1話…12年の歳月はかも醜く
「ヴァイス家の跡継ぎ、ご長女さんが継いだのはご存知?」
「よそ様のお家事情に興味無いです」
凍てつく空気に気づいて、あ、まずい、と思ったらもう手遅れ。
ご令嬢の顔は引き攣っていた。
会話を聞いていた他のご令嬢、ご子息も、うわぁ……と引いた目でノエルを見ている。
やってしまったぁ……。
ノエル・リヒター。リヒター男爵の三男。今年で25歳になる。
未婚。好意を寄せている令嬢もいない。もちろん婚約者なんてのもいない。
そして――、嫌いなものは社交界だ。
ノエルは、相手のご令嬢が求める答えを導き出せない。
しかもどうやら相手が生理的に嫌がる答え、地雷というものを当ててしまうらしい。
あるときは。
「ノエル様のお好きなタイプは?」
「年下の、素直な方です」
そう、年上のご令嬢に言ってしまったらしい。
いや、あんたの歳なんかいちいち覚えてないよ。
そんなノエルの言い訳は通用しない。
ただ、その場の雰囲気を壊さないというのが最低条件なのに、その最低条件すらクリアできない。
せめて選択肢が3つほどあれば……!その中から正解を当てずっぽうでも選べると思うのに!
なんて思ったこともあるが、そんなファンタジーな世界ありえない。
そんなこんなの繰り返しで、社交界デビューは10歳ほどだったのに、15年も経ってしまった。
最初は不慣れで可愛いと言われていた失敗も、気づけば社交場に足を踏み入れた途端、空気がヒリついてしまうほど、失敗を重ねてしまった。
それまで楽しげにしていた談笑も、ノエルを見かけた途端に陰口を言われているような錯覚をしてしまう。
そんな空気が嫌で、今では社交場へ行けば、壁の花と化してしまうほど、誰とも話さないようになってしまった。
そして幾度目かの質問。父親、リヒター家の現当主からのため息混じりの言葉。
「ノエル。お前は将来どうするつもりなんだ」
「どうする……んでしょうね……、あはは……」
1番俺が知りたい!俺が知りたいんだよ、俺の将来を!
ノエルはこの話題に対し、もう乾いた笑いしか出なくなってしまった。
まだまだ失敗が可愛い13,14歳の頃。あまりにも失敗が続いたので、兄2人の金魚の糞かのように側にいて、社交テクニックを見て学ぼうとした。
しかし、肝心の兄2人は「用意、スタート!」と言われたかのように、そそくさとお目当てのご令嬢の側へ行ってしまい見失う。
結果――。
社交界命!と言わんばかりだった2人の兄は現在、長男はリヒター家の跡継ぎ候補、次男は騎士団に入団するつもりで、それぞれ王都で勉強している。そして社交界の機会の度にリヒター家へと戻ってきている。
王都の方が社交界よりも出会いがあると思うが、兄2人の考えることはよく分からない。
しかもノエルは、兄2人と比べて、頭もよくないし、剣術もできないし、ましてや他のご令嬢の元へ婿養子になれるほどの礼儀作法もあまり身についていない。
このままできれば、結婚できなかった三男坊と烙印を押されてもいいので、現状維持のまま過ごしていきたい。
でもその願いは叶わないのが、低級とはいえ貴族だとも理解はできる。
だからこそ、頭を抱えているのだ。
行き遅れにもほどがある。……いや、男でも行き遅れというのか?
なんて、少し余所事を考えていたのが父には分かったようで、ゴホンと分かりやすく睨みつけるように咳払いをされる。
「辺境なのだが、1通手紙が来ている」
「手紙?」
「『グレイス公爵の婚姻パーティーにてリヒター男爵の三男、ノエル・リヒター様にお会い致しました。ぜひ、婿となり、クラウス家の跡継ぎになっていただきたく、筆をとらせていただきました。けれど、まずはお茶からいかがでしょうか?お返事お待ちしております。クラウス男爵 三女 リリアーナ・クラウス』どうだ?悪くない話だろう?」
「お断りします」
「会わずにか!?」
冗談じゃない。跡継ぎ?この俺が?
誰も知り合いがいない場所で、男爵家の跡継ぎ?
