「リリアーナ嬢は、しっかりとした知識があるようですし、まだ若い。きっと婿なんて向こうから望んでやってくるでしょう。俺なんて、リヒター家の仕事、何が何やら分かりません。跡継ぎは兄ですが、男爵家の息子として仕事なんて全く分かりません。そんな俺より、もっとリリアーナ嬢に……、クラウス家の跡取りに、ふさわしい人なんて、いくらでもいると思うんです」

「……」


言ってて悲しくなってきてしまい、リリアーナの顔が見れない。

正直、リリアーナの見た目を好きになってしまったノエルは、婿入り辞退を言いたくなかった。

でも、このまま何も言わずに、ただリリアーナのそばにいることが、ずるいと感じてしまった。

同じ男爵家同士だから、身分に差が無くても、能力に天と地の差がある。

そんなノエルがリリアーナのそばにいると、罰が当たってしまうだろう。


「……リリアーナ嬢?」


リリアーナの返事が無いことに気づき、ノエルはリリアーナの顔を見た。


「……!」


――リリアーナの目には溢れそうなほどの涙があった。

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