無理無理無理無理。プレッシャーで死んじゃう。
「そもそも、グレイス公爵の婚姻パーティーと言いましたか?」
「そう書いてある」
「12年ほど前ですよね。俺はそのとき、迷子になった可哀想な女の子と、そのお姉さんとしか話してません。人違いです」
「しかし……」
「人違いです!」
困ったように頭をぽりぽりとかく父を見ながら、先ほど読んでもらった手紙の文面を思い出す。
……クラウス家。
「先月、テンリュー伯爵と婚姻した、クラウス家ですか?」
「あぁ!覚えているか!」
「ええ!覚えています!いちご酒が美味いと思いながら、壁によりかかっていました」
言葉を失ったように、父は深く深くため息をついた。
……申し訳ないと思う。
いや、しかし、そこでも話しかけてくる令嬢はいなかった。
手紙の主が三女なら、婚姻をしたのは姉だろう。
姉の婚姻パーティーに、出席しない妹はいない。
手紙の出し間違いに違いない。
どうしてノエルと間違えたのかは分からないが。
いや、考えても分からないものなら無駄だ。
その場の空気に合わせた言葉を言うのが社交界で、そこで出会った男女が結婚するのなら、一生空気を読み続けなければいけない。
ノエルにはどうしても結婚を身近に感じられなかった。
しかし、そこまで考えて、ふと思った。
辺境……?
つまり、ご令嬢が社交界に出る機会も少ない。
姉が伯爵と結婚できたのが引っかかるが、きっと王都で会ったのだろう。それか、親が姉の教育ばかりしていたか。
手紙の主は三女。長女や次女ほど金も手間もかけていない可能性は高い。
つまり俺がそんなに出来が良いほうじゃなかったとしても、なんとかなる。世間話ができなくても、きっと相手もできない!
俺が気まずい思いをしなくてもいい。相手も気まずい思いをしなくてもいい!
いいじゃないか!?
「気が変わりました。やっぱり行きます」
*
「ノエル・リヒター様。よくおいでくださいました。リリアーナ・クラウスと申します」
「っ……!どうも……」
めっっっちゃ美人!!!!
こんな人と出会っていたら絶対に忘れない!
宝石を散りばめたように、太陽の光に照らされてキラキラ光る金髪。
宝石のようにキラキラ光るエメラルド色の瞳。
ピンク色の薔薇のような頬。
出会ったことを喜んでしまうくらい、目の前の令嬢、リリアーナ・クラウスは美しかった。
しかし、確認したいこともある。
「確か、手紙ではグレイス公爵の婚姻パーティーで会ったと……」
「ええ!そうです!覚えておいででしょうか?」
ぱぁっと明るく、リリアーナの顔が輝いた。
可愛い……。笑った顔は可愛いんだ……。
でも、ふだんは美しく、笑った顔が可愛い令嬢なんて、いま初めて出会った。
「いや……」
「そ、そうですか……」
リリアーナの顔が明らかにがっかりしている。
……なんか、すごく、申し訳ない……。
しかしこれで嘘をつくのは、ご令嬢のためにならないし、ゆくゆくはノエルのためにもならない。
リリアーナは顔をかるく左右に振った。悲しい気持ちを切り替えてるようだった。
「あの、親しい人は私のことをリリナと呼ぶんです。ぜひ、ノエル様も」
「そうですか」
リリナ……。その愛称に聞き覚えはある。
しかしどこだったか思い出せなかった。
美しすぎる令嬢だ。ノエルが呼ぶには失礼すぎる気がした。
気まずい空気のまま、リリアーナの案内の元、お茶の席へと移動する。
慣れた手つきで紅茶を淹れるリリアーナに思わず見惚れる。
「どうぞ、ノエル様。お口に合えばいいのですが」
「どうも……」
どうしよう。緊張で味が分からない。甘いのか苦いのかすら分からない。
「甘すぎるかしら?それともちょうどいいかしら?」
「多分……?ちょうどいい、です……?」
分からない!どうしよう!
適当な返事しかできない!
「紅茶はお好きじゃなかったかしら。ごめんなさい。いちご酒があれば良かったんだけど」
いちご酒。
やはりテンリュー伯爵の婚姻パーティーにいたのか。
でも記憶に無い。
ノエルが何か言いたげなことに気づいたのか、リリアーナが話し出す。
「実は先月、姉――、次女がテンリュー伯爵と結婚したんです」
「あぁ、はい」
「私もその婚姻パーティーに出席していたので、ノエル様に話しかけようとしたのですが、親族の役割でいっぱいいっぱいでして……」
「……そうですか」
全く記憶に無い。
こんな令嬢と同じ社交場にいたら記憶に残るはずなんだけど。
「それに、……」
「それに?」
「あの、……話しかけたらいけないような気がして」
「……」
壁によりかかっていちご酒を飲んだ俺を誰か殴ってほしい。
もしかしたら、仲良くなるきっかけが出来たかもしれないのに!
……いや、そのおかげでいまお茶会に誘われてるのか?
考えても分からないことしか分からない。
「……」
「……」
無言のまま、お茶会が進む。
何か話題……。話題は無いのか……?
リリアーナをチラッと見るが、紅茶を飲んでいるだけで、何を考えてるのか分からない。
いや、そもそも、ノエルも、こんな辺境に住む男爵家の三女なら社交的な話ができないと思ってきているのだ。
気まずい思いをしなくてもいいと思ってきているのだ。
それをうっかり、リリアーナの美しさに気を取られて忘れていた。
背伸びをして、話題に悩む必要が無い!
にゃあ、と、か細い鳴き声が奥の方から聞こえた。
見ると、よたよたと黒猫が歩いていた。
「ルナ!歩いて平気なの?」
リリアーナはルナと呼んだ黒猫を抱き上げた。
ルナはにゃあと鳴いて、リリアーナにおとなしく抱かれている。
「黒猫……ですか」
いや、見れば分かるだろ。
そう言った途端に気づいたが、リリアーナは「ええ」と答えてくれた。
「出会って12年ほどになるの。もうおばあちゃんだから、歩くことが少ないんだけど」
「そうなんですね」
黒猫。そういえば、グレイス公爵の婚姻パーティーにいた女の子も黒猫を抱いていた。
あの子は元気だろうか。元気だろうな。俺には関係ないけど。
「黒猫はお嫌いかしら?」
「嫌い?どうして」
「ほら、不吉と……」
反射的にリリアーナの口を手で塞ぐような行動をしてしまった。
リリアーナは目を丸くする。
数秒経って、ノエルはようやく我に返った。
「あああっ!すみません!ご令嬢に触れるなどというマネを……!」
「いいえ。大丈夫です。でも、どうして」
「……だって、そんなこと言ってるところを聞きたくないでしょ?その、ルナだって」
例え猫だとしても、可愛がってくれている人が、自分についてネガティブなことを言ったと感じるかもしれない。
そんな言葉はなるべく聞かせたくない。
でも、さすがに親しい仲でもないのにやりすぎたか……。
リリアーナはきょとんとした後、ふふっと笑う。
「やっぱり、ノエル様は優しいですね」
「……優しい?」
「ええ。初めて会った時のように」
「……え?」
初めて会ったとき?
というと、グレイス公爵の婚姻パーティー?
でもこんな素敵な令嬢と話していないのに?
まるで分からない。
「ごめんなさい」
「えっ……」
予想外のリリアーナの言葉に、首を傾げる。
「私、ノエル様が変わってしまったと思っていましたの」
「……え?」
「だから、テンリュー伯爵の婚姻パーティーのときに声をかけられなくて」
そりゃ壁の花と化していたら、話しかけづらいよな……。
ノエルは納得して何も言えなくなった。
「でも、ノエル様はノエル様で、何も変わってなかったのね」
「……ん?」
「ノエル様、真剣に考えてくださいますか?」
「……何を?」
「婿入りの話を、です」
「……えぇっ!?」
やめてくれ。俺は男爵家ですら背負える男じゃない。
ましてや、いままで何の交流も無かった場所なのに。
たった1回のお茶会で人生を決める覚悟なんてありゃしない。
「あのっ……!」
「はい」
「…………」
そう咄嗟に断りの言葉さえも言えない程度には、社交場に向いていなかった。